1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】三月の彗星

なかまくらです。

三月に転勤をしまして!

その時に書いたものです。今更ですが、公開します~~!!

どうぞ。



「三月の彗星」

                          作・なかまくら

いまから彗星を見に行こう!
というから、「冗談じゃない」とぼくは吐き捨てた。
異動が決まって、最後の出勤日のもうすぐ深夜になるという時間のことだった。
入社したときにはもう既に会社の中核をなす女性(ひと)で、与えられた仕事に困っているとふんわりと現れて、励ましてくれたり、コツを教えてくれたり、実際手伝ってくれた。部署の長になった彼女は「この部署のみんなは私の家族みたいなものよ」と憚らずにそんなことを宴会の席で言い放った。有名なアニメーション映画の空賊を想像し、ぼくたちは笑った。
楽しい日々がずっと続くと思っていた。けれども、ぼくの異動が決まって、最後にお別れ会をしよう! ということになった。ところが、半世紀前に猛威を振るったというウイルスの流行の兆しが見え始め、飲食を伴う集会の類いは自粛となる。ぼくは残務の処理と引き継ぎに追われ、同僚から掛けられる声に笑顔でうなずきながらも、鬱屈とした気分で仕事に区切りをつけていった。「良かったな!」「寂しいけれど、栄転だから!」
・・・ぼくは自分が地位や名声のために、はたらいているわけではないと、これまで知らなかった。なんとなく、はたらくというのはそういうことなのだと思っていたのに、そうじゃないことを、ここに至ってようやく教えてもらったのだ。
彼女もずいぶんと忙しそうで、あまり言葉を交わすこともなく、最後の出勤日もオフィスの明かりがひとつ消え、ふたつ消え、次第に孤独な時間が押し寄せてくる。今日は上空を彗星が通るらしい。彗星の尾は、彗星表面の物質が融解してガスとなって放出されることによってできるのだという。自分を削るようにして輝いたら、いつかスカスカになって消えてしまうのだろうか・・・。今日は、あいにくの曇天で月も星も完全に覆われてしまっていて、まだ冷たさの残る三月の空気は早い時間から冷え込み始めていた。
すると、突然彼女が「いまから彗星を見に行こう!」などと宣(のたま)ったのだ。
「冗談じゃないですよ!」 ぼくは何故だか怒りさえ湧き上がってきていた。
「いいから、行くよ!」
「いや、だって、今日はこんな曇りですし、どうせ見えないですって!」 だんだんぼくの声も大きくなる。
「四の五の言わず支度しな!」 彼女は鞄を引っつかんで、既に扉に向かって歩き出している。その手には、社用ジェットのエンジン鍵が握られていた!
「えっ、それ怒られますって!」 と言いながら、ぼくは少しワクワクし始めていた。仕事もほとんど片付いていて、どこか名残惜しくて帰りたくなかっただけだったのだ。最後のエンターキーを急いで叩いて、パソコンを閉じた。
格納庫に着いたときには、エンジンは暖まっていた。
「早く乗りな!」「はい!」
威勢の良い返事を返して、乗り込むと同時に発進した。減圧と電磁式カタパルトによる急加速によって、もみくちゃにされる。涙だってちょちょぎれる。海外出張用のジェット機は弾道軌道を描いて一気に超高高度まで到達し、そこで、しばしの水平航行に移行する。
「ほら、着いたよ」 彼女がそう言って、
「なんですか、もうやってること無茶苦茶ですよ」 ぼくは涙と鼻水を拭きながら後部座席に収まっていた。
彼女は無線の電源を入れると、メッセージを送る。
「あー、あー、無事に上空へと到達した」
「マム! うまく行ったみたいですね!」「海外との大型契約を1ヶ月以内に取り付けるとか、死ぬかと思いましたよ!」「本当にやります?普通」「始末書、手伝いませんからね!?」
「ほら、みんなも贈ってくれてるよ」 向こう側はいつもみたいにわいわいガヤガヤしていた。そこから、ぼくだけが離れていくのだ。彗星のように。
「私からはこれだ」 彼女がそう言って、上を指さすと、尾を引いた彗星がずいぶんと大きく見えた。
「私にとってあなたたちは家族みたいなもの。あなたが子どもで、私が母で。でも、もしも本当に家族だったとしても、私とあなたは他人なの。別の人間ってこと。だから、冷たいなんて言わないで。一緒に喜んだり悲しんだりはできても、同じ人間にはなれないの。だけど、ずっとあなたのことは大切に思っているのよ。みんなだってきっとそうなのよ」
彗星が星に近づくのは、ほんの少しの時間だけで・・・たまたま、そういう時期だったのだ。大変だったけど、楽しかったし、幸せだった。
でも、彗星はまた旅に出る。その身を削るようにして輝くのだろう。
その削り出された中に現れるものを、またいつか見てもらおうと、ぼくは思った。







