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なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

                      
なかまくらです。

たまにはらしくないものを書いてみました。

挑戦的姿勢って、大事だと思うんですよね。

なお、実体験ではありません。フィクションです(笑

それではどうぞ。

**


死体
                                                             2016.7.2
                                                             作・なかまくら

玄関のドアを開けると、誰もいないはずの暗闇に鈍い光がふたつ灯っていた。

一瞬の空白ののち、さっと照明のスイッチに手を触れると灰色の後ろ姿が奥の部屋へと走っていった。

鼠だ。我が家に鼠が入り込んでいたのだ。一体どこから、何のために。

何を齧られたのだろうか。お気に入りの洋服ダンスと踊っていたとは考えにくいが、苦労して手にいれた木彫りのキリンが齧られていては矢も楯もたまらない。さっそく確認したいところであったが、奥の部屋に入っていったあの毛のないむき出しの尻尾の生々しさにただならぬ嫌悪感を覚えて足が進まなかった。

ヒトがいる間は出てこないと、高を括って鼠トリを仕掛けて眠りにつくこともできないほどだ。それほどの嫌悪感が、この身を支配していた。

しかし、かつて幼かった頃、鼠トリにかかった哀れな鼠を眺めたことが思い出される。トリモチに四肢の自由を奪われ、ヒトが安らかな眠りを享受している一晩中を生き延びるために必死にもがいたのであろう鼠は衰弱し、小さな腹をヒクヒクとさせ、浅い呼吸を繰り返していた。

この鼠が何をしたのだろうか。はるか昔、米倉に鼠返しを取り付けた時代ならいざ知らず、ましてや、農家の人間でもないのだ。齧られたかもしれないニンジンはスーパーの見切り品であり、その一本をくれてやっても命を脅かされるわけではないのだ。

そう思うと、なんともしがたい不思議な気分が沸き起こり、玄関のすぐ近くにあるキッチンへと足が向いていた。

冷蔵庫から、賞味期限が数日だけ切れたソーセージを取り出すと、薄く輪切りに切り分ける。それから、フライパンに一枚一枚並べて置いて、少し火を入れる。香ばしい肉の匂いが仕事終わりの疲労した胃袋を痺れさせる。そのソーセージを奥の部屋から玄関のドアの外側の世界へと一定間隔で奇麗に並べた。

照明を消し、静かに外へと出る。

ドアから少し離れ、その時を待つ。すると、突然、ドタドタと争うような音が聞こえ、甲高い断末魔のような悲鳴が聞こえた。

急いで玄関まで戻るが、音はなく、こちらを窺(うかが)う鈍い光もなかった。

恐る恐る照明を点けると、玄関先に2体の鼠が転がっていて、

僕は思わず瞼を覆った。

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なかまくらです。

ひっさしぶりに、小説を。

軽ーいノリで書こうと思っていたのに、なぜか、

こうなっちまったぜ。

「ミナイミライ」が重すぎて、しばらく書けなかったような、

そんな気がしています。今年もそろそろ戯曲を書く季節がやってきた!

そんな気がしています。

それではどうぞ。

*******


「ことバンク」


          作・なかまくら



藤色の光が夜闇に乗じて差し込むと、ことの身体が輝いた。


夜が明ける少し前のこと。ことがそれに気づくことはなく、へその緒からじゅるじゅるとそれがひりだしてくる。それはうねりながら、形を考えるそぶりを見せる。足の数を増やしてみたり、角を出したり引っ込めてみたり。ひとしきり蠢くと、収まりの良い形を見つけたのか、ことの隣でシーツにくるまって大人しくなった。


 


目が覚めたことは、ああ、という嘆息を吐いてそれから、鈍い痛みをへその辺りに感じて、抑える。今日の遊びの予定はキャンセルね。


母親のことが、ドアをノックして、父親のことと一緒に部屋に入ってきた。それから、ことと、その隣に寝ているバンクに目をやって、「お祝いをしなくちゃね」と年甲斐もなくハイタッチをした。朝っぱらからいい音が響いた。


 


