1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】ポカリスの越冬

なかまくらです。

超短編小説会(避難地)のイベントで投稿した作品です。

タイトルはふざけていますが、中身はまじめです。

前に書いた戯曲、「夜は明暗」と同じテーマで書こうと挑戦。

でも、書いていたら、全然違う話に(笑

どうぞ。

***

 木々のざわめきとともに、山向こうから風が押し寄せてきた。ポカリスは、ブルリと肩を揺らした。揺らして、驚いた。生まれて初めての行動だったはずなのに、懐かしい行動だと思ったのだ。
「なんだろう・・・?」 ポカリスは、ぼそっと呟いた。遺伝子が覚えているような、そう太古のリズムが身体の内側からせりあがってくる。
「どうした?」 前を歩いていたダカーラが振り返った。
「ん? なんだろう、こう、身体が振動してさ、なんだか、温かいんだ」 ポカリスは自分の体を強く抱いて、振動を止めようとした。止まらなかった。
「C.C.に見てもらったほうがいいんじゃないか?」 ダカーラの指さす向こう、遠い場所に、白い建物が見えた。
「ああ」 ポカリスは、ガチガチと歯を鳴らしながら頷いた。
C.C.の住むその建物には赤い十字が描かれている。それは、身体を開いたとき、中心にある器官とされている。血液が身体の中心から両手、頭、身体の中心をとおって、下半身へと流れていく姿を現している。すなわち、その建物は人体を診る処であった。
 
 
 静けさに包まれていた通りとはうって変わって屋内は、ざわついていた。大人たちが身体をグッとこらえるように抱きかかえ、黙っている。子どもたちは世界の終わりのように今起こっていることの感想文を述べたくっていた。いつだって子どもたちは最新の言葉を操る。この状況のことを、「寒い」と表現していた。
「あ、名前を書く前に体温を測ってくださいね」 受付のカウンターでお姉さんが手だけを伸ばして細い筒を渡してきた。熱い視線は、ハンサムな男性に送られている。
「あ、はい」 見れば、細い筒を口にくわえて座っている男女がちらほら見られた。
「男同士でやるのは冴えたやり方だとは思えんなぁ・・・いくらお前の為とは言ってもな」 そういうがいなや、ダカーラが、はむ、と反対側を加えてきた。
「!?・・・・・・!・・・・・!!」
「まみもみっえるかふろむ、むり、あるぞ(なにを言ってるかすごく、むり、あるぞ)」
しばらくして、温度差を利用して測っているんだと気づいた。筒の中に入った線が、ゆっくりとダカーラのほうへと動いていくのが見えた。おもむろに、「お前、寄り目だな」ダカーラが、筒を噛んで、ぼそっと指摘してきたが、無視した。
 
そのとき、ひとりの若者が飛び込んできた。その若者は、ゴゴティ。おとぎ話の短編小説に出てくるような裏話にあふれた銅像に住んでいる若者である。銅像なんてものは、この国にたったひとつしかなく、そして、そこに住んでいた老人の息子はたったひとりしかいなかった。
 
「フユーだ、フユーが来るんだ! じいちゃんは言っていた。フユーの訪れとともに、木々が枯れ、作物はできなくなる! 大変なことが起こるんだ! 変わるときには、ヒトに『震え』が出るんだ!」 ゴゴティは、一息にそこまでを叫んだ。
「震え」 ポカリスは、その言葉が妙に腑に落ちた。もともとそこにあったように、忘れていたポケットから、宝物を見つけたように。これはそう、『震え』ているんだ、ふるふると・・・いいや、ブルブルと! ポカリスは、興奮のあまり立ち上がった。
同時に、後ろの座席の男も立ち上がる。
「ゴゴティ! またお前か! お前はロクなことを言わないな!」 住人たちは言いたいことだけを叫び、それから、一方的無視に取り掛かった。
「でもさ、聞いてくれよ。聞いてくれよ、逆説的に言えば、ロクなことが起こらない時には、ロクなことを言わない俺のことを・・・じいちゃんのことを信じたっていいじゃないか! 大変なんだよ!」
 
