なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)
なかまくらです。
西条^笑^TIME 笑の杜〜 with ニコニコ効果〜 観ました。
えー・・・。感想としては、笑い疲れたのもあり、なんとなく竜頭蛇尾な感じに。
まず、最初の挨拶(「参謀の挨拶」)が、不意を突かれ、先制攻撃される(笑)。
そして、「ボカロ」はクオリティ高し。塾の先生、加藤さんの動き!
途中の、ボカロのめんどくさい設定へのツッコミ(このパターン、おなじみですね)
そして、オチの野菜バッテリーズ。面白かったです。
あと、「時報」、途中の海魚的な、あたり、面白く、なるほどなぁ、と。ただちょっと体当たり過ぎて、前のネタが「日記」(パンティーハンター)でイロモノだっただけに最初のあたり辛く...。最後はははーん、となりまして、森岡くんがしきりに頷いておりました。
この参謀さんことわたがしさんの作品は、時折観られる”なるほど系”なオチで、個人的には、にやりとする感じの面白さで好きでした。
「例のアレ」という下ネタ全開のアレは、なかなかに面白くも、下ネタが全開すぎてちょっとアレでした。
印象に残ったのはそんなところでした。おわり。
なかまくらです。
関係者だけを集めてやるお芝居をアトリエ公演というんだとか。
この夏で24才になりましたけれど、なんでみんなそんな恋バナが好きなんですか?笑
とりあえず、恋バナしてれば、乗りきれる的なそれはなんなんですか?怒
つまらんなー、と眺めていることが多いです。
視点を変えて、恋バナがどうして面白いか、考えてみる。
・・・・・・考えるまでもなく、思い当たる私なりの結論は、
1。 人の不幸は蜜の味
2。 ドラマを求めている
このへんではないかと。あ、別に不幸じゃなくてもいいんです。ちょっかい出せる話なら。でも間違いなく、どこか面白いことが起こることを期待していますよね(2。のドラマを求めている にもつながる)
で、ふと思ったんですが、
これって、全然関係ない人の話だとまったく面白くないですよね。
すると、演劇を楽しむ私には、これが当てはまらないかと顧みたくなるわけです。
1。 知り合いがやってるから、その役が面白い。
2。 ドラマを求めている。
こうやってみてみると、やっぱり、お芝居が一般のお客さんに魅せるものって、ドラマしかないんじゃないかなぁ、と思えてくるわけです。
あくまで、タイトルのふたつが、同じ魅力を持っていたとして。
なかまくらです。
芝居空間侍エレクトリカルパレード 「髑髏城の七人 -アカドクロ-」 観てきました。
@サタケメモリアルホール
作・中島かずき(劇団☆新感線) 演出・森新太郎
本家は観てません。
※ 続いて注意。この筆者、なかまくら(以下、私(♂))という人物は、どちらかというとちょこっと抽象劇なものが好きであとは、SFチックなものが好きな人間です。
さて。今回、ダブルキャストだったこの劇団、このお芝居、
最終日に2回続けて観たので、順に(龍)組のお芝居から書いていきます。
あらすじ(は、劇団の公式ページからコピペ)
時は戦国時代。
本能寺の変の後、
豊臣秀吉が天下統一を目指す中、
関東では<天魔王>率いる「関東髑髏党」が強大な勢力を誇っていた。
髑髏党に追われる<沙霧>を行きがかり助けた浪人、<狸穴二郎衛門>と、玉ころがしの<捨之介>。
彼らは色街無界の里の主人、<無界屋蘭兵衛>に彼女を匿ってくれるように頼む。
そこには、関東随一の<極楽太夫>、関八州荒武者隊を名乗る抜かずの<兵庫>らがいた。
沙霧を追う髑髏党は、向かいの里に隠れる沙霧を見つけ出し、里を襲う。
そこに突然現れた天魔王によって、捨之介と蘭平衛たちの過去が明らかになる。
さらに、天魔王の魔の手は、捨之介の旧知の刀鍛冶の<贋鉄斎>にも伸びるのだった。
― 時代の裂け目に現れた名もなき七人の戦いが、今まさに始まろうとしていた。
うん、そういうお話でした。
さて、このあらすじに登場した人物は七人じゃないぞ! ということで、他にもいろんな人が出てきまして、最終的に仲間としてこの戦いを乗り越えていく七人は一体誰なんだ・・・! というのも楽しみ方なんだとか(受け売り)。
で、とりあえず、(龍)組の感想から。