バンクが生まれたら、長老のおばばの所に報告することが習わしとなっていた。ことは両親に連れられて板張りの20面体のおかしな建物の一室に通された。ことが椅子に座ると、隣でバンクは同じタイミングで座った。まだ、何もしゃべらない。ことの意志で動いているような、そうでないような、不思議な感覚だった。6本ある足の内の、右の真ん中の足を上げてみようと、へそに意識を集中してみる・・・。


「さっぱりだめだ」思わず、声が出ていた。


「どうしたの?」母親のことが怪訝そうな声を掛け、


「まあ、何事も経験だからな」父親のことがしたり顔で頷いた。


バンクは、そんなことはお構いなしにすぅーすぅーと寝息を立てて眠っていた。


 



 


「バンクはね、あんたの分身なのさ」


おばばは、煙を空中にグルグルと捲いて見せた。


「こととバンクは複雑に混ざり合っている。無理に分かつことはできないね。バンクを育て、バンクと過ごしてみるといい」


「・・・バンクはどうすると消えるの?」ことがそう尋ねると、


「バンクが一生消えないものもいる」おばばは、大きな問題じゃない、とそんな調子でパイプの煤をカツンと落とした。煤は一瞬赤く燃えて、燻ぶってじとじととこちらを見ている。


「バンクが消えなければ、こととバンクはひとつになって、また、ことをひとつ生み出す。それだけのことだ。それがずっと続いてきた」


「ねぇ、バンクって、なんなの?」ことは不安げにそう聞いて、


「さあね、昔は必要だったと、言われているがね」


 


ことはバンクのしつけをしなければならなかった。散歩中に、ほかのバンクとケンカしないように。食事をした後は、歯を磨くように。言葉を覚えるように。悲しいときは泣くように、嬉しいときは笑顔になるように。そして、寂しいときには一緒に過ごすように。


 


「ねぇ、こと」1年は、こととバンクが親友になるのに十分な月日だった。


「バンク」言いたいことは、分からない。へそで繋がっているのに。


「バンクって呼ばないでって、言ったじゃない。私に名前をくれたのは、あなたが初めてよ」バンクは、少し不揃いな耳をピンと立てて抗議を示した。


「ごめんごめん、エチカ」ことは、エチカの背中をぽんとたたいた。


「・・・・・・昨日のあれ、怖くなっちゃった」エチカは震えるように半透明に黄色い身体を明滅させた。


「そうだよね。あんなの、あんまりだ」ことは思い出していた。近所に住んでいる少し年上のお兄ちゃん。ことにバンクが生まれたとき、いろいろと面倒を見てくれた。そのお兄ちゃんのバンクが、昨日、死んだ。前触れはなかったように思う。散歩コースの途中ですれ違おうとして、お兄ちゃんは立ち止まる。「ああ、僕はそういうことなんだ」不意に呟いて、ただそれだけで、バンクはあっという間にカラカラに乾いた樹木のようになって崩れ落ちた。お兄ちゃんはなぜだか、すっきりとした顔をしていた。


「ホント、意味わかんない」ことは、釈然としない仏頂面の自分の顔を鏡に見ていた。


「・・・私ね、本当は分かる気がするの」エチカは、ぽつりとそう言った。


「あのね、バンクはバンクとして生きていけないのに、ことはことで生きていけるんだよ。これって、私たちは、ことの一部だってこと」


「私にとって、なくてはならない一部だわ」あとから思えば、ことは、そんな趣旨のことを言ったような気がする。


「だからね、だから・・・・・・ああ、誰だろうなぁ、バンク、なんて名前を付けたのは。バンク・・・というか、私たちはブランク。空っぽの容れ物なんだよ、満ち足りるまでのかさぶたのような、枯れて落ちていくような、そういう類のさぁ・・・」


「私にとって、あなたがそういうものだって、私がそう思っているっていいたいの?」ことはムッとしてそう言い返した。


「私たちって、きっと昔はべつべつの生き物だったんだろうなぁ、ミトコンドリアや葉緑体がかつてそうだったようにさぁ・・・そうしたら、私たち、もっとちゃんと友達になれたのかなぁ」エチカはとめどなく吐露を続けた。夜が更けていく中、ことの頭の中にあの時の、お兄ちゃんの表情が張り付いていた。


 


 


 


