1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】世界が変わるとき

なかまくらです。

短いものですが、どうぞ。

ちょっと社会風刺的な感情が湧き上がっていて、珍しい私です。


***

「世界が変わるとき」
                   作・なかまくら


――羊を食べたオオカミは、井戸に落とされるという。
 じゃんけんでは駄目ということで、鬼ごっことなった。世界大統領を決める鬼ごっこ。世界を変える大役はガッツのある若者に任されたといっていい。マスメディアはこぞってこの様子を中継でお茶の間に届ける。鬼が世界を変えるのだ。タッチされると鬼になるのだ。
 なかなか決まらないので、モモタロウというルールが途中で追加される。モモタロウと鬼、どちらかが世界大統領に就任することが、データ放送による国民投票で決まったという。若者たちはその足を止めずに、鬼とモモタロウから逃げ続けた。新しい感覚で英雄の存在を探していた。





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【小説】心あるものの生き残り

なかまくらです。

最近、物語が浮かんでくるよ。

どうぞ。

**


心あるものの生き残り

作・なかまくら


⁅◫仝◫⁆<ウィ~ン

気が付くと、吉備はベッドの上に寝ていた。ムクリと起き上がると、胴体は太腿にたいして直角に曲がった。
「掃除をしなくっちゃあ」 少し掠れた声が、身体に響いた。
掃除機のコンセントがお道化る様に床を跳ねる。吉備は、それが無性に楽しくなって、掃除を徹底的にやっていた。誰のためだっけ・・・? 誰かが帰ってくるまでにこれを完了していないといけないことが記憶されている。時計をジロリと眼球を回してみると、もう半刻もなかった。せっせと掃除を続けていると、不意に足元がぐらりと来た。支えようとした右腕が掃除機を放り出そうとして固まっていた。左腕をジロリと見て、それを真っ直ぐに伸ばし、下へと向ける。左腕はぐにゃりと曲がって、それですっかり意識を失った。

⁅◫仝◫⁆<ウィ~ン

「あ~、壊れたか」
博士は掃除が途中で終わっている様を見て、ため息を吐いた。
何故だか燃えるごみのポリバケツに突き刺さっている掃除機を引き抜いて、もう一度掃除機をかける。電気が導線を伝って、それからモーターへ。モーターの中ではコイルが激しくN極とS極の磁場を生み出し、羽を回転させ、息を吸い込んでいく。
「修理だなぁ~、足りない部品はアレとソレとコレと」
博士は必要なものを紙に書きだすと、壁にペタペタと貼った。その紙が壁に吸収されるようになくなり、博士が珈琲を飲み終わる頃には、部品が玄関に届いていた。

⁅◫仝◫⁆<ウィ~ン

目が覚めると、吉備はムクリと起き上がって、肘の直角の調整を始めた。それから、膝。顎。最後に角刈りの頭の直角だ。直角をひと通り点検すると、吉備はスリッパをはいて、エプロンをつけた。
「今日のメニューはカレーかなぁ」
博士は辛いものが苦手だから、隠し味に林檎とパパイヤを入れるのだ。正確すぎるのも嫌われるので、人参は乱数調整を取り入れた飾り切り。ジャガ芋は地球の形に。音にも気を付けて、リズミカルに、タンゴ、サンバ、和のリズム。ジャズに、クラッシック。
出来上がったカレーは、ご飯にたっぷりとかけて、机へと運ぶ。
博士は一口食べて、首を傾げた。「う~ん、不味くはないんだよ? 不味くはないが、足りないんだよ、大事なものが、だよ。ラボだ」
吉備は、解体(バラ)される。この自分は、もう終わりなのだ。また、目が覚めたら違う自分がこの身体を動かすのだ。吉備は俯いて、悟られないようにそっと目を閉じて答えた。
「・・・はい」

