1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】アホ毛を切って

なかまくらです。

久しぶりに小説です。

なんとなく後味が苦めなのは気のせいじゃないです。

着地しようとしたら、なんか自分の中の何かが邪魔してきた感じで、

こうなりました。

どうぞ。

ーーーーーーーーー

「アホ毛を切って」

                           作・なかまくら
「ね。お金なんだけどさ・・・」
そう切り出す友人に、内心嫌悪感を覚えながらも顔には出さないように気を使った。
「ああ、いいよ。せっかくまた会えたんだから」
カードをかざすと、私の情報が照合され、働いている場所、支払いに滞りのない信用できる人物であるか否かを照会される。そして、特に問題のない人物と判定され、「ピ。」と支払い完了の効果音が鳴る。
「ごめんね」
「そういうの、やめてって」
「うん」
「・・・」
高校生の時はそういう関係ではなかった。勉強ができるとか、できないとかではなくて、気が合うとか、そういうことしか考えてなかった。私は勉強はできたけれど、勉強のできることを良いことに、いかにもそれらしく振舞う連中になりたくはなかった。友人は、そんな私の気の置けない友人だった。音楽が好きだった。好きなバンドを追いかけるためにアルバイトで軍資金を稼ぎ、全国を巡る高校生だった。夢中で話す友人の話に、たいした夢のない私は耳を傾けて、少しだけそれを分けてもらっていたような気がしていた。
私が大学へ行って、友人が就職して、まもなくある装置が発明され、それを使ったサービスが始まった。「働き足りないあなたへ・・・」というコピーで、駅のホームに大きな看板が何枚も並んだ。AFO(Anti Fiction Object)という名前のその装置は、睡眠を売買できる装置だった。売ってしまえば、売った側はその夢を見たことは忘れる。買った側はその夢を見ると同時に、思考が整理され、頭がすっきりするという触れ込みだった。その頃の私は、大学の講義についていくのがやっとで、けれども学費も稼ぐためにアルバイトもしなければならない状態で、ひどく疲弊していた。それで、興味本位で調べてみると、サービスの提供価格は当時の私にはとても手の出ないものだった。
「ね。聞いてる?」
「あ、うん・・・何の話だっけ?」
「疲れてるんでしょ、一流企業に勤めるサラリーマンは辛いですなぁ」
「いや、そんなことは・・・あんまりないよ」
「ちょっとはあるんだ」
「まあ、多少はね。そっちはどうなの?」
「からっきし。だから副業とかもしててさ」
「副業?」
「今、流行ってるんだよ、個人投資家ってやつ。あとはWEBで記事書いてさ、広告収入?」
「投資? 危なくないの?」
「古い! ・・・古いよぉ。大丈夫だって、みんなやってるし」
「それにしては・・・そんなに羽振りがいいようには見えないんですが?」
「てへへ、ちょっと今月はピンチなのです。・・・あ、そろそろ行かなくちゃ。このあと仕事でさ。じゃあね、また」
「・・・うん」
何かが喉の奥のほうで詰まって・・・またね、という言葉は飲み込んだままになった。それが何か、感覚的には分かっているような気がしていた。
 翌日からは仕事に戻った。朝早く出社してデスクに山積みにされた仕事を黙々と片付けていく。時計と書類を交互にチラチラとみる時間がしばらく続いて、それから同期と連れ立ってランチに出かける。
「ねえ、AFOって結構いいらしいよ」
「へぇ・・・なんか危なくない?」 私も聞いたことがあった。
「心療内科が治療に使ってるくらいになっているみたい。保険適用はさすがに難しいかなぁ・・・」
「睡眠障害の人とか、立ちどころに治っちゃう! みたいな?」
「へぇ~・・・」
あくびを噛み殺しながら、私は大学生のころに見た料金を思い出していた。
「一度行ってみてもいいんじゃない? ほら、最近いつも眠そうだし」
「うん、そうかもね」
「あー・・・、ただ、装置を使うとアホ毛がとまらないんだって。副作用で」
「アホ毛、って、あのアホ毛?」
店へと向かう道すがら、それだけが気になっていた。あの、久しぶりに会った友人の、アホ毛だらけの髪の毛が脳裏から消えなかった。
店は、整体院のような佇まいであった。90分のコース、180分のコース、270分のコースがあり、それぞれに値段が設定されていた。サービスの普及とともに安くなってもいいものだが、まだそんなには安くなかった。ちょっと豪勢な宿に一泊するくらいの値段であったが、財布を取り出して支払った。
 夢の中では、好きなバンドがあって、そのために一生懸命お金を貯める女の子だった。そのために、お金を稼ぎ、それに見合う格好をするためにお金を稼いで、友達に自慢した。それが何よりも楽しかった、輝いていた・・・・・・夢の外の本当の私は、学生だった頃、そんなことを思ったことはなかったけれど・・・。
 誰が売った夢なのか、直感的にわかってしまった。
効果は抜群で、ここ最近、ずっと心の中でジトジトと湿り気を帯びていたものがどこかへ行ってしまったようだった。
けれども、明日、友人を呼び出そうと思った。自分は、ついにお金も仕事も夢もすべてを手にしてしまったけれど、では、あなたから何を奪ってしまったのだろう。もう友人ではいられないのかもしれない。夢を語り合えなくなってしまったのかもしれない。
だから、「私にとってあなたは、夢を語る人であり続けてほしい」と伝えよう、と思った。
そうしたら、アホ毛を切って、カフェに行って、履歴書を一緒に書くのもきっと素敵だ。そして、いつか分かってもらえる日が来たら、私たちはまた友人になれるだろう。






