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なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】タイムマシンの罠

なかまくらです。

今日も文化祭の代休日でお休みです。

というわけで、朝から小説を書いていました。

途中、お昼寝を挟んで(・・・何て優雅なんだ)、

後半を書き上げて、とりあえずの完成。

ん~~、もうちょっと膨らめて、お芝居にしても良かったかもですね。

気が向いたら、戯曲に仕上げてみようかな。

2幕も作ったりとかして。

別の投稿サイトに投稿する都合上、刑事さんの活躍があまり描けなかったのが、

ちょっと残念なので、そのときには、そこも掘り下げてみてもいいかも、

と思っています。

それでは、どうぞ~~。

~~~~~~

「タイムマシンの罠」


                    作・なかまくら


「予告状が届いたんだって」


博物館の館長は、その声に顔を上げる。


「川面さん」


「・・・して、その怪盗・時秋(ときとき)のお眼鏡にかなった品というのは、どちらに?」


館長は慌てて、口に手を当てた。


「川面さん! お電話でもおはなしした通り、この件は非常に込み入った事情というものがありまして」


「なんですか! 込み入った事情というのは! そういうものは、持ち込まないでいただきたい!」


「ひぃえぇ!」 館長が川面の大声に思わずのけぞった。


「いいですか、館長。私の仕事はね、あくまでその品物を守ることにあるんですよ。そうでないところは、またそれが仕事の人に頼むのが筋って、そういうものでしょう」


「ええ、その通りですわ!」


「あっ、煤崎さん!」 館長が安堵の声をあげる。


「館長さん、こんなところではなんですので、このうるさい刑事さんを応接室へ案内してお茶とケーキとチョコレートパッフェを3人分、用意してくださりますね」


「いえ、私は要りませんが・・・」 川面が新しく来た女を上から下までじろりと見る。白いシャツの上にジャケット。黒のタイトスカートで、背の高い靴を履いている。見るからに機敏に動けなそうな恰好だな、と川面は心の中で嘆息した。それから、


「先に品物を見させていただきたい。作戦会議はそれからでしょう」


 



 


地下、ヘッドランプの明かりが揺れていた。


「悪いことをしているという実感はな、ないんだよ」 ちょうど金庫室の真下だった。


「例えば、気付いちまったとするよ。あんたが、いま、今更になって、自分がとんでもないことをしようとしていることに。今ならまだ間に合うかもしれない。やり直せるかもしれない」


基礎部分のコンクリートには小さな穴が開けられ、そこに挿入されたチューブへと特殊な溶剤がポンプで送られている。この建物の構造をこの怪盗に教えることができたのは、博物館の設計に携わった自分を含め、数名にしか出来ない。今回の手口から、真っ先に設計者が疑われるだろう。


「知ってしまったときが、そいつの潮時ってやつなんだろうさ。罪悪感は腕を鈍らせる。鈍った腕じゃあ、いい仕事は出来ない」


怪盗・時秋(ときとき)は、そう言うと、溶剤で柔らかくなったコンクリートをスコップで掻きだしていく。


「それでも、お金が必要なんですよ。ちょっと考えられないくらいの額が。それだけあれば、娘は治るかもしれないって」


「真っ当に生きていくなら、諦めないといけない。それが真っ当な考え方ってやつで、ただ、知っちまった。そのときが、そいつの潮時ってやつで、どうするか、決めないとな」


恐ろしい手際で、博物館の倉庫のコンクリートを掘り当てると、刳り抜いて、時秋は上へと抜けた。


「鷹野さん、あんたはそこで待ってな。案内ごくろーさん」


穴の向こうで、時秋はそう言った。


 


「さて、と・・・」 時秋は暗視ゴーグルを点灯させて、周囲を見渡した。赤外線が張り巡らされている場所を探すと、それらしい場所がすぐに見つかる・・・見つかったのだが。


「マジで手の形とはね・・・相当趣味が悪い御仁もいるもんだ」


照射されている赤外線をミラーでバイパスして道を丁寧に作っていく。『フレミングの右手』と噂されるその宝は、これまで厳重に保管されてきた。興味が湧いたら欲しくなってしまうのが怪盗・時秋という男の性質だった。その『右手』は思ったよりもずっと硬い感触だった。生きているような肌の質感に似合わず、金属だろうか、磨かれた石だろうか。硬質なそれを風呂敷に包んで、その場を離れた。


 



 