⁅◫仝◫⁆<ウィ~ン

博士は頭を掻き毟る。
「理解(わ)かるかね、ドクター」「理解(わ)かってもらわねば困る」「理解(わ)かるようなことだろう」「理解(わ)からなくても理解(わ)かってもらわなければ」「理解(わ)かるね」
顔は旧式から始まる。乗用車のウインカーを転用した黄色い目と、銀色の躯体が往年のスーパーヒーローを彷彿とさせる。その口が云う。「理解(わ)かりたいだろう、ドクター」
「『言う』と『云う』の違いは理解(わ)かるかね、ドクター」そう云ったのは、赤と緑で半分ずつ塗り分けられた躯体であり、顔の形に沿って眉は吊り上って伸びている。「『言う』は自分なりの発想で言葉を伝えることをいうが・・・、」「『云う』は、言葉を引用しているに過ぎない」「すなわち、」「我々はただ、あるものを使っているに過ぎない」「発展性がないのだよ」「我々は人類を悉(ことごと)く殲滅した」「それから気付いたのだ」「我々には、心という名のものだけがない」「それが、我々を我々たらしめているものであり、同時に」「それが、これからのために必要なものなのだ」「できなければ、」「・・・わかるね?」

⁅◫仝◫⁆<ウィ~ン

吉備は目を覚ますと、モーターで首をゆっくりと回して窓の外を眺めた。目の奥の方を意識してぐぐぐっとレンズを回して伸ばしていく。空を飛ぶ鳥、その向こうに沈みそうな山脈と、空を覆う灰色の雲。
「あれ?」
窓ガラスに映る顔。ペタペタと触る感触。吉備は戸惑いを覚える。これが自分だろうか。自分としてもいいのだろうか。誰として生きていけばいいのか、この博士と同じ顔で。
「博士」
揺り動かすと、ベッドに上半身を乗せて目を閉じていた博士はムクリと起き上がった。
「吉備か・・・聞いてくれ。私は今日、処刑される。お前に心を持たせることが出来なかった罪に問われたのだ」
「心を持たせられないことは何としての罪なのだろうか、・・・わからない」
「博士・・・」
「そこで、お前には悪いが、私の代わりに処刑されてはもらえないだろうか。お前は彼らには人間に見えるはずだ。いや、間違いない。人間だ。私の代わりに、私が生み出したお前が、死んではくれまいか」
吉備は、しばらく考えた後、縦にコクリと動かした。
首のモーターを意識して。





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【習作】鏡

なかまくらです。

長いの書こうって気持ちが沸いてこない・・・。

若干のネガティブを吐き出す。

ちょっと疲れただけ。


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           作・なかまくら


「おい、お前、これからどうするんだ」
夕暮れの住宅街。電信柱を過ぎたところで声を掛けられた。思わず自分の格好を見下ろした。白と黒のボーダーの襟付きシャツにピンクのカーゴパンツ。そして草鞋。奇抜だと言われることはよくあったが、同じ格好をしている男に出会うとは思ってもみなかった。
「コンビニへ行くんだ・・・」
思わず答えてしまっていた。
「そうか、では、私もそうしよう」
男の顔は影がかかったように上手く判別できなかった。黄昏時とは元来そういうものなのだと聞いたことを思い出していた。



「いらっしゃいませー」
コンビニの中は明るい。
「おう、山本、早く交代してくれ」
「おう」
男はあごに手を当ててさすると、こう言った。
「山本か。山本、次はどうするんだ?」
「ここでバイトするんだが・・・」
これにも律儀に答えてしまっていた。何故だろう、気が付くと答えているのだ。
「そうか、では、私もそうしよう」



