1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】未明

なかまくらです。

物事を学ぶということについて。

小説です。どうぞ。



「未明」

                  作・なかまくら

「おとぉうさん、火が出ないよ」 まだエンキが小さかった頃の記憶だ。時々夢に見る、断片的な情報の羅列。エンキは左側頭部で主張の激しいアホ毛がトレードマークで、まだお父さんとちゃんと発音できなかった。同年代の子供に比べて少し発音が苦手だったかもしれないが、特に問題はなかった。夢の中を見渡せるようになったのは、同じ夢を10回見た頃のことだ。キッチンのカレンダーは10月。何歳かは覚えていない。お母さんはその時、家にはいなくて、お父さんがキッチンにやってくる。ズボンはいつも絵の具がついている。お父さんは絵を描くのが好きで、朝、空が明るくなってから、暗くなるまで絵をかいて過ごしていた。「サンセットがいいんだ。赤なのに、赤だなあとは思わない。何か大切なことを忘れているような寂しさや怖れとか、理由もわからない感情が湧き出してくるんだよ、だから好きだ」お父さんはよくそう言っていた。
「火が出ないって?」 お父さんは、つまみをしきりに捻って、続いて首をひねった。
「おかしいな」 そう言って、火にかけようとしていた鍋のスープをコップに移してレンジでチンした。「少し出かけてくるから、しばらくはこれで対応しなさい、分かったね?」「はぁい」
何も解決してないじゃないか、とは言わなかった。暖かいスープがエンキの手の中にあった。結果としては一緒だった。
しばらく、とはどれくらいの期間を指すのだろうか。カレンダーは自動的に表示内容を11月に変え、12月に変えた。それから、また12月が来て、そして12月になった。それを8回ほど繰り返して、エンキは15歳になっていた。その間に弟が生まれた。母があなたの弟よ、と連れてきた。父は調べたいことがあるからしばらく留守にする、と言って帰ってきていない。
「しばらく・・・」
朝ご飯は、家の中央の柱のドアを開ければ用意されている。それを家族の分だけ食卓へ並べるのはエンキがいつもやっていた。
「お母さん、サン、ご飯だよ」 母と弟を呼ぶ。
「1,1,2,3,5,8,13,・・・」 弟のサンは時折、わけのわからないことを考えている。
「なんだそりゃ?」
「13の次は?」
「分からないけど・・・」
「2つ前の数と1つ前の数を足すと、その数になるんだよ」
「でたよ、足し算、だっけ?」
「そう、算数とボクは呼ぶことにした。だから8たす13は21だ」
「たすというのは、合わせる、ということだろ? 1,2,3・・・20、21だ」 エンキは手の指と足の指を総動員して、最後に1だけ足りない分は首を前に倒して数えて用を足した。
「確かにそうだよ。けどさ、サン。それが一体、何の役に立つんだい?」
「分かんないかなぁ・・・」 サンは勿体ぶってそう言って、「まあ、ボクにも分からないんだけど」そう言って、頭を掻いた。「たださ、役に立てる方法を知らないだけなんだよ」サンは何か遠くのほうを見ているような気がして、エンキはとりあえず、頷いた。
そして、水が出なくなった。
気づいたのは、母だった。サンが、キッチンの水の口のつまみをひねる。サンは首をひねらなかった。
「兄さん」
「なに?」
「なにか硬い、尖ったものがないかな? キッチンの下をこじ開けるよ」
キッチンの戸棚はずいぶんと硬い物質でできていた。庭の木の枝を切って打ち付けた。すぐに折れた。道路に敷き詰められている石畳の欠片を叩きつけてもほとんど変わらなかった。移動式のキャビンを思いっきり投げつけると少しだけ歪む。その隙間に枝を差し込んで、打ち込んで広げていく。蓋の中は、よくわからない点滅を繰り返す色とりどりの光が溢れていた。その中で二つが色を失っていた。その管の伸びている先は、火の口と水の口につながっていた。
「どういうこと?」
「どうもこうもないよ。ボクらは、そう思うことを許されていなかったんだ・・・」
「ごめん、何を言っているか分からない」 エンキは、不安の声を上げた。いや、分かっている。感覚としては分かっているが、それをどう言い表してよいのかわからないのだ。
「ずっと思っていたんだ。これを誰が作ったんだと思う?」
「分からない」 エンキは首を振った。
「これは?」 サンは、食べ終わった朝食のトレイを指さした。
「分からない」
「お母さんは?」
「知らないね。そういうものだと思ってたから・・・」
「そうなんだよ。つまみをひねれば火が出たり、水が出たりする。それは、そうだけれど、そうじゃない。‘火‘とはなんだろう、‘水‘とはなんだろう、ということなんだよ。そしてボクたちは何だろう、ということなんだよ。」
エンキは、ふいに自分たちがひどく小さな場所に閉じ込められているような気がしていた。自分たちの足元がひどく不安定で、それをどうにかする方法が見当もつかないことに気づいた。
「どうしたらいいんだ?」 エンキはサンに答えを求める。
「分からない」
その答えにエンキは落胆する。
「兄さん、落胆するんじゃないよ、こういうときは。ボクたちは問題を見つけた。あとは解くだけなんだ」 サンの声は、決して絶望ではない、と思わせてくれた。むしろ、ワクワクするような、先がどこまでも広がっていくような・・・。
「お前は、何者なんだ・・・?」
「分からない。母さん、ボクはどこからきたんだい?」
「16になるときに話すしきたりなのだけど・・・いいわ。子どもは、まれに朝食と一緒に届けられるのよ・・・」
「そうしたら、俺たちは、こうやって食べているものと何が違うのだろう? 間違えて食べないのはなぜだろう? 食べているものはなんだろう?」 エンキの中からは疑問があふれ出していた。
「ボクは時折、見たことも聞いたこともないことが浮かんでくることがあるんだ。それはボクがどこかから来たから、なんだね。探しに行こう、そのどこかを・・・」
それから、街の中央広場の噴水広場に人々は集まった。噴水の水は絶え、その理由を誰も知らなかった。噴水の像に縄をかけ、引き倒すと、大きな縦穴が現れる。その穴に調査隊を送る。その先頭にはサンとエンキもいた。
サンが言う。次に起こることは何だと思う?
エンキは想像もつかない、という。
サンは、笑う。たぶんね、呼吸ができなくなる。吸っているもの・・・これをサン素と名付けようと思う。これを作る方法を探さないといけない。サンは、いたって真剣な表情だった。
地上では、天の欠片が一つ、広場に落ちたところだった。