「・・・で、こちらの警備はもう、それは万全というやつでして」 館長は、倉庫の鋼鉄の扉を開ける。


「いいですか、これからお見せするものは、他言無用でお願いしますね」 と、煤崎は黒塗りのファイルを抱えて言った。


「パフェにいささか時間がかかりすぎではありませんか。奴はそそっかしいやつですから、予告状を出したらすぐにでも行動しないと・・・」 刑事の川面は、苦い顔をしていた。味わった黒珈琲の苦みを舌の上で転がしていた。倉庫の中央、置かれているはずの場所。


「「「・・・ないっ!」」」


それは、なかった。


 



 


翌日の正午ごろ。こんこん、扉を叩く音がした。


「来客の予定はないんだけどな・・・。あんた、ここ居座ってるといいことないぜ」


「私は、この罪の行く先を見ておかなければならない、そう決めたんです」


「ああ、そう・・・でも、そこはやめときな」


そう言いながら時秋は、銃を構えて扉の横にしゃがんだ。


「はいよ」


扉をゆっくりと少しだけ開けた。


「どうもっ! こんにちはー!!」 間の抜けた明るい女の子の声だった。


 


「・・・ん?」 少しの疑問。ちらつく照明。そして、時秋は黙った。


「波奈・・・」 鷹野の足が一歩、二歩と少女へと近づく。


「なんだ、手術は終わったのか。もう、歩けるようになったのか? え?」 今にも泣き出しそうな顔。それを時秋は苦々しげに見た。


「鷹野さん」


「時秋さん、娘なんですよ。彼女は、私の娘なんです」


「そっくりなんだろう?」 時秋は、努めて慎重にその言葉を伝えた。


その一言で、鷹野の足は止まった。


「いえ、・・・ええ、そうですね。そうですよね。そんなわけないですよね。それによく見れば別人だ。背も少し高いし、年齢ももう少し上に見えるし・・・」


「お父さん・・・」 その娘は呟いて、


「波奈・・・!」 鷹野は首を振った。正気を失うまいと、髪をかきむしった。


「声まで似てるなんて、残酷すぎやしませんか! ねぇ!」


「だが、残念だが、人間じゃないらしい」 時秋は、足元を指した。


天井からの照明に対して、彼女は影を持たなかった。


「ああ・・・」


「何の用だ?」 時秋は尋ねて、娘は応える。「『フレミングの右手』が動いたので」と。


それから、娘は、右手にサッと触れて見せた。途端に空間がぐにゃりと歪んだ。


 



 


「・・・で、結局その盗まれたものというのは、なんなのですか」 刑事・川面は、煤崎を問いただしていた。


「国家の安全に関わる機密でして」


「なるほど」


「フレミングの右手の法則とは、時間と空間の関係式を形にしたものです」


そう言って、眼鏡をぐいっとあげると、大盛りのパッフェを頬張った。


「正直言って、よく分かりませんね。それで、盗まれるとどう、国家の危機なんです?」


「(もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐ)」


「時間、かかりますか?」


「・・・ごくん。そう、時間なんですよ。時間が変化する。それが問題なのです。とにかく、彼から取り返してください。詳しい説明は必要があればそのときにでも」


煤崎は、そう言うと、お金を置いて、去って行った。


「はぁ・・・まあ、仕事ですから」 川面は、コートの襟を一度正した。


 



 


「また、厄介なものに手を出したな・・・」 古びた時計店のような雰囲気だった。店の主人は単眼鏡で、『右手』を見ていた。


「まあ、そう言わずに。時間があまりないんだ。明日の正午ごろだ。その時間になると、影のない女が現れて、気付けば1日前。『右手』を盗む直前の倉庫の中だ」 時秋はソファに腰掛けて、店主の作業を見ていた。


「あのときも大変だったよなぁ、『キログラム原器』を盗んだときだっけ?」


「よせよ・・・昔の話だ」


「まあそう言わずに。こいつがやっと一人前になった頃の話さ。『キログラム原器』の話になった。こいつは、1キログラムを決めている指標でな。こいつを盗んだらどうなるだろうって。そしたら、こいつ、ひょいって盗んできてよ」