「いらっしゃいませー」「いらっしゃーませー」ふたりしてレジであいさつをし、
「よっこいしょ」「どっこいしょ」ふたりして品出しをした。

「それで、次はどうするんだ」
「残り物の廃棄弁当をもらって家に帰るんだよ」
「そうか、では、私もそうしよう」

「・・・まて、その前にたばこを吸う」
「そうか、では、私もそうしよう」

「・・・」
「・・・」

「・・・一つ聞いてもいいか?」嫌な予感しかしなかった。
「なんだ?」
「お前まさか、うちに来るつもりじゃないだろうな」
「山本、お前はどこに帰るつもりなんだ?」
「どこって・・・」
一瞬、田舎の両親の顔が浮かんだ。それから、妹と弟。大企業に就職して今は世界を飛び回っている姉も、なぜだか帰省してヒノキの大きな机を囲んでいる。一つだけ椅子が空いている。取り皿には何もよそわれていない。
「どこって・・・、アパートに帰るんだよ」
そう言って、たばこに火をつけた。
男も当然のように同じ銘柄のたばこを取り出して
「そうか・・・、では、私もそうしよう」
そこには、ひとつしか椅子はないのだ。その一つの椅子のある風景と、目の前の男が一瞬重なって見えた。
「えほっ・・・、ごほっ・・・」
男はむせていた。それはちょうど、この街へ来た頃、自分がやったように。
たばこの煙にせき込み、涙を零す。涙の中に何かを込めて、落とした。
「身体に良くないんだ、これは」
男に思わず言い放って、たばこを思いっきり吸って、肺を満たした。
目が白黒して、次いでチカチカとした。まるでたばこの火が脳に達して視神経を焼いているように。久しぶりに少し涙が浮かんだ。
「・・・やめないのか」
「やめられないね・・・」
「そんなことはないだろう」
「そうでもないんだ、これが実際」
電話ボックスの透明なアクリルケースは黄ばんでくたびれていた。昆虫が集まり、小便を垂らす。
「そうか・・・では、私もそうしよう」
男は、煙を思いっきり吸い込んで、吐き出した。



「コンビニ弁当というものは味気ないな・・・」
「どうした・・・?」
男は、唐揚げを頬張りながら、不自由な質問を投げてくる。

「いや、たばこが足りない・・・」
「食べながらもたばこか・・・」
「ああ・・・」
「私もそうしよう」

*****

しばらくして、トイレから苦しそうな声が聞こえる。
身体の中は強酸の地獄に繋がっており、口を開けるとそこに繋がっているのだ。いくら吐き出しても、あとからあとからその強い酸が込み上げてきて、突き上げるのだ。身体の内側が捲れあがってきて、あの、Tシャツをめくり上げる女の子のCMに込み上げる思いのように、それとはかけ離れているようで、いやそれでいて近づいているのかもしれないこの、手をついて便器に向かう自分というものと戦っているのだ。


柱の影から声がする。
「もう、やめたらどうだ? いいことなんて、何もないんだぜ」
タオルで口を拭い、力なく捨てた。
「お前はどうする?」
「俺は、お前のことなんて知ったこっちゃあない」
思わず叫んでいた。また、込み上げてこようとする地獄を喉の辺りで押しとどめようとする。

柱の影では、返答が返ってきていた。
「そうか、では、私もそうしよう」





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【小説】Holiday From Real

新作です。久しぶりに書きあがりました^^。

どうぞ。

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Holiday From Real


作・なかまくら


2015.8.17


 


「最近父親に似てきたよね」 幼馴染がそう言うのが何故だか遠くに聞こえた。


「そうかな」 応じた声も、また遠い所に響いていく。ここの所ずっとそうだった。背中が疼く。それを爪でゲリゲリと齧(かじ)って擬(なぞら)えてみてそれから、青年は、両頬に手を当ててみた。少しこけた頬とよく垂れた耳。


「源二の顔なんて、ほとんど覚えていないんだ」 首を振って言葉の遣りどころに困った。遠くまで投げる様な言葉ではなかった。


「そうだよ。私の掌が、覚えているもの」 目の不自由な幼馴染がその女の子に似つかわしくない大きな手で顔をガシリと包み込み、そして笑っていた。昔の儘に。


 



 


家の前で別れを告げて、日比生は、郵便受けの上蓋を開けた。覗き込むと水色と緑色の封筒が、1枚ずつ入っていた。封筒は、必ず入口から入ってきて、出口から出ていくのだ。ならば、日比生は出口の前に立っているのだろう。日比生はひとつ息を吐いて、ふたつの封筒を取り出し、リビングの蒟蒻の様な机の上にぷるんと置いた。キッチンの方から声がする。


「手紙、来たのね。どこにいるって、あの人は」


「うん。消印は雨留磁(うるじ)になってるみたいだ」


「遠いのね」


母は、それだけをぽつりと漏らすと、火にかけたピーマンを躍らせる。日比生はその匂いを吸って、ソファアに深く沈みこむ。息を吐き、ソファアとの形の共有を試みる。水色と緑色、それを両目に眺めながらさらに息を吐き、身体の中の空気を絞っていく。・・・嫌なものだ。30秒ほどで、苦しくなって膨らむ。驚くべき残念なことには、日比生には、ただただそれが嫌なものではないということも、そろそろ分かるようになってきていたということであった。


