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なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】バナナの皮殺人事件

なかまくらです。


書きっぱなしでデスクトップに置いてあった小説を発表します。

シリーズにしてもいいな。


どうぞ~~。



「バナナの皮殺人事件」

                   作・なかまくら



バナナの皮殺人事件


作・なかまくら


2018.11.12


 


凄惨な現場であった。


「無理心中ですな」「いや、殺人事件だろうさ」


二人の刑事は、ともに恰幅が良く、ともにパイプをくわえて、ひげを交互に撫でながら、事件現場を眺めていた。


「犯人はどっちだろうな」「いやさ、相討ちだろうね」


 


死体は二つ。凶器は花瓶。それぞれの凶器と頭部の外傷ががっちり合致。


「間違いないな」「間違いないね」


 


二人が頷く。


チェック柄のチョッキの青年は、指をさしている。丁度ダイニングのほうである。つまり、そのダイニングメッセージが残されていた。机の上には食べかけの夕食。こぼれたワインと、白身魚のギョギョ煮。そして、房についたバナナ。そのバナナの周りは水で妙に濡れていた。


 


地面にも食べ物がこぼれており、二人の刑事は、そっと目を逸らした。


「さぞかし美味しかったろうな」「ところが、今は匂いすら宜しくない」


「ところで二人の関係はどうだろうな」「見たところ、老人と青年というのは関わりの少ないものだ」


「存外、どうだろうか」「案外、その通りさ」


「よし、間違いないな」「間違いないね」


 


二人が頷いて、事件の調書に一筆ずつ、署名を始めたときに、


 


「おままちを!」


颯爽と現れるチェックコートの男が現れる。


「またチェックですな」「今日はチェック記念日ですかね」


「刑事さん、刑事さん、こんにちは。いつもお勤めご苦労様です」


チェックコートの男は、優雅に挨拶をする。


「いつも、どこからともなく現れますな」「探偵どのは、千里眼ですね」


「いえ、彼に事件が起きたので」


探偵は、さっそく現場を確認する。


「なるほど! 謎は解けました!」


「そうでしょうな」「そうでしょうね」


二人の刑事は、さも当然のように、ひげを交互に撫でた。


「チェックの彼・・・私の助手のアンサムくんは、バナナの皮に滑って後頭部を後ろの花瓶に強打! 後頭部陥没が死因ですね」


探偵は、ピクリとも動かないアンサムくんに近づいていく。


「ほう」「ほう」


二人の刑事はやれやれ、と言った表情でそれを見ている。


「見てください。彼の指さしているのは、壁です」


壁に近づくと、小さな蟻が何匹か確認できた。


「この壁、何か甘いものがぶつかったのでしょうね。蟻が集まっています。そして、」


探偵は、その壁から、アンサムくんのほうを向き直る。


「ちょうど、この壁のシミと、下に落ちているバナナの皮、アンサムくん、花瓶が落ちて割れている位置は、部屋の中で一直線上になっているのです!」


探偵がそう、高らかに叫ぶと、天井があるにもかかわらず、天から光が降り注いだ。


そして、アンサムくんを包み込むと、光の中から、アンサムくんが笑顔で現れるのであった。


「先生、ありがとうございました。また、うっかり、死んでしまいました!」


「君は本当に、いつも危なっかしいのだから、困ってしまうね」


「先生がいるから、安心してあの世へ行けるんです」


「いやいや、私を試すように突飛な方法で他界するのは遠慮してもらいたいものだな」


「どうも、すみません」


「・・・で、もちろん見たんだろう、犯人を」


「ええ」


 


**


 


そんなわけで、真犯人は、隣人のジェムリフさんであることがわかったそうです。


二人の刑事が逮捕に向かい、先生とアンサムさんの活躍で一件落着となったとさ。


「はい、記録おしまい」


女の子は、それをファイルに綴じると、事件簿の並ぶ本棚に戻した。







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【小説】麦茶をもう一杯


なかまくらです。

戯曲っぽいものを書いてみました。


「麦茶をもう一杯」


 


                   作・なかまくら


 


 