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【小説】2つめの魔法

なかまくらです。

本日の更新は小説です。

いろいろとバタバタしておりまして、

少し前に書いたのですが、公開せずにそのままになっていたので、

公開しておきます! それではどうぞ。


*********************


「2つめの魔法」


                    作・なかまくら

 私の魔法はみんなとは少し違う。
 杖ととんがり帽子が必要だし、女の子だったらスカートもできればひらひらじゃないといけない。体内に満ち満ちた魔法が噎(む)せ返るような奔流となって、鼻の奥がツンとする。少し涙目になるけれど、それは我慢。
「火の源氏たちよ、盟約に従い、その力を顕現せよ!」
決められた言葉が宙に魔方陣を描き、それが完成すると、魔法が発動する。燃えさかる炎が姿を現し、魔法によって、球体にまとめ上げられていく。ときには赤く、ときには青白く揺らめく火球のその熱がチリチリと私の肌を炙っている。
「ファイア!」
その言葉とともに、火球は獲物を見つけた獣のように獰猛さを得て、飛び出す。狙いをそらそうと、走り出している少年に向かって。少年は、走りながら冷静に腰に手を伸ばす。
「アオはいつだってやり過ぎる・・・。冷凍壁!」
一言、愚痴に続いて呟いた短い言葉によって、見事な氷の壁が立ち上がる。
「そんな壁、焼き尽くしてくれるわ!」
私は、杖を振って叫ぶが、意味は無い。放たれた魔法に何かを付け加えることはできない。気分だ。氷の壁は火球に炙られてみるみる薄くなっていく。
「あーもう! これ、高いんだからな!」
少年が文句とともに再び腰に手を伸ばす。ペリペリとテープをめくると、複雑に編み込まれた接着面がそれに応じて剥がれて魔方陣が宙に描かれていく。
「青海波!」
魔法が効果を発揮し、周囲が波に覆い尽くされていく。火球に触れたところから次々と蒸発し、水蒸気があたりを埋め尽くしていく。
 私は次の魔法を考えていた。火、風、水、土の四つの源氏をうまく使い分けることがポイントだ。この水蒸気を生かすには・・・。
「火の源氏たちよ、熱を奪い、凍てつく刃となって・・・うわっ!?」
 詠唱の途中で、土の中に飲み込まれる。
「そこまでっ!!」
制止の合図が入り、訓練の終わりが告げられた。
「まーた、威力が上がってるよなぁ・・・。ほい、あったかいの」
今日の訓練相手だった少年キユが、コップを差し出していた。
「どーも。今日のあれ、なに? 新製品?」
「そう、青海波っていう水の魔法のマジックテープなんだよね」
「3つめは?」
「あれは、液状化のマジックテープ」
「マジックテープねぇ・・・」
「使えば良いのに。便利だよ?」
「便利なんだろうけどね・・・、お母さんが嫌いって言うの」
人の編み出した魔法科学の研究は、真理の研究と意識の研究に分かれた。そして意識の研究から生み出され、製品化されたものがマジックテープだ。市販化された魔法具として、それは多くの人が利用するものとなっていた。
「アオの魔法はさ、由緒正しくて、だから高い威力を込めることができるし、悪いことじゃないと思うけど、なんというか・・・」
「古い! 古すぎる! そんな時間がかかっちゃ、実用性がない! 魔物には通用しない!」
 私は拳を握り、演説・・・の真似事をする。
「・・・でしょ?」
「分かっているなら、なおさら分からないよ・・・。」
本当に心配してくれているキユの感情が伝わってきて、ふと私は少し申し訳ない気持ちになる。そこで、今の私の本当のところに少しだけ光を当ててみようと思った。
「分かっているから、かもしれない。いいえ、分かっていないからなのかもしれない」
「ううーん、伝えようとしてくれてありがとう」
キユがそう言って笑うので、私も、笑うことにした。
「みんなが使っているのは、魔法じゃない・・・のかもよ?」
「え?」
「それは、過去に魔法が発現した条件を擬(なぞら)えているだけ。だから、源氏たちも、力を貸してくれているわけではないわ。私はそんな魔法は嫌なのよ。だって、魔法は人と源氏の間に起こる奇跡なんだから」
「そんな・・・そんなことって・・・?」
キユの動揺をひととき眺めて、
「そうだったらいいなって話。これが短編小説じゃなかったら、この後大変なことが起こって、私以外の力が封印とかされちゃって、もうとにかく大変なんだからね!」
「そんなことってある?」
「だって、どうしてそうなるのか理由が分からないことは、そうならなくなっても理由が分からないでしょ?」
「それは困るなぁ」
真剣に困り出すキユ。私と私の一族の抜け出せない憂鬱を真面目に聞いてくれる人。だから、好きな人。キユはしばらく唸って、それからこう言った。
「・・・ねえ、僕にも、できそうな魔法ってある?」
それから、私とキユは、それぞれいくつかの魔法を使えるようになって、源氏を巡る星の運命をかけた戦いに巻き込まれていくのだけれども、それはまた別のお話で。