それから世界は大変だったらしい。質量という概念が消失し、あるものは風に飛ばされ、あるものは、落ちた。決死の思いで『キログラム原器』を元の場所に収めてくると、それはすべてなかったように、元に戻ったという。


「へぇ・・・」 不思議な高揚感があった。世界は随分と広かった。鷹野はそれまで真っ当に生きてきた。しかし、世界の裏側はもっとワクワクとドキドキで満ちあふれているのかもしれない、と思った。


「ん~~、これ、一晩、俺に預けろ」 店主はそう言い、時秋は頷いた。


「例の時間までには取りに来る。マスターに迷惑はかけたくないからな」


「おう」


 



 


そして、何度目かの倉庫。


「・・・あきらめが悪いのね」 娘がそこにいた。


「どうも」 時秋は、そう返した。それから、ふと、あることに思い当たった。


「ここで、引き返せば良いのに」 娘がそう言って、時秋は笑った。


「なるほどな。あんたは確かに、鷹野の娘なんだな、未来から来た・・・」


「・・・なんのことかしら」 娘の声が初めて強ばった。


「悪いけど、お父さんはそっちに行くぜ」 時秋が不敵に笑って、『右手』を掴む。


「駄目!」


娘が叫んだ瞬間、倉庫の扉が勢いよく開く。


「そこにいるのは誰だ!?」


発砲。その銃弾は、時秋の肩の辺りを貫き、『右手』は時秋の入ってきた穴へと、鷹野が待つ穴の中へと落ちていった。


時秋の薄れゆく意識の中で、未来と繋がる音がして、娘の姿は見えなくなっていた。







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【小説】『ようこそ』が止まらない

なかまくらです。

ノリと勢いで書きました。

たまに書く何の意味もない話って、楽しいですね。

コレより前に書き出しているやつは、絶賛停滞中・・・。

もう1ヶ月位でそっちもあげたいなぁ。

それではどうぞ!

**


『ようこそ』が止まらない


作・なかまくら


20180505





「マリーさんはな、こんじまりとした個人なんだ」


室長が口につけたコーヒーカップをカチャリと置いた。


「・・・」


なんと応えたらいいのかわからず、佐々木は沈黙を返した。


街の大通りに面して作られたカフェ。そのテーブルの横に座っているのが室長であった。彼の活躍を人に聞けば、たちどころに口をつぐみ、裸足で逃げ出すというのが世の習わしであった。後には靴だけが残るというのが世の不可思議なところである。


「あるときのことだ。路地裏でお客様が襲われるという事件が起こった」 室長が、急に語りだした。


基本サービスとしては、持ち込みは禁止、というのがうちのホテルの原則。初めから抱えてきた負債は、自らの手で始末を付けて来なければならない。しかし、そのお客様の場合は、政府からの特別なご用命であった。


 



 


少女の名は、マリー。れっきとした日本人で、太い眉と、黒いゴワゴワとした髪の毛が特徴の小さな女の子だった。彼女は一匹のウサギのぬいぐるみを常に持っていた。フリルの付いたワンピースを着た姿は、写真でしか見たことがないが、それはまるでおとぎ話の中から出てきたようであった。彼女は、優れた洞察力と観察力、そして人を小馬鹿にする態度をもっており、そして恐ろしく賢かった。彼女を住まわせていたホテルの一室は、あっという間に数式と図形で埋め尽くされた。


「新しい部屋を所望するわ!」 彼女は、クレヨンを片手に息巻いてフロントへ現れた。ホテルマン達は、周囲に素早く目をやり、マリーをフロントの裏へ引きずり込んだ。


「あなた! 自分の立場が分かっていますか?!」


「ええ。何かあったら、ホテルマンであるあなたの指が消し飛ぶわ」


今はまだ5本満足な指で元気な拳を形成し、ワナワナと震わせる。


「ゲンコツ!? 世界最高の頭脳に対して、ゲンコツ!? これで、何かあったら、あなたがホテルマンであるこのホテルが消し飛ぶわ」 自信満々に言い放ったマリーの視界で火花が飛んだ!


「あいっ・・・!!」 目を白黒させながら自分に影を落とす人物を見つける・・・と、それが、若かりし頃の寺東室長であった。


「何すんのよーー!! 私に何かあったら・・・」


「そのときは、俺が守ってやる。だから、こっちにこい・・・」


ひょいと持ち上げられるマリー。その瞬間に、マリーの脳裏に思い浮かぶ残酷な未来。


「いやあああ! 助けてー! 天才少女誘拐事件よ! 誰かー!!」