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【小説】10月はカットします

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

書初めということで、小説でもどうぞ。


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「10月はカットします」

                              作・なかまくら



「えー、地球脱出船の出発ですが、10月31日に決定しました・・・すでに抽選は終了しておりますが、ここでひとつ、国民の皆様に大事なお知らせとお願いがございます」
総理大臣が首相官邸でその発表をした。そのルックスで圧倒的な人気を集めた総理が、ツルツルピカピカのHEADを披露したことで、週刊誌は沸いた。
『未来はどこへ!? GO A`HEAD‘!』
『総理ご乱心!? 国民総丸刈り!』
『男女平等について考える。女性の髪』
『丸刈り美人。新時代のファッション特集!』
『放射線被曝による脱毛者が語る・・・!』

「よろしいですか、大体、髪の毛の重さは一人、50~100グラムくらいだとされています。この脱出船は、あらかじめ抽選された2千万人が乗れるようになっています。髪の毛の重さは0.05キログラム×2千万人で、100万キログラム・・・2万人の追加募集が可能になります。どうか、協力をよろしくお願いします。なお、ここに、丸刈りGメンの結成を宣言します! これが、その制服です!」

総理、完全にノリノリであった。Gメン達は屈強で、髪の毛はツルピカだった。手にはバリカン、ホルスターにもバリカン、替え刃も充分、やる気も充分意気揚々だった!

『AIによる顔認証でターゲットロックオン!』
『訪問丸刈り! 丸刈り被害者の嘆き!』
『BARIKAN! оr DEAD!? 生きるとは何か』
『丸刈りならば、死を選ぶ』
『10月はカットします』

・・・10月はまだ始まったばかりだった。






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【小説】発酵人間の噂

なかまくらです。

お久しぶりですね。小説です。

今、どうしてもゾンビを書きたい、と言ったのは、大学生3年生のときでしたか。

当時、武市さんというサークルの先輩がおりまして、その方に、絶対書きたい!

と言って、何を書きたいの? と言われて、実は何にも決まってないけど、

襲ってくるゾンビが書きたかったあのころから、随分と時は流れましたが、

やっと形になりました!