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【小説】世界征服

なかまくらです。

こんなご時世なので、こんな小説を。


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「世界征服」

                作・なかまくら



 見世純太郎(みせ じゅんたろう)と世良混太郎(せら こんたろう)は高校の卒業式が終わると正門へと向かった。
「いよいよだな・・・」「ああ、いよいよさ」
二人は顔を見合わせた。
「私はもう計画の設計図がノート1冊分ある」純太郎が言うと、
「余はこの頭の中に入っておる」混太郎が頭を指でこんこんと示した。
「なんだ、余って。気が早いんじゃないのか?」純太郎が噴き出して、
「まずは形から入る、というのは当然である」混太郎がさも当然のようにそう言った。
二人はそれから、前を向いた。川をまたいで造られた珍しい学校で、その川がちょうど国の経度のちょうど真ん中にあった。
「では、西は任せろ」「余は東を束ねよう」
そう言ってふたりは別れた。世界征服の第一歩を踏み出すために。

それから。10年が経っていた。
「第118回、定期報告会だが、リモートでの開催でどうだ?っと・・・」部屋は薄暗く、4枚のモニターが煌々と無精ひげの男を照らしている。送り終わった男は、席を離れて冷蔵庫に向かう。部屋には読みかけの雑誌や、本、CD、DVDなどが散乱していた。ひもで縛ろうとも思ったが、紙も今となっては貴重な資源になる可能性がある。冷蔵庫を開けると、水出しのお茶、わずかに残った卵、漬物と腐りかけの葉物野菜がちらほらと見えた。中身もいい加減、心許無くなっていた。純太郎は、缶ビールを取り出すと、冷蔵庫を閉じた。席に戻ると、返信を知らせる通知がすでに届いていた。

