1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】アイディアの王国

なかまくらです。

久しぶりに小説です。この作品ですが、やっと書き上げた小説の一つです。このタイトルですが、本当に何度も挑戦したタイトルでした。最初に書いたのは、23才、大学院1年生の時でしたが、書き上げたものの、どこか納得がいかなかったのでした。それから、10年、時折思い出しては書いてみたのですが、書き上がらなかったのです。

それをようやく書き上げました。ちょっとは実力がついていると言うことなんでしょうか。

ともかく、どうぞ。



*******************

「アイディアの王国」
                          作・なかまくら

1.
 どこか古い洋館のようなそこに行けば、物語に出会えると聞いた。
工場の煙に包まれた町の外れまで行って、その先に広がる見渡す限りの耕作地帯も通り抜けて、それでもなお自転車を飛ばしていくと、その建物はあった。
両開きのドアを片方だけ少し開けて中に入ると、本が多く置いてある場所特有のインクのにおいがした。エントランスの中央に置かれた受付のカウンターまで歩いてみる。
「こんにちは」
声が2階、3階へと響くが、返事はない。扉を数えると、見える範囲では8つの部屋が見えた。
「あ、」
振り返ると、入り口から入ってきた青年が見えた。髪は縮れて長く、目を覆い隠していてその表情は知れない。脇には紙の束を持っていた。
「あっ、すみません」
「・・・っ」
縮れ毛の青年は、顔をそらして逃げるように階段へと向かっていく。
「あ、あの・・・」
青年はそのまま3階までいそいそと上がると、扉を開けて、静かに閉じた。ひらりと一枚の紙が落ちてくる。拾った紙には、「世界のたわし」と書いてあり、そこには多くの図版が載っている。
「たわし・・・?」
そこに、一節だけ、走り書きのように書かれている言葉が目に入る。
“わたしの代わりにたわしを置いていくの“
その瞬間に、何かが頭の中を駆け巡って、膝から崩れ落ちる。それは一体、どんな物語だろうか。身代わりにたわしを置いて、自由になった誰かの顔はほとんど見えないけれど、ニッ、と笑ってどこか遠くのほうに飛ぶように行ってしまった。
「あああ・・・」
大変なことをしてしまった、という罪悪感が、通り過ぎていった物語の強い刺激に飲み込まれていく。跡形もなくぐしゃぐしゃに潰されて、ほぐされた小さな心がぽつんと残って呻いた。
「・・・ああ」
2.
「物語の始まりのようだよ!」
受付の奥の扉が開き、声のしたほうから初老の男が歩いてくる。
「大変申し訳ございませんでした!」
謝るしかなかった。
「落ちてくる紙、拾うあなた。こういうときには預かりましょう、彼に届けますよ?」
「できれば自分で届けて謝りたいと思います」
「いいでしょう、そうこなくっちゃ。そうやって物語の登場人物に人はなっていくのです。彼のことを少しだけお話ししましょうか?」
「え、ええ・・・でもその前に・・・」
「その前に・・・?」
「あなたのことを少し教えてもらってもいいですか?」
「おっと、そうですか。私は、短編小説の道先案内人。たいした者ではないんですが・・・」
男は帽子にふわりと手を乗せると、大きく円を描いて膝まで持ってくる大仰な礼をする。
「・・・ここの管理人をさせていただいております、Uと申します」
「ご丁寧にありがとうございます・・・私は佐倉と申します」
「どうも、佐倉さん。ああ、その紙については、お気になさらずに。その物語は世に出ませんよ、たいした物語ではなかった」
「いえ、そんな・・・申し訳なかったです。こんなにも、こんなにも愛おしいものだとは」
心からの悔恨の想いをよそに、Uはどこか愉快な道化のようにどこかに誘おうとする。
「・・・して、今日はどうしてご来館を?」
ドキリとした。新しい物語は貴重で、リリースを待たなければならないものだからだ。
「あの・・・すみません、道に迷ってしまったんです」
変哲のない嘘しか出てこなかったが、Uは笑わなかった。
「あなたも薬は飲んだのでしょう?」
「・・・はい」
「食料もエネルギーも限られてしまった現代において、民衆はそれを受け入れるしかありませんでしたから」
「・・・私はまだ物心がつく前だったんです」
「意識の研究が進んだ現代において、そのサイエンスフィクションのような解決手段が考えられました。全体の意識を深層において中枢につなぐことによって、人々を一つの目標に向かわせようとする力学が生じるようになりました」