 
 「待ってくれ。少し話を聞かせてくれないかな」
通りを銅像の方へと歩いていくゴゴティに、ポカリスは声を掛けた。震えは収まり、訳の分からない興奮が身体を包んでいた。何もかもがわからない中で、彼だけが、確信をもっているように思えたからだった。
「どうせ、あんたもからかおうってクチなんだろう?」
「いや・・・」
「まあ、からかわれるだけ、まだマシか・・・いいよ。ついてきなよ」
土踏まずから降りた梯子に乗って、銅像の中に入ると、立札が立っていた。
「ホリデイ?」
「この銅像の名前さ。彼はかつて世界に平穏をもたらしたとされる人物なのさ」
「平穏・・・?」
平穏とは何だろうか。
「平穏なんて、俺には似合わない言葉かもしれないな。なんせ、俺は騒ぎを起こす男だと思われてるわけだ」
「いや・・・平穏というのは、変わらない毎日と言い換えられるものじゃない」
ポカリスは、思ったことをうまく言葉にできたつもりで言った。
「ふぅーん」
「荷物、持ってきたぜ!」 ダカーラが大きな声を上げて、梯子の周りにどかどかとカバンを積んだ。
「しかし、あれだな・・・踏みつぶされた気分だ」 
「平穏に?」 ポカリスがそう言うと、
「・・・平穏?」 ダカーラは妙な顔をした。
「この銅像は、世界に平穏をもたらした人物なんだ」
「・・・それで、これからどうするんだ? いや、どうなるんだ?」
二人の視線を受けて、ゴゴティは背筋をピッと伸ばした。それから、親指の扉の向こうから、本を取り出してきた。
「おじいちゃんの本によれば、フユーが来る。空気の温度が下がるんだ」
「夜のように?」 ポカリスがそう聞くと、
「いいや、朝も、昼も。それから、夜は、もっとずっと寒くなるんだ」
本が乗り移ったように沈んだ声が、ゴゴティの口からしんしんと紡がれていく。
「もっと・・・これ以上に?」 ダカーラの声が震えていた。
「そういうことらしい」 ゴゴティの声に、白い湯気が混じっていた。
「・・・そして、雪が降る」
 
 
 二人は、火を囲んでいた。ゴゴティは書庫にこもったまま、もう2日も出てこなかった。
「なぁ」 ポカリスは、意を決してもいないのに、そう言った。
「なんだよ。わかるがよ」 ダカーラは、もってきた干し肉を食べていた。
「わかるのかよ」 少し笑った。
「わかるね」 ダカーラが、自信たっぷりにそう答えた。
「気持ち悪いな、昔からそうだ」
「いい友を持ったって、そういってほしいね」
「頼りにしてるよ」 ポカリスはそこで一旦、息をついた。
 
「俺は、平凡な人間だ。平凡な人間だから、平穏の意味も考えてこなかった」
「平凡も平穏もありふれていて気付かないのさ。空気みたいなものだから」
「でも、平凡な俺が、平穏を守ることが出来るだろうか」
「どうして、自分だと思ったんだ」
「彼がさ、『震え』という言葉の蝋燭に火を灯してくれたおかげで、俺の『震え』は止まったんだ・・・。俺も、そうありたい、と思ったんだよ」
パチリ、と焼べた木の中の空洞が音を立てて、弾けた。
 
