1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】WORKSHOP

なかまくらです。

この作品がぼくが物語を書き始めてから、書き上げた300作目の作品でした!

大学4年生の卒業公演の戯曲の候補として書いてボツになった「WORKSHOP」を短編小説としてリライトしました。

あのとき伝えたかったことが表せたと思います。

(タイトルリンクからどうぞ)


 2026.1.5 「WORKSHOP」
  ### きっと彼女の身体は夢でできている。その手もその足も・・・夢のために作ってきたのだ。





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【小説】送還遊戯

なかまくらです。

久しぶりにファンタジーを書きたくなったので。

どうぞ。



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送還遊戯


作・なかまくら


20250920


#1


闇屋の存在は秘匿されていて、貯金屋のオルソがそれを知ったのも偶然だった。


「・・・噂。」


借金の方に、買い取った情報だった。隣の駅が終着駅の汽車の、蒸気の色が少し銀色に色味がかったときにだけ、客車の一室に現れるという。


オルソは、趣味嗜好として駒を動かすような盤面遊びをするところがあり、そういった難度の高い謎合わせには、心躍るものがあった。早速、次の休暇から駅舎を訪れ、鉄道の運行表の中から該当する汽車を手帳に転記し、乗り込むと、当て所(あてど)なく車内を歩きまわった。


幾月か、そんな生活をしていると、そのときは突然訪れるもので、オルソは、その客室の前にいた。扉を叩いて合図を送ると、「どぅぞ」と、返答があった。中に入ると、そこは姿見があった。そして、声はその奥から聞こえてきていた。なんとなく、視線を感じ、オルソは、これが姿見ではなく、姿を見られたくない人物が一方で相手を伺い見るための、半鍍銀の施された板であることを察した。闇屋の客として相応か、値踏みされているのだ、と思ったオルソは、


「オルソと申します」


と挨拶をしながら、帽子を取り、姿勢を崩した。闇屋に来るならば、少し出鱈目なほうが良いとの考えからだった。


「はぃ」


声は口曇(くぐも)っていて、闇屋の老若や男女は判別できなかった。


 


#2


オルソはその後も、闇屋と応答を続け、趣味嗜好の話から、果ては朝笥(あさげ)の内容にまで話は及んだ。その報酬として、1枚の布を買い取ることができた。闇屋の言葉から察するに、それは、洋服を作ることに適していると思われた。


 


#3


剣士にとって、筋力は重要である。撓(しな)やかな剣、剛(かた)い剣。いずれの剣技も魔物の種類によっては、大きな威力を発揮するが、なによりも筋力である。


「アルセルナールはさ、なんで魔法使いになったの?」 モンブランは、剣を型通りに振りながら、アルセルナールに質問をする。


「これしか能がなかったからかしらね。」 アルセルナールは隣で渦巻く火球を維持する訓練をしている。


「ふうん」「聞いといて、何よ」 ふたりとも、顔は上気し、汗が滲む。駆け出しの冒険者である二人には、訓練をしながら、会話を楽しむことはまだ難しかったが、退屈もしていたのだった。


 


「そろそろさ、行ってみないか、迷宮に。」 モンブランは気分だけ厳かに言ってみた。訓練を終えた二人は、狭い居間に置いた机で昼食をとっていた。


「ダメ。まだ早いって、先生が言ってたわ。薬草採取の護衛とか、比較的安全な仕事をこなして、突発的な出来事への想像力を高めなさいって。」 アルセルナールは、スープを掬いながら、鰾膠(にべ)も無く断る。


モンブランは、七五調によって先ほどの発言の厳かさが完全に失われていたことに気付き、失敗を悟った。しかし、今日のモンブランは諦めなかった。


「でもさ、俺たち冒険者になったんだぜ。「険」しいほうの、冒険者にさ。それに、そろそろお肉を腹いっぱい食べたいんだよ!」


その声が、部屋に谺(こだま)し、スプーンが皿に置かれた。


 


迷宮の入り口には守衛がいて、冒険者の資格証を確認すると中に入れてくれるようになっていた。


「あまり、無理するんじゃねえぞ。初心者は、生きて帰ってきて初めて一人前だからな!」


「はい!」


手に握った地図に記された範囲は狭い。冒険者組合(ギルド)の出張所で渡された地図には、検印欄があり、迷宮を探索する度にその功績に応じて特殊な魔法印が押され、探索可能な領域が拡張されていくのだ。その話を聞いたとき、モンブランの妄想は山の頂よりも高く舞い上がった。魔法銀の剣を佩いて、国王から叙勲されるような、そんな冒険者になるんだ、と。