それにより、今までは成しえなかった我慢を理解できるようになったという。
「でも、その代償は大きかったと聞いています。そして、先ほどそれを知りました・・・」
佐倉はあの物語体験を一生忘れることはないだろう。
Uは怒りの籠っていない声で言う。
「分かっていたのですよ、政府の人々は。彼らはその生き残りを掛けて、物語を捨てることを決めた。一度誰かに読まれた物語は、誰にとっても一度読まれた物語となってしまうようになりました」
「物語というものに出会うということは、自分ではない誰かに出会い、自分を見つける体験なのですね」
「さあどうでしょう」
Uは、そう言って笑った。
それは、その人がどんな風に生きてきたかにもよるのさ。
3.
その洋館には一部屋の空きがあった。
佐倉は庭の掃除をしながら、そのカーテンの閉まったままの部屋を見上げていた。佐倉は期間使用人となった。洋館の庭に建てられた小屋には、彼の少ない私物を置いてある。開いてしまったアイディアの対価ということだ。
落ち葉を掃き終わると、洋館のほうから、悲痛な声を上げて、寸胴で鼻の大きな中年の男が駆け寄ってくるのが見えた。ニシヅカさんだ。
「きみ! きみは、いったい、何だね!?」
「あ、こちらでしばらくお世話になります、佐倉と申します」
ぺこりと、頭を下げると、そのまま頭を叩かれた。
「名前なんて、なんでもいいんだ! 問題は、きみが、この、芸術的な、落ち葉を掃いてしまったことにあるのだということに、なぜ気づけないのだ!」
中年の男は、きっとこの落ち葉に物語を見たのだろう・・・。佐倉の中には具体的な像は結ばれず、被害は起こらなかった。しかし、そこから生まれるはずだった物語は、誰かにとってかけがえのない物語だったかもしれない。佐倉は、申し訳ありません、と謝る。
「以後、気を付けるように・・・」
中年の男も、それ以上は何も言わず、集められた落ち葉をしきりに見ていた。
そこに、落ち葉を散らせて、Uの車が戻ってくる。
今日は工場区画を抜けたその先、中枢区へ献本をしに行っているはずだった。そこから戻ってきたのだろう。そう思って、見ていると、後部座席から、一人の少女が降り立った。年齢は13~15才くらいだろうか。
「どうしたんですか?」
「彼女に部屋を案内してやってください」
彼女はどこから、なんのために、ここにやってきたのだろうか。3階の階段から一番遠い東側の部屋が彼女にあてがわれた部屋になる。佐倉は、階段を上りながら、ちらりちらりと横目に彼女を見る。その着ている服から大事に育てられていたように見える。
「こちらへどうぞ」
「・・・・・・あ、」
扉の枠を飾る龍の彫刻に目を奪われた彼女は、声を掛けてもうんともすんとも言わなくなった。佐倉はしばらくそれを待つことにする。ここには変わった人が多い。普段、気にかけないような小さな石に躓き続けている人たちが集まっている。でも、その石が新しい物語の原石なのだと思えてくる。だから佐倉はそれをそのままにしておくことにしていた。
4.
「こんばんは。少しいいかな」
管理人のUが、小屋にいた佐倉に声を掛けてくる。
「珍しいですね、こんなところまで。紅茶でいいですか」
「ああ、頼むよ」
コートを預かり、壁に掛ける。それから、薄暗い部屋にランプに火を入れる。夜はずいぶんと冷える季節になっていた。
「彼女、少し違うでしょう」
座ったUが、そう言った。
「そうですか」
佐倉は、Uの意図が図りきれず、相槌を返す。
「彼女はね、アーティストの才能があると見込んでいるのです」
「アーティストですか?」
「そう、アーティストはね、味を加える人なのですよ」
「味を加える人」
「新しい価値観や要素を社会に加えることができる人種です。それがどういうことかわかりますか」
「さっぱりです」
「これは難しい話になります。主義主張もあるでしょう。しかし、私はあなたが鍵になると踏んでいます。あなたは深層ですべての人と繋がっている。そして、あなたは物語に対する感受性が高い。だから、あなたを通して、すべての人にアーティストである彼女の物語を届けることができると思うのです」
静まり返った寒い夜だった。Uの顔は怪しく微笑んでいて、それをランプの灯が揺らめいて、表情を確定させない。佐倉はそれに恐ろしさを感じた。ただ、同時に・・・、
物語の始まりに出会える興奮を抑えることができずにいた。