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なかまくらです。

どんな小悪魔にしようかと、悩んだ結果、こんな小悪魔に。


***



「小悪魔」


作・なかまくら


2016.2.23


 


藁葺き屋根の小さな小屋を知らない悪魔はいない。


 


「大魔王様、大魔王様、どうしたら、ボクも大悪魔になれるのでしょうか」


小悪魔たちが、自らの果たした罪を懺悔し、大悪魔に引き立ててもらうため、日夜、通っているのだ。


今日やってきたその小悪魔も、そのうちの一匹であった。黒い尾の先端を尖らせて座り、三叉路の槍を椅子の脇の壁に立てかけている。手は開いた両足の間にぺたりとついている。


「うむ、小悪魔よ。君は実に勉強熱心で、仲間からの信頼も厚い。けれども、大悪魔になるには、それだけでは、決して届かないのだよ」


 



 


“茅葺き屋根の小さな小屋”といえば、有名な話だ。


伝説の殺し屋がかつて暮らしていたといわれているその小屋の床の一部は跳ね上げ式になっているという。その下に、なにがあるかは想像に難くない。


 


「おいおい、ひでぇ雨だな」


「小屋があって助かったよ。俊、よくお前知ってたな」


「のぼる途中で、見たからな」


おっと、誰かが来たようだ。


「まったくまったく、ひでぇ雨男だよ」


「俺か!?」 


細身の男が登山靴を逆さに振ると、ドバドバと水が零れた。


「思い出してもみろ、中2の遠足」


太身の男が髪を持っていたタオルでごしごしと拭いている。


「雨だったな」


「高1の野外研修」


「・・・雨だった」


「な、ところが、お前がいなくなってから、そういうときにぱったりと雨が降らなくなった」


「転校したんだ」


「知ってるよ。でも、急だったよな・・・急、といえば、突然のことが起こるクラスだったな・・・中2の遠足の途中で急にいなくなったよな、山田くん。先生が探して・・・でも、親から電話があって、急用で引っ越したって。遠足の最中にだぜ? それに、野外研修の時もおかしかった。熊に襲われて、鈴道スズミ・・・死んだよな」


「そうだった」


「なにかがおかしかった・・・よな」


「ああ、なにかがおかしかった」


「おかしかったんだ・・・うまくいっているようで、なにひとつ、うまくなんていっていなかったんだよ。知ってたか?」


「あのままじゃあ、大きくはなれなかったんだ・・・」


細身の男が、気味の良い笑みを浮かべた。


「そうさ、苗を大きく育てるために、必要なことだったのさ!」


太身の男もまた、ふぅーんという気取った笑いを浮かべて見せた。


「・・・やっぱりそういうことかよ」


 



 


「大悪魔様・・・! これでは死んでしまいます!」


 


小悪魔は思わず叫んでいた。そして、突き出した槍の先端は


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なかまくらです。

超短編小説会(避難地)のイベントで投稿した作品です。

ノリと勢いで書くと、だいたいこうなる・・・という好例です。

でも、嫌いじゃない。

どうぞ。


***



「厚木熱杉の失敗談」

                 作・なかまくら
『なにか、たったひとつ小さなことでいい。頂点をとらなければならない。』
それが、父、厚木槍杉がいつも言っていた言葉であった。その言葉を滝のように浴び続けて生きてきた私も当然のことながら、世界の常識として受け入れていた。
 
冬の始まりは、その逆説的ゴングとなる。
大人たちがコートやスウェーターにだて巻きのごとく身をくるむ中、戦いは始まる。
「行ってきまーす!」
こぉーっと吐き出した息がすでに白い。
「スウェッタりして転ばないようにね!」
お母さんの小学校の感想文に対するコメントみたいな定型句を聞き流し、扉をあけ放つ。現実からの洗礼がその身を包み込む。
 
寒い!
 
