なかまくらです。
私の参加している超短編小説会の今年のお祭り参加作品でした。
ここのお祭りは毎年、力作がそろうので、負けていられないのです。
良かったら読んでみてください。
https://shumi.herokuapp.com/sssesでは、お披露目です。どうぞ。
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「海老原さんのエビフ的人生」
さく・なかまくら
ぼくがその高校に転校していくと、同じクラスに絵にかいたような美人さんがいた。海老原さんだ。そして、江舟という名字のぼくは、彼女の後ろの席になってしまうのだった。そして、ぼくの一風変わった高校生活が始まってしまったので、ここに記録しておこうと思う。
授業。海老原さんは、小首をかしげて頬杖をついて、板書をノートに写している。2時間目の数学の時間には、「分かる?」と一度学校に不慣れだろうぼくに気を遣ってか、振り返った。かわいい。これがいけなかった。
昼休み。まだまだ馴染めていないぼくは、母の作ってくれたお弁当箱の包みを開くところだった。
「おい、エフネっつーの、面、貸せや・・・」
強面の学ラン上級生が、開いた扉の枠に手をかけて・・・こちらを見る目はまさに虎! おいおい、今年は丑年! 1年早いよ虎視眈々! 腰に手を当てた上級生の手が淡々と・・・くいっくいっ! ぼくは狐のようにしおらしく、おずおずと屋上に連れていかれるのだった!
屋上に上がると、そこには5人の男子高校生たちが全国制覇世界征服夜露四苦ぅ、な感じで集まっていた。左から、アホ毛、丸眼鏡、リーゼントカット、発酵食品(納豆を頬張っている!)、大仏と瞬時にネーミング。それを知ってか知らずか、こちらを見る目は厳しい! 何かの気に障ってしまったのだ。これが、転校生に対する洗礼! とある宗教に入信するときは、頭から水を被って己のこれまでの罪を洗い流すという。罪!? 平凡に生きていきたいという罪!? それを罪というのなら、・・・ギルティ。すなわち、罪!?
「おい、エフネ。お前には、2つの選択肢がある・・・」
ぼくを屋上に連れてきたリーゼント=カット先輩は、ヤンキー口調でぼくに迫る。ごくりっ!
「・・・いいか、」
緊張しすぎて、酸素が足りなかった! 酸素! 算数! サンセット! 酸素! 算数! サンセット! 頭の中で夕焼けのサンセット! 護岸堤防の上を走り出すアホ毛、丸眼鏡、リーゼント、発酵、大仏、そしてぼく! ジャージ姿の海老原さんがなぜか自転車に乗って、ぼくたちの後ろからついてきている。運動不足のぼくはすぐに息が上がる! そうか、海老原さんか! 海老原さんなのか! 胸がどきどきする! 酸素が足りない! 酸素! 算数! サンセット!
はっと我に返ると、リーゼント先輩は何かしらを言い終わっていたようで、ぼくの返答を待っていた。こいつはマズいぞ! おい、酸素! なんだい、算数? 何と答えたらいいんだ、そう、せーの。
「・・・サンセット?」
「さーせんだとぉ? いいか、お前に与えられた選択肢は、」
あ、間違えるともう一回言ってくれるようだ。優しいぞ! リーゼント界の村人A!
「海老原さんの動向を我々に伝えるか、席替えを所望するか、なんだよぉ・・・!」
ぽかんとしたぼく。頷くアホ毛、丸眼鏡、リーゼント、発酵、大仏。そして、・・・サンセット。繰り返し。
こうして、ぼくと海老原さん親衛隊の皆さんのおかしな日々は始まった。
「いいか、海老原さんはなぁ、外見はカリッとしていて、なかなか近づけねぇ・・・だが、中身はたぶんプリッとキューティできっとお人形とかが部屋に飾ってあってだなぁ・・・」
リーゼント先輩が猛烈に愛を語るのだが、丸眼鏡先輩がヤレヤレとそこに口を出す。
「太郎は、そんなだからフラれるんですよ」
「いや、フラれる未満というか、実際フラれるところまでいけてない」
発酵がチーズを齧りながら、ボソッと言う。ラブレターを書いたところまでは良かった。それをあろうことか、彼女の家のポストに投函しようとしたのだ! しかし、リーゼントに間違いは起こるもの! 海老原家の隣の大仏の家に投函されてしまったのだった! 大仏が開眼したのは、アホ毛曰く、長い付き合いの中で、その時だけだったという。紅葉の綺麗な10月のことだった。秋の川が真っ赤に染まったのは、それはそれは綺麗だったという。なお、大仏様は、普段は心の目で、海老原さんを遠くから御守りしているらしく、それはそれで結構クレイジっている。
さて、文化祭や体育祭、遠足などでは可能な限りの露払いを勝手に承り、毛虫を払い、小石を拾い、飲みかけのジュースの缶で不快な思いをさせてはならんと、拾い上げた。雨にも風にも負けない、丈夫な肉体を保つために、日々のトレーニングを欠かさない。東に困っている海老原さんがいれば、行ってさりげなく海老原さんの友人を助けに呼び、北に悪い人間の噂があり、巻き込まれそうな海老原さんがいれば、親衛隊の筋肉でこれを制した。
ぼくらの中には暗黙のルールがあった。決して抜け駆けはしないこと。それを裏切ってしまえば、大仏の中の大仏様が開眼してしまう。親衛隊の結束は固かった。だから、今から話すこれは絶対に秘密にしておかなければならない。
とある(言えないが)14日のことだ。
「江舟くん、ちょっと数学教えて」
そう言って向かい合わせになったぼくに、彼女は明日の課題の質問をする。
なんてことのない問題を、時間をかけて丁寧に解説する。それが終わると、
「ありがとう、これ、お礼だよ」 そう言って、小箱がプレゼントフォーされる。
「あ、ありがとう・・・でも、これ」 心の目がこちらを見ている気がしてか、すごくドキドキしていた。彼女はカリっとしていて動揺を見せない。
「わかってる。あの、面白い皆さんのことでしょう? だから、・・・内緒ね」
そう言って、唇に人差し指を当てた彼女の顔は少しだけ赤く、たぶんぼくの顔は茹でた海老の尻尾のようになっていた。