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【小説】蛙

なかまくらです。

一昨日、終業式が終わりましたが、まだまだ33連勤の途中です。

でもまあ、ちょっと早く帰れるので、小説を書いていました。

それではどうぞ。


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20210723
作・なかまくら

 今日も暑い日だった。休日出勤でがらんとしたオフィスでぽつぽつ、とモニターに電源が点り、カチャカチャとパンタグラフやメカニカルなキーボードを上下させる音が鳴っていた。Yシャツの襟元を開けて、汗を逃がしながら黙々と残務を片付けていった。ひとり、またひとりと消えて、夜になっていた。面倒なことばかりなのだ。気を遣うことも多い。仕事は思い通りには行かない。積極的に動こうという人はいない。そのくせ、自分に少しでも飛沫が掛かろうものなら、激烈に邪魔をするのだ。それで予定よりも随分と難航していた。ようやく今日の船旅を終えて、車に乗り込み、エンジンをかけると低く確かな振動が身体に伝わってくる。ハンドルを切り、会社の駐車場を出た。

 夜の道を光が切り裂いて進んでいく。暗闇の中に明るい場所を作りだし、暗くなる前に通り過ぎることを繰り返していくと、アパートが近づいてくる。運転に集中はしていなかった。仕事のことを頭の隅に追いやろうと、先月入ったボーナスの使い道を考えていた。車にウイングでもつけようか、とは前から思っていたことである。フロントのエアロパーツとサイドスカートが正面から吹き付ける風を切って、車を前へ前へと力強く進めている。後ろにウイングがついたら、いよいよ離陸だってできそうだ。駐車場に入るために、曲がったところでブレーキを踏んだ。

 蛙が居た。

 大きな蛙だ。いや、大きくはないが、蛙には違いがない。

 蛙にしては大きいかもしれない。頭を上げて、こちらを見ていた。

 発光ダイオードの目がギラギラと輝き、エアロパーツでトッキントッキンの形相の車を見ていた。

 蛙の色は、暗い土色で暗闇の中でなぜ咄嗟に気付けたのかは分からない。ただ、その蛙は確かな存在として目の前に居て、その存在感が伝わってきていた。

 ぼくは、サイドブレーキを引いて車を降り、蛙に近づいた。蛙は動かない。その脇腹をつついてみると、なるほど大きく息を吸って身体を膨らめていた。だが、つついても蛙は動かなかった。いや、動けないのだ。突然に現れたギラギラと目の輝く巨大な未知の動物を前にしてどうにもすくんでしまったに違いない。けれども、蛙は違った。蛙はすっくと頭を上げて、身体を目一杯膨らめて、存在感を放って見せたのだ。だから、ぼくは蛙に気づき、足を止めたのだ。ぼくは蛙を両手にすくい取り、近くの畑へと放った。

 それから、車へと戻る。そうだ、やっぱりウイングをつけよう。おそらくそれは風を切るからではない。社会の中に埋もれそうで動けない自分の、ささやかな反逆なのだと思った。









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【小説】ときには短編小説を

なかまくらです。

忙しい時ほど、かけてしまう時ってあります。

現実逃避なんでしょうね笑

こんなの書けました。どうぞ。


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ときには短編小説を
                              作・なかまくら
 
 なぜ戦をしなければならないのか。みそ汁を啜り、その塩味で白米を口に馴染ませる。塩味が、白米本来の甘みを引き立たせる。Yシャツに黒いスラックス、首も袖も端のボタンはまだ留めていない。むぐむぐと噛み、最後に程よく熱の逃げたお茶を飲んだ。
「もう片付けていい?」「自分でやるよ」
食器を洗う音がする。水が連続的に流れ落ちる音がしている。
「最近はさ、なんだか時間がゆっくりに感じるんだ」「ええ?」
「何かがあったわけじゃないんだけど、大切なんだ。大切に思っているから、時間を細かく細かく刻んで、その一粒一粒を味わうようなそんな気分なのかもしれない」「じゃあ、私は、お米の粒みたいなものかしら。あなたが味わって、消化されて身体の一部になって、心の一部になって」
カチャカチャと食器が鳴り合って、手を掛けてあるタオルを持ち上げて拭いて、エプロンの結び目を解いている。
「お互い様だと嬉しいんだけど」少し出てきた君のおなかをさする。
「食べた分だけ食べられて、混ざり合って次第に分別できない複雑なものになっていくと、うれしいね」
そう言って、おなかをさする君を見た。
 
