1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】蟻のせい

なかまくらです。

仕事を片付けようとすると、こんなことばかり思いつくので、

困ったものです(笑)。



どうぞ


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蟻のせい
                              作・なかまくら


「敵は本能寺のあり!」光秀あらため、滅秀と拝命した武将は、気づいてしまった。すべての元凶は一匹の蟻である。蟻のつついた小さな穴から、天下の城は綻びるのだ。ところが野心とは取り返しのつかないときに現れるもので、言い間違えたのだ。しかしまあ、蟻も焼けてしまったことなので、黙っていた。
















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【小説】海老原さんのエビフ的人生

なかまくらです。

私の参加している超短編小説会の今年のお祭り参加作品でした。

ここのお祭りは毎年、力作がそろうので、負けていられないのです。

良かったら読んでみてください。

https://shumi.herokuapp.com/ssses

では、お披露目です。どうぞ。


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「海老原さんのエビフ的人生」

                        さく・なかまくら
ぼくがその高校に転校していくと、同じクラスに絵にかいたような美人さんがいた。海老原さんだ。そして、江舟という名字のぼくは、彼女の後ろの席になってしまうのだった。そして、ぼくの一風変わった高校生活が始まってしまったので、ここに記録しておこうと思う。
 授業。海老原さんは、小首をかしげて頬杖をついて、板書をノートに写している。2時間目の数学の時間には、「分かる?」と一度学校に不慣れだろうぼくに気を遣ってか、振り返った。かわいい。これがいけなかった。
 昼休み。まだまだ馴染めていないぼくは、母の作ってくれたお弁当箱の包みを開くところだった。
「おい、エフネっつーの、面、貸せや・・・」
強面の学ラン上級生が、開いた扉の枠に手をかけて・・・こちらを見る目はまさに虎! おいおい、今年は丑年! 1年早いよ虎視眈々! 腰に手を当てた上級生の手が淡々と・・・くいっくいっ! ぼくは狐のようにしおらしく、おずおずと屋上に連れていかれるのだった!
屋上に上がると、そこには5人の男子高校生たちが全国制覇世界征服夜露四苦ぅ、な感じで集まっていた。左から、アホ毛、丸眼鏡、リーゼントカット、発酵食品(納豆を頬張っている!)、大仏と瞬時にネーミング。それを知ってか知らずか、こちらを見る目は厳しい! 何かの気に障ってしまったのだ。これが、転校生に対する洗礼! とある宗教に入信するときは、頭から水を被って己のこれまでの罪を洗い流すという。罪!? 平凡に生きていきたいという罪!? それを罪というのなら、・・・ギルティ。すなわち、罪!?
「おい、エフネ。お前には、2つの選択肢がある・・・」
ぼくを屋上に連れてきたリーゼント=カット先輩は、ヤンキー口調でぼくに迫る。ごくりっ!
「・・・いいか、」