そう、宿敵、臼儀薄杉(うすぎ うすすぎ)との戦いに勝つためであった。奴は春、夏にこそ、その片鱗を見せなかったが、秋になると、独特のうろこスタイルの私服を新調して学校に現れ、それ以外のものは身に着けない厚さわずか0.1ミリメートルの極薄で勝負をかけてきたのだっ! 春から夏へと変わる中、セーターの上に、ダウンコート、マフラー、そしてニット帽をかぶって、ニッと笑うえくぼがトレードマークという事で名を馳せてきた私に対する圧倒的なまでの逆説的挑戦であったのだ。
「これを受けなければ、男がスターリン! 受けなければ、厚木槍杉のDNAに恥だぞ! 血の粛清を上げるのじゃぁあああ!」 
と、私をちょっと危ない系のギャグでけしかけてきたのは、私と臼儀、二人の担任にして世界史の先生。お父さんとは同級生であり、昔はよく一緒にやんちゃしたらしい。そんなわけで、究極の薄着対決で決着をつけることになったのだ。
 
 
「やあ、おはようだぜ!」
外では、服部酉太郎がスタンバイしていた。今にもピッチに駆け出していきそうな感じで。リズミカルに、ボールの弾む音がしている。
「おはよう、今日もジレンマってるんだね!」
私は、皮肉などという言葉を当時は知らなかった。それは、熱杉ならではの失敗であった。そう、彼は我が親友!
サッカー部のエースストライカーにして、オシャレ委員長を務めている。彼のトレードマークは、そのハット!
 
「先週の試合、感動ものだったよ! なにせ、ハットかぶったまま、トリック決めちゃうんだもんなぁ!」
イケメン服部酉太郎はやることが違った。
試合は、2対2の同点。残り時間は、あとわずかしかなかった。エースストライカー服部酉太郎への縦パスがカットされそこなって、点々と転がっていく。そこにいち早く追いつく服部酉太郎! さすが、服部酉太郎! いいぞいいぞ、服部酉太郎!
そのとき、ハットの隙間から覗く目が、きらりと光った。観客はハッとして息をのむ。ごくり。
そこからは彼の独壇場であった。八頭高校に代々伝わるはっとう的ドリブルで、次々とディフェンダーを抜いていく。
「ここは通すわけにはいかんのだ!」
敵の守備のかなめ、辛目鳥 奪(からめとり うばう)が、シンメトリーな動きで行く手をふさいでくる。
服部酉太郎の口元が、はっとりった! 次の瞬間、ボールは辛目鳥の頭上を越え、そのまま、へでぃn・・・
「いけなーーーーい!」
チアリーダーから、黄金の声がかかる。ハットが汚れてしまう。なんてこった、このシュートが決まれば、逆転サヨナラ満塁ホームラン的、シュートなのに! 誰もがそう思ったそのとき、服部酉太郎の口元は、さらにはっとりった!
そう、彼はその持ち前の鳩胸で見事ゴールにボールを運んだのだった!
 
 
「ところで、今日のその服の素材は何だい?」
服部はボールを自在にリフティングしながら尋ねてくる。
「ああ、これ? これは、鰹節を削ったものさ。驚きの薄さだろう?」
「そいつは、クレイジーだぜ、厚木くん」
服部は、シリアスな顔になった。
「聞いたことがないかい? 最近この界隈では野良がよく出るって」
「野良って、猫のことかい??」
そう言った私の背筋をひやりとしたものが通った。見られている・・・そう、何十という黄色い瞳。ごろんにゃあ、とべらんめえみたいな音韻で舌なめずりをしている。
絶体絶命だった。全裸での登校はすなわちBAD! 臼儀との戦いでの敗北を意味する!
「ハッハッハ、厚木くん、こんなことだろうと思っていたぜ!」
服部くんの顔がはっとりった! 彼は懐から、蹴鞠のようなものを取り出すと、お手玉の要領で、3つ4つ、ぽんぽんと跳ね上げ始めるのだった。
「すごいぞ、服部酉太郎くん!」
思わずフルネームで呼んでしまった! すると、彼の顔が完全にはっとりってしまった!
「はーっはっは!」
彼は笑いながら、蹴鞠のひとつを猫の一団に向かって蹴りだした。
蹴鞠は、そのあまりの回転力に耐えられず、回転しながら、飛び散った!
「まるで、クラスター爆弾じゃないかっ!!」
「中身は、しゃけのきりみだぜ!」
服部酉太郎は、右手をビシッと突き出すと、かっこよく決めた。左手はハットに添えるだけ・・・。
「ご褒美じゃないかっ!」
私が叫ぶ中、猫たちはべらんめえべらんめえといいながら、しゃけに群がっていくのだった。
 