カチ、カチ

開けば、「把握した」とのOKの合図だった。続けて、デケデケ、と通知が鳴り「10分後にでもやろう」ということだった。

「相変わらず、忙しい男だ」純太郎はふっと笑った。そして、缶を開けて一口含んで、飲み込んだ。アルコールを含む液体がゆっくりと流れ落ちていく。・・・世界は大変なことになっている。子供のころ夢見たAIの暴走でも、宇宙人の侵略でも、世界戦争の危機の訪れでもなかった。目に見えない敵が現れたのだから。きっかり10分で着信音が鳴り、モニターのインカメラに自分の顔と、混太郎の顔が映った。
「なに、そちらは只今、夜であったか!?」大きな声が暗い部屋に響き渡った。
「いや、日光で活性化するという研究結果があるらしいぞ」純太郎は、静かな声で返した。それから、焼けたな・・・とひとり、つぶやく。
「これか。これは、余はいま諸国を回っておる。それゆえに、な。それよりも純太郎、これを見給え」混太郎は今も変わらない変なしゃべり方で、画面に何かを近づける。植物のようだった。
「これは、余が見つけた新種の植物で、ウイルスの発生源の近くに群生していたものになる。もしや、何らかの関係があるかもしれん」混太郎の目は輝いていた。
「ああ、すごいな。これが成功すれば、世界はお前のものになるんじゃないのか。例の食糧問題を解決するかもしれない植物の種の散布も順調なんだろう?」
「まだまだ、これからであるが、ゆくゆくは人類の胃袋は余の前に跪くであろうな」
「いや、胃袋を跪かせてどうするんだよ」ハハ、と純太郎は笑った。
「なにを、陰鬱な顔をしているのだ。お前のすべての国家のメインサーバにバックドアを仕掛けておく計画もなかなか侮れるものではない」
「お前は物質世界を、俺は仮想世界を、だったからな」純太郎は、8年前に20歳の成人式の時にした話を懐かしく思い出した。若かったのだ、あの頃は。
「なあ、混太郎。純と混、どちらが悪にふさわしい?」純太郎は言って、ハッとする。缶はいつの間にか空になっていた。止まらなかった。
「より純粋に突き詰めていった先に悪があるのか。それともより混ざって複雑になり相手を緩やかに薄めていった先に悪があるのか。どっちなんだ」
「そのどちらの先にも世界征服があるだろう。そういって余らは、あの正門で別れたと記憶している。その証明をするために生きているのだと余は理解している」その目は、信念に満ちていて、自信にあふれていた。顔は焼け、画面に映る腕には決して細くはない。周りには多国籍の人々が忙しく働いており、この通話が終わったら混太郎もその一員として、世界を救うための活動に戻っていくのだ。
「これ純太郎、まさか余が世界を悪の手から救う、善の存在になったゆえに打ち倒そう、などと考えているわけではあるまいな」混太郎が胡乱げな目を向けてくる。
「はい?」
「よいか、純太郎。此度の脅威は、悪によるものではない。確かに周到な用意がなされていたといってよい。人体の中で一定数まで増えないと症状が現れないように、世界全体で一定数が現れた時にはすでに恐ろしい事態に陥っていた。それまで力を蓄えていたその戦略は一顧程度には値しよう。だが、彼らには悪意がなく、そのための行動ですらないゆえ、我々も敵をはかりかねているのだ。ゆえに、戦う相手すらわからぬものが多い」
「悪ではない・・・」
「そうだ。先を越されたわけではない、ということだ。そんな心配をしておったのか?」
「あ、ああ・・・」純太郎はどう答えればよいのか分からなかった。自分は、今、あまりにも無力だった。部屋に閉じこもっていることしかできていない。
「なあ、混太郎」
「なんだ」
「『世界に悪は栄えない』って、何かの台詞かなんかであったよな」
「あったのか? あったのやもしれん」混太郎は知らないようだった。
「それが、今俺たちを滅ぼそうとしていて、・・・いや、でも大丈夫だ。敵は見えた」
「はて? その敵とは、純太郎、そちの敵なのだな。それは任せる」
「ああ、混太郎も頑張ってくれよ、荒廃した世界を征服する趣味はないからな」
「分かっている。また次回の定時報告会で」
「ああ、また」

通話を切って、純太郎はひとりに戻った。
「○○がいるかぎり・・・か」
○○とはなんだろうか。それが自分を圧し潰そうとするのだ。
それが混太郎になる未来も、純太郎になる未来もあるようにも思えた。あるいは、純太郎がすでに出会っている誰かでもあるようだった。それは容易に入れ替わり、また裏返ったりもするだろう。だが、意図こそが重要なのだ。純太郎はそう思った。
そして、キーボードを勢いよくたたき始めた。