緊張しすぎて、酸素が足りなかった! 酸素! 算数! サンセット! 酸素! 算数! サンセット! 頭の中で夕焼けのサンセット! 護岸堤防の上を走り出すアホ毛、丸眼鏡、リーゼント、発酵、大仏、そしてぼく! ジャージ姿の海老原さんがなぜか自転車に乗って、ぼくたちの後ろからついてきている。運動不足のぼくはすぐに息が上がる! そうか、海老原さんか! 海老原さんなのか! 胸がどきどきする! 酸素が足りない! 酸素! 算数! サンセット!
はっと我に返ると、リーゼント先輩は何かしらを言い終わっていたようで、ぼくの返答を待っていた。こいつはマズいぞ! おい、酸素! なんだい、算数? 何と答えたらいいんだ、そう、せーの。
「・・・サンセット?」
「さーせんだとぉ? いいか、お前に与えられた選択肢は、」
あ、間違えるともう一回言ってくれるようだ。優しいぞ! リーゼント界の村人A!
「海老原さんの動向を我々に伝えるか、席替えを所望するか、なんだよぉ・・・!」
ぽかんとしたぼく。頷くアホ毛、丸眼鏡、リーゼント、発酵、大仏。そして、・・・サンセット。繰り返し。
こうして、ぼくと海老原さん親衛隊の皆さんのおかしな日々は始まった。
「いいか、海老原さんはなぁ、外見はカリッとしていて、なかなか近づけねぇ・・・だが、中身はたぶんプリッとキューティできっとお人形とかが部屋に飾ってあってだなぁ・・・」
リーゼント先輩が猛烈に愛を語るのだが、丸眼鏡先輩がヤレヤレとそこに口を出す。
「太郎は、そんなだからフラれるんですよ」
「いや、フラれる未満というか、実際フラれるところまでいけてない」
発酵がチーズを齧りながら、ボソッと言う。ラブレターを書いたところまでは良かった。それをあろうことか、彼女の家のポストに投函しようとしたのだ! しかし、リーゼントに間違いは起こるもの! 海老原家の隣の大仏の家に投函されてしまったのだった! 大仏が開眼したのは、アホ毛曰く、長い付き合いの中で、その時だけだったという。紅葉の綺麗な10月のことだった。秋の川が真っ赤に染まったのは、それはそれは綺麗だったという。なお、大仏様は、普段は心の目で、海老原さんを遠くから御守りしているらしく、それはそれで結構クレイジっている。
さて、文化祭や体育祭、遠足などでは可能な限りの露払いを勝手に承り、毛虫を払い、小石を拾い、飲みかけのジュースの缶で不快な思いをさせてはならんと、拾い上げた。雨にも風にも負けない、丈夫な肉体を保つために、日々のトレーニングを欠かさない。東に困っている海老原さんがいれば、行ってさりげなく海老原さんの友人を助けに呼び、北に悪い人間の噂があり、巻き込まれそうな海老原さんがいれば、親衛隊の筋肉でこれを制した。
ぼくらの中には暗黙のルールがあった。決して抜け駆けはしないこと。それを裏切ってしまえば、大仏の中の大仏様が開眼してしまう。親衛隊の結束は固かった。だから、今から話すこれは絶対に秘密にしておかなければならない。
とある(言えないが)14日のことだ。
「江舟くん、ちょっと数学教えて」
そう言って向かい合わせになったぼくに、彼女は明日の課題の質問をする。
なんてことのない問題を、時間をかけて丁寧に解説する。それが終わると、
「ありがとう、これ、お礼だよ」 そう言って、小箱がプレゼントフォーされる。
「あ、ありがとう・・・でも、これ」 心の目がこちらを見ている気がしてか、すごくドキドキしていた。彼女はカリっとしていて動揺を見せない。
「わかってる。あの、面白い皆さんのことでしょう? だから、・・・内緒ね」
そう言って、唇に人差し指を当てた彼女の顔は少しだけ赤く、たぶんぼくの顔は茹でた海老の尻尾のようになっていた。