 
読み終えて紙を閉じる。窓の外を見ると、2頭立ての馬車が土煙をあげていた。食べかけだったパンをミルクに浸して柔らかくして、急いで口に入れた。遅れて土埃が壁の隙間から上がってくる。それを横目に飲み込むと、下に敷いていた魔法陣の描かれた紙をきれいに畳んだ。身体の傷がむず痒い熱を帯び、塞がっていくのをジッと待った。
「ふぅ」
魔法の才能はなく、買うしかなかった。どう見ても今までの世界ではないここで突然目覚めて、ようやくここまで来た。言葉は通じるが文字は読めなかった。掃除、店頭販売、日雇いの魔物討伐。武器は支給品だった。知人や仲間も増え、そしてあるいは死んだ。何人かで小さな小屋を借りた。魔法はないが、教えてもらった剣が、命をつないでくれた。なぜ戦をしなければいけないのか。胸ポケットに入っていた紙切れ。そこに描かれているささやかな幸せ。短編小説の中の世界でも、同じ言葉から始まる。たった1枚からなる、その元の世界とのつながりを、ときどき開いて眺める。いつか、この紙を手放す時が来るのだろうか。







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【小説】蟻のせい

なかまくらです。

仕事を片付けようとすると、こんなことばかり思いつくので、

困ったものです(笑)。



どうぞ


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蟻のせい
                              作・なかまくら


「敵は本能寺のあり!」光秀あらため、滅秀と拝命した武将は、気づいてしまった。すべての元凶は一匹の蟻である。蟻のつついた小さな穴から、天下の城は綻びるのだ。ところが野心とは取り返しのつかないときに現れるもので、言い間違えたのだ。しかしまあ、蟻も焼けてしまったことなので、黙っていた。
