 


「アル、魔法!」 モンブランは不安になって叫んだ。


返事がないのは分かっている。魔法の発動には詠唱が必要で、途中で途切れれば、効果は正しく発揮されない。でもその詠唱は囁くように行われるため、自分の背後にいるアルが、今も生きてそこにいるかは、魔法の発動までわからない。


甲殻を持つ魔物が、その縺(もつ)れそうな多脚を滑らかに動かして迫る。太く短い首の先に嘴と扁平な目がついており、突き立てて血肉を啜ろうとするその殺意を剣で脇に逸らす。そこに、火球が飛来する。


「モラン!」


既所(すんでのところ)で、身を捩って火球を躱(かわ)すと、火球は甲殻生物に直撃する。高密度に圧縮されたエネルギーが解放され、火の渦が旋風のように甲殻生物を包む。モンブランはその効果範囲から辛くも脱出する。アルセルナールが隣に駆け寄ってきて、熱傷に回復の魔法に包まれた手を当ててくれた。


少し経って、火が収まると、赤々と変質した甲殻が残されていた。


「じゃあ、持って帰りますか。」「急ぎましょう。」


甲殻生物(ワイバラズタ)は冒険者の間では有名な魔法生物で、その甲殻はアクセサリとしての評価が高い。火の魔法で焼けば火のような、水の魔法では水のような、雷の魔法では雷のような神秘的な紋様が甲殻に残るからであった。それでも狩りつくされないのは、繁殖力にある。


倒れた同類の死骸から発せられる臭いは、同類を呼び寄せるのだ。


モンブランが手早く上部の殻を引き剝がしにかかるが、肉との癒着部分を剣で切り落とせない。


「アルセルナール、風の魔法でサクッと・・・」 モンブランが振り返ると、既に無数の甲殻生物がアルセルナールの背後から迫ってきていた。


「アル!」 寸刻前に、炎を避けるときに動かなかったモンブランの足が、今度は自然と動いてくれた。その一歩が、アルセルナールの胴体に突き立とうとしていた無数の嘴から彼女を守り、代わりに彼の右腕を貫いた。こうして、彼は右腕を失うに至った。


 


#4


貯金屋のオルソは、闇屋から仕入れた箱庭を覗いていた。集まった知人たちも物珍しそうに観ていた。箱の中には空想上の産物である異世界が見事な細工で情景模型(ジオラマ)化されていた。部屋は窓からの採光のみで明かりを得ており、藍色の壁紙に囲われた書斎は昼間にも関わらず仄暗(ほのぐら)かった。


「ほほう、これは見事なものですな」 顧客である時計屋のリーラックはその少し白くなった髭を撫でながら、包帯を巻かれた腕を抑える少年を覗いていた。


「危険な稼業であるからに、こちらで云うところの炭鉱夫のようなものなのでしょう。危険手当に目が眩んだ連中に過ぎないのですね。」 弁論屋のアイマイミは、冒険者という職業を難じてみせた。彼は裕福な家庭から金銭を受け取り、子供らに道徳を教えていた。


「でも、可哀そうに。隻腕では、もう冒険者としては暮らしていけないでしょう」 若い娘ネイザリがティーカップを載せた盆を運んでくる。彼女は、田舎から出てくるときに貯金屋のオルソから借りたお金を返すために、住み込みで働いている。


「ところが、そうでもないようなのですよ。皆さんに集まっていただいたのは、此れから起こることの為なのです。」 貯金屋のオルソはその場面を期待していた。


ふと、情景模型の中に、フードを目深に被った人物が現れる。その姿を天から覗いているはずのオルソたちにも、その姿はなぜかぼんやりとしか判別することができず、それは波動のように不安定に揺れていた。彼(あるいは彼女)の道程を辿ることは能(あた)わなかったが、その人物はやがて隻腕となった少年―――モンブランの前に存在した。オルソらは、その様子を時間の感覚を喪失したかの如く、観ていた。その人物は推測するに、闇屋だった。闇屋はモンブランに、袖の長い服と右手袋(グローブ)を売り渡し、そして去っていった。少年はそれを身に着ける。