えー・・・と、{龍}組は、広島大学演劇団を中心とした、若いメンバーで構成されたメンバーでした。主役の捨之介は、侍さんでの経験も豊富な小林さん。
で、前から8列目くらいで観たのですが、全体的に活舌がww
話が全然入ってこない。1割くらい何言ってるか分からず、よく分からんが、とりあえず、ここが仲間になって、ここは裏切って・・・、というのを殺陣の敵味方で観ている状態。特に聞き取れずぽかーんとなったのが、
・ 「名は体を表す」の「名」はまったく聞き取れず。
・ 蘭丸の裏切る(薬を飲まされる)前後の信長公の云々・・・のやりとり。
・ 徳川公の「今は押さえて・・・」からの「戦の準備じゃあ!」のあたりのくだり。
この辺は、2回目(虎)組の公演を前の方で観るまでは、何が起こっているのかさっぱりでした。
という(龍)組でしたが、
沙霧を演じた門脇さんもベテランの先輩でありまして、沙霧は、「お転婆な盗賊っ娘」という印象でした。「なよ竹」を思い出しました。今回はどこか強がってるような空元気な感じがまた良かったです。
捨之介の小林さんは、現代の漫画の主人公みたいでした。頼りなくて、嘘つきでダメな男だけれども、いざという時は本当に頼りになる男。沙霧が、仲間に「無茶なお願いだと分かっているけれど、捨之介を助けてほしい」と言ったとき、仲間が応じます。それほどの信頼感を捨之介は仲間のうちに作ってきたんだよな、ということをすんなりと観ていた私も受け入れることができ、感動しました。
徳川公を演じた中野くんは、戦国カフェから久しく徳川公(あれ、武田信玄だっけ?)としておりまして、今回はいよいよの大役ですな、ということで満を持して、という感がありました。最初の浪人姿、良く似合っていました。半蔵の名前を明かしちゃうところとか、ちょっとチャーミングなところのあるしっかりとした役、という役どころが、彼にはまり役でした。
それから、兵庫を演じた小池くんが弾けていました。一番威勢のいい役で、田舎もんの垢抜けなさがあって、チャーミングで良かったです。殺陣も頑張っていました。
蘭兵衛の押目さんは、煙管(キセル)のギミックをつかった最初の殺陣が格好良かったです。座頭市みたい。
オカマ坊主の森くんは笑えました。
裏切り三五の白井くんは最近変態キャラが多いですが、身長が高くて、カウボーイビバップの主役の人みたいな役柄をやったら面白いと思います。そのためには、忍たまのとべ先生みたいなゆらりな動きになるといいなぁ、と思いました。変態の表情は藤田くんが上ですね(笑)。ちょっと全力キャラ過ぎた気がします。
極楽太夫の佐藤さんは抜群の安定感でした。凄い武器持っていました。るろ剣の世界ですね(笑)。しかも、それを振り回して、物理で殴る(笑)。
印象に残ったのはそんなところ。
続いて、(虎)組。(この記事なげーよ 笑)
(虎)組は、広島市で活躍されているような、私が入学される以前の演劇団の先輩方(?)な、方々を中心としたメンバーだそうです。(こちらのメンバーはこの人観たことあるなーくらいの方が多いです。)
こちらは、前の方で観ていたのもあり、2回目であったのもあり、結構1回目で聞き取れなかったところが分かり、ストーリーが理解できました。
どうしても比較して、こっちのが好きとかでてくるのはご勘弁くださいね。
沙霧を演じた三好さんは、感情の振れ幅が大きくて子どもっぽいところがあって、無邪気な感じで、でも、ちょっと暗い過去をもつような雰囲気を感じられなかった、かな、という感じでした。動きの躍動感はすごいです。
捨之介の吉本さんは、一昔前のアニメの主人公みたいなタイプ。熱血漢で、燃える男。それだけに、前半のクールな印象が合わなかったです。大男で、見るからに強そうで、強いし(笑)。ただ、後半の活躍は燃える男に引っ張られました。そして、悪役が似合いました。
天魔王配下の邪鬼丸の笹木さんが山賊然とした無法者感が凄くよく出ていて(衣装も良かった)、よく印象に残りました。
蘭兵衛の三根さんも抜群の安定感がありまして、捨之介と蘭兵衛の会話は非常に安定していて、ふたりの関係がにじみ出てくるようでした。
天魔王の配下の左側にいつも立ってる女だった福島さんは、もっと悪女になれる気がします。OP映像の写真の悪女っぷりがヤバかったです。
