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なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

                      
なかまくらです。

伊豆市民ミュージカルに出演してきました!

30分くらいの短いお芝居ですが、久しぶりの演技にドキドキでした。

「吾輩たちは猫である」という作品で、

夏目漱石が静養も兼ねて伊豆修善寺を訪れたところ、猫たちの逞しく生きる姿を見て、

猫の視点で小説を書いたらいいんじゃないかってことを思いつく。というストーリーです。

12月くらいに応募して、1月に役のオーディションがあり、

2月に入ってから、毎週金・土曜日に、東京からスーパーエキセントリックシアターの

田上先生が演出をつけに来てくださいました。

そして、なんとまあ、主役の漱石役をいただきまして、責任重大(!)でしたが、

一生懸命練習しました。久しぶりにこんな一生懸命やったなぁ。

もともと演技は上手ではなかったのですが、ますます出来なくなっていまして(笑)、

ボロクソにいわれましたが、それでも頑張って頑張って上手になる・・・。

ああ、楽しいなぁ、演劇って楽しいんだ! って、そんな1か月でした。

学生でやっていた時は、滑舌が悪くて、早口言葉の練習をしていましたが、

それでも、何言ってるか分からないって、よく書かれていました。

でも、今思うと、分からなかったら、なんも伝わらないんですよね。

噛み噛みになってしまうんだったら、ゆっくり喋ればいいんです。

気持ちを少しゆっくり動かしてやればいいんですよね。この年齢になったから、

分かることってあるんだなぁ。

演劇という楽しいものを途中で手放してしまったんだなあって。

田上先生に言葉をいただきました。「始めるのに遅いことなんてないって」

一緒にお芝居が出来たメンバーもいろいろな人がいて、いい刺激が得られました。

きっと同じメンバーが揃うことはない、一期一会というやつですね。

うん。また、チャンスがあったらやりたいですねぇ。



追記:伊豆日日新聞に載りました。http://izu-np.co.jp/nakaizu/news/20170227iz3000000004000c.html


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なかまくらです。

劇団群青復活第3回公演『ゴドーは待たれながら』 観ました。

作・いとうせいこう 演出・三村友理 出演・藤田徹

@東広島芸術文化ホールくらら




「ゴドーを待ちながら」といえば、サミュエル・ベケットの傑作・・・

と言っても、ほとんどの人はおそらくどんな話かは知らなくて、

とにかく、ゴドーを待ち続ける男たちがいるが、結局最後までゴドーは現れない

という、それくらいのあらすじしか知らないのではないでしょうか?

そして、「ゴドーは待たれながら」。

その、待たれているゴドーのことを描いているのです。

1幕だけは、インターネットに訳編があり、それをさらっと読んでおいてありました。

その紹介をすると、

2人の老人がゴドーを待ちながら、他愛のない話をしているのですが、

何せ老人なので、目的をすぐに忘れたり、待ち合わせの目印の樹に首を括って

自殺しようとするくらい。

あとは、老いた召使を首にしようとしている老いた主人と、

お使いを頼まれた子供がちらりと出てくるくらい。



さて、それを踏まえての観劇。

2時間のお芝居ですが、ストーリーのようなストーリーはないので、

あらすじは割愛。

1幕は、

靴が脱げない老人との対比で、靴が履けないゴドーの苦悩からのスタート。

他人を待たせていることで優越感を持っているつもりなのに、

気が付いたら、待たせているという拘束感を感じている。

自由でいるはずなのに、自由になれない。

行く行かないの自由がないのだ。

しかし、右足の靴を履けず、家を出ていけないゴドーは、

待っている人間が、どうしたら、自分を好意的に出迎えてくれるか、

ということばかりを考える。

淡い期待を繰り返しては、自分を奮い立たせるが、

気持ちとは裏腹に、最後の一歩の象徴たる、右足の靴がどうしても履けなくて、

出掛けられないのだ。


2幕。

神様の孤独について考えるところからスタート。

神様なる存在がいたとして、その存在は、宇宙の外にいるはずで、

誰かに見られることもなく、いる。それは、バカなんじゃないか・・・と

ゴドーはそう感じる。

小さなことを大騒ぎにする様子は、他人とうまく関係を気づけない人の特徴、

象徴のような行動だと感じました。

胎児が母の腹の中で手術をして母を助けようとする妄想。

崩れそうな生活や、安心できる部屋を守ろうとする。この場所は安心できるが、

「起きろー! 目を覚ませー! お前は眠り込んでいるんだぞ!」

気持ちは、この場所を出ていこうとするのだ。

ところが、身体は、ついには椅子から立ち上がることもできなくなる。

そして、自分のことをバカなんじゃないかって、そういうところでお芝居は終わる。





**

ゴドーを待つ2人の老人は、ゴドーに何か大きな期待をしているわけです。

じゃあ、そのゴドーはどんな人物なんだというと、

ゴドーは、そんなに期待をされるような人物ではないんだという、

そういう話だったように思います。

あいつさえ来てくれれば、というその人物はどんな思いなんだろう。

孤独なのではないか。勝手な期待なのではないか。

待たれている男も自分ひとりの力では、何かを変えることが出来ない。

幻想かもしれない少年が来るのを待っている。何かが起こるのを待っている。






**


さて、

日本全国から懐かしい演劇団時代の仲間たちが集まって参りまして、

随分と楽しい時間が過ごせました。

出演した藤田くんは、まあ、よくぞ、2時間、ひとりで舞台上を駆け回りました^^!

