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なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

舞台「四月は君の嘘」観ました。

なかまくらです。

2.5次元舞台って、あんまり入り込めないことが多いのですが、これは面白かったです。

舞台「四月は君の嘘」観ました。配信です。



あらすじ

ヒューマンメトロノームとも揶揄された正確無比なピアノ演奏で、

数多くのコンクールで優勝してきた天才ピアニストの有馬公生(ありまこうせい)は

ピアノの先生であった母親の死をきっかけに、

ピアノの演奏をすると、ピアノの音が聞こえなくなるようになっていた。

幼なじみでソフトボール少女の椿やサッカー少年の渡と、ピアノのない生活を過ごしていた。

ある日、公生は同じ年のヴァイオリニスト宮園かをりと出会う。

かをりは公生の世界を再びカラフルに色付けてくれる。

かをりはヴァイオリンコンクールのピアノ伴奏に公生を指名する。

弾けない公生は、かをりとのセッションの中でピアノを弾く意味をもう一度見つける。

友人、ライバル、恩師が公生を待っていた。

公生は、一回り大きくなって、戻ってくる。

しかし、宮園はひとつ、嘘をついていた。その嘘が、公生を救った嘘だったとしても。

彼らの青春は思ったり思われたりして、大きくまわっていく。


というようなお話でした。

音楽を舞台にするって、難しい。

難しいというのは、どう表現するか、それが観る人に受け入れられるか、

というところで、入り込めるかが変わってくる。

この舞台では、演者と別に、演奏者がシンクロするように演奏する。

その演奏の表情が感情によって大きく変わる・・・。

演奏にも引き込まれて、モノローグが引き立てられる。

そんな素敵な相乗効果を生み出していました。

登場人物もみんな良い子達で、悪者を出さなくても、

こんなにも引き込まれる素敵な物語が生み出せるなんて!

そんなお話でした。

おわり。







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成井硝子店『1981年のグッドバイ』観ました。

なかまくらです。

成井硝子店『1981年のグッドバイ』観ました。

配信されていたのです。きっと生で観には行かなかっただろうけど、

コロナ禍で配信がされるようになって、東京までは行かないけれど、

というお芝居が観られるようになったというのは、良いこともあるものです。



あらすじ

明日から大学生になる娘は、父が暗がりでパンツ一丁でいる写真が郵便受けに入っているのを見つける。

それは、父が大学生の時、演劇サークルで出会った仲間達との思い出の写真だった。

高校から演劇部だった成島は、役者として他の団員には劣らないという自負から、

自信家で生意気な後輩だった。

サークルでは、同じ1年の森尻・山北と楽しい日々を過ごしていた。

芝居の演出と脚本を書いていた3年生の鈴鹿仁志は、天才だった。

彼ら3年生の引退公演で、成島は悩んでいた。

自分は本物のお芝居ができていない。

自分の演技プランの通りにやっているだけで、やりとりができていない。

そんなところに事件が起こる。森尻が怪我をして、急遽芝居に出られなくなったのだ。

成島は一人二役で無理矢理に芝居を成立させることにする。

そのあたふたの中で、成島は相手と会話のキャッチボールをすることができるようになっていく。

そうして、成島が気づいたことは、自分が舞台に立っていることは、自分だけの力ではないということ。

そして、成島の所属する劇団はそれからも続いていくのだ。

大学生になる娘がいる歳になった今でも・・・。


というお話でした。

演劇サークルを題材にした自叙伝的お芝居で、最初はちょっと入りにくかったのですが、

中盤から、一気に引き込まれていきました。

脚本演出の成井豊さんは、キャラメルボックスが解散して、細々と昔やった脚本を

再演しているイメージでしたが、今作は書き下ろしで、

キャラメルボックスって、夢とか希望とかが詰まっていて、

キラキラしているイメージがあって、それが変わらない姿で観られて、

すごく幸せな気分になりました。

楽しかったです。

おわり。





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「外の道」アーカイブ配信 観ました。

なかまくらです。

「外の道」アーカイブ配信 観ました。



イキウメさんは好きな劇団で、去年から心の中が枯渇している感じでした。

こんなご時世なので、劇場まで行けなかったのが残念でしたが、配信してくれるということで、

2000円でチケットを購入。自宅で観ました。


あらすじ(は難しいですが・・・)