「平穏ってさ、変化のないことじゃない。変わることに備え、安心して暮らすことだと思うんだ」
「そのために、生きるんだな?」
 
火が、パチパチと音を立てて弾けた。
 
「フユーを越えたら、銅像が立つかな?」
 
ダカーラは、ハハンと笑って言った。
さあな、冬に聞いてくれ。





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【小説】金のごみ

なかまくらです。

たまには、童話ぽいのを書いてみました。

どうぞ。

***********
「金のごみ」
作・なかまくら
2016.1.24
ある男は、けっして賢くはなかったが、

素直に喜んだり、悲しんだりすることの

できる人間だったそうな。男は、晴れた

日には毎日かかさず、街を歩き、ごみを

拾っていたそうな。それは、ごみをみて、

男が嫌な気持ちになるからだった。同じ

ように、ごみを見て嫌な人が出ないよう

男は、ごみを分別して持ち帰っていた。

あるときいつものようにごみを燃して

いると、煙が妙な風に集まって、その中

から、顔が現れた。その顔は、エホンと

せき払いをしてから、こう言ったという。

「お前は、実にできた人間である。お前

のような人間は少し良い暮らしをしろ。」

そう言うやいやな、燃やそうとしていた

袋の中身のごみ屑を、そっくりそのまま、

黄金の屑に変えて見せたのだったそうな。

 その話を聞いた、隣に住んでいる男は、

あくる日が来ると、さっそくごみ拾いに

乗り出した。燃えるごみ、燃えないごみ、

空き缶、空きビン、ビニール製のごみ袋、

発泡スチロールのブロックに、物干し竿、

折りたたまれた傘、車のタイヤに冷蔵庫。

「大きいものほど、大きい金になるぞ」

隣の男は、ほくそ笑みながら、せっせと

拾いました。拾ったごみは、金になると、

一切合切を棄てなかったので、隣の男の

家は、ごみだらけで悪臭漂う有様だった。

それでも、隣の男は、拾い続けたそうな。

すると、長い月日のあとに、遂に、煙が

顔の形をしたそうだ。その姿を見たとき、

隣の男は、ほっとした表情をしたそうな。

「お前は、実によくごみを拾ったようだ

お前のような人間は良い心を持つといい」

言うやいなや、隣の男の心身は澄み渡り、

ごみを片付けたそうな。







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【戯曲】ミナイミライ

なかまくらです。

戯曲を書きあげました。

今年はこれをずっと書いていたといっていい一年でした(笑)。

まだ、加筆修正するかもしれませんが、ともかく、書きあげました。

矛盾があったらごめんなさい^^; 分かりやすく書いた、つもりです。


長すぎるので、URLからどうぞ。

「ミナイミライ」
             作・なかまくら
http://nakamakura.iinaa.net/daihon/minai.html





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【小説】逆説

なかまくらです。

なんだかもどかしいものを書きたいんですよ。

そんなわけで、そんな挑戦です。どうぞ。


******

『逆説』
                          作・なかまくら



これは小説ではなく、逆説という文章の形式をとっている。
『5つの挙手があれば正しい』という言葉がある。
 
「ただいま」 そこは家の匂いがするとしよう、玄関のドアをガチャリと閉めたその時だ。茶色の足の甲が大きく見える靴が母のもの。おそろいの水色に白の水玉模様が2人の妹の。そして、黒い大きな靴があの人のものだった。この肩の荷が、家族を久しぶりに集めたのだとすると、ネズミに感謝するべきなのかもしれなかった。
 

 
あるときを境に、すべての画面の端に、ネズミが現れたとする。世界中の天才エンジニアたちが額を突き合わせてこの謎に挑んだというが、共通して得られたのは、“解なし”という、事実上の降参であった。その人類の頭脳の敗北宣言がニュースで流れたとき、突然、ネズミがしゃべったのだそうだ。
「私は、世界の外側の存在として、この意思を伝えている」
都旗ゆずるは、ブラウン管を通して、その放送を見ていた。その画面を所狭しとうねる竜を。
「3つのものだけを残すとしよう」
雲を纏い、竜は云った。「なーにを言ってんだかね、このネズミは」母がせんべいを食べながらそう言っていた。
「それ以外のものを棄て、もう一度見つめなおすのだ。・・・人選は既に為されている」
期限は一週間としよう。そう云って、竜は一か月ぶりに画面から消えていった。
 