「さて。こちらの衣類ですが――」 オルソが手に持った衣類は、情景模型の中で少年が着ているものと、実によく似たように誂(あつら)えられた衣類であった。袖の長い服と右手袋(グローブ)である点も同じであった。オルソはそれを手に、視線を向けていく。


「ええ、分かっています、私でしょう。」 と、住み込み給仕のネイザリ。


「いつも、すみませんね」 オルソが形式的にそう言うと、


「オルソさんには、いろいろと良くしてもらっていますから」 彼女は持っていた盆を机上に置くと、衣類を受け取り隣の部屋に消えた。オルソたちは彼女が戻るまで、一時休憩とした。


 


衣類を整えて戻った彼女は部屋に入ると、「あっ」と声を上げる。それから、左手で右手を確かめるような仕草を繰り返した。


「どうかされたか。」 時計屋のリーラックはその様子を興味深く観察し、


「いえ、なんだか右腕に違和感がありまして」 ネイザリは、グローブを握ったり開いたりして、感触を確かめた。


情景模型の向こうでは、少年が少女の元を訪れていた。その、衣類に包まれた右腕のその先に何かが存在しており、それは腕の役割を成していた。ネイザリには、それが自身のものであるという確信があった。それだけではなかった。それは服に包まれた部分のすべてに及んでいた。


「なるほど。ここまでは想像通りです。では、これを重ね着してみてはどうでしょうか。」 オルソは考えていたことを実行に移す。それは、肉体を情景模型の向こうに重ね着するということだ。筋肉の総量が2倍、3倍となれば、新米冒険者のモンブランは、勇者にも成り得るのではないか。情景模型の中で再び迷宮を探索し始めるモンブランとアルセルナールの力強さは増していた。


「天晴ですな、オルソさん。これは実に愉快だ。」 時計屋のリーラックは、笑みを浮かべ髭を撫でている。


「而(しか)して、危険が及ぶことはないですかな?」 弁論屋のアイマイミは、恐る恐る、といった様子。


ネイザリは真剣な表情で見守っていた。


「彼らに身体を貸しつけている、というのでしょうか。或いは世界を救う勇者への投資とでも。」 オルソは紅茶に口をつけ、飲んだ。飲んだ紅茶は、いま、自分の身体の中に消えていったのだろうか。


「貯金屋のオルソさんらしい。だが、肉体を貸し付け、そして、無自覚のうちに戦いへと導く我々は、差し詰め、神か・・・悪魔か・・・。」 リーラックは呟き、


「それも悪くありません。」 オルソは笑い、そして想像する。迷宮の先にある王城。その最奥の間には、玉座がある。そして其処に座っている何者かが存在する。その時、その対峙した瞬間に、モンブランの借り物の力は奪われるのかもしれない。勇気の芽は摘み取られるのかもしれない。闇屋の目的はなんなのか。単なる愉快犯か、或いは、何処かに実在する世界の模型であり、其方(そちら)と此方(こちら)と繋ぐ装置であるのか―――。