どうぞ。


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「発酵人間の噂」


                       作・なかまくら
―――――変化がよいものとは限らない
「・・・久しぶり。生きてる?」
「お前の目が腐っていなければな・・・。この通りだ」
それは、確かに記憶の中にある飢杉の声や手ぶりだった。偶然入った建物だった。
「いつここに?」
「ついさっきだよ」
「そうなの、偶ぜ・・・」 志田弥美が途中で言葉を区切る。
二人は呼吸をひそめ、物音を探る。
「今、音がしたような・・・」
「2階・・・だったな。俺が上を見てくる。志田は1階を頼む」
二人はテーブルに立てかけてあったそれぞれの得物を握って、慎重に歩を進める。キッチンに入る間仕切りの引き戸の隣が階段になっていて、カーブを描くその構造が2階の様子を隠していた。飢杉が扉を開けるように志田弥美に顔で合図をし、鉄パイプを緩く握りなおして構える。それを見やって、扉を少しだけ開け、それから一気に開いた。
「何もないわ」
「そのようだ。では、俺は2階を」
「気を付けて」
「互いにな」
数分後、二人はダイニングテーブルに戻っていた。
「無事で何より」「・・・ああ」
2年前、しばらく戻らないとそれだけのメッセージを志田弥美に送りつけてきて、飢杉は娘を連れて街から消えた。そして、ほどなくして、世界は腐り始めた。
初めに起きたのは、果実の落下だった。品種改良された蜜柑や実芭蕉など糖度の高い果実が一斉に落下した。収穫はまだ先のはずだったが、急速に成熟したのだ。そして野菜が続いた。同時に人々が感じていたのは、冷蔵していた食品の傷みやすさであった。何かが起こっている、と気付いた頃には、古い防腐剤を使っている25年以上前の木造家屋が次々と倒壊をはじめ、次にアメーバを構造のモデルとして開発されたケイ素生物を混ぜ込んだコンクリートで作られたトンネルや橋が腐り始めていた。空気中に含まれる何かであるという論文が世界のどこかで受理されたとニュースで聞いた。海生生物に変化が見られなかったことを根拠にしていた。
「この街で最初に動物に異変が起こったのは、犬だったわ。犬が小動物を片っ端から襲ったの」 家のすべての入り口の戸締りを確認し終えた飢杉と志田弥美は、ダイニングのテーブルについた。ビーフシチューが一皿置かれている。
「しかも、なぜか子どもばかりを狙うの・・・。まあ、人間も一緒ね」
「犬から始まった動物の腐食は、半年もかからずに、人間の腐食に到達した・・・」
「そうよ、信じられない光景だった。昨日まで愛してやまなかった我が子の腕を突然齧り出す母親、白目をむいて掴みかかってくる父親をバットで殴り飛ばす息子・・・。悪夢だったわ」
食器棚から金属のスプーンを取り出し、掬ってみる。
「食べてもいい? 私、ペコペコで・・・」
「ああ・・・」
「ありがたくいただくわ」
「うまいか・・・?」
「ええ。・・・あなたは、この2年間どこにいたの?」
「ああ、世界中で症例を当たっていた。最初は、世界で初めて都市人口が1億を越えた積層都市・彫狸だった。その患者たちはどう見てもおかしかった。欲、というものが極端に偏ってしまっていた」
「欲? おなかが減ったとか、眠りたい、とか?」
「いや、個人によるんだが、ある人は人に勝りたいとか、そういう競争欲を。またある人は、寒かったら温かいものを奪ってでも享受したい、という生存欲を失っていた」
「究極の善人ってこと?」
「ところが、そうばかりじゃないんだ。人を陥れたり、傷つけたりする欲求に際限なく駆り立てられる人もいた。そして、第三の症例は、何かの光にとらわれ続ける人」
「・・・え?」
「その眼には何が見えていたんだろうな。どんな手段を使っても、そこから視線を外させることはできなかった。この症例を我々はイデアと呼ぶことにした」
「プラトンの? 完全な真実? ・・・現実は真実の影であり、我々は影を見ているに過ぎないとかっていう・・・あれ?」
「ああ、そういうことなんじゃないかって、思ったんだよ」
「そしてほどなく、世界が腐る事変が起こった・・・」
ビーフシチューに伸びる手はいつしか止まっていた。志田弥美には世界の真実に迫っている確信があったのだ。傍目から見ればそれこそ、イデアを求める患者たちのように・・・。
「症例イデアは、この現象に関係があるの?」
「当初、人には感染しないだろう、といわれていたから、初めはおかしなことが次々起こる大変な時代が来たものだ・・・なんて思っていた。だが、向こうさんの研究結果を聞けば不可思議な話だというじゃないか」
「そうね、不可思議な感染症よ。そもそも、感染者からウイルスも細菌もいまだに見つかっていない。だから、今に及んでも、そもそも感染症など存在しないはずなのだ、と言い出す専門家がいる始末だから」