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【小説】未明

なかまくらです。

物事を学ぶということについて。

小説です。どうぞ。



「未明」

                  作・なかまくら

「おとぉうさん、火が出ないよ」 まだエンキが小さかった頃の記憶だ。時々夢に見る、断片的な情報の羅列。エンキは左側頭部で主張の激しいアホ毛がトレードマークで、まだお父さんとちゃんと発音できなかった。同年代の子供に比べて少し発音が苦手だったかもしれないが、特に問題はなかった。夢の中を見渡せるようになったのは、同じ夢を10回見た頃のことだ。キッチンのカレンダーは10月。何歳かは覚えていない。お母さんはその時、家にはいなくて、お父さんがキッチンにやってくる。ズボンはいつも絵の具がついている。お父さんは絵を描くのが好きで、朝、空が明るくなってから、暗くなるまで絵をかいて過ごしていた。「サンセットがいいんだ。赤なのに、赤だなあとは思わない。何か大切なことを忘れているような寂しさや怖れとか、理由もわからない感情が湧き出してくるんだよ、だから好きだ」お父さんはよくそう言っていた。
「火が出ないって?」 お父さんは、つまみをしきりに捻って、続いて首をひねった。
「おかしいな」 そう言って、火にかけようとしていた鍋のスープをコップに移してレンジでチンした。「少し出かけてくるから、しばらくはこれで対応しなさい、分かったね?」「はぁい」
何も解決してないじゃないか、とは言わなかった。暖かいスープがエンキの手の中にあった。結果としては一緒だった。
しばらく、とはどれくらいの期間を指すのだろうか。カレンダーは自動的に表示内容を11月に変え、12月に変えた。それから、また12月が来て、そして12月になった。それを8回ほど繰り返して、エンキは15歳になっていた。その間に弟が生まれた。母があなたの弟よ、と連れてきた。父は調べたいことがあるからしばらく留守にする、と言って帰ってきていない。
「しばらく・・・」
朝ご飯は、家の中央の柱のドアを開ければ用意されている。それを家族の分だけ食卓へ並べるのはエンキがいつもやっていた。
「お母さん、サン、ご飯だよ」 母と弟を呼ぶ。
「1,1,2,3,5,8,13,・・・」 弟のサンは時折、わけのわからないことを考えている。
「なんだそりゃ?」
「13の次は?」
「分からないけど・・・」
「2つ前の数と1つ前の数を足すと、その数になるんだよ」
「でたよ、足し算、だっけ?」
「そう、算数とボクは呼ぶことにした。だから8たす13は21だ」
「たすというのは、合わせる、ということだろ? 1,2,3・・・20、21だ」 エンキは手の指と足の指を総動員して、最後に1だけ足りない分は首を前に倒して数えて用を足した。
「確かにそうだよ。けどさ、サン。それが一体、何の役に立つんだい?」
「分かんないかなぁ・・・」 サンは勿体ぶってそう言って、「まあ、ボクにも分からないんだけど」そう言って、頭を掻いた。「たださ、役に立てる方法を知らないだけなんだよ」サンは何か遠くのほうを見ているような気がして、エンキはとりあえず、頷いた。
そして、水が出なくなった。
気づいたのは、母だった。サンが、キッチンの水の口のつまみをひねる。サンは首をひねらなかった。
「兄さん」
「なに?」
「なにか硬い、尖ったものがないかな? キッチンの下をこじ開けるよ」
キッチンの戸棚はずいぶんと硬い物質でできていた。庭の木の枝を切って打ち付けた。すぐに折れた。道路に敷き詰められている石畳の欠片を叩きつけてもほとんど変わらなかった。移動式のキャビンを思いっきり投げつけると少しだけ歪む。その隙間に枝を差し込んで、打ち込んで広げていく。蓋の中は、よくわからない点滅を繰り返す色とりどりの光が溢れていた。その中で二つが色を失っていた。その管の伸びている先は、火の口と水の口につながっていた。
「どういうこと?」
「どうもこうもないよ。ボクらは、そう思うことを許されていなかったんだ・・・」
「ごめん、何を言っているか分からない」 エンキは、不安の声を上げた。いや、分かっている。感覚としては分かっているが、それをどう言い表してよいのかわからないのだ。
「ずっと思っていたんだ。これを誰が作ったんだと思う?」
「分からない」 エンキは首を振った。
「これは?」 サンは、食べ終わった朝食のトレイを指さした。
「分からない」
「お母さんは?」
「知らないね。そういうものだと思ってたから・・・」
「そうなんだよ。つまみをひねれば火が出たり、水が出たりする。それは、そうだけれど、そうじゃない。‘火‘とはなんだろう、‘水‘とはなんだろう、ということなんだよ。そしてボクたちは何だろう、ということなんだよ。」
エンキは、ふいに自分たちがひどく小さな場所に閉じ込められているような気がしていた。自分たちの足元がひどく不安定で、それをどうにかする方法が見当もつかないことに気づいた。
「どうしたらいいんだ?」 エンキはサンに答えを求める。
「分からない」
その答えにエンキは落胆する。
「兄さん、落胆するんじゃないよ、こういうときは。ボクたちは問題を見つけた。あとは解くだけなんだ」 サンの声は、決して絶望ではない、と思わせてくれた。むしろ、ワクワクするような、先がどこまでも広がっていくような・・・。
「お前は、何者なんだ・・・?」
「分からない。母さん、ボクはどこからきたんだい?」
「16になるときに話すしきたりなのだけど・・・いいわ。子どもは、まれに朝食と一緒に届けられるのよ・・・」
「そうしたら、俺たちは、こうやって食べているものと何が違うのだろう? 間違えて食べないのはなぜだろう? 食べているものはなんだろう?」 エンキの中からは疑問があふれ出していた。
「ボクは時折、見たことも聞いたこともないことが浮かんでくることがあるんだ。それはボクがどこかから来たから、なんだね。探しに行こう、そのどこかを・・・」
それから、街の中央広場の噴水広場に人々は集まった。噴水の水は絶え、その理由を誰も知らなかった。噴水の像に縄をかけ、引き倒すと、大きな縦穴が現れる。その穴に調査隊を送る。その先頭にはサンとエンキもいた。
サンが言う。次に起こることは何だと思う?
エンキは想像もつかない、という。
サンは、笑う。たぶんね、呼吸ができなくなる。吸っているもの・・・これをサン素と名付けようと思う。これを作る方法を探さないといけない。サンは、いたって真剣な表情だった。
地上では、天の欠片が一つ、広場に落ちたところだった。