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【小説】海老原さんのエビフ的人生

なかまくらです。

私の参加している超短編小説会の今年のお祭り参加作品でした。

ここのお祭りは毎年、力作がそろうので、負けていられないのです。

良かったら読んでみてください。

https://shumi.herokuapp.com/ssses

では、お披露目です。どうぞ。


=================


「海老原さんのエビフ的人生」

                        さく・なかまくら
ぼくがその高校に転校していくと、同じクラスに絵にかいたような美人さんがいた。海老原さんだ。そして、江舟という名字のぼくは、彼女の後ろの席になってしまうのだった。そして、ぼくの一風変わった高校生活が始まってしまったので、ここに記録しておこうと思う。
 授業。海老原さんは、小首をかしげて頬杖をついて、板書をノートに写している。2時間目の数学の時間には、「分かる?」と一度学校に不慣れだろうぼくに気を遣ってか、振り返った。かわいい。これがいけなかった。
 昼休み。まだまだ馴染めていないぼくは、母の作ってくれたお弁当箱の包みを開くところだった。
「おい、エフネっつーの、面、貸せや・・・」
強面の学ラン上級生が、開いた扉の枠に手をかけて・・・こちらを見る目はまさに虎! おいおい、今年は丑年! 1年早いよ虎視眈々! 腰に手を当てた上級生の手が淡々と・・・くいっくいっ! ぼくは狐のようにしおらしく、おずおずと屋上に連れていかれるのだった!
屋上に上がると、そこには5人の男子高校生たちが全国制覇世界征服夜露四苦ぅ、な感じで集まっていた。左から、アホ毛、丸眼鏡、リーゼントカット、発酵食品(納豆を頬張っている!)、大仏と瞬時にネーミング。それを知ってか知らずか、こちらを見る目は厳しい! 何かの気に障ってしまったのだ。これが、転校生に対する洗礼! とある宗教に入信するときは、頭から水を被って己のこれまでの罪を洗い流すという。罪!? 平凡に生きていきたいという罪!? それを罪というのなら、・・・ギルティ。すなわち、罪!?
「おい、エフネ。お前には、2つの選択肢がある・・・」
ぼくを屋上に連れてきたリーゼント=カット先輩は、ヤンキー口調でぼくに迫る。ごくりっ!
「・・・いいか、」
緊張しすぎて、酸素が足りなかった! 酸素! 算数! サンセット! 酸素! 算数! サンセット! 頭の中で夕焼けのサンセット! 護岸堤防の上を走り出すアホ毛、丸眼鏡、リーゼント、発酵、大仏、そしてぼく! ジャージ姿の海老原さんがなぜか自転車に乗って、ぼくたちの後ろからついてきている。運動不足のぼくはすぐに息が上がる! そうか、海老原さんか! 海老原さんなのか! 胸がどきどきする! 酸素が足りない! 酸素! 算数! サンセット!
はっと我に返ると、リーゼント先輩は何かしらを言い終わっていたようで、ぼくの返答を待っていた。こいつはマズいぞ! おい、酸素! なんだい、算数? 何と答えたらいいんだ、そう、せーの。
「・・・サンセット?」
「さーせんだとぉ? いいか、お前に与えられた選択肢は、」
あ、間違えるともう一回言ってくれるようだ。優しいぞ! リーゼント界の村人A!
「海老原さんの動向を我々に伝えるか、席替えを所望するか、なんだよぉ・・・!」
ぽかんとしたぼく。頷くアホ毛、丸眼鏡、リーゼント、発酵、大仏。そして、・・・サンセット。繰り返し。
こうして、ぼくと海老原さん親衛隊の皆さんのおかしな日々は始まった。
「いいか、海老原さんはなぁ、外見はカリッとしていて、なかなか近づけねぇ・・・だが、中身はたぶんプリッとキューティできっとお人形とかが部屋に飾ってあってだなぁ・・・」
リーゼント先輩が猛烈に愛を語るのだが、丸眼鏡先輩がヤレヤレとそこに口を出す。
「太郎は、そんなだからフラれるんですよ」
「いや、フラれる未満というか、実際フラれるところまでいけてない」
発酵がチーズを齧りながら、ボソッと言う。ラブレターを書いたところまでは良かった。それをあろうことか、彼女の家のポストに投函しようとしたのだ! しかし、リーゼントに間違いは起こるもの! 海老原家の隣の大仏の家に投函されてしまったのだった! 大仏が開眼したのは、アホ毛曰く、長い付き合いの中で、その時だけだったという。紅葉の綺麗な10月のことだった。秋の川が真っ赤に染まったのは、それはそれは綺麗だったという。なお、大仏様は、普段は心の目で、海老原さんを遠くから御守りしているらしく、それはそれで結構クレイジっている。
さて、文化祭や体育祭、遠足などでは可能な限りの露払いを勝手に承り、毛虫を払い、小石を拾い、飲みかけのジュースの缶で不快な思いをさせてはならんと、拾い上げた。雨にも風にも負けない、丈夫な肉体を保つために、日々のトレーニングを欠かさない。東に困っている海老原さんがいれば、行ってさりげなく海老原さんの友人を助けに呼び、北に悪い人間の噂があり、巻き込まれそうな海老原さんがいれば、親衛隊の筋肉でこれを制した。
ぼくらの中には暗黙のルールがあった。決して抜け駆けはしないこと。それを裏切ってしまえば、大仏の中の大仏様が開眼してしまう。親衛隊の結束は固かった。だから、今から話すこれは絶対に秘密にしておかなければならない。
とある(言えないが)14日のことだ。
「江舟くん、ちょっと数学教えて」
そう言って向かい合わせになったぼくに、彼女は明日の課題の質問をする。
なんてことのない問題を、時間をかけて丁寧に解説する。それが終わると、
「ありがとう、これ、お礼だよ」 そう言って、小箱がプレゼントフォーされる。
「あ、ありがとう・・・でも、これ」 心の目がこちらを見ている気がしてか、すごくドキドキしていた。彼女はカリっとしていて動揺を見せない。
「わかってる。あの、面白い皆さんのことでしょう? だから、・・・内緒ね」
そう言って、唇に人差し指を当てた彼女の顔は少しだけ赤く、たぶんぼくの顔は茹でた海老の尻尾のようになっていた。







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