 
ああ、私と臼儀との勝負の結果かい? 勝負は、辞退することにしたんだ。なぜって?
『なにか、たったひとつ小さなことでいい。頂点をとらなければならない。』
けれども、私は気づいたんだ。すでに私は頂点をとっていた。
服部酉太郎という、最高の友を持っている私は最初から頂点をひとつもっていたんだ。

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なかまくらです。

超短編小説会(避難地)のイベントで投稿した作品です。

タイトルはふざけていますが、中身はまじめです。

前に書いた戯曲、「夜は明暗」と同じテーマで書こうと挑戦。

でも、書いていたら、全然違う話に(笑

どうぞ。

***

 木々のざわめきとともに、山向こうから風が押し寄せてきた。ポカリスは、ブルリと肩を揺らした。揺らして、驚いた。生まれて初めての行動だったはずなのに、懐かしい行動だと思ったのだ。
「なんだろう・・・?」 ポカリスは、ぼそっと呟いた。遺伝子が覚えているような、そう太古のリズムが身体の内側からせりあがってくる。
「どうした?」 前を歩いていたダカーラが振り返った。
「ん? なんだろう、こう、身体が振動してさ、なんだか、温かいんだ」 ポカリスは自分の体を強く抱いて、振動を止めようとした。止まらなかった。
「C.C.に見てもらったほうがいいんじゃないか?」 ダカーラの指さす向こう、遠い場所に、白い建物が見えた。
「ああ」 ポカリスは、ガチガチと歯を鳴らしながら頷いた。
C.C.の住むその建物には赤い十字が描かれている。それは、身体を開いたとき、中心にある器官とされている。血液が身体の中心から両手、頭、身体の中心をとおって、下半身へと流れていく姿を現している。すなわち、その建物は人体を診る処であった。
 
 
 静けさに包まれていた通りとはうって変わって屋内は、ざわついていた。大人たちが身体をグッとこらえるように抱きかかえ、黙っている。子どもたちは世界の終わりのように今起こっていることの感想文を述べたくっていた。いつだって子どもたちは最新の言葉を操る。この状況のことを、「寒い」と表現していた。
「あ、名前を書く前に体温を測ってくださいね」 受付のカウンターでお姉さんが手だけを伸ばして細い筒を渡してきた。熱い視線は、ハンサムな男性に送られている。
「あ、はい」 見れば、細い筒を口にくわえて座っている男女がちらほら見られた。
「男同士でやるのは冴えたやり方だとは思えんなぁ・・・いくらお前の為とは言ってもな」 そういうがいなや、ダカーラが、はむ、と反対側を加えてきた。
「!?・・・・・・!・・・・・!!」
「まみもみっえるかふろむ、むり、あるぞ(なにを言ってるかすごく、むり、あるぞ)」
しばらくして、温度差を利用して測っているんだと気づいた。筒の中に入った線が、ゆっくりとダカーラのほうへと動いていくのが見えた。おもむろに、「お前、寄り目だな」ダカーラが、筒を噛んで、ぼそっと指摘してきたが、無視した。
 
そのとき、ひとりの若者が飛び込んできた。その若者は、ゴゴティ。おとぎ話の短編小説に出てくるような裏話にあふれた銅像に住んでいる若者である。銅像なんてものは、この国にたったひとつしかなく、そして、そこに住んでいた老人の息子はたったひとりしかいなかった。
 
「フユーだ、フユーが来るんだ! じいちゃんは言っていた。フユーの訪れとともに、木々が枯れ、作物はできなくなる! 大変なことが起こるんだ! 変わるときには、ヒトに『震え』が出るんだ!」 ゴゴティは、一息にそこまでを叫んだ。
「震え」 ポカリスは、その言葉が妙に腑に落ちた。もともとそこにあったように、忘れていたポケットから、宝物を見つけたように。これはそう、『震え』ているんだ、ふるふると・・・いいや、ブルブルと! ポカリスは、興奮のあまり立ち上がった。
同時に、後ろの座席の男も立ち上がる。
「ゴゴティ! またお前か! お前はロクなことを言わないな!」 住人たちは言いたいことだけを叫び、それから、一方的無視に取り掛かった。
「でもさ、聞いてくれよ。聞いてくれよ、逆説的に言えば、ロクなことが起こらない時には、ロクなことを言わない俺のことを・・・じいちゃんのことを信じたっていいじゃないか! 大変なんだよ!」
 