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【小説】闇に注ぐ

なかまくらです。

小説を書きたくなったので、2か月ぶりに新作です。

こんな時代ですが、暗闇の中に希望を探したい。

では、どうぞ。


「闇に注ぐ」
                     作・なかまくら
      

1日に夜は2回来るようになった。長い夜と短い夜が1回ずつ。
今の時間は2つの人口太陽が西の空と東の空を飛んでいた。
「ネリキ、お弁当は?」
「そんな時間かー!? 待ってたよ」
ネリキと呼ばれた青年は、パイプをつないでいるボルトの緩みがないか、確認を続ける。
「あーーん」
ネリキは、手を止めずに口を開ける。
「もうっ! 心を込めて食べてよね」 と言いながら、バスケットの中のサンドイッチを口へ運んでいく。もちろん、作業をしながらでも食べやすいように作ってある。
「うましうまし。うっ・・・かたし、」
「えっ、かたい!?」
「むぐむぐ・・・ボルトかたし」
「あーそうですね。もー、そんなにボルトが好きならボルトでも食ってればいいんだわ」
「ご、ごめんって! なぁ、イーサ」 ネリキは慌てて飲み込む。その慌てたままの手に握られたスパナが振り回される。
「あぶなっ!」 イーサと呼ばれた女性が頭を守ってしゃがむ。
「こらぁああっ!」
ごん、と鈍い音が鳴った。
「うごがっ!?」 ネリキは頭を押さえて、土の上をのたうち回る。
「スパぬぁっ!!? 痛った!? 親方それ・・・は・・・(がくっ)」 ネリキは動かなくなった。
「ネリキ!? ネリキ!?」 イーサが揺さぶるが、反応はない。
「それが、おめぇがイーサの嬢ちゃんに向かって振り回したものだってこと、分かんなくちゃなんねえ」 そうやって、厳しい顔をして見せる親方は、それから頭をぼりぼりと書いた。
「・・・とまあ、それにしてもちょっとやりすぎたか。こりゃあ、この後の周回はこいつには無理だな・・・」
「え、じゃあ、」
「しゃーねーな。2週目行ってくるわ。えーっと、整備は終わってんのかな?」
「途中だったと思います」
「やれやれ、まだまだ半人前か。あー、こっからだな」
そういって、てきぱきと親方は作業を終わらせた。
キラキラと七色に光る鉱石を炉にくべると、消えないように最低限燻っていた炎が途端に太陽のように輝きだした。
「何度見ても、綺麗」 イーサがそんな感想をつぶやくと、親方は笑う。
「あまり炎に見とれるな。俺も吸い込まれそうになることがある。けどな、光っているものに照らされているとな、自分の光を忘れちまう。火が消えた途端に、真っ暗になったように勘違いしてしまうんだ。それだけはならねぇ。大変な時代だ。それを乗り越える灯火はいつだって人間の中にあるはずなんだ」
人工太陽は、ガタガタと震え、炎を吐き出すのを今か今かを待っているような様相になってくる。それは、どう猛な龍。あるいは毛を逆立てる虎。あるいは人間の手には負えない何か神々しい存在のようで、襲い掛かるべき獲物を目の前にしているようだった。
「・・・じゃあな」 そう言って親方はその生き物のように震える人工太陽に乗り込む。
「お気をつけて」 イーサはなんとなく怖くなって、そう言った。
「あ、ネリキに虹の鉱石を買い足しておくように伝えといてくんな」
「はいっ!」 イーサは、柵の外に出る。人工太陽は地面を焼きつくしながら、浮上する。突風が吹き、イーサは柵の外側に立ててある支柱につかまる。やがて人工太陽は高度を上げて、西の空へと飛んで行った。遠く、遠くへと飛んで、地平線を覆うように並ぶ真っ黒なビルの後ろに消えた。
それから、どれくらいかわからない時間が経った。
1日に夜は1回来るようになった。長い長い夜が1回。
「忙しい?」 イーサが軽いバスケットを提げて、立っていた。
「忙しいね。もう一基あるといいんだけど」 そうボヤいて立ち上がったネリキはどう見ても忙しそうには見えなかった。
「ううん、今のままでもまあまあやっていけるよ・・・」
「そんなこと言うなよ。俺は嫌だ。こんな世界で生きていくのは嫌だ・・・こんな、暗い世界は・・・未来の見えない世界は、嫌なんだ」
「・・・うん」
ネリキは、あれからずっとそうだった。あの日、親方は帰ってこなかった。どこへ行ったかも分からなかった。暗黒地帯のどこかに落ちたのだろうことは想像できた。そこは計画黄道から外れた場所で、1年中、闇が晴れることはない。人が諦めた、人のものではない土地となっていた。だから、親方の行方も人工太陽の行方も分からないままだった。不作は進み、近くの市場を行き交う人も品物も次第に減っていった。
ネリキは、ずっと悔やんでいた。イーサはそれを知っていた。
「ねえ、松虫が鳴いてるよ」 イーサはそんなことを言ってみる。
工場として建てた小屋の周りの草の物陰にでもいるのだと思う。
「・・・・・・」