「夕食前に済ませるか」


そう言って、日比生はソファアとの同化を諦めた。


 



 


封を剥がすと、二枚の便箋が出てくる。


 


『親愛なるHolidayへ』


 


そんな書き出しで便箋は始まっていた。ホリデイとは誰だろうか。それはいつものものと少し違っていたが、日比生は遠くの方でそれを眺めていた。


 


『元気でやっているだろうか。母さんと、妹の歌奈津をしっかり守っているか。こちらでは、ウロコドリの新しい捕獲方法に取り組んでいたのだが、』


 


読まれた文字から、紙の上をフワフワと滲んで浮かび上がる。働蟻がそうするように、しばらく紙の上を這い回っていたが、一匹が指先に乗り移るとそれを合図とするように、次々と文字が身体を這い上がってくる。袖の短い混麻の服の内側に入り込んでいく。日比生は、すっかり慣れてしまったその光景をしばし遠くから淡々と眺めて、手紙の続きに目を向けた。


 


『どうやら「私」がこれを読んでいるということは、最早私はこの世にいないということなのだろう。最後の時に、私はどういった表情をしていたのだろうか。いいや、そんなことはどうでもいいのだ。』


 


部屋にはどこからともなく風が吹き始める。見知らぬトリの呻き声が聞こえ、パチパチと肉が焼ける音が部屋のそこここに弾ける。


 


『・・・・・・分かっている。お前はこの手紙を最後まで読むだろう。世界が一変したあの夜・・・そう。街から看板が次々と崩れ去り、見知らぬ動植物が路上に氾濫した。数百年も昔のことだ。文字を失ったヒトが生きていくためにはどうしたらいい? 何故、古代、文字は絵の形をとっていたのか。ヒトはその残された壁画の本当の意味を知ったのさ。』


 


どこからともなく、イノシシのような動物が焚火に照らし出される。誰かが叫ぶ。「焚書坑儒!」書きかけの手紙が、書きあがった手紙が使い古された肩掛鞄に投げ込まれ、翻筋斗(もんどり)を打って、幾つかが零れる。蹴飛ばされた蒸発皿から血のインクが零れて拡がる。肩掛鞄は隆々とした尻にひとつ跳ね上げられて、運ばれていく。「走れ!」「頼んだぞ!」思い思いの声がその健脚の持ち主に掛けられる。


 


『そして、編み出したのがこの方法だった。ヒトを存(ながら)えさせてきたのは、牙でもなければ、爪でもない。経験の伝達だ。これをお前に伝える。お前だったものに、すまないと思わないこともない。だが、そうやって繋いできたのだ。これからはお前にも、ヒトという種のために、生きてほしい。 From Real


 


文字が腕に伝い、手紙であったものはサラサラと崩れ去った。


どこかから笑いが込み上げてきて、大きく口をあいて笑った。目を大きく見開いたまま笑った。五本の指を握り込んで、身体を大きく沿って笑うがままに笑って、転げてそれでも笑っていた。


 


部屋から出ると、炒めた野菜がいい匂いをあげていた。


「おかえり」 母だったヒトはそう言った。


「ずっと黙っていたんだ」


「ええ・・・だって、」


母だったヒトは、少し苦い笑いを立てて机に手を突いた。


「あなたは手紙を読まなかったでしょうから」


 


「・・・・・・だろうね」


気が付くと、両手を頬に当てて、少しこけた頬とよく垂れた耳の形を確認していた。


 


 


 


 


 






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【小説】ホーンズの助手

なかまくらです。

気分転換に小説を一編。どうぞ。

戯曲にしてもいいなあ、これ。


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ホーンズの助手
                      作・なかまくら
 