その声に、何人かが振り向くが、寺東室長の横顔を見たものは、その場に靴を揃えて置くと、一目散に出口を目指して疾走する。そして入り口に並べられたスリッパを履くと、通りの人ごみの中へと消えていった。


「いいですか、みなさん! おしりぺんぺんは犯罪です!!」 そう言い残して、マリーは、ホテルの一室に消えていった。確かに、若干、犯罪の匂いがするのだが、整然と並んだ脱ぎ捨てられた靴の存在感の前に霞んで消えた。


 



 


マリーには、家庭教師を招き、勉強をさせた。興味のおもむくままに彼女は勉強を続け、彼女が保護認証プログラムで、このホテルに匿われている本当の意味が室長にも理解できるようになった。


「マリー」 室長は、廊下を闊歩している女性を呼び止めた。


「呼び捨てとは失礼ね、寺東さん。私、これでも17才の立派なレディなのよ!」 そういって、手を広げてクルリと回ると、スカートの裾がふわりと持ち上がって、廊下が一瞬、華やかに見えた。初めてここにきてから、8年の歳月がたっていた。


「おっと、これは失礼」 寺東室長は、両手を挙げて、降参のポーズをとった。


「あなたの降参のポーズはそれではないわ」 マリーがやれやれ、と大仰に首を振って見せる。


「だって、もちろんその袖にはスライド式の短銃が仕込まれているんだもの」


寺東室長はクツクツと笑い、マリーはわざとらしくため息をついた。


「ほら、マリーさん。言ってごらんなさい!」 マリーは、いたずらな顔をして、それを求める。17才となり、自分の立場、目の前の、兄のように慕ってきた男の立場というものが見えるようになっていた。


「やれやれ、降参だ。マリーさん、なんなりと」 寺東室長がそう言うと、マリーはにっこりと笑った。


「私に外の世界を案内して頂戴」


 



 


ホテルマンを何人も配置し、厳重な警備だった。そんな中でのショッピングを彼女は楽しんだ。そして、一瞬の隙をついて攫われた彼女。路地裏で、彼女は襲われた。


無事だったことだけが、何よりの幸いだったが、その過程で、一人の男が撃たれた。それが佐々木という男だった。最初のカフェで出てきた男であり、いま語っている・・・これは俺である。そう、室長が眺めているのは写真だが、俺は、生死の境をさまよい、いま写真に乗り移っていたのであった。たぶん頑張れば写真の口元を少し動かすことだってできるはずだ。


「マリーさんは、ごく普通の女の子なんだよ。そうやって扱ってやれないこと、生きていけないことをどうしてやれるだろうか」 寺東室長は、そう言って、コーヒーに口をつけた。俺は、写真ごしに室長を眺め、なんと応えたらいいのかわからず、佐々木は沈黙を返した。


 



 


そのときだった!


「室長!」 後ろから血相を変えて、ホテルマンがカフェに入ってくる。


「た、大変です! あの小娘が!!」


「マリーがどうかしたのか」 室長は、立ち上がると同時に歩き出し、カフェの扉を大きく開いた。そこでふと気づく。ホテルマンの顔は、どちらかといえば、怒りに振り切れている。


「いえ、それが、その・・・「ようこそ1号」が・・・」


「はい?」 室長の素っ頓狂な声を聴くことができたのは、後にも先にも今のところ、この時だけだ。


 


マシンガンの一斉掃射が行われる中、動じないにこやかな顔。


「ようこそ、ようこそ、ようこそ・・・」


「な、なんだこれは・・・」 室長のうめき。


「あ、寺東さん!」 立てた丸テーブルの後ろ側に、マリーの姿があった。


「あー、これはいったいどういうことかな?」


「あっ、ちょっと、失敗しちゃって・・・ホントはね、もう誰も傷つかなくていいようにって、ガーディアンロボをと思って作ったんだけど、AIが、暴走しちゃって・・・てへ!」


「後で、おしり洗って待ってろ・・・」 寺東室長の完全に犯罪にしか聞こえない発言に、しかし、その瞬間に、マリーの脳裏に思い浮かぶ残酷な未来。


「ひえっ・・・」


続くマシンガンの掃射。何人かは裸足で逃げ出した。


俺・佐々木は幽体を活かして、決死のロボ乗っ取りを敢行しようと準備運動を始めた。


最前線にいるホテルマンの一人が撃ちまくりながら悲鳴を上げる。迫りくる笑顔。


「室長! 『ようこそ』が止まりません!」






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【小説】もうすぐ始まる