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【小説】10月はカットします

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

書初めということで、小説でもどうぞ。


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「10月はカットします」

                              作・なかまくら



「えー、地球脱出船の出発ですが、10月31日に決定しました・・・すでに抽選は終了しておりますが、ここでひとつ、国民の皆様に大事なお知らせとお願いがございます」
総理大臣が首相官邸でその発表をした。そのルックスで圧倒的な人気を集めた総理が、ツルツルピカピカのHEADを披露したことで、週刊誌は沸いた。
『未来はどこへ!? GO A`HEAD‘!』
『総理ご乱心!? 国民総丸刈り!』
『男女平等について考える。女性の髪』
『丸刈り美人。新時代のファッション特集!』
『放射線被曝による脱毛者が語る・・・!』

「よろしいですか、大体、髪の毛の重さは一人、50~100グラムくらいだとされています。この脱出船は、あらかじめ抽選された2千万人が乗れるようになっています。髪の毛の重さは0.05キログラム×2千万人で、100万キログラム・・・2万人の追加募集が可能になります。どうか、協力をよろしくお願いします。なお、ここに、丸刈りGメンの結成を宣言します! これが、その制服です!」

総理、完全にノリノリであった。Gメン達は屈強で、髪の毛はツルピカだった。手にはバリカン、ホルスターにもバリカン、替え刃も充分、やる気も充分意気揚々だった!

『AIによる顔認証でターゲットロックオン!』
『訪問丸刈り! 丸刈り被害者の嘆き!』
『BARIKAN! оr DEAD!? 生きるとは何か』
『丸刈りならば、死を選ぶ』
『10月はカットします』

・・・10月はまだ始まったばかりだった。






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【小説】発酵人間の噂

なかまくらです。

お久しぶりですね。小説です。

今、どうしてもゾンビを書きたい、と言ったのは、大学生3年生のときでしたか。

当時、武市さんというサークルの先輩がおりまして、その方に、絶対書きたい!

と言って、何を書きたいの? と言われて、実は何にも決まってないけど、

襲ってくるゾンビが書きたかったあのころから、随分と時は流れましたが、

やっと形になりました!