「チンチロリン・・・とは聞こえないかなぁ」 イーサの言葉は夜の闇の中に吸い込まれていく。それでもイーサは、闇に吸い込まれる言葉の一部でも、ネリキに届いていればと、言葉を注ぎ続けた。
「昔の人は、どんな暮らしをしていたのかな。私たちは、物心ついた頃にはもう、これが当たり前だったから。太陽って明るかったのかな。月って、どんな星だったのかな。ねえ」
「・・・ああ。そうだな」
暗いけれども、辺りは決して静かではなかった。虫たちが鳴いているし、蛙がゲロゲロと鳴いていた。太陽のあったころに比べると雨も減ったらしい。生き物も随分と減ったらしい。けれども、確かに息づいている。イーサたちも生きている。イーサの感じているその今の瞬間を、ネリキとも分かち合いたかった。ここ最近はいつかくるその瞬間をずっと待っている気がしていた。
「これは・・・?」 イーサがネリキの足元で仄かに光を灯す機械の前にしゃがんだ。
「緑色の屑鉱石で作った機灯(ランタン)。暗いけど」
「ねぇ・・・」
「先、帰ってくれよ」
「・・・うん」 イーサは立ち上がる。それは今日じゃなかった、それだけのことだった。
イーサは聞いてしまったことがある。
丘を上がっていくとネリキの小屋が見える。イーサはバスケットを持ち直して、明るい気持ちを引っ張り出して、それからその入り口から、見えるネリキの後ろ姿に声をかけようとした。でも、突然叫び声が聞こえて、イーサは立ち竦んだ。
・・・そう言われた気がして僕は走って逃げた! と聞こえた。続けて、叫ぶような声。
「・・・そう言われた気がして俺は走って逃げた!・・・そう言われた気がして俺は走って逃げた!そう言われた気がして俺は走って逃げた!」
ネリキは3度、続けて叫んで、気づけばイーサは耳を塞いでいた。小屋の壁に寄りかかって、そのままズルズルと背中を寄せたまま座り込んでいた。
混乱。そして、断絶を感じた。自分を傷つけるためだけの悲鳴のようだった。ネリキの闇が流れ込んでくるようで、怖かった。
「ねえ、君は、なにを言われたくないの? なにを言われたくなくて、あなたはそんなに怖がって生きているの・・・」 イーサはその言葉を心で何度も反芻して、それから、静かにその場を離れた。
イーサは聞いてしまった。けれども、それからも時間の許す限り、ネリキのもとを訪れ続けたのだ。
だから、ネリキの作ってくれた機灯(ランタン)は嬉しかった。あなたのせいじゃないんだよ。なんて言葉はきっと意味がないのかもしれないし、その言葉を言ってしまった時のネリキの顔が想像できなくて、イーサには言う勇気がなかった。ただ、親方の作りかけだった人工太陽を完成させるなら、ネリキしかいないと信じていた。世界を救うのはきっとネリキなのだと信じていた。
イーサはネリキを待った。この辺りの寒さは一層厳しくなっていた。辺りは薄暗いか、暗い。作物の収量も次第に少なくなっていた。人類に残された2基だけの人工太陽は、掠めるようにイーサ達の住む地区を通り過ぎていく。太陽を失った地区の民に対しての批難なのは明らかだった。人工黄道も変更を余儀なくされたのだ。それでも、限界が近づいているのは明らかだった。村の人に頼みこまれて、イーサはついにネリキを説得することを約束させられてしまう。
だから、今日のイーサの足取りは重かった。
「ねえ、ネリキ。・・・あのね」 イーサは久しぶりに食べ物がいっぱいに詰め込まれたバスケットを両手で前に持った。
「イーサ、渡したいものがある」 ネリキはなんとなくいつもと違うように見えた。
「・・・うん」
ネリキの小屋に入ると、赤と青の機灯(ランタン)が灯っていて、その下に、緑色の植物が育っていた。
「・・・なにこれ。すごい」 イーサは驚いていた。その植物は人工太陽の光を惜しみなく浴びてきたかのように、生命力にあふれていたからだ。
「いろいろと調べ物をしてて。親方の持っていた文献から見つけたんだ。植物が育つ光の色は決まっているって・・・。それで作ってみたんだ」
「もういいの?」 イーサはハッとして口をふさいだ。しまった、と思った。
ネリキは驚いたようにこちらを見つめるだけだった。それから、少しだけ歪な笑みを浮かべて。
「正直、思い出せば苦しい。でも、まずは今日1日、頑張ってみることにしたんだ」
「そっか・・・何かいいことでもあった?」 イーサは久しぶりに何も考えずにそう聞いて、
「植物はさ、赤と青の光で育つんだって。じゃあ俺たちは? 俺たちは何色の光があれば生きていけるんだろうな。贅沢だから七色、全部の光が必要なのかもしれない。親方を失ったばかりのた俺にとっては夜の闇の光だって必要だったのかもしれない。ただ、イーサがくれたものを、今度は俺があげたいんだ。少しずつでも」
「少しずつでも」
少しずつ・・・少しずつ・・・
小屋の中には、球体の機械がある。部品も足りず、鉱石も足りなかった。
けれども、忙しく動きまわる青年がいて、バスケットを持った女の人がいて。
そこには希望があった。