 
・・・意外と騒然とはならなかった。それが中学生の妄想のようなものだったからだろう、その事件が起きるまでは。3日を過ぎたころ、予兆が起こった。2000メートルを超える空間に存在していたものがすべて消滅した。
都旗ゆずるは学校にいた。妙に窓越しに見える空が、澄んでいると思ったくらいだった。古典の授業中に突然校内に放送が入ろうとしていた。「ぜぇぜぇ・・・」放送の声は、息も切れ切れだった。よっぽど走ってきたのだろう。いったいどこから、何のために。「全校生徒は、今すぐ、下校するように!」
航行中であった旅客機は行方不明に。2000メートルを超える山々とその上に立っていた電波塔も消滅。人工衛星もすべて消息不明。誤作動で発射された大陸間弾道ミサイルもすべて2000メートルを超えたところで消息を絶った。
母は、仕事だろう。あの人は酔っぱらって寝ているだろう。小学校に通う妹たちを迎えに行くのは自分しかいなかった。ゆずるは手を挙げていた。「先生。」体育館の向こうのほうにいた先生がこちらを振り返った。疲れた顔をしていた。「ぼくは妹を迎えに行きます」
 

 
検討委員会の中で、ゆずるは浮いていた。
「分かるだろう、人類が生み出すことのできた、唯一の共通言語なのだよ。これを残さないでどうするのだっ!」数学者は言う。数学とは、人類がたったひとつ生み出すことのできた統一言語である。
「その言葉は、感情を持たないということがなぜわからないんだ!」芸術家は言う。芸術は、人類がたったひとつ生み出すことのできた統一の感動である。
「感情は、人を狂気に走らせる。心の安定を保たなければ、人類は少ないものの中で生き抜くことはできないだろうね」宗教家は言う。宗教は、人類がたったひとつ生み出すことのできた幸福感を与えるものである。
そして、少年は黙っていた。
「君の意見はどうなんだ」
ゆずるは、うまく言えなかった。なんとなく自信がないものだった。
 
家族は大事だ。
 
ただ、そう言えればよかったのに。
「ただいま」そこは家の匂いがするとしよう、玄関のドアをガチャリと閉めたその時だ。茶色の足の甲が大きく見える靴が母のもの。水色に白の水玉模様が2人の妹の。そして、黒い大きな靴があの人のものだった。
 
 
思えば、壊れてしまえばいい、と一番思っていることを守ってしまった。
家に帰ると、酒を飲むあの人が。あの人は酒を使って、いろいろな発明をしていた。酒で走る車、酒に電気を流してつくった照明。などだ。
だが、彼は、やっぱり酔っ払いだった。暴力を振るう。母も2人の妹もそれを嫌っていた。嫌っていた妹たちは、やがて外に出て行ってしまった。
彼には「家族」というものを知る由もなかった。だが、どうしてもほしかったそれを、手に入れる前に壊されたくはなかった。だから、あの時、家族に一つの相談をした。4つの手が上がる。父親の手が、ほしかった。『5つの挙手があれば正しい』という言葉がある。
これが家族だと、彼には認めたくなかったのかもしれない。
 