どうぞ。


=================================

「発酵人間の噂」


                       作・なかまくら
―――――変化がよいものとは限らない
「・・・久しぶり。生きてる?」
「お前の目が腐っていなければな・・・。この通りだ」
それは、確かに記憶の中にある飢杉の声や手ぶりだった。偶然入った建物だった。
「いつここに?」
「ついさっきだよ」
「そうなの、偶ぜ・・・」 志田弥美が途中で言葉を区切る。
二人は呼吸をひそめ、物音を探る。
「今、音がしたような・・・」
「2階・・・だったな。俺が上を見てくる。志田は1階を頼む」
二人はテーブルに立てかけてあったそれぞれの得物を握って、慎重に歩を進める。キッチンに入る間仕切りの引き戸の隣が階段になっていて、カーブを描くその構造が2階の様子を隠していた。飢杉が扉を開けるように志田弥美に顔で合図をし、鉄パイプを緩く握りなおして構える。それを見やって、扉を少しだけ開け、それから一気に開いた。
「何もないわ」
「そのようだ。では、俺は2階を」
「気を付けて」
「互いにな」
数分後、二人はダイニングテーブルに戻っていた。
「無事で何より」「・・・ああ」
2年前、しばらく戻らないとそれだけのメッセージを志田弥美に送りつけてきて、飢杉は娘を連れて街から消えた。そして、ほどなくして、世界は腐り始めた。
初めに起きたのは、果実の落下だった。品種改良された蜜柑や実芭蕉など糖度の高い果実が一斉に落下した。収穫はまだ先のはずだったが、急速に成熟したのだ。そして野菜が続いた。同時に人々が感じていたのは、冷蔵していた食品の傷みやすさであった。何かが起こっている、と気付いた頃には、古い防腐剤を使っている25年以上前の木造家屋が次々と倒壊をはじめ、次にアメーバを構造のモデルとして開発されたケイ素生物を混ぜ込んだコンクリートで作られたトンネルや橋が腐り始めていた。空気中に含まれる何かであるという論文が世界のどこかで受理されたとニュースで聞いた。海生生物に変化が見られなかったことを根拠にしていた。
「この街で最初に動物に異変が起こったのは、犬だったわ。犬が小動物を片っ端から襲ったの」 家のすべての入り口の戸締りを確認し終えた飢杉と志田弥美は、ダイニングのテーブルについた。ビーフシチューが一皿置かれている。
「しかも、なぜか子どもばかりを狙うの・・・。まあ、人間も一緒ね」
「犬から始まった動物の腐食は、半年もかからずに、人間の腐食に到達した・・・」
「そうよ、信じられない光景だった。昨日まで愛してやまなかった我が子の腕を突然齧り出す母親、白目をむいて掴みかかってくる父親をバットで殴り飛ばす息子・・・。悪夢だったわ」
食器棚から金属のスプーンを取り出し、掬ってみる。
「食べてもいい? 私、ペコペコで・・・」
「ああ・・・」
「ありがたくいただくわ」
「うまいか・・・?」
「ええ。・・・あなたは、この2年間どこにいたの?」
「ああ、世界中で症例を当たっていた。最初は、世界で初めて都市人口が1億を越えた積層都市・彫狸だった。その患者たちはどう見てもおかしかった。欲、というものが極端に偏ってしまっていた」
「欲? おなかが減ったとか、眠りたい、とか?」
「いや、個人によるんだが、ある人は人に勝りたいとか、そういう競争欲を。またある人は、寒かったら温かいものを奪ってでも享受したい、という生存欲を失っていた」
「究極の善人ってこと?」
「ところが、そうばかりじゃないんだ。人を陥れたり、傷つけたりする欲求に際限なく駆り立てられる人もいた。そして、第三の症例は、何かの光にとらわれ続ける人」
「・・・え?」
「その眼には何が見えていたんだろうな。どんな手段を使っても、そこから視線を外させることはできなかった。この症例を我々はイデアと呼ぶことにした」
「プラトンの? 完全な真実? ・・・現実は真実の影であり、我々は影を見ているに過ぎないとかっていう・・・あれ?」
「ああ、そういうことなんじゃないかって、思ったんだよ」
「そしてほどなく、世界が腐る事変が起こった・・・」
ビーフシチューに伸びる手はいつしか止まっていた。志田弥美には世界の真実に迫っている確信があったのだ。傍目から見ればそれこそ、イデアを求める患者たちのように・・・。
「症例イデアは、この現象に関係があるの?」
「当初、人には感染しないだろう、といわれていたから、初めはおかしなことが次々起こる大変な時代が来たものだ・・・なんて思っていた。だが、向こうさんの研究結果を聞けば不可思議な話だというじゃないか」
「そうね、不可思議な感染症よ。そもそも、感染者からウイルスも細菌もいまだに見つかっていない。だから、今に及んでも、そもそも感染症など存在しないはずなのだ、と言い出す専門家がいる始末だから」