「そう、それこそが不可思議な共通点だったんだ。・・・すまない、トイレ休憩を取ろう。君も冷める前に食べてしまってくれ」
そう言って、飢杉は席を立って、2階へと上がっていった。志田弥美は、一つ息をつき、ビーフシチューを口に運ぶ。まるで誰かが訪れるのを知っていたかのように、1つだけ用意された食事。志田弥美の手が止まる。トイレは1階にあったが、2階にもあったのだろうか。それとも他に何か・・・。
「待って・・・」
「なんだ?」
独り言のつもりで言った言葉に、戻ってきた飢杉が返事をする。
おかしいわ、と言おうとして、喉の奥で急ブレーキをかける。
「・・・あなたの分はあるの? 貴重な食糧だもの、やっぱり悪いわ」 志田弥美は声が震えるのを必死に抑えた。
「今更、渡されても口を付ける気にはならないよ」 飢杉は笑う。その笑みに先ほどまでとは違う、言いようのない気持ち悪さを感じる。ビーフシチューが絵の具のようにカラフルな成分を内包しているように、胃の中でグルグルと回っているようだった。
「ねぇ、娘さんは・・・?」 志田弥美がそう尋ねると、
「キャンプに置いてきている」 飢杉はそう答えた。
「じゃあ、早く戻らないとね・・・一緒に行ってもいい? 久しぶりに会いたいな」
「いや、すまないが・・・」 飢杉は申し訳なさそうではない顔でそう言った。どこのキャンプの食糧事情もギリギリだったし、人が集まるところに、感染者も集まってくる。分かっている。人の管理は厳しかった。分かっている。
「ねぇ、哲学的ゾンビって言葉があるじゃない」 志田弥美はつばを飲み込んだ。
「ああ・・・」
「さっきの話の続きなんだけど・・・」
「娘の・・・?」
「いいえ、症例イデアの患者たちの話。私の命のあるうちに、教えて。あなたがどこまで掴んでいるのか。なんのために、あの時街からいなくなったのか」
「・・・・・・ああ」
「意識(クオリア)のない人間を哲学的ゾンビと言うわけだけど、症例イデアの患者たちはそういう存在なんじゃないかって、・・・私思ったの。そして、2つの間には共通点がある。つまり今、起きているこの現象もその延長線上にあるって・・・そういうこと」
「そうだ、いいぞ、目覚ましい進歩だ」 飢杉の声はひどく穏やかで、手にはいつからか鉄パイプが握られていた。随分と緩く握られている。
「だから、この腐食現象には確かに、ウイルスも細菌も関係がなくて、世界を蝕む哲学的な病変だということ。私たちに、対抗する科学的手段は存在しないということ・・・」
「・・・そういうことなんだ」
2階から確かな物音がする。気のせいではない、さっきからずっとそうだった。いや、初めからそうだったかもしれない。
「あなたは、いったい誰なの!?」 志田弥美は叫びをあげて、得物を掴んでテーブルから飛び退った。手には刃渡り10cmほどの銀のダガーナイフ。投げることもできる。どこかの酔狂なお金持ちが作らせたものだろう。大きな屋敷から拝借して以来、志田の命を守り続けてきた武器。銀色に光る刀身に飢杉の姿が映っていた。
「おしゃべりが過ぎたようだ。娘が起きてしまった。今が大事な時なんだ・・・。悪いがもうあまり君の相手をしていられない」
「・・・雄弁は銀、毒を払ったりもするらしいわ。おかげでなぜ私がこれまで運良く生き延びてきたのか少しだけ得心がいった。ここでも、効力を発揮してくれると嬉しいけど」
志田は、そう言いながら、出口を目指してじりじりと位置取りをする。その様子を見ていた飢杉はしばし思案した顔をして、何かを志田に放って寄越した。
「なに、これ・・・何の薬?」
「それは、シチューに含まれる・・・君にとっては毒として作用する物質を解毒する薬だ。・・・だがな、志田、俺はこの腐食現象に対する答えを見つけようとしている。娘がそのヒントになると考えている」
「娘さんが・・・? へぇ、良かったわね」
「腐食とは腐ることだ。だがな、志田。数えればきりがない。醤油、味噌、チーズ、ヨーグルト・・・。我々は古くから知っていた。利用してきたんだ、腐るという現象を」
「それは腐っているわけじゃない。発酵というのよ」
「人がそう呼んだ。そういう変化の仕方を知っていた。我々はやがて腐る。新しい血肉を生きている限り取り込み続けても、やがて訪れる腐食から逃れることはできない。ならば・・・、一緒に来ないか・・・」
その顔を見た瞬間、志田弥美は叫んでいた。
「私は生きる! 生き延びるの!」
志田弥美は薬を蹴り上げて掴み取ると、そのまま出口へと走った。外へ出ると、遠くの方に意識(クオリア)を失った腐食人間が彷徨っているのが見えた。回避してキャンプへと戻るルートをはじき出す脳の片隅に、飢杉の表情がこびり付いていた。最後に見たその顔は、志田弥美にとって忘れられない顔となった。
症例をイデアと呼称した理由も分かる気がした。