 ぼくは、談話室に駆け込んだ。何事か、と同僚のKは腕を開き、オーバーなリアクションを返してくれる。それでも収まりきらないぼくは、あまりの事態に、叫んでしまった。


「麦茶をくれっ!!」


アスファルトに蜃気楼がゆらぐ、暑い夏の日だった。


 


1.UFOが現れた


起こったことは、こうだ。丁度、4時間目の授業が終わるころだったはずだ。突然、校舎の屋上がビカビカッ! と光ったのだ。ぼくは最早、直感的にその危機を掴み取った。ユー・エフォー・・・UFOであると。そして、UFOは、この学校へと大気圏外から減速することなく侵入し、現在、学校の最高権力者である校長の脳への速やかなる侵入を試みているはずである。すると、タイミングよくドアが開き、なんと校長がどこか悲しげな眼をして入ってくるではないかっ!


 


2.体育のタイクーン先生


 「いやぁ、大君(おおきみ)先生が、さっき、生徒を怒っていたみたいですけど、先生方、事情知ってますか?」 校長は、瓶に入っていたチョコレートの袋に手を伸ばした。


「あ、いえ・・・」 ぼくは、最早、校長の一挙手一投足のすべてを怪しげな目で見ていて、後から同僚のKには、「短い付き合いだったな、来年は転勤だ」と言われるほどの凝視だったという。校長が、えへん、と喉を気にすれば、「そうか! 奴は、喉からの侵入! そして腹を食い破って出てくるつもりか、ちきちょー!」と、心の中で思ったし、耳に小指を突っ込んでグリグリやるので、「定番! 安直! やはり脳に近い耳から行きますよね! そうだとしたらもう手遅れだ・・・」と思った。チョコレートを補給するのも、宇宙人の脳で人間の体を動かすことによるエネルギーの損失分を補うためだろう。コーヒーの入ったカップを手に取り、「大君先生の雷は、いつも大きいんですよね。学校中がビカビカッ! と光ったみたいに落ちてきますからね~」 校長がそう言うと、ちょうど、内線が室内に響く。電話の1コールを聞く前に校長はいつの間にか、電話の前に移動しており、受話器を手にしていた。「はい、校長のFです。ええ、復活しました」復活した!? 何が復活してしまったというのか。「ええ、すぐ行きます」 校長はそして、出て行ってしまった。


 


3.魔方陣という名の攻撃手段


 「いやな雰囲気になってきましたな」部屋に入ってきたタイクーン先生は、そう言った。手には紙が握られていて、それには、大きな魔方陣が書かれていた。


「数学の問題ですか?」 同僚Kが聞くと、


「どうやら、この問題を解き、数字を埋めると魔法が使えるとかいっておりましてね」


「魔法、本当に最近の子は漫画の読みすぎですな。自分でも魔法が使えるかもだなんて」


「そんなのは、ぼくらだって毎日やってましたけどね」 ぼくがそう言うと、


「虚実をない交ぜにしているんですな」 タイクーン先生は、コーヒーを手にそう言って、ソファに座る。


「あと10年もしたら、そういう世界かもしれませんよ」 同僚Kは何やら楽しそうな顔をする。


「ほう」


ARってご存知ですか?」 同僚Kは携帯電話を取り出す。


VR眼鏡ってありますね」 ぼくがそう言い、


「ええ、VRは全く別の世界を作るでしょう? でも、ARは拡張現実。現実に虚構を重ねるんです」 そう言って、立ち上げたカメラ機能で、ぼくにうさ耳をつけて見せる。


「いやいやいや・・・遊ぶなて」 ぼくはカメラを脇に押しやる。


「おおっと!?」 パシャリ。画面はズレて、タイクーン先生のうさ耳バニー写真が完成する。


「・・・・・・」 3人でのぞき込む。


「まあ、ずいぶんと馴染めない世界が来そうですな」


「あってもなくてもいい、そういうのがいいですよね」


「形から入っても構わない。ただ、使っては捨てるじゃなくて、そこに信念があるか、だと思うんですな」


「そうですよね。何かを極めるということはいかにそれに拘るか、ですよね」 ぼくがそう言い、


「俯瞰的に見すぎているんですな」


「初期のゲームって魔法も最初は1人1種類だけですからね~」


「回復魔法は僧侶が使えたりとか、ですな」


「お、大君先生もイケル口ですか」


「ええ、誰しも冒険に出たものです」 タイクーン先生に空想のARで勇者の剣を持たせてみると、我々は3人のパーティとして、魔王とだって、戦える気がしてくるのだった。ただ、かわいい女の子がいないのが、ゲームソフトとしては売れなさそうな感じではあるけれど。