こちらはやはり、2回目というのがあるのか、それともそうなのか、
安定、というか、なんとなくこなれている気がして、会話のテンポもよく、前半60分、まったく入っていけなかったのですが、
休憩後、後半は、怒涛の盛り上がり。その実力を見せつけられました。
さて。
両方を観て、
私は、(龍)の方が好きでした。沙霧と捨之介の配役が好きだったからかな。
しかし今回は、ダブルキャストということで、ベテランの方々のヒートアップっぷりには、度肝を抜かれたというか、普段のメンバーにない、熱量を感じることができたというのは、侍さんに参加する方々にとって大きなことだったんじゃないかなぁ、次はもっと熱いんじゃないかなぁ、と期待しつつ、・・・多分私は、これが、侍さんの芝居は最後の観劇になりそうです。3月に広島を離れて実家に帰ってしまいます故。いつか・・・・全国公演を、ね(笑)。いえ、なんでもないです。
さて次。
ギャグが合わなかった・・・。侍さんが劇団新感線をリスペクトしているのはよく分かりました。
いじりとゴリ押しと大袈裟なギャグがちょっと合わなかったです・・・戦国カフェのコメディがこんなノリだったような。
個人的に、クスリと笑えるほうが好きです。ちらほらはありましたけれどね・・・。まあ、そういうお芝居じゃないのは分かって観に行っていたので、これはもういいや。
次。殺陣が多すぎました・・・。観ていて疲れました。途中休憩はありましたが、それでも、前半50分、後半100分程度ありまして、かわるがわる、次々と殺陣が入ってきまして、最後の盛り上がるあたりで、せっかく、敵の居城に突入して、内部を進行しているというのに、なんだかもうお腹いっぱい感が・・・。もうちょっと少なくても良かったのでは、と思いました。
あと、加えて、最後の天魔王と捨之介の殺陣がちょっと印象に薄くなってしまったように思いました。
侍さんの殺陣で、凄く印象に残っているのは、「贋作 罪と罰」の最後の殺陣。一騎打ち。桜の花びらが舞い散る中、刃を交えるふたり。あの殺陣は今でも脳裏に焼き付いています。ああいうのをもう一度観たいなぁ、と思います。
勝手なことばかり、書き連ね、長くなりましたが、このあたりで、失礼つかまつる。
私、何か最近観劇感想が辛口ですが(笑)、私が観たいもののために、私は感想を書いているつもりです。
だから、私が別に観たくないものは、「私には面白くなかったよ」、と伝えるのは、悪いことではないと思っています。
ひとつには、私たちの感想にはそんな影響力はないだろう、ということです。
やりたい人は、それがやりたいからやっているわけで、それは私にはおもしろくないよ、と言ったところで、そうですか、あなたにはこういうのは合わないんですね、となるだけの話だと思うのです。そうなるのが、感想書きとして、劇団関係者と円満に付き合っていきたくて嫌だと困りますけれど、それはふたつめで書きます。
ふたつめには、こうやって、ネット上に感想をあげる人が少ないことです。侍さんの代表の森さんが常々舞台挨拶でおっしゃっておりますが、東広島の芸術・文化の発展のためには、やはりこういう記事がもっとあったらな、と思ってしまいます(同時にそれは、自分の演劇関連のアイデンティティーを主張しようとしているわけですが…笑)。
それでもやはり、YES-MANになって、自分にとって面白くもない芝居を褒めつづける必要はないと思うのです。
「この劇団は面白い! 伸びしろがある! 見続けていきたい!」
と思うから、感想を書くわけで(というか、観にいくわけで)、それは感想を書く側の勝手な都合です。
それを、劇団さんが、次回公演に当たって、こういう感想・意見を劇団の中に抱え込むのか、「それはうちの劇団のスタイルの問題だから」と言って放り出すかの取捨選択はしてもらわないと困るわけです(笑)。
さて。ネット上には少ないこれらをどうするかは、劇団さんにある意味委ねられているといってもいいのだと思っています・・・・・・・とは言っても、当然、マナーというものがあると思っています(笑)。私が感想を書くときに気をつけている(つもり)なのは、
・ 言っても仕方がないことはあまりうだうだと書き連ねないようにしているつもりです。侍さんに、「私時代劇好きじゃないんですよ~」とか言っても仕方がないと思うのです。というか、観にくるなよって感じですよね。そういうことと、