 
肉じゃがの匂いがする。
「ゆずる、ごはんよ」
「うん、今行くよ」
本を閉じると少年は部屋を出ていく。残された本の題名は「逆説」。







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【小説】分子運動による表層からの脱出

名嘉 枕です。

ほにゃにゃちは~。

某ゲームっぽいタイトルで、SFっぽい物語をお送りします。

どうぞ~~。


***


分子運動による表層からの脱出

                        作・なかまくら


「根元事象とは、それ以上細かく分解して分けられない事象のことであるからして・・・」社会人を対象とした数学塾の先生は、確率がお好きだ。世界の大体のことは数学で表せるのだそうだ。「宇宙は数学という言葉で書かれている」立方体の教室の前方の黒板、その上には、墨で書かれた文字が躍っている。かの有名なガリレオガリレイの言葉だという。
「そして、全事象は、文字通り、根元事象を集めた全ての事象。事象全体のことをいうわけである。」先生は、朗朗と事象を言い尽くした。
私は宇宙の孤独な旅人になる。根元事象が、地球だとするならば、全事象は宇宙全体の惑星・・・いや、宇宙そのものだろうか。
☀☀☀
地球の平均気温が10年で10℃上がったっていうニュース番組。1年に1度。2年で2度。3年目には怒り出して、3度の飯が喉を通らないという。
「いってらっしゃい」
玄関の扉を開けて、それから銀色のフードをかぶって顔を隠すと、内側はひんやりと涼しくなっている。
「いってきます」
ガールフレンドに手を振って、秒速2メートルで歩き出す。右足、左手、右手、左足。腕が付け根を支点に振り子のように触れる。時間が一定のリズムで流れ出す。行ったり来たりにかかる時間は、腕のふり幅によらない。大きく振るほど、振動の中心の速度は速くなるからだ。振り子の原理によれば、そうらしい。
風船クラブの活動は、週に一度、自由の螺旋像の足元に集まって風船を飛ばすことだ。風船にはそれぞれのメンバーの願いが込められている。螺旋の像は捩じれて歪んだ造形をして、5メートルのあたりでぱたりと切れて閉じていた。螺旋は押し上げられた円の軌跡。三次元の極座標方程式。原点からの距離と回転角で現在地がプロットされていく。
私は螺旋像を遥か飛び越えて、飛びゆく風船を見送った。風船は境界を越えていく。
☀☀☀
全事象の一つの要素が私だとして、私は、どのような事象であるのだろうか。
「お前の仕事に価値はない!」
工場長には怒られるばかり。給料は低いわ、労働環境は最悪だわで、どうして働き続けているのかもわからないが、やめる理由も分からないので、とりあえず働き続けていた。
「今日も、こっぴどく怒られてたな」
同僚の左院がポンと肩を叩いて、大満足バーを手渡してきた。パクリ。
「大満足ぅ~!!!」
それが聞きたかったんだ、と左院は笑った。それから、急に笑いを収めてこう言った。
「これは俺の独り言だ。この言葉は上の人間の耳には届かない。地の底を這う下水に交じって、海に流れて、2000年の海洋の大循環のなかで海洋深層水になるような、そんな独り言だと思ってくれていい」
左院はそれから、脱走計画を語り出す。一斉蜂起に続いてのデモ行進。正面の通用口から堂々と外へ出て、辞職届を紙吹雪のようにばら撒くのだ。
「どうだ、ひと口のらないか?」
☀☀☀
「渋い柿でも食べましたか」
群青の制帽を目深に被った男が、公園のベンチに腰掛ける。
「すまんな・・・、柿コーラ?」ぷしゅぅ、と、プルタブの上昇とともに気圧が下がる。
「限定品っす」ぷしゅぅ、と音が続いた。「・・・それで?」若い制帽の男は、ピンと糸を張って、声を沈めた。
「うん・・・これを拾ってな」無精ひげが程よく伸びていた。
「風船、ですか」「ああ、風船クラブというそうだ」「これがなにか?」
「中にこれが入っていた」その手に載せられていたのは、小型の爆発物であった。
「爆弾っすか!?」ベンチから飛び上がった男は、笑っている無精ひげを見て、座りなおした。
「反乱分子がな・・・そろそろ動き出すんだろうさ。嫌だなー」ぼりぼりと首筋を掻いた。
「嫌だって、言わない人間が、思っていないと思ってるんでしょうかね」
「さぁてね」
☀☀☀
水を見るとドキドキすることがある。いま、閉じ込められている。この水の分子のどれか一つが自分である。H2Oは小さな脱走計画に成功し続けている。沸騰することがなくても常温で置かれたH2Oは、少しずつ蒸発して、やがてなくなる。水面からの脱走を少しずつ、目には見えない大きさで、着々と進行させているのだ。目に見えないのは、目を盗んでいるともいえる。じゃあ、とばかりに、私は目を閉じて、コップの水をぐいと飲み干した。
体の中を水が通っていく。これが、私たちの現状だ。年齢でひとかたまりにされた私たちは、変わっていくようで何も変わらない、ひとかたまりの管の中を順番に流れているだけなのだ。その管が、外へ繋がっていくことはないのだ。そう思うと、鼻の奥がツーンと痺れて涙が出た。H2Oは逃げ道をたくさん知っている。
☀☀☀
風船クラブの定例会が、脱走計画の実行日だった。
踏み出す靴を作っている間にも、温度は上がり続けていた。





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