「あ、そういえば、先生、4時間目は授業でした?」


「いえ、丁度、授業をサボってこの魔方陣を囲んでいた生徒たちに雷を落としていたところでしたな」


「なるほど」 同僚Kが頭の中で時系列を整理する顔をし始め、。


「・・・。いや、まさか」 ぼくは現実と虚構がない交ぜになり始める。


「それがなんです?」 タイクーン先生は、怪訝な顔をする。


 


4.現実と虚構はない交ぜになって


「いえ、実は・・・」 ぼくは、校舎の屋上がビカビカッと光ったことを話す。なんのことはない、それだけの話。


「ははあ、なるほど・・・、サンダァァァァァアアアアアアッ!」


「いええええっ!?」


入ってきた校長、魔方陣で校長の中の宇宙人を攻撃を仕掛けようとするタイクーン先生、慌てて止めに入るぼくと同僚K


「何やつ!? 名乗りを上げぃ!」 校長(!?)が堂々と構え、


「私は別の時間からやってきた! あなたは将来、世界を巻き込む恐ろしい事件を引き起こすっ! それを止めるのが、私のミッションだ」 タイクーン先生(?)が、名乗りを上げる。


 


子どもの頃はこうだった気がする。嘘があって、嘘を本当にしてきた。本当にできると思っていた。でも、いつからだろう・・・できることしか言わなくなった。できなかったときのことばかりを考えてしまうようになった。


 


「と、とりあえず、麦茶をもう一杯、どうですか?」


緊張で少し喉が渇いていた。あの頃たぶん、ぼくはそうやって、生きていた。







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【小説】取れない骨 ~地上編~


なかまくらです。

春から、ずっとこれを書いているのですが、

2章がぜんぜん進まないので、1章を手直ししてみました。

構想はあるのですが、それを形にする力が無いとはこのことですね。

これも面白いと思うので、どうぞ~~

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「取れない骨」


                  作 なかまくら 



1.地上編


 


「もう3本目? 早いのねぇ~」 覚えている最初の記憶は、母が誰かと話している場面。


「やっぱり、お兄ちゃんもそうだったし、この子も同じ血を引いてるのねぇ」 羨望の声。


「いえ・・・私は、この子が、好きなように生きてさえくれれば」 謙遜する母の声。


 


青と白のボーダーシャツ姿の自分。見上げる天井、青い空が少し割れていた。3本目の足は、まだ短くて、地面には届かなかった。隣にはいつも海月(みづき)がいた。


 


ぼくらはよく一緒に遊んだ。立方体を積み上げたアスレチックを天地に縦横に移動する。鍛え上げた5本の足が巧みに確実に骨組みに身体を安定させる。欠損ルートは難易度が高いが、ぼくも、海月も敢えて選んでいく。ちらりと見ると、ちょうど海月も欠損部分にさしかかっていた。ぼくは、ひとつ大きく息をすって、軽く吐いた。それから、空白の中へと勢いよく飛び出す。アスレチックの規則正しい繰り返しの中に、不意に視界が開けるように骨組みのない空間が現れる。欠損ルートだ。攻略法は様々で、縁に沿って登ってもいい。遠回りだが、悪い足じゃない。だが、それでは圧倒的に遅い。頂点までの到達タイムを競うなら、別の方法をとるべきだろう。例えば、欠損の中央付近で・・・、ぼくは5本の長い足を精一杯広げた。そのうちの3本がかろうじて、骨組みを捕まえた。その足を踏み込んで、ぼくは大きく上へと飛んだ。足をたたみ、空気の抵抗を少なくして、欠損の上の境界へと足を伸ばし、がっしりと捕まえた。6階層を飛び越える荒技だった。