・ 面白かった、面白くなかったには、ちゃんと理由を書くこと
だと思います。それが大事かな~、と思っています ^へ^;
おわり
なかまくらです。
劇団群青第二回公演「A・R―芥川龍之介素描―」 観てきました。
作・如月小春 演出・三村友理
あらすじ。
作家はまだ学生の頃、颯爽と文壇に現れた。しかし、時代が自由な表現を阻み、親族を養わなければならず、作家は段々と追い詰められていく。作家の頭の中に歯車が増え、やがて覆い尽くされていく。神経はやせ細り、夜は少しの物音に眠れず、ただ書くことの純粋な喜びの中に書きたいと。やがて、最後に私小説を書き上げ、服毒自殺を遂げる。
はい・・・ええと、鬱々となるお芝居でした。嫌だ。観ていられない・・・最後まで観ましたけども。
それから、やってはいけない物語だったんじゃないの、とも。
役者さんはみんなよく練習されていて、よかったですよ。森岡くんのウェイターのダンスに彼の動きの将来性をみてちょっと安心。絵師の弟子の子、やばい、エロい(♂)。色気がある。むしろ師匠食ってた。楽しみ。編集の和俊くんの最後らへんの長い台詞にぐっときた。正直、このお芝居、よく分からなかった。でも、前後の情景を作りだし、活気のある街の中の二人をありありと浮かび上がらせた。よかったです。
さて。
そう。
よく分かんなかったんですよ、残念なことに、理系頭には。
芥川龍之介が好きな人なら楽しめたんでしょうか?
劇中劇の意図、糸。いや、分からないではないんです。
蜘蛛の糸をたどって天国を目指す人間のこと。娘の焼かれる姿を絵を書く喜びにうち震えて描き出す作家のこと。
それらがきっと作家のことを描き出していたんだろう、ということなんでしょうけれど、理解は出来るけど、すんなり入ってきてくれなかった感じがもやもや。
あと、仙人になろうとする話(名前知らない)と羅生門はなぜ取り上げたのか分からなかった。どうしてこれなんだろう?
これらのことについて考えてみると、このお芝居の登場人物は、彼(作家)のことを語る方が多くて、彼の前には誰もいなかったんじゃないのかとすら思えるのです。妻は静かにあるだけで、編集は初めの場面、観客席に向かって語り出す。関係性を描き出すには少ない会話。それが彼らの本当だとしても、本当にそれは伝えようとはしていなかったのではないかと思わされました。だから、劇中劇のいくつかは何故これなのか理解できなかったし、全体を通じて現れる歯車も、その意味が理解できず、ただ、彼を蝕むウイルスのように見えてしかたがなかった。あの形は、インフルエンザだよ・・・(ぉぃ
そういういろいろで、どう観たらいいのか困るお話でした。前提となる知識を持っていないといけなかったのか、それとも、そこにもっと集中して居れば何か伝えたかったことが分かったのだろうか・・・。
そこに、物書きの端くれであることも邪魔をして、めっちゃよかった、というよりは、うんまあまあよかったよ。という感じでした。
演出についてはこういうお芝居を演出する自分が想像できないので、まあ、違和感は感じなかったです、ということで。あ。最初のシーンの封筒が、ちょっと変だったけど、まあいいや。
これもやはり個人的な思いですが、作家を殺した言葉は、編集の言葉でしょう。何気なく行ったあの言葉なんでしょうけれど、「私小説とかどうです? 最近流行りですよ」 この言葉が作家を殺したんだと思います。
私が私小説に近いものを書くことが多いので、(そこ、ぇ、とか言わない!)
だから、思うのですが、物書きは、自分という人間、その生き方、感じ方を千切って売っているのだと思うのです。
そして、私小説ほど、自分を大きく千切ってしまうものはない。そうして、全部千切ってしまっては、もはや売るものもなく、生きていくことなど到底できない。そういうものだと思うのです。
だから、この物語はやってはいけない物語なのではないか、と感じるわけです。人を借りていますが、結局それを感じ取り、やるのは、今を生きる人ですから。
この物語で一番感じたのは、作家を殺したのは編集です。個人的な考えですが。
おわり。
カレンダー
カテゴリー
リンク
最新記事
アーカイブ
ブログ内検索
コメント