「そう、それこそが不可思議な共通点だったんだ。・・・すまない、トイレ休憩を取ろう。君も冷める前に食べてしまってくれ」
そう言って、飢杉は席を立って、2階へと上がっていった。志田弥美は、一つ息をつき、ビーフシチューを口に運ぶ。まるで誰かが訪れるのを知っていたかのように、1つだけ用意された食事。志田弥美の手が止まる。トイレは1階にあったが、2階にもあったのだろうか。それとも他に何か・・・。
「待って・・・」
「なんだ?」
独り言のつもりで言った言葉に、戻ってきた飢杉が返事をする。
おかしいわ、と言おうとして、喉の奥で急ブレーキをかける。
「・・・あなたの分はあるの? 貴重な食糧だもの、やっぱり悪いわ」 志田弥美は声が震えるのを必死に抑えた。
「今更、渡されても口を付ける気にはならないよ」 飢杉は笑う。その笑みに先ほどまでとは違う、言いようのない気持ち悪さを感じる。ビーフシチューが絵の具のようにカラフルな成分を内包しているように、胃の中でグルグルと回っているようだった。
「ねぇ、娘さんは・・・?」 志田弥美がそう尋ねると、
「キャンプに置いてきている」 飢杉はそう答えた。
「じゃあ、早く戻らないとね・・・一緒に行ってもいい? 久しぶりに会いたいな」
「いや、すまないが・・・」 飢杉は申し訳なさそうではない顔でそう言った。どこのキャンプの食糧事情もギリギリだったし、人が集まるところに、感染者も集まってくる。分かっている。人の管理は厳しかった。分かっている。
「ねぇ、哲学的ゾンビって言葉があるじゃない」 志田弥美はつばを飲み込んだ。
「ああ・・・」
「さっきの話の続きなんだけど・・・」
「娘の・・・?」
「いいえ、症例イデアの患者たちの話。私の命のあるうちに、教えて。あなたがどこまで掴んでいるのか。なんのために、あの時街からいなくなったのか」
「・・・・・・ああ」
「意識(クオリア)のない人間を哲学的ゾンビと言うわけだけど、症例イデアの患者たちはそういう存在なんじゃないかって、・・・私思ったの。そして、2つの間には共通点がある。つまり今、起きているこの現象もその延長線上にあるって・・・そういうこと」
「そうだ、いいぞ、目覚ましい進歩だ」 飢杉の声はひどく穏やかで、手にはいつからか鉄パイプが握られていた。随分と緩く握られている。
「だから、この腐食現象には確かに、ウイルスも細菌も関係がなくて、世界を蝕む哲学的な病変だということ。私たちに、対抗する科学的手段は存在しないということ・・・」
「・・・そういうことなんだ」
2階から確かな物音がする。気のせいではない、さっきからずっとそうだった。いや、初めからそうだったかもしれない。
「あなたは、いったい誰なの!?」 志田弥美は叫びをあげて、得物を掴んでテーブルから飛び退った。手には刃渡り10cmほどの銀のダガーナイフ。投げることもできる。どこかの酔狂なお金持ちが作らせたものだろう。大きな屋敷から拝借して以来、志田の命を守り続けてきた武器。銀色に光る刀身に飢杉の姿が映っていた。
「おしゃべりが過ぎたようだ。娘が起きてしまった。今が大事な時なんだ・・・。悪いがもうあまり君の相手をしていられない」
「・・・雄弁は銀、毒を払ったりもするらしいわ。おかげでなぜ私がこれまで運良く生き延びてきたのか少しだけ得心がいった。ここでも、効力を発揮してくれると嬉しいけど」
志田は、そう言いながら、出口を目指してじりじりと位置取りをする。その様子を見ていた飢杉はしばし思案した顔をして、何かを志田に放って寄越した。
「なに、これ・・・何の薬?」
「それは、シチューに含まれる・・・君にとっては毒として作用する物質を解毒する薬だ。・・・だがな、志田、俺はこの腐食現象に対する答えを見つけようとしている。娘がそのヒントになると考えている」
「娘さんが・・・? へぇ、良かったわね」
「腐食とは腐ることだ。だがな、志田。数えればきりがない。醤油、味噌、チーズ、ヨーグルト・・・。我々は古くから知っていた。利用してきたんだ、腐るという現象を」
「それは腐っているわけじゃない。発酵というのよ」
「人がそう呼んだ。そういう変化の仕方を知っていた。我々はやがて腐る。新しい血肉を生きている限り取り込み続けても、やがて訪れる腐食から逃れることはできない。ならば・・・、一緒に来ないか・・・」
その顔を見た瞬間、志田弥美は叫んでいた。
「私は生きる! 生き延びるの!」
志田弥美は薬を蹴り上げて掴み取ると、そのまま出口へと走った。外へ出ると、遠くの方に意識(クオリア)を失った腐食人間が彷徨っているのが見えた。回避してキャンプへと戻るルートをはじき出す脳の片隅に、飢杉の表情がこびり付いていた。最後に見たその顔は、志田弥美にとって忘れられない顔となった。
症例をイデアと呼称した理由も分かる気がした。






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