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【小説】CBT顕現

なかまくらです。

サークルKの消滅を偲んで書きました(謎。

どうぞ。


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「おい、CBTについて知っていることをすべて話せ」
突然かかってきた電話に、その後藤の裏返った声に、思わず捻りを加えたファッションの最先端を行くスマートフォンを捻じり返した。
「CBT? 新しいテレビ局の名前みたいだな」
言いながら、その言葉をベッドの横の電話第に置かれたメモ帳に記録する。
「いまどこだ?」「休暇中なんだ、と主張してみる」
せっかくの休暇だった。CBTという文字をぼんやりと眺めながら柏尾はぼやいた。電話越しにしばらくの沈黙。その後、地の奥深くからせりあがってくるような声が響いてきた。
「お前の休暇が終わった瞬間に俺のすべての有給休暇と現代の科学の粋を結集して、お前のすべての仕事をプルプルさせてやろうか?」
「ひえっ・・・!」「今どこだ?」「素元號ホテル」「アパートの近くじゃないか。迎えに行くから待ってろ」
久しぶりの休暇はわずか、自宅から数キロの町で終焉を迎えようとしていた。
「せめてもう一回風呂に入っておこう・・・」
柏尾は、あの風呂場を思い浮かべてニヤニヤする。そう、高級木材を惜しみなく使ったあの風呂にもう一度入っておこう、せめてこの儚く散ることを定められていたであろう休暇の終わりに。
「CBTは、人々の感情とともにあった」
ホテルにやってきた後藤は、そう言ってスマートフォンを机に置いた。画面の表面に貼られたフィルムが気化し、ホログラム生成アプリを通して、動画が三次元に投影されていく。そこに映し出されたのは、いくつかのものだった。
「欠けた石、鍋、乗り物と思われる金属の扉、ぬいぐるみの名前、などが今のところ発見されている。そのうちの一つがこれだ・・・」
そう言って、後藤はCBTと油性マジックで書きなぐってある茶封筒から“欠けた石”を取り出した。
「表面を指でなぞってみろ」
表面には、確かにCBTの文字があった。言われるままに柏尾はその表面をなぞった。
すると突然、視界がぐらりと揺れた。
「安心しろ、夢のようなものだから」
そういう後藤の声が、どこか遠くのほうで聞こえた気がして、それを最後に、どれくらいの時がたったのだろうか。
気が付くと、操縦桿を握っていた。
「先輩! まだやれますか?!!」 声が響いていた。ずっと前から呼ばれていたような、そんな気がして、一気に記憶が戻ってくる。
「すまない! 能動型の攻撃を受けた。再起動をかける。30秒時間を稼いでくれ!」
「言われなくても、さっきからずっとやってんだよ!! 早くしろよ・・・俺は気が短いんだ!」 さっきとは別の声。まだ若い声だった。
カシオは叫ぶと同時に、操縦桿を一度、押し込んでマシンを停止させた。正面のモニターの表示がすべて消える。そして間髪入れずに操縦桿を再び引き戻す。ヒト型のそのマシンのどこかで、灯が灯る音がした。画面に文字が躍る。CBT(Crystal Burn Technology)と表示され、クリスタルが鳴き声を上げるようにして燃え始める。人類が敵性生物に対して生み出した戦うための唯一の手段。クリスタルという鉱物を燃やし、莫大なエネルギーを得て動かす機械の巨人。画面が復旧し、外の風景が映し出される。停止時に凍結された駆動部分が融解し始め、柔らかな人工関節が振動を始める。起動まであと少しだった。あと少しのところで、人類の最後の敵となった能動型エネルギー生命体は、致死量のγ線をぐるりと一周放った。
焼け付いた画面の中で血を吐いて、意識を失った・・・。
「おい、CBTについて知っていることをすべて話せ」
突然の問いかけに、柏尾はしどろもどろになる。
「あ、え、CBT? クリスタル?」