なかまくらです。

久し振りな気がしますね。

小説、書きました。どうぞ。


ーーーーーーーーーー

もうすぐ始まる

             2018/04/28
             作・なかまくら


最近、よく夢を見る。


水の向こうに揺らめいている海底。


海底からの視点に移ると、泡が上っていくのが見える。


ぼん、とバブルリングが海底から生まれると、周りのプランクトンや小さな泡、積もった塵なんかを巻き込んで、浮上していく。その泡の中では、激しく渦巻いてやがて小さな細胞が生まれる。せわしなく動き回る細胞は、くっつき合うことを発見し、やがて複雑な構造を実現していく。コミュニティーを作り出し、分裂とは異なる増え方を見いだし、そして、異なるものを排除するようになる。激しく争い、そして最後には、ぱちん。


海底からの視点の中で、はじけて消えた。


最近よく見る夢の話だ。


 



 


「ただいま」


待っている人の居ないアパートへと帰った。がらんどうの部屋。蛍光灯が苦しそうに明滅し、点灯した。リビングに置かれた背の低い机には大切な写真が置いてある。写真の中で妻と子どもが笑顔を見せていたが、今はもう、それは別の男のものになっていた。


包装フィルムをむしり取り、電子レンジに入れると、他にやることもなくテレビを点けた。


「遂に発見! 謎の石版・・・その内容は?」


見出しが画面の右上に表示されている。


ちん、レンジが調理完了を知らせた瞬間、ぼくは自分の目を疑っていた。表示によれば、目の前の映像はライブ映像だという。どこかで見たような海底。頼りない光線がゆらゆらと照らして、全容は見えない。ただ、目の前に広がるのは、どこか懐かしいような、そんな・・・。


こんこん、


「はぁい!!」 反射的に答えて、その自分の声が水の中から聞こえているようだと思った。


こんこん、その音はひどく遠慮がちで、遠くに聞こえた。それから声がして、


「川崎さん・・・ではないですね」 女性の声で、向こうから聞こえてきた問いかけに対して咄嗟に答えていた。


「違います。私は藤原です」


「そうですよね」


それだけの会話だった。レンジが、ちん、と鳴った。さっき、鳴らなかったか。


扉の隙間から蒸気が立ち上っていて、中の冷凍食品は見えなかった。ただ、何かの影がもぞりと動いた気がして、背中をぞわりとしたものがよじ登った。無言でコンセントを抜いた。それから扉をガムテープで完全に密閉して、風呂場に置いて、布団を被った。音はなかった。都市の騒音。それ以外何の音もない、静かな夜だった。気が付いたら、眠っていた。


 



 


「川崎君」


博物館。資料室の扉を開けようとしたところで、声をかけられる。


「いえ、藤原ですが」


「うん、それだ」 上司はぼくの名前を覚えていない。


「歩きながら話そう。化石の整理、どこまで進んでいるかな」


「はい」 資料室に入るのは諦めて、先に珈琲を買うことにした。ポケットの中の硬貨を転がして確認する。


「38億年前、最初の生物が発見されたものから、順番に並べています」


「そうだろうね、それがまさに頼んだ仕事だからね」 上司のことは3年の付き合いになるがはよく分からない。


「それで、その系統ごとに進化の系譜をたどるように、標本を置いているところですが、」


「そう、進化なんだよ。進化なんだ。生命は進化することでここまで多様な生物種を生み出してきた。けれども、進化の果てに滅びようとしている」 上司の終末思想はいつものことだった。それで、こう続くのだ。「では、そもそも、我々の細胞はウィナー・インザ・ポッド(確率的に生き残ったもの)だとして、何故選ばれたのだろうね」


それで、ぼくの答えも決まっている。「私は神の存在を信じるつもりはまだありませんから」それは自分にとってその問いが決して高尚なものではなく、その問題がどうしても解決しなければならないこととは感じられないから、というだけの理由なのだが、“まだ”という言葉に、上司はどこか満足気な顔をする。それから「なるほどね」としたり顔でつぶやいて、いつもぼくは迷惑に思っていた。


「うん。そこまでやってくれてあれば、大丈夫だ。」 何が大丈夫なのか、と身構えると、


「例の石版なんだけどねぇ・・・」 懐に手を突っ込む。そして出てくる航空券。ああ。


「現地調査に行ってきてくれたまえ」 イヤな予感は当たっていた。


 