海月の驚く顔が、興奮の向こうに見えた。さらにその向こうに、青い天井。空のひび割れが、広がっていた。


 



 


「母さん」 ぼくは、母の待つ家の扉を開け放った。


「・・・ぼく、」 直前まで浮き浮きとした気持ちだった。


「放送を聞いたわ。選抜、頑張るのよ」 途端に母が随分と小さく見えた。兄もぼくも父の血が強く出ていた。強く丈夫な身体、賢く回転の速い頭。2本の足で座って、2本の足で洗濯物を畳む母は、選抜には出られなかった。覚えてはいないが、きっと父は母を置いていったのだ。そして、母はそれを今みたいに無理に笑って送り出したに違いない。


「ぼく・・・母さんを置いていけない」 口に出して、涙が出た。悔しさなのか、それともこれまで頑張ってきたすべてのことが泡に還っていく虚脱感なのか、はたまた選抜の結果訪れたであろう、母との別れを想像してなのか。自分でも分からなかった。分からなかったが、口に出た言葉が、一番今自分の気持ちとしてしっくりきて、それが本当の気持ちだと分かったことだけは確かだった。


「なにをバカなことを言っているの。このために、今まで頑張ってきたんでしょう」


「でも・・・」


「私の足りない足は、引っ張るためじゃない。背中を押してあげるためにある・・・そう決めたのよ」 母はそう言って微笑んだ。母は強いのだ。一瞬でも、目標のないちっぽけな存在に思えた自分が情けなく思えて、また涙が溢れた。生えて間もない8本目の足の先端が、ジリジリと痛んでいた。


 



 


「よう。でないんだって」 土手の上に立つと、川向こうの工場で組み立ての進むロケットが見える。昔から良くこうして眺めていた。


「誰に聞いた?」 風が流れる赤く染まった空が随分と裂けて、向こう側の暗闇が覗いている。そこに吸い込まれるように、風が吹いている。


「うちの親」


「ふぅーん」 海月のご両親は何というのだろうか。


「お父さんとお母さんはなんて?」


「早く行っちまえってさ」 そう言って、8本の足で、思い思いに小石を川に投げ込んだ。


「そうなんだ・・・」


「お前んちは?」


「頑張りなさいって」 母はそう言ってくれた。


「なんだ」


「でも、・・・さ。母さんを残して行くなんて・・・あんまりだ」


「出ないんなら、俺に決まりだな。他の奴らは骨なしだ」 海月はフフンと鼻で笑った。


「よかったじゃないか」 ぼくがさみしそうに笑うと、


「む。そういうことじゃないんだが・・・」 なぜか海月は不満そうな顔をした。


「ねえ・・・」 ぼくらは空を見上げる。


空の裂け目。あの中に飲み込まれたら終わりだと、本能的に分かっている。その裂け目が日に日に広がっていることも。


「あのさ、世界は、終わるよね」 ぼくは切り出す。これまできっと誰もが思っても言わないようにしていたこの世界というものの終わりの切り絵を。


「終わるだろうね」 海月も同じ空の裂け目を見ていた。そこに覗く暗闇を。


「だよね」 分かっていた。海月も同じ恐怖を抱えていた。生きるのを急いでいたのは、早く大人にならなければならない、と急いでいたのは、必要性があったからだ。生き延びるためには、足を8本生やして、選抜に通って、あのイカした一人乗りのロケットに乗り込んで、あの天井の向こうの世界へ昇天する必要があったのだ。でも、1本目の足が生えたとき、3本目の足が生えて、“安定”の役割を任されたとき、5本目の足を上手に使えるようになってスターとなったとき、それから幸運の7本目・・・いつも褒めてくれたのは母だった。頑張ったのは、怖かったから。けれども、頑張れたのは、母が褒めてくれたからだった。