地元の同級生がある地元から離れた場所で偶然再会する。

寺泊は、結婚をして配達員をしていたが、あるときマジシャンの常識では考えられない

手品を見せられて、その謎にとりつかれる。

マジシャンに迫ると「世界の構造を理解すること」だと言われ、

今まで見えなかったものが見えるようになる。

妻が美しいことに気づき、そして妻が浮気をしていることに気づく。

誤配が増えるが、人間の作った仕組みは美しくない、と改善しなかったため、

会社をクビになった。


山鳥芽依は、離婚を機に弟と認知症の始まった母と田舎に引っ越してきていた。

あるとき身に覚えのない荷物が届く。

中身は「無」と書いてあり、その通りに何も入っていなかった。

しかし、それからというもの、山鳥芽依の寝室に「無」があることを意識できるようになる。

それはだんだん大きくなり、山鳥芽依は、一度すべての感覚を無に飲み込まれ、

気づいたら、存在することの安心感に包まれながら、隣のビルの屋上に全裸で朝を迎えていた。

しかし、家族には言い出せず、無が充満していくその家で不自由な暮らしを続けていた。

そして、あるとき、寝室に人がいることに気づく。

その少年は、山鳥三太と名乗り、5年前に養子縁組をした山鳥芽依の息子だというのだ。

少年の通った学校の記録、保険証、担任の先生の証言、入学式の写真・・・

すべてが少年が山鳥芽依の息子だと示していたが、山鳥芽依には身に覚えはなかった。

少年は無から生まれたのだ。少年は言う。「気がついたらそこにいた」

だがどうだろうか、と山鳥芽依はふと気づく。

みんなそうではないか。気がついたらそこにいる。

あるときビルの屋上で全裸で目覚めたときのように。

みんな無から生まれるのではないだろうか。


2人はそこを出ることにする。気がついたらそこで話していた。

「怖いね」と寺泊は言い、「大丈夫、私は一度来たことがある」と山鳥芽依が声をかける。

「在ることを想像するの」「どうせなら、美しいものに」

こうして物語は終わります。




引き込まれて、あっという間に終わりました。

しかし、難解でした。これは難解。

ふとしたきっかけで、今、法律とか人間が作り出した仕組みに裏切られるようにして

信じられなくなったときに存在そのものまで信じられなくなってしまう。

マジシャンによって自然科学が、見覚えのない養子によって社会科学が信じられなくなったとき、

彼らはその中で生活ができなくなってしまう。

それが「無」というものが潜んでいることによって引き起こされており、

それはどのように伝達されてくるのかも分からない。

そんな日常に潜む恐ろしさを感じるとともに、

社会の仕組みやその存在を一から理解していかなければならない2人の前途(が在ると信じたい・・・死んだわけではないよね?)を予感させるラストシーンに、丸め込まれた感じがしました。

つまり、飲み込めてない感じ。

イキウメさんのお芝居はいつもそうなのですが、魅力があるんですよね。

面白かったです。

おわり。





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2020年観劇の記録

なかまくらです。

2020年の観劇の記録です。

「RITA&RICO(リタとリコ) ~「セチュアンの善人」より~」観ました。

舞台「鉄人28号」見ました(DVD)

ひとりしばい Vol.3 北村 諒「ひとりシャドウストライカー、 またはセカンドトップ、 または、ラインブレイカー」 見ました

の、3本でした。オンラインだったりDVDだったりで、

生で見たのは、2月の最初に観に行った「リタとリコ」だけでした。

YOUTUBEでも配信されたりしていましたが、演劇は生でみたいなあ、

とあらためて思うのでした。

「ひとりしばい」は、イケメンの役者さんが、大きな声でわざとらしい演技をするタイプのお芝居で、これまで苦手としていたのですが、ちょっと付き合いでみたわけですが、ヒトラーの政権下のドイツが舞台であることが途中で分かってきて、その話の構成の巧みさに引き込まれました。いや、演技は苦手でしたけどね苦笑。でも、新しい発見でした。


そんな2020年でした。2021年はぜひお芝居を観に行きたいものです。





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ひとりしばい Vol.3 北村 諒「ひとりシャドウストライカー、 またはセカンドトップ、 または、ラインブレイカー」 見ました

なかまくらです。

基本、見た目でちやほやされる感じの人のお芝居は見ないのですが(苦笑)、

知人に紹介されたので、ちょっと好みではなさそうなお芝居を見てみることに。


ひとりしばい Vol.3 北村 諒「ひとりシャドウストライカー、 またはセカンドトップ、 または、ラインブレイカー」



あらすじ


第一次世界大戦後のドイツに生きた少年を描いた一人芝居。
少年の一番の友人はシャボウスキーというネズミ。
彼の二番目の友人は「二番が一番」という大道芸人。
少年は彼をセカンドトップと呼んでいた。
彼には、セカンドトップが戦争に行って国のために戦わない理由がわからなかった。
彼は言う。1番は勝つことかもしれないけれど、2番は殺さないこと。
2番が1番なんだ。
なんだか少年には「セカンドトップ」が弱虫に見えた。
「問題の人種」と一緒だと言ってしまった。
そして、セカンドトップと別れて4年が経った。
元少年は、東ドイツで政治家になっていた。
壁を壊そうとする少女はシャボウスキーという名の野ウサギと仲良くしていた。
元少年は、少女に自分の少年時代を重ね、何度も会うようになっていた。
少女は事も無げに、壁はいつか壊れる、なんていう。
時代は移ろうとしていた。
不満が溜まり、壁を壊そうとする運動は広がっていた。
元少年は、まだ、ただのスポークスマンだった。
けれども、彼は、スポークスマンとして、不用意な発言をするシャドウストライカーだったのだ。
彼は、「ベルリンの壁を含めて、すべての国境通過点から出国が認められる。私の認識では、直ちに、です」と言い放った。
それは、政府の決定とは違う発表であり、これをきっかけにベルリンの壁は崩壊する。
・・・というお話でした。60分くらい。
最初の20分くらいは、世界観に入れず、また、カメラワークと独特の声を張り上げる演出? 演技?に入り込めませんでしたが、2つ目のセカンドトップの話に入ってきて、地に足が付きだして急に面白くなりました。そして、そのまま最後まで時代とともに駆け抜けた気持ちになりました。
初めに、舞台との間には壁がある・・・という前語りで始まったこのお芝居でしたが、その壁というものをベルリンの壁に見立てて崩壊させるという分かったような分からないようなお話でした。
いま我々の前にあるウイルスという壁。どこにでもいる少年がいて、それぞれのドラマがあって、生きていて壁を壊そうともがいている人がいる。それがこの芝居の主人公で、このひとりしばいをネットでお金を取って(3000円とはなかなかですよ)配信するというこの新型コロナウイルスのこの時代だからこその試みだったのだろう、というお芝居でした。
面白かったです。でも、カメラワークの演出はちょっと真正面アップが多すぎかと。





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