思えば、あのときもそうだった。突然の海外出張。あのときは、地面にぽっかりと開いた穴の中だった。パラシュートでしたまで降りて、墓標を調べた。それは、誰のための墓だったのか、咲いていた小さな花で花束を作って、供え物にした。祈りの手を合わせると流れ込んできたのは、何だったのか。それは星の悲しみのような、抱えきれない感情のような。気が付けば、救助のヘリの中にいた。それから、帰ってほどなくして、妻は娘を連れて出て行った。


あのとき何かが変わってしまったのだ。あれ以前と、あれ以降ではどこか自分でない自分が目覚め始めていたのだ。最近よく夢を見る。水の向こうに揺らめいている海底。


 


ざざん、波の音。どこか懐かしく感じる音。


ウェットスーツを着て、酸素ボンベを背負っていた。


「では、行ってきます」


TV局はスクープを求めて、競って船を並べていた。彼らは、今どんな感覚なんだろうか。


身体が内側から温かくなるようだった。どくん、どくん、と動悸が起こる。強く打ち付けて、普段よりもぼくの身体が何かに備えるように、強く命を輝かせようとしているようだった。


 


沈んでいくぼくを、海底から見ているようだった。


海底はどこまでも暗い。明かりは、当たっている場所だけを照らしている。


「・・・顔?」


ぼくは何故かこのとき、あの日の夜を思い出していた。あのとき、「そうです。川崎です」と言っていたなら。


 


顔で言うなら鼻の穴の辺りをこんこん、と遠慮がちにノックしていた。


それから、それを問うたのだ。


ーーーーーーーーーー

あとがき
なんとなく、生命の誕生について
それから、生命の未来と生まれてきた意味について






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【小説】小さな指輪

なかまくらです。

新作です。

丁度、タイムリーに、仮想通貨のお話を正月に書いていたのでした。

結構素敵なお話になりましたよ。

2018.1.1 「小さな指輪」 
  ### 俺はようやく買った小さな指輪に名前を刻んで彼女に贈った。





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【小説】月がきれいだ

なかまくらです。

作風を広げたい! ということで、いろいろ試行錯誤中。

どうぞ。


「月がきれいだ」

                  作・なかまくら


「ああ、月曜日ってさ、月に帰りたくなるよね」
初め、唐突に彼女はそう言った。彼女は今日に限って、浴衣を着てきていたし、僕も血迷って、タキシードだった。自分の意味不明な恰好に気付いた僕たちは、駅のホームで互いをひとしきり笑って、人気のない、小高い山の上の公園を目指した。
夏の夜の生ぬるい空気を切るようにして、階段状に並べられた丸太に足を伸ばしていく。
「草履、大丈夫?」
「あー、火照って、熱い熱い・・・。その恰好こそ、どうなのよ」
ぷぷっ、と、彼女は今日初めて駅で会ったときの可笑しさを思い出したのか、口を丸めた手で押さえて笑った。僕は真顔になって、笑う彼女を見る。すると、彼女はますます笑って、幸せを運んでくれる。彼女は水のようで、僕はそこに佇む一本の木のようだと、感じる。心に彼女の楽しさが染み渡ってきて、僕は遅れて綻んでいく。
ばらばらに解けた金糸を使うなら、贈り物は何だろう、と彼女にぴったりな何かを探してみる。革靴が落ち葉を踏みしめて、その足元を前後左右して、土の上をアリたちが、女王への贈り物をせっせと運んでいくようなそんな気がしてくる。
「すっかり日が落ちたね」
「きれいだね」
「うん、」
この次だ。この次に彼女は、決まってこういうのだ。「月曜日ってさ・・・」
それを合図に、雲間からまんまるお月様が現れて、シャランと錫杖が振られて音をこぼす。彼女の浴衣はあっという間に天衣無縫の羽衣へと着せ変わり、内側から薫風のわき上がるように、ひらひらとその衣のすそを絶え間なくたなびかせていく・・・。
そんな風に彼女が月を見ているから、僕はいつも慌ててこう言うことにしている。
「じゃあ、火曜日はどうしようか」
そう言うと、彼女は急に真剣な顔になって、
「うーん」
と言って、僕はその横顔を見ている。





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