「家族は置いていくのか?」 ぼくはぽそりと言葉を漏らした。


「・・・・・・」 海月は、川へと石をひとつ投げた。それが静かに流れる水面に波紋を立てる。「置いていく」海月はそう言った。ぼくはそれを薄情だとは思えなかった。その顔に表れていたのは、覚悟だったように見えたから。「置いていく」海月は繰り返して言った。「親不孝」ぼくの口が恐ろしい言葉を言った。「・・・そう思うよ。でも、これは俺の命なんだ」海月は胸に手を当てて、空の割れ目を見ていた。ぼくは見ていてはいけない気がして、前に向き直った。謝らなければいけなかった。しばらく並んでロケットを眺めていた。「じゃあな」海月がそう言って行ってしまう。「あのさ・・・」続きが出てこない。「やっぱり、お前も選抜、出ろよ」海月は振り返らずにそう言った。


夜。寝返りを打った。「頑張るのよ」と言ってくれた母の言葉が頭を離れなくなっていた。頑張ったら母さんは喜んでくれるだろう。きっとこれまでのどの時よりも。いつもは謙虚な母さんが、「私の自慢の息子なんです」なんて言ってくれるかもしれない。それはずいぶんと幸せなことだ。幸せなことなんだ。そうやって最後に喜んで、それで、・・・それで。


気が付くと寝てしまっていて、気が付くと選抜試験だった。筆記、口頭試問、アスレチックによる運動機能テスト。全科目で満点をたたき出したのは、ぼくだけ。1科目だけ99点だったのが、海月だった。勝敗を分けたのは、アスレチックだった。ぼくらはふたりで競い合って編み出した技で他のライバルに差を付けていく。海月の選んだ欠損ルートは、ぼくのよりも少しだけ高難易度で、そこでぼくらは垂直に上へと飛び上がった。ぼくはかろうじて鉄筋を掴み、海月はつかみ損なって、一度落ちた。その後猛烈な追い上げを見せたが、一度の失敗が審査に響いた。


「やられたよ。うん、やられた」


すべてが終わった後、海月はそういって2本の足で立っていた。ぼくは目を合わせられなかった。海月はぼくの足を無理やり取ると、6本で握手をかわした。彼の手は震えていた。ぼくの手も震えていた。


「・・・うん」


たぶん、迷いがあったのだ。のどの奥の方、取れない骨を残したまま試合に臨んだ海月をぼくは卑怯にも打ち破ったのだ。ぼくはただ母さんに褒めてもらえることだけを望んでいた。そのために、無心に頑張っただけだったのだ。ただ、そのことしか考えないように、心を閉ざしたのだ。


 


「先に上で待っているぞ」 ぼくらがまだ小さかった頃、ぼくら2人を前にして、田之助さんはそう言った。それから、10年。ぼくは、この世界を出発するであろう最後のロケットで、昇天した。煙はまっすぐに立ち昇らなかった。昇るとはそういうことだと思った。







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【小説】考えるのはもうやめた


なかまくらです。

忙しいときほど、小説を書いてしまう(笑

そろそろお休みが欲しいな~・・・。

全国大会が終わるまでは頑張るのだ。





「考えるのはもうやめた」


2018.7.25
作・なかまくら


 


 


しゃりん、と鈴の音がひとつ。


ある男がいた。髪は伸び、皮膚は裂け、非道い匂いを漂わせていた。足取りはおぼつかず、腕はバランスを取るために左右に揺れていた。


「おい」 ふいに声がして、男は足元に目をやった。目は爛々と輝き続けており、口はヌラリとして開いていた。


「おい、と言っている」


男は応える。「なんだ」


「お前じゃない。お前の節々に呼びかけている」


「なんだそれは」


男は声の出所を探そうと、腰の巾着を探り、胸のすっからかんの財布を探り、仕舞いには草履の網の目まで探り当てようと、踊り回ったものの、とうとうその声の主を見つけることが出来なかった。


「なんだ、お前も男なら、正々堂々と姿を見せてみろ。もしもお前がその野太い声で女子供なら、黙って顔色でもうかがってれば良いんだ」 男が腹立たしげにそう言うと、遠目に男を見ていた女共が、子共を隠し、一斉に長屋の戸を閉めた。


通りには男しかいなかった。男は辺りを見回し、不意に本当に薄気味悪い心持ちになって、


「なあ、“おい”よ」と、声の持ち主を連れにしようとする。


「お前は今日まで散々っぱら、俺たちに迷惑をかけてきた」”おい”は応える。


「俺たちって何さ。確かに、俺は貧乏で、嫁っこにも愛想尽かされるし、ええところはねぇ。けどな、人様には迷惑かけちゃいけないって、母ちゃんに、そう育てられてきた。それは、ない」