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【小説】アホ毛を切って

なかまくらです。

久しぶりに小説です。

なんとなく後味が苦めなのは気のせいじゃないです。

着地しようとしたら、なんか自分の中の何かが邪魔してきた感じで、

こうなりました。

どうぞ。

ーーーーーーーーー

「アホ毛を切って」

                           作・なかまくら
「ね。お金なんだけどさ・・・」
そう切り出す友人に、内心嫌悪感を覚えながらも顔には出さないように気を使った。
「ああ、いいよ。せっかくまた会えたんだから」
カードをかざすと、私の情報が照合され、働いている場所、支払いに滞りのない信用できる人物であるか否かを照会される。そして、特に問題のない人物と判定され、「ピ。」と支払い完了の効果音が鳴る。
「ごめんね」
「そういうの、やめてって」
「うん」
「・・・」
高校生の時はそういう関係ではなかった。勉強ができるとか、できないとかではなくて、気が合うとか、そういうことしか考えてなかった。私は勉強はできたけれど、勉強のできることを良いことに、いかにもそれらしく振舞う連中になりたくはなかった。友人は、そんな私の気の置けない友人だった。音楽が好きだった。好きなバンドを追いかけるためにアルバイトで軍資金を稼ぎ、全国を巡る高校生だった。夢中で話す友人の話に、たいした夢のない私は耳を傾けて、少しだけそれを分けてもらっていたような気がしていた。
私が大学へ行って、友人が就職して、まもなくある装置が発明され、それを使ったサービスが始まった。「働き足りないあなたへ・・・」というコピーで、駅のホームに大きな看板が何枚も並んだ。AFO(Anti Fiction Object)という名前のその装置は、睡眠を売買できる装置だった。売ってしまえば、売った側はその夢を見たことは忘れる。買った側はその夢を見ると同時に、思考が整理され、頭がすっきりするという触れ込みだった。その頃の私は、大学の講義についていくのがやっとで、けれども学費も稼ぐためにアルバイトもしなければならない状態で、ひどく疲弊していた。それで、興味本位で調べてみると、サービスの提供価格は当時の私にはとても手の出ないものだった。
「ね。聞いてる?」
「あ、うん・・・何の話だっけ?」
「疲れてるんでしょ、一流企業に勤めるサラリーマンは辛いですなぁ」
「いや、そんなことは・・・あんまりないよ」
「ちょっとはあるんだ」
「まあ、多少はね。そっちはどうなの?」
「からっきし。だから副業とかもしててさ」
「副業?」
「今、流行ってるんだよ、個人投資家ってやつ。あとはWEBで記事書いてさ、広告収入?」
「投資? 危なくないの?」
「古い! ・・・古いよぉ。大丈夫だって、みんなやってるし」
「それにしては・・・そんなに羽振りがいいようには見えないんですが?」
「てへへ、ちょっと今月はピンチなのです。・・・あ、そろそろ行かなくちゃ。このあと仕事でさ。じゃあね、また」
「・・・うん」
何かが喉の奥のほうで詰まって・・・またね、という言葉は飲み込んだままになった。それが何か、感覚的には分かっているような気がしていた。
 翌日からは仕事に戻った。朝早く出社してデスクに山積みにされた仕事を黙々と片付けていく。時計と書類を交互にチラチラとみる時間がしばらく続いて、それから同期と連れ立ってランチに出かける。
「ねえ、AFOって結構いいらしいよ」
「へぇ・・・なんか危なくない?」 私も聞いたことがあった。
「心療内科が治療に使ってるくらいになっているみたい。保険適用はさすがに難しいかなぁ・・・」
「睡眠障害の人とか、立ちどころに治っちゃう! みたいな?」
「へぇ~・・・」
あくびを噛み殺しながら、私は大学生のころに見た料金を思い出していた。
「一度行ってみてもいいんじゃない? ほら、最近いつも眠そうだし」
「うん、そうかもね」
「あー・・・、ただ、装置を使うとアホ毛がとまらないんだって。副作用で」
「アホ毛、って、あのアホ毛?」
店へと向かう道すがら、それだけが気になっていた。あの、久しぶりに会った友人の、アホ毛だらけの髪の毛が脳裏から消えなかった。
店は、整体院のような佇まいであった。90分のコース、180分のコース、270分のコースがあり、それぞれに値段が設定されていた。サービスの普及とともに安くなってもいいものだが、まだそんなには安くなかった。ちょっと豪勢な宿に一泊するくらいの値段であったが、財布を取り出して支払った。
 夢の中では、好きなバンドがあって、そのために一生懸命お金を貯める女の子だった。そのために、お金を稼ぎ、それに見合う格好をするためにお金を稼いで、友達に自慢した。それが何よりも楽しかった、輝いていた・・・・・・夢の外の本当の私は、学生だった頃、そんなことを思ったことはなかったけれど・・・。
 誰が売った夢なのか、直感的にわかってしまった。
効果は抜群で、ここ最近、ずっと心の中でジトジトと湿り気を帯びていたものがどこかへ行ってしまったようだった。
けれども、明日、友人を呼び出そうと思った。自分は、ついにお金も仕事も夢もすべてを手にしてしまったけれど、では、あなたから何を奪ってしまったのだろう。もう友人ではいられないのかもしれない。夢を語り合えなくなってしまったのかもしれない。
だから、「私にとってあなたは、夢を語る人であり続けてほしい」と伝えよう、と思った。
そうしたら、アホ毛を切って、カフェに行って、履歴書を一緒に書くのもきっと素敵だ。そして、いつか分かってもらえる日が来たら、私たちはまた友人になれるだろう。