 
 「待ってくれ。少し話を聞かせてくれないかな」
通りを銅像の方へと歩いていくゴゴティに、ポカリスは声を掛けた。震えは収まり、訳の分からない興奮が身体を包んでいた。何もかもがわからない中で、彼だけが、確信をもっているように思えたからだった。
「どうせ、あんたもからかおうってクチなんだろう?」
「いや・・・」
「まあ、からかわれるだけ、まだマシか・・・いいよ。ついてきなよ」
土踏まずから降りた梯子に乗って、銅像の中に入ると、立札が立っていた。
「ホリデイ?」
「この銅像の名前さ。彼はかつて世界に平穏をもたらしたとされる人物なのさ」
「平穏・・・?」
平穏とは何だろうか。
「平穏なんて、俺には似合わない言葉かもしれないな。なんせ、俺は騒ぎを起こす男だと思われてるわけだ」
「いや・・・平穏というのは、変わらない毎日と言い換えられるものじゃない」
ポカリスは、思ったことをうまく言葉にできたつもりで言った。
「ふぅーん」
「荷物、持ってきたぜ!」 ダカーラが大きな声を上げて、梯子の周りにどかどかとカバンを積んだ。
「しかし、あれだな・・・踏みつぶされた気分だ」 
「平穏に?」 ポカリスがそう言うと、
「・・・平穏?」 ダカーラは妙な顔をした。
「この銅像は、世界に平穏をもたらした人物なんだ」
「・・・それで、これからどうするんだ? いや、どうなるんだ?」
二人の視線を受けて、ゴゴティは背筋をピッと伸ばした。それから、親指の扉の向こうから、本を取り出してきた。
「おじいちゃんの本によれば、フユーが来る。空気の温度が下がるんだ」
「夜のように?」 ポカリスがそう聞くと、
「いいや、朝も、昼も。それから、夜は、もっとずっと寒くなるんだ」
本が乗り移ったように沈んだ声が、ゴゴティの口からしんしんと紡がれていく。
「もっと・・・これ以上に?」 ダカーラの声が震えていた。
「そういうことらしい」 ゴゴティの声に、白い湯気が混じっていた。
「・・・そして、雪が降る」
 
 
 二人は、火を囲んでいた。ゴゴティは書庫にこもったまま、もう2日も出てこなかった。
「なぁ」 ポカリスは、意を決してもいないのに、そう言った。
「なんだよ。わかるがよ」 ダカーラは、もってきた干し肉を食べていた。
「わかるのかよ」 少し笑った。
「わかるね」 ダカーラが、自信たっぷりにそう答えた。
「気持ち悪いな、昔からそうだ」
「いい友を持ったって、そういってほしいね」
「頼りにしてるよ」 ポカリスはそこで一旦、息をついた。
 
「俺は、平凡な人間だ。平凡な人間だから、平穏の意味も考えてこなかった」
「平凡も平穏もありふれていて気付かないのさ。空気みたいなものだから」
「でも、平凡な俺が、平穏を守ることが出来るだろうか」
「どうして、自分だと思ったんだ」
「彼がさ、『震え』という言葉の蝋燭に火を灯してくれたおかげで、俺の『震え』は止まったんだ・・・。俺も、そうありたい、と思ったんだよ」
パチリ、と焼べた木の中の空洞が音を立てて、弾けた。
 
「平穏ってさ、変化のないことじゃない。変わることに備え、安心して暮らすことだと思うんだ」
「そのために、生きるんだな?」
 
火が、パチパチと音を立てて弾けた。
 
「フユーを越えたら、銅像が立つかな?」
 
ダカーラは、ハハンと笑って言った。
さあな、冬に聞いてくれ。

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1988/08/12
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