男は、肋骨が浮かび上がる胸を張って見せた。誰一人、その姿を見てはいなかった。


「俺たちは、そのきれい事をやりがいにやってきた。それぞれが考えた。効率の良い動かし方を。怪我をしない方法を、怪我を早く治す方法を」


ははーん、男には次第に今起こっている事のあらましが読めてきた。俺のこき使っている四肢たちが、訴えてきているというわけだ。そんなものは、自分の感情から生まれる単なる幻惑、気の弱さから生まれるって魂胆だ。。


男は強気に言い放つ。「考えなくて良いんだよ。考えるのはこっちの仕事だ。それぞれが考えなしに動いたんじゃあ、船は山に登っちまうさ!」


「ああ、そうかい」 しゃりん、と鈴の音がひとつ、真っ昼間の長屋通りの静けさに響いた。


男は恐ろしい感じがして、一歩二歩と後退る。


「あんたが考えないからだ。あんたが全部悪いんだ」 右手が言って、


「うるさいな」 左手が頬を張った。左右の足が、鈴の音を鳴らす浪人風情に一歩二歩と身体を近づけていく。


「おい、よせ」 ヌラリと開いた口がカサカサとしぼんでいく。


振りかぶった刀は、男から四肢を解放していく。それぞれに異様な細い半透明の脚が生え、その場で飛び回る。


「やったーー! 自由だー!!」


浪人は、無表情にしばらくそれを見てから、


「それで、どうやって生きていくつもりだ、お主達は・・・」そう問うた。


「さあね。とりあえず、生きていれば、生きているのさ。求められてもいないことを考え続けることは、何よりも苦痛だった。考えないで、男の四肢として生きるのも命かと思った」