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【小説】世界征服

なかまくらです。

こんなご時世なので、こんな小説を。


===============================


「世界征服」

                作・なかまくら



 見世純太郎(みせ じゅんたろう)と世良混太郎(せら こんたろう)は高校の卒業式が終わると正門へと向かった。
「いよいよだな・・・」「ああ、いよいよさ」
二人は顔を見合わせた。
「私はもう計画の設計図がノート1冊分ある」純太郎が言うと、
「余はこの頭の中に入っておる」混太郎が頭を指でこんこんと示した。
「なんだ、余って。気が早いんじゃないのか?」純太郎が噴き出して、
「まずは形から入る、というのは当然である」混太郎がさも当然のようにそう言った。
二人はそれから、前を向いた。川をまたいで造られた珍しい学校で、その川がちょうど国の経度のちょうど真ん中にあった。
「では、西は任せろ」「余は東を束ねよう」
そう言ってふたりは別れた。世界征服の第一歩を踏み出すために。

それから。10年が経っていた。
「第118回、定期報告会だが、リモートでの開催でどうだ?っと・・・」部屋は薄暗く、4枚のモニターが煌々と無精ひげの男を照らしている。送り終わった男は、席を離れて冷蔵庫に向かう。部屋には読みかけの雑誌や、本、CD、DVDなどが散乱していた。ひもで縛ろうとも思ったが、紙も今となっては貴重な資源になる可能性がある。冷蔵庫を開けると、水出しのお茶、わずかに残った卵、漬物と腐りかけの葉物野菜がちらほらと見えた。中身もいい加減、心許無くなっていた。純太郎は、缶ビールを取り出すと、冷蔵庫を閉じた。席に戻ると、返信を知らせる通知がすでに届いていた。