そうか、なるほど・・・後藤はしきりに何かを書き始めた。そうか、自分は柏尾で、この目の前の男は後藤。仕事の同僚だ。後藤は、所謂オーパーツの研究で、オーパーツの作成原理の相談を工学系を囓りながら、工場で働いている自分は引き受けているのだった。
「さて、次、行こうか」
茶封筒から取り出されていたのは、鍋。
「ちょ、ま・・・」
気が付いたら、助手席でぬいぐるみを抱えていた。そこには、検体:V012とあった。
「ねぇ・・・」
泣きそうな顔と目が合った。綺麗な女性で、その女性は、同僚で、おそらく生き残っている人類の中では、世界一の科学者で、カシオの好きな人だった。
「ちょっと、ブレーキ、とれちゃった」
そう言って、ブレーキペダルを拾って見せた。この車は、峠を駆け上がり、人類が生き残っている最後の高地へと向かっている途中だった。隕石を舐めたと思われる鹿と、拾って持って帰った50代の男。2つの感染経路から、始まった感染爆発(パンデミック)は、宿主を見つけた時にはもう手遅れになりつつあった。通常、全人類の2割程度は、ある特定の病気に対して耐性を持っているといわれる。しかし、2系統を通り、多様なウヰルスへと進化したこと、死体を食らう野生動物が次々と感染したことから、収拾がつかなくなっていた。しかし、彼女は諦めなかった。ウヰルスに対抗するナノマシンのデザイン、臨床実験までは終わっていた。あとは、これを高地に避難していると聞く、最後の人類に届けるだけだった。しかし、CBTとかかれたぬいぐるみは、カシオに抱かれたまま、曲がり切れなかった車とともに深い崖の底に落ちていった。
気が付いたら、皿の上にいた。ぼやける視界で周囲を見渡していると、
「ちょっと! 静止質量が知りたいんだ」
目の前には、白衣を着た老人がおり、難しげな顔で、目盛りを読んでいた。
「電気抵抗で測るしかないからねぇ・・・まあ、おおむね65kg。いまは、危ない薬は処方できないのでな。おおむねでよろしい、ほい風邪薬」
「風邪薬・・・どういうことですか?」
柏尾が尋ねると、
「おや、記憶の混乱もあるようじゃな。川を流れていたところを拾ったのさ」
「川に? ・・・ありがとうございます。ところで、質量が・・・といいますのは」
「おや、記憶喪失は数年分かい! 質量を決めていた物理定数の測定技術が落ちてきて、それはニュースになったもんだよ。そこから、慌てて質量を定義する“原器”をその時の最高技術で作り直したが、これが、最近、レプリカとすり替えられてしまったようなのさ」
「・・・はあ」
「事の深刻さが全く分かっていない! 薬はね、人を生かすも殺すも分量次第! ところが、その分量がいい加減とあってはどうなるね? 正しい分量で作らんでどうするね。そこに煮立っている鍋だって同じだ。その鍋ももう、これで最後だ」
鍋が煮立っていた。鍋にはCBTと刻まれていて、おでんが煮立っていた。
気が付くと、誰もいなかった。ホテルの柏尾の部屋に戻ってきていたようだった。
世界中で突然同時に現れた、“CBT”の遺物。脳裏に浮かぶ滅びの映像(ヴィジョン)。CBTとは、なんらかの危険を表す信号なのか、侵略者のトレードマークなのか。
「・・・後藤?」
静かな部屋に、返事はなかった。窓の外、天気は良かった。これからでも、休暇を取り戻せないだろうか。まずは、そうだ。眼下に見える・・・あの、足湯に浸かりながら温泉卵でもどうだろうか。そのガラスに柏尾の背後に迫る影が映る。
とっさに柏尾は、前に転げて、落ちていたライターに火をつける。
「CBT! まじかよ・・・っ!」
そこには、ふやふやと空中に漂う茶封筒が存在していた。表面にはCBTと油性マジックで書きなぐってある。
一瞬の迷いののち、ライターを火が付いたまま、見るからに高級な絨毯に落とした。
ウール100%の絨毯があっという間に火の海になっていく。所詮は茶封筒、とどのつまりは紙でできている。その最後を確認することなく部屋を出た。
この世界にも破滅が近づいている。
柏尾は震えていた。