三村さんも社会人として働きながら、ここまで作り上げたことに拍手ですし、

舞台監督の和俊くんも、あんたさんどこにいたのさ!笑

え、何、舞台だけ建てに来たの?笑

という感じで、すごく懐かしいメンバーの活躍に、元気とエネルギーを貰いました。

お疲れ様でした。


またね。

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なかまくらです。

余興の練習が大詰め。

最初、えーっ、はずかしー。

だったのが、だんだん、いい意味でテンションがおかしくなってきて、

なんかみんな楽しい感じになってきました。

・・・これですよ。

これが、病みつきになっちゃったりするんですよ(笑

それで、演劇から離れられない人が出てくるわけです。

ああ、思い出しちゃったなぁ、しばらく忘れていたのにナァ。

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なかまくらです。

送別会で、余興、やらないの?

というプレッシャーに負けて、余興を考えることに(笑

歌とか、ダンスはやめになって、じゃあ、コントでも探そう・・・

ということで、探してみたものの、なんだか、これだってやつが見つからない。

じゃあ、書いたらいいじゃない!

というわけで、書き下ろしました。

じゃあ、練習したらいいじゃない。

というわけで、昼休憩の時間に練習することに。

まあ、正直言って、最初から乗り気じゃないというのもあったのでしょうが、

私が、巻き込みましたので、一応、人を集めて、さて、練習・・・と

はじめて見ると、テンション低っく!

そんなテンションでコントやったらそりゃあまずい!

と、そこではたと。

そうか、そういうの、やったことないとできないものなんですよね。

そこから先、面白いかどうかってことはさておき、とにかく、

全力でしゃべったり、動いたりするところから、つまづくものなんですね。

忘れていました、いやはや、間に合うのかっ(笑

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なかまくらです。


野田地図第20回公演「逆鱗」を観てきました。ネタバレ注意。



ある男が、電報を届けに来る。

水上水族館では、見つからない人魚の代わりに、人間の人魚を募集していた。

そこに、人魚だと名乗り出るおかしな女が現れる。

ところが、電報を届けに来たはずの男は、本物の人魚を見つけるために、

潜水士としての訓練をすることに。訓練の最中、男は人魚の世界に紛れ込む。

人魚は、人間が勝手に作ったものであり、人魚の生態と言うものは、

親より先に子が死ぬ、というものであり、死生観が違うのだ。

やがて、人魚を見つけだした人間であったが、水族館は寂れるばかり。

そこで、今度は、47人の潜水士を募集するという。

電報を届けた男は、流されてきてしまったのだ。

潜水士には、酸素を送る管が付いている。それは、川鵜のようであった。

その綱を握っている男達は、人魚を見つけたとき、恐ろしい行動に出る。


というお話。

端的に言いますと、「キル」みたいなお芝居でした。

ちょうど、これにまつわる小説は読んだことがあったので、

それにまつわる物語であることがわかったときに、すっと溶け込んできて、

それまでのいろいろなパーツがすごい勢いで組み合わさりはじめました。

楽しい体験でした。

最初に届けに来た電報、あれはきっと届かなかったんでしょうね。

はじめのほうで、海の底に消えてなくなってしまったのだから。

ふと、思うのは私たちというのは、国というものに繋がれていて、

でも、好きなように魚を食べているように思われますが、

税金を払って、消費をして、社会の中で良いように一員となっていて、

一匹の鵜に過ぎないのではないか、なんて、考えちゃいますよね。

自分一人で考えて、私は答えを出しているのだろうか。

たくらんだ人が、最後に出てこないのも後から思うと、印象的ですね。

タイトルにもなっている逆鱗とは一体なんだろうな、と考えてみたものの、

これについては、なんだろうな、うまく表現する言葉が見つかりません。

逆鱗は、人間の遡ろうとする時間が塩になったもの、、、と作中では

そんなふうに言っていますが、人魚は逆鱗を食べるとも言っていますが、

ここに、すっぽりとおさまる言葉がうまく見つからないのです。

死んでしまった哀しみ、いや、死んでしまうという哀しみや、無念、、

うーん、そんな言葉なら思いつくのですが。

他に観た人は、どんな印象を持ったのでしょうか。


さてさて。

役者さんは、もちろん上手だったわけですが(笑)、

松たか子うまいです。瑛太もめっちゃうまい。この二人を中心に据えるわけだ。

印象に残る演技でした。身体の使い方もだと思いますし、

ちょっと長い台詞もうまーく会話のようにしゃべるし、

なんなんでしょうね、これ。


終盤に気づいたのが、井上真央と野田秀樹。

あれ、そういえば、ふたり、出てるって書いて無かったっけ??

と思って、意識して観てみると、ああ、この役の人かと。

まあ、化粧とか衣装で分からないってのはあったかな、と思いますが、

ものすごくすごいのかどうかはよくわかりませんでした。

他の人でもよかったのかな、って。

あ、野田秀樹が、一旦、すっと下がって距離をとるところの演技はすごい好きでした(どこだよ)。


舞台美術は、はじめはほとんど何もなし。

後ろが、スケートボードのコースみたいに、なめらかに湾曲しているくらい。

その広い舞台に、ものを運び込んで、

きらびやかなセットが目まぐるしく変わり、現れてくる。

いやあ、すごいものでした。

泡の表現、人魚の幻想的な表現は、初めてみるものでした。

きっと、これから、誰かが真似していくんでしょうね。


そういう、表現の最初の最初を生み出す人たちがいるってこと、

それに感嘆するしかありませんでした。


絶対また見に行きたいですね。

おわり。

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1988/08/12
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