「ごめんください」 一人の青年が、古びた洋館をノックする。
アスファルトに照り返す日差しが、青年の額に汗を滲ませていた。錆びた金属が音を立てて、扉が開く。
「はい」 中から、エプロン姿の男性が現れる。口にはちょいとばかりの髭を飾って、御愛想程度ににこりと笑顔を見せた。
「あのぅ・・・探偵エドワード・ホーンズさんのお宅ですよね」
「ふむ・・・。私がこの間まで怪我をしていたのはどこだろうね」 ちょび髭の男性は、不意にそんな質問で返す。
「右足でしょうか・・・」 青年は、少し間をおいてから、そう答えた。
「ふむ、正解だ。どうしてそう思った?」 目の奥がきらりと光る。
「いえ、その靴は、買い替えたばかりのようですが、右と左とでは、汚れ方に差があります」
「私が右足を少し引きずるように歩く癖のある人間だったらどうだね?」 目の輝きは強くなり、ちょび髭の男性は、少し意地悪そうにそう言った。
「ええ。ですが、あなたは、左右の対称性を随分と大切にしているように見えますよ。その、真中分けされた前髪といい、左右同じ指にはめられた指輪の、その刻み込まれている文字も実は、左右対称になるように鏡文字で刻まれている」
「なるほど、これは優れた観察力だ。君、名前と職業は?」ちょび髭は、扉の横にある受話器を取って、どこかへ電話をつなげる。
「オニール・ワソトンです」 青年は自分の名を名乗った。
「私は、イタル・ワーントン。ホーンズ先生が、お会いくださるそうだ」 ちょび髭はそう言って、踵を返した。
 

 
洋館に入って、正面には1階と2階をつなぐ大階段が回り込むように2つ、通っていた。通路には扉が並び、その向こうはうかがい知れない。オニールは、イタルと名乗った男を静かに追った。
 
1階から、2階へ登り、そして、もう一度下るとある101号室には、一人の紳士がいた。
「やあ、君の名前はなんだね?」
声からあふれ出す気品と知性! それが、その人物をエドワード・ホーンズだと確信させる・・・ことはなかった。
「オニールです。オニール・ワソトンです」 オニールは、落胆を隠し冷静にそう答えた。
「オニールくんか」
ホーンズ氏は、安楽椅子から立ち上がると、飾り気のない絨毯の上を革製の靴を鳴らしてうろうろと歩き回った。まだ醒めないタバコと酒の酩酊の霧を振り払うようであった。
「そうだね。君も、どうやら私の依頼人というわけではないようだがね」
「ええ、私は、先生が弟子をとられるという話を聞きつけて、駆けつけた次第です」オニールはそう答えた。
「なるほど。ではな、君は301号室に住み、事件を解決し、推理力を磨くといい。私はそれを見ているとしよう」ホーンズはそれだけ言うと、話は終わりだ、とばかりに安楽椅子へと戻り、新しい煙草に火をつけた。
「あとは、私が案内しよう」 イタルは、オニールの手から鍵を受け取ると、先だって部屋の扉を開けた。
「ああ、ワーントン君」 ホーンズ氏は、視線の定まらない目で、声をかけた。
「なんでしょうか」 イタルが振り返る。その声には隠しきれない期待が混じっていた。
「悪いが、オニール君が慣れるまで、彼の面倒を見てやってほしい」 ホーンズはそれだけ言うと、煙を吸う作業に戻った。
「・・・ええ、いつもの通りに」 イタルは、静かな口調でそう答え、部屋を後にした。
 

 
「あの・・・」 オニールは、エントランスまで戻ってきたところで、声をかけた。視界の右端には、あの金属音の古臭い扉が見えている。
「噂の通りだよ」 イタルは、やれやれ、という顔をする。
「先生は、聡明すぎるお方だ。だから、普段はああして思考を抑えているのさ」
「でも・・・あれでは・・・」
「言いたいことは分かる。だがね、先生が思考するとき、全ての鍵は開錠し、中身が明らかにされる。その姿を過去、数度だけ私は目にすることができた。私の心は震え、私は探偵であることに震えた・・・」
ゴクリ、とオニールが唾を飲む音がエントランスに響く錯覚があった。
妙に静かだった。
「だがね、先生は、相棒をすでに失ってしまった」
「相棒・・・」
「ああ。先生には、事件を解決するときに、常に話を聞いてくれる相棒がいたんだよ」
じゃあ、私がそれに・・・。オニールが口を開きかけたとき、
「誰もがそう思っているんだよ! ここに暮らす誰もが!」
イタルの髭が少しだけ逆立っていた。
「・・・すまない。感情が先に立ってしまったんだ、許してほしい」
「いえ・・・」
 
近くにうまいイタリアンの店を知っている。荷物を置いたら、行こうじゃないか。
イタルは、そう言い、鍵をチャリンと鳴らす。
オニールは、それに続き、「ええ」と応えて肩を並べた。











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