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【小説】その後

なかまくらです。

今日は小説を投稿しておきます。

久しぶりですね。

最近考えている、生き方についての物語です。どうぞ。


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「花道というのは、その人の功績を称えたり、祝福するために、用意するものなんだ。」
ある冬のことだった。小さな村。村から役人(元号と呼ばれる)が出ることに決まり、盛大に送り出すことになった。モモタは村の子供たちに、説明をしながら花向けの儀式作業を進めた。道に沿ってシャベルで土をひっくり返す。プルプルとした虫たちが顔をのぞかせる。その後、ふかふかになった土に小さく穴をあけると、花の苗を植えた。目線を上げると、村を出ていくケヤキが苗を持って忙しく動き回っていた。準備をしている村の人に声をかけては、にこりと笑う。モモタはそれを眺めていた。
彼女は塾でモモタの一つ下の学生だった。よく遊び、よく笑う学生だった。モモタははじめ、気にもかけなかった。いつか、この寂れた村を出ようと付き合いもほどほどに、勉強に励んでいた。彼が彼女を意識せざる負えなくなったのは、彼女が塾長の推薦で飛び級して同じ学年になったからだ。飛び級なんてものがあることをモモタは知らなかったし、遊ぶことにも夢中な堕落を内包する彼女に、一意専心に励む自分が劣るとは思えなかったし、努力は必ず報われると信じて励み続けた。
同じ教室で学ぶうち、彼女が才気にあふれ、愛されており、それを自分は多くは持たないこともよく分かった。けれども、先輩としてのささやかならぬ意地があった。
あるとき、花売りを名乗る男が、村に立ち寄った。モモタは、薬草学の知識を期待して、1晩の逡巡ののち、宿に借りている家を思い切って訪ねた。
「その、」
と、モモタは口の中で、朝から練習していた言葉を言ってしまい、扉の前で呆然と立ち尽くした。
「なにかな?」
部屋には、いくつかの植物が飾られており、寂れた村に似つかわしくない風景だとモモタは思った。
「わぁ、きれーい!!」
そのとき、後ろから花の香が風に乗って過ぎた。ケヤキだった。彼女は花で飾られた部屋の中へ入っていく。
「ほんとに綺麗ですね。私、お花を見るの大好きなんです! 色々教えてもらってもいいですか?」
「こんにちは、花が好きな人に悪い人はいない、というのが私の持論だ。そっちの君も・・・お友達かい?」
モモタは、どう答えたらよいのか迷った。しかし、ケヤキはにこりと笑い、
「ええ、おなじ塾で勉強している友人です」
そう答えて、モモタを招くような視線を送った。モモタはそれで初めて、敷居をまたいで、中に入ることができたのだった。その時間は楽しかった。花売りの男は知らない子供であるモモタたちにも親切だった。行商の中で出会った様々な人、文化、それを話してくれた。詩人としても食べていけそうな語りだった。
「おじさんは、これからどこへいくの?」
「首都に行こうと思っている。」
「首都はどんなところですか?」
モモタは聞いた。
「首長がな、花に溢れた都市にしたいっていうんだよ。問題もたくさんある。だが、夢のある人は良い。君たちもそんな大人になるといい」
花売りの男は、そんな話をしてくれた。
あくる日、モモタは荷車の手入れをしている男を見かけた。
「いつまでいるんですか?」
モモタはうまい言葉を知らなかった。
「花の種をね、仕入れていたんだ。」
そう言って見せてくれた。形の違う様々な種類の種が袋の中に詰まっていた。
「こんなにたくさん、どうするんですか?」
聞くと、
「海外のお客さんが、首都に訪ねてくるんだ。それに向けて、海岸から首都まで花の道を作る。それが今の私の仕事なんだ。」
水につけ、硬く捻りあげた布で荷車を拭いていく。荷車は土に汚れ、ところどころが欠けたりへこんだりしていた。それは、村の荷車と変わらない、けれども特別な車に見えた。首都への道を知っている車。
「モモタくんも首都へ行きたいんだったね」
「はい。この何もない街から出て、才能のある人たちと競い合って生きていきたいんです。」
モモタはそう答えた。
「なるほどね・・・」
花売りの男は、少し考えてこう言った。
「私がこうやって仕事に出かけるとき、皆がたくさんの種を持たせてくれる。私が首都に戻って、次の春には、花が咲くだろうね。外国のお客さんが、花の道を通ってこの村にも立ち寄るだろう。人も一緒さ。君は私のことをいずれ忘れる・・・。」
「そんなことはないです。」
モモタは否定する。
「ありがとう。そうしたら、いつか私は君の助けになれるかもしれない。君の友人や家族だってそうさ。君の心が蒔いてきた種が花を咲かせるんだ。でも、君の生き方ひとつで、君が去ったその地は荒れ野になるのだろうね。覚えておくといい。」
花売りの男はその次の日、村を後にした。
ひとり、新しい役人を追加で募集すると御触れがあったとき、学長にはモモタが呼ばれた。塾の成績のトップはモモタだった。学長は「ケヤキを推薦をしようと思う。」と言った。そして、モモタは「それがいいでしょう。」と答えたのだった。
「モモタくん。」
「おめでとう。俺もいずれ追いつくから。」
そう言って祝福の言葉と花束を贈った。
道には花が咲き、首都へと続いていた。





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