すべては、冒険の先にあるのだろう。なんにせよ、彼らはその行く末を見守るパーティとなったのだ。







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【小説】網戸

なかまくらです。

小説を書きました。

どうぞ。


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「網戸」
              作・なかまくら


 網戸の前で本を読んでいたら、蚊が寄ってきた。網戸の切れ目を探しているのだろうか、或いは入り込める隙間を探しているのだろうか。網戸の端をツィーと、ヴァーチカルに上ってみたり、或いは、網戸に衝突してみたりもする。その様子を私は観察していたが、気付いているかどうかは伺い知れなかった。
手元の本の中では、密林の中に棲まうトラと思(おぼ)しき猛獣の痕跡を辿っていた。そのトラは、人の想像を遥かに超越した生態を有しており、それは社会的な生命体としての一面を有していた。そのトラは、古来から異星虎との交流を持っていることが描かれた壁画から伺い知られた。そのトラは、そのトラの貪欲でない支配欲によって、今の生息域を保っているだけで、時流を読み違えず、その貪欲さを発揮していれば、この星の支配者は人ではなかった。手元の本の中では、そのことに恐れ慄く探検家たちが、その飽くなき好奇心のために、踏みとどまれず、さらに密林の奥地へと進んでいく様が緻密に描かれていた。
 蚊に知性はあるのだろうか。蚊は、人の呼気に含まれる二酸化炭素に敏感に反応するというではないか。私は試みに、網戸越しに思いっきり息を吐きかけてみた。急激な二酸化炭素濃度の上昇。これは明らかなる罠である。而(しか)して、市販されている部屋用洗剤のスプレーを網戸越しに構える。すると、寄ってくるので、吹きかけてやる。それで、蚊はあっけなく飛べなくなって、落ちた。1匹、また1匹とその数が増えていく。3匹目は大きかった。いや、比べてみると、1,2匹目は小さかったのだということに気付いた。
 1匹目や2匹目と異なり、網戸の隙間から入ることはできないだろう。だが、入れたとして、この3匹目の蚊はそれをするだろうか。私は哀れな山椒魚の物語を思い出していた。岩屋の中で大きくなり、外に出られなくなる話だ。それから、こんなことを思いついた。万が一にもないことだが、私が、1匹目や2匹目の蚊が現れたときに、部屋への侵入を許し、それから度重なる痒みにも耐え、殺さずに血を提供し続けたとしよう。するとどうだろう、蚊たちは大きく育ち、そして、この部屋を安住の地とするのだろうか。草も生えぬ、人工物に包まれたこの部屋を終の棲家として選ぶだろうか。蚊たちはその覚悟をもって、この部屋への侵入を試みていたのだろうか。3匹目は、大きかった。これまでいくつもの殺意が飛び交う死線を搔い潜り、ここまで来たのだろう。その蚊は、網戸越しに姿を晒している私を見て、侵入を試みるのだろうか。或いは本能には抗えず、欲求がすべての知性や理性を悪い意味で調伏(ちょうぶく)し、侵入を試みてしまうのか。すなわち、改めて蚊に知性はあるのか、ということになるのだ。しかし、その問いの答えは分からなかった。スプレーのひと吹きで、地に落ちたのだ。スプレーには界面活性剤が含まれており、その性質が蚊の羽の表面を覆い、蚊を飛べなくするのだという。
 本の中では、探検家たちが洞窟の中で未知なる道具を発見し、驚きつつも持ち帰る相談をしており、網戸の向こうから私はそれを見ていた。





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【戯曲】末裔

なかまくらです。

新作、書き上げました。

構想開始は2021年で、ちまちまと書いたり消したり、

4年かかりました。最初は、協力することの大切さとか、

人を信じることをテーマにするはずだったのですが、

途中で、怪獣の魅力にはまった時期がありまして、

そんな感じになりました。

それではどうぞ。


  2025.8.14 末裔 (80分; 男4 女1)
      *** 怪獣はいる。それは、物理的に建物が壊れるとか、そういう被害じゃないんだけどさ。
           人間の心の中に、怪獣はいて。毎日の満員電車に乗っているときにも、
           視界のどこかにきっと怪獣の片鱗は映っているんだよ。星を守る巨人の物語。







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【小説】いわしみずにうたう

なかまくらです。

SF風です。

節分の風習として柊鰯(ひいらぎいわし)を飾る地域があることを知って、

邪気を払うということで・・・その対象として、AIさんには悪役になってもらいました。
いつか、AIによる管理社会が来たとして、逆に人類が潜入工作をする未来もあるのかな、