浪人は、話の相手、切り落とされた手首を、その止めどなく流れる血を追いながら話を聞いていた。


「だけども、それじゃあ、生まれてきた意味が分からない」


手首はそう言って、ぱたりと倒れた。


足が生え、ばらばらになった男の肉体は散らばっていく。脳が心臓を引き連れて、どこかへ飛びたとうとしていた。


浪人は思わず聞いた。「どこへ行く?」


「さあね、考えるのはもうやめたんだ。求められてもいなかった。エネルギーばっかり喰ってね。良いことなんて無かったよ」 脳がそう言い、


「心はここに置いていく」 心臓が晴れ晴れと言った。


「もうドキドキすることもないのだろうな」 浪人が手向けの代わりにそう言って、


「これからだろ?」 心臓がそう言って、脳は無邪気に頷いて、空高く舞い上がっていった。







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【小説】ふつうではない

なかまくらです。

ドラマチックな話が書きたいのですが、これがなかなか難しい。

どうぞ~~。

~~~~~~~~~~~~~


「ふつうではない」

                   作・なかまくら



「なんかさあ、わかる? 普通なんだよね」 エラそうにそう言って、原稿を置いた。藤野は、置かれた原稿をじっと見て、相手の顔を見ていなかった。八島は、その様子を見て、はぁ、と分かりやすくため息をついた。
「最初はさ、光るものがあると思ったんだよね。」 藤野の反応を伺っているようだった。相手の心の隙間を探そうとしていた。たいていの諦められない人間がそうであるように、夢を追いかけている人間は積み上げてきたものがある。それは荒々しく重ねられた岩壁であったり、美しく塗り固められた漆喰の壁であったり。はたまた、それは弾力に富んだ風船か何かで出来ているときもある。それを壊すことに、八島は長けていた。
「藤野先生、聞きましたよ」
「え? なんですか、洗石先生」 藤野は、Tシャツのしわを擦(なぞ)りながら、洗石先生に聞き返した。
「もと、先生ですよ。私は、筆を置いてしまった」 幾分か肩を落とし、目の前に運ばれてきた珈琲を寂しそうに啜った。
「いえ、私にとって、先生はいつになっても先生ですよ」 藤野は、敷かれたテーブルクロスにしわを作りながら、言った。
「いや、私は普通のサラリーマンになってしまった。サラリーマンの〆切は、根本的に違うものだとつくづく感じますよ」
「そうですか」
「〆切を守るには、心を置き去りにしていくしかないんだ。心は重くて、持っていたらとても辿り着けない。捨てられるものを次々と船から降ろして、私は今までいろいろなものをことを体験し、そのたびに船に載せてきた。それが私の使命とまで、驕っていたかもしれない。私こそがノアの箱舟となるのだと。けれども、違った! おもい船はなんの役にも立たなかった! なんの・・・役にも・・・っ! いや、失礼。少々感情的になってしまいました」
「いえ」 藤野は、二つに分かれたしわの片方を指の腹で進んでいく。
「藤野先生は、もともとは会社員だったと聞いていましたが」
「ええ、両親が、就職するつもりもない私を見かねて、親戚の経営する工場に缶詰にしたんです」 しわは、珈琲カップの受け皿に辿り着いて、珈琲の水面を少しだけ揺らした。
「そのときの体験を元に書いたのが、『缶詰の』ですか。あれは、とんでもない新人がでてきたもんだ、と。どきどきと、あとは、わくわくでした」 洗石先生は、懐かしむように両の手を組んだ。
「わくわくでしたか」 藤野は少し微笑んだ。
「ええ、わくわくでした。この人には、私たちには想像もつかない想像をしているに違いないって。普通ではないって」
「ふつうではない・・・」
「あ、褒め言葉ですよ」 洗石先生が手を振って慌てて釈明をする。
「そうですか」 藤野はそれに頷いた。
「藤野先生・・・」 急に洗石先生は、声を潜め、それから、その瞬間にもまだ言うか迷っている様子であったが、話し出す。
「・・・今度担当になった八島、気をつけた方が良いです。降ろしの八島って呼ばれているらしくて」
「降ろしの八島」
「八島が担当編集になってから、次々と作家先生が筆を置いている・・・なのに、八島はお咎め無しときたものです。これは、なにか理由がありますからね。くれぐれも気をつけて」 そう言うと、洗石先生は珈琲にシロップを入れて、ぐるぐるとかき混ぜた。
「ご忠告ありがとうございます」 藤野は最初から甘いラテをくっ、と飲んだ。それを見て、洗石先生は、何故か薄く笑ったのだった。
「いいなあ、普通になりたくないなぁ・・・」 洗石先生は、何故か薄く笑ったのだった。
「八島さん、例の作家先生、しぶとくて。頼みます」
「あー、うん」 八島は、朝からの打ち合わせのスケジュールを確認しながら生返事をした。
「あざっす。資料置いときますんで」 元気の良い若い社員が、置いていった封筒には、藤野先生、と書いてあった。その横には、連載数0が半年間続いていること、本人から新作に対する具体的な進展が見られないことが走り書きされていた。
封筒を開くと、原稿が入っていた。何度か読んでみたことはあるが、八島には、どうやら文の善し悪しを判断する力は無いらしい。どれも、等しく面白く思えてしまうのだった。だからこそ、贔屓をしなかった。八島が面白いと思っても、売れないのならば不幸な人生を増やすだけだ。幸いにも八島には得意なことがあった。人の心の隙間に入り込むことだった。編集にならなかったら、取調室の魔術師などと呼ばれ、警察で活躍していたかもしれない。小さい頃は、刑事物や探偵の活躍するミステリーを好んで読んでいた。自分が小説家になりたいと思うこともあった。そして、その積み重ねの上に、八島はここにいることに納得をしているつもりだった。
「今日も、一つの物語を終わらせてくるか」 八島は自分のデスクで呟いた。現実世界という物語を終わらせる仕事に就いたと、自分を納得させることに決めたのだ。
八島は、藤野をじっと見ていた。藤野から感じるそれは、契約を切られる恐怖でもなければ、生活に対する困窮でもなかった。その、積み上げられたものを探り、崩そうとする切り口が八島には見えていなかった。きっと根本的に違うのだ。八島なぞの想像の付かない想像をしているに違いないと思った。普通では無いと思った。
八島の中で、何かが音を立てていた。





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