カチ、カチ

開けば、「把握した」とのOKの合図だった。続けて、デケデケ、と通知が鳴り「10分後にでもやろう」ということだった。

「相変わらず、忙しい男だ」純太郎はふっと笑った。そして、缶を開けて一口含んで、飲み込んだ。アルコールを含む液体がゆっくりと流れ落ちていく。・・・世界は大変なことになっている。子供のころ夢見たAIの暴走でも、宇宙人の侵略でも、世界戦争の危機の訪れでもなかった。目に見えない敵が現れたのだから。きっかり10分で着信音が鳴り、モニターのインカメラに自分の顔と、混太郎の顔が映った。
「なに、そちらは只今、夜であったか!?」大きな声が暗い部屋に響き渡った。
「いや、日光で活性化するという研究結果があるらしいぞ」純太郎は、静かな声で返した。それから、焼けたな・・・とひとり、つぶやく。
「これか。これは、余はいま諸国を回っておる。それゆえに、な。それよりも純太郎、これを見給え」混太郎は今も変わらない変なしゃべり方で、画面に何かを近づける。植物のようだった。
「これは、余が見つけた新種の植物で、ウイルスの発生源の近くに群生していたものになる。もしや、何らかの関係があるかもしれん」混太郎の目は輝いていた。
「ああ、すごいな。これが成功すれば、世界はお前のものになるんじゃないのか。例の食糧問題を解決するかもしれない植物の種の散布も順調なんだろう?」
「まだまだ、これからであるが、ゆくゆくは人類の胃袋は余の前に跪くであろうな」
「いや、胃袋を跪かせてどうするんだよ」ハハ、と純太郎は笑った。
「なにを、陰鬱な顔をしているのだ。お前のすべての国家のメインサーバにバックドアを仕掛けておく計画もなかなか侮れるものではない」
「お前は物質世界を、俺は仮想世界を、だったからな」純太郎は、8年前に20歳の成人式の時にした話を懐かしく思い出した。若かったのだ、あの頃は。
「なあ、混太郎。純と混、どちらが悪にふさわしい?」純太郎は言って、ハッとする。缶はいつの間にか空になっていた。止まらなかった。
「より純粋に突き詰めていった先に悪があるのか。それともより混ざって複雑になり相手を緩やかに薄めていった先に悪があるのか。どっちなんだ」
「そのどちらの先にも世界征服があるだろう。そういって余らは、あの正門で別れたと記憶している。その証明をするために生きているのだと余は理解している」その目は、信念に満ちていて、自信にあふれていた。顔は焼け、画面に映る腕には決して細くはない。周りには多国籍の人々が忙しく働いており、この通話が終わったら混太郎もその一員として、世界を救うための活動に戻っていくのだ。
「これ純太郎、まさか余が世界を悪の手から救う、善の存在になったゆえに打ち倒そう、などと考えているわけではあるまいな」混太郎が胡乱げな目を向けてくる。
「はい?」
「よいか、純太郎。此度の脅威は、悪によるものではない。確かに周到な用意がなされていたといってよい。人体の中で一定数まで増えないと症状が現れないように、世界全体で一定数が現れた時にはすでに恐ろしい事態に陥っていた。それまで力を蓄えていたその戦略は一顧程度には値しよう。だが、彼らには悪意がなく、そのための行動ですらないゆえ、我々も敵をはかりかねているのだ。ゆえに、戦う相手すらわからぬものが多い」
「悪ではない・・・」
「そうだ。先を越されたわけではない、ということだ。そんな心配をしておったのか?」
「あ、ああ・・・」純太郎はどう答えればよいのか分からなかった。自分は、今、あまりにも無力だった。部屋に閉じこもっていることしかできていない。
「なあ、混太郎」
「なんだ」
「『世界に悪は栄えない』って、何かの台詞かなんかであったよな」
「あったのか? あったのやもしれん」混太郎は知らないようだった。
「それが、今俺たちを滅ぼそうとしていて、・・・いや、でも大丈夫だ。敵は見えた」
「はて? その敵とは、純太郎、そちの敵なのだな。それは任せる」
「ああ、混太郎も頑張ってくれよ、荒廃した世界を征服する趣味はないからな」
「分かっている。また次回の定時報告会で」
「ああ、また」

通話を切って、純太郎はひとりに戻った。
「○○がいるかぎり・・・か」
○○とはなんだろうか。それが自分を圧し潰そうとするのだ。
それが混太郎になる未来も、純太郎になる未来もあるようにも思えた。あるいは、純太郎がすでに出会っている誰かでもあるようだった。それは容易に入れ替わり、また裏返ったりもするだろう。だが、意図こそが重要なのだ。純太郎はそう思った。
そして、キーボードを勢いよくたたき始めた。








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