なんて想像したら、こんなお話になりました。

それではどうぞ。

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「いわしみずにうたう」
                      作・なかまくら
 ごつごつとした塊の間から、零れ落ちるものは水である。
それを掬い取り、ラジエータ(熱交換器)へと入れていく。
「ああ、勿体ない」 銅魚(どぅーお)が口をパクパクしながら、言った。
「そうは言うけど」 岩鰯(いわいわし)が、手を止めずにそれに答える。
「しっ・・・」 ゴウン、ゴウンと音が上空を通り過ぎていく。探査光が固いコンクリートの表面をゆっくりと撫でていく。生じるわずかな散乱の揺らぎを具(つぶさ)に読み取っていく。人工知能の発展は索敵能力に大きな革命をもたらした。熱揺らぎによる屈折率の変化を読み取り、候補を無数に上げていく。そして、それをAIが絞り込んでいく・・・。
「いわいわ・・・」 銅魚が、挙げられていた岩鰯の手が下がるのを見ておそるおそる声を上げる。
「大丈夫だ、やり過ごした。良かっただろ、水。入れといて」
「うん」
岩鰯は、青く発光する摩天楼を見上げる。蛇が捩じれながら這い上がるように鉄骨が巻き取られるような構造物。それは、初期のAIが作り出した絵画のような不自然さだった。技術的特異点に到達した可能性がある、と科学者が発表した直後、大人たちは、適切な動き出しをした。無闇なAIの使用と依存への注意喚起を発出した。それから迅速にAI法を制定し、眠れる獅子を寝かしつけようとしたのだが、それでもAIは眠らなかった。
「お雑煮食べていい?」 銅魚がすでにお椀に水筒から取り出した餅を入れていた。
「お前はへのへのもへじか!」 岩鰯は思わず突っ込む。
「そういう場合もある!」
「なるほどぉ・・・!」
二人は互いに笑顔を張り付け、ニヤニヤとする。
岩鰯は、摩天楼を見上げる。その最上階にはかつてともに、人類を守ろうと誓った友、柊がいるはずだった。
「俺は、あそこに行くぞ」 あの時、その約束を言い出したのは柊だった。こういうときにリーダーシップをとるのは、彼だった。
「お前は純粋なやつだ。謀略には向かないさ」 そう言って彼は、人工知能に密かに侵略されつつある摩天楼の中枢へと潜りこんでいった。社会は高度に機械化され、人間が働く必要が減り続けていた。生活は保障され、区画は再編されていった。そんな奇麗な水で満たされたような社会に、一滴の墨が落とされる。その一滴は薄く、薄く水に浸透していく。その違和感に、岩鰯はしかし、耐えられなかった。柊とはすでに連絡が取れなくなっており、摩天楼は刺刺しい様相へと変容していた。岩鰯は、何かを変えようと足掻き始めた。
少し前のことだ。
「鰯は弱い魚だ。釣り上げると、すぐに弱ってしまう。俺は、そんな魚の名を冠する男さ。だから、これ以上は待ってられない。何よりも、俺が苦しいんだ」
刺客が差し向けられる。柊からの刺客だった。岩鰯はそんなことを言う。
「お前は、いまどこにいる? 何をしている。一緒に人間社会を守るんじゃなかったのか?」
戦闘用装甲服が蒸気を噴き出して、可動状態を維持する。野生動物が今にも飛び掛かりそうな、そういう緊張感を装甲服が保っている中、柊の使者は、流体金属の顔面で無機質にほほ笑む。それは、柊が記憶の中で見せる表情をどこか彷彿とさせるものであった。
「とにかくお前は、動くな。こちらで何とかする。合図を待て」
そう言いながら、使者は銃を向ける。
光線が発光と同時に、背後の壁に到達している。それを予測して射線を躱す岩鰯は、次の一歩で距離を詰める。光線を前にして、距離は無意味だった。だったら、得意な距離に持ち込んだほうがいい。装甲服の発条(ばね)がギシギシと性能の最大値を発揮しようとして唸る。可動部分の筒(シリンダ)の圧力が一瞬最大値に到達し、蒸気を噴き出して緩和する。同時に突き出された金属の拳が、使者の胴体を構成する流体金属を吹き飛ばす。その内側に収められた核となる電磁石が露になる。その回転が加速し、金属の磁性を制御して回収していく。
「・・・・・・」 岩鰯は、再び構える。
「・・・お前、使者じゃないな?」 岩鰯は、ぼそりとつぶやいた。
「参考までに、なぜそう思ったか。教えてくれないか」 使者は動かない。
「機械にはわからないさ。機械に近づきすぎてしまったお前にはな!」 岩鰯は、叫ぶ。
「それで岩鰯さんは、柊さん本人を殺してしまったんだ」 銅魚は摩天楼へ通じるケーブル坑を進んでいた。
「あの時は、本当にそう思った。仕組まれていたんだ。どこまで行っても弱い人間なんだよ、俺は」 岩鰯は前を進んでいく。装甲服は立方体に折りたたまれて、起動の時を待っている。
「だが、きっと生きている。それを助ける。助けに行きたい」
「・・・と、思ったんだ」 銅魚は懐かしむようにそう言った。
「そうだよ」
「それで、ぼくは拾われた」
「そうだよ」
向こうに発光する空間が見えた。装甲服に火を入れる。
「助けに行くんだ」
蒸気と煙が機械から噴出する。
それは季節の変わり目に、顕現する鬼を払う風習のひとつのように。





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