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【小説】アイディアの王国

なかまくらです。

久しぶりに小説です。この作品ですが、やっと書き上げた小説の一つです。このタイトルですが、本当に何度も挑戦したタイトルでした。最初に書いたのは、23才、大学院1年生の時でしたが、書き上げたものの、どこか納得がいかなかったのでした。それから、10年、時折思い出しては書いてみたのですが、書き上がらなかったのです。

それをようやく書き上げました。ちょっとは実力がついていると言うことなんでしょうか。

ともかく、どうぞ。



*******************

「アイディアの王国」
                          作・なかまくら

1.
 どこか古い洋館のようなそこに行けば、物語に出会えると聞いた。
工場の煙に包まれた町の外れまで行って、その先に広がる見渡す限りの耕作地帯も通り抜けて、それでもなお自転車を飛ばしていくと、その建物はあった。
両開きのドアを片方だけ少し開けて中に入ると、本が多く置いてある場所特有のインクのにおいがした。エントランスの中央に置かれた受付のカウンターまで歩いてみる。
「こんにちは」
声が2階、3階へと響くが、返事はない。扉を数えると、見える範囲では8つの部屋が見えた。
「あ、」
振り返ると、入り口から入ってきた青年が見えた。髪は縮れて長く、目を覆い隠していてその表情は知れない。脇には紙の束を持っていた。
「あっ、すみません」
「・・・っ」
縮れ毛の青年は、顔をそらして逃げるように階段へと向かっていく。
「あ、あの・・・」
青年はそのまま3階までいそいそと上がると、扉を開けて、静かに閉じた。ひらりと一枚の紙が落ちてくる。拾った紙には、「世界のたわし」と書いてあり、そこには多くの図版が載っている。
「たわし・・・?」
そこに、一節だけ、走り書きのように書かれている言葉が目に入る。
“わたしの代わりにたわしを置いていくの“
その瞬間に、何かが頭の中を駆け巡って、膝から崩れ落ちる。それは一体、どんな物語だろうか。身代わりにたわしを置いて、自由になった誰かの顔はほとんど見えないけれど、ニッ、と笑ってどこか遠くのほうに飛ぶように行ってしまった。
「あああ・・・」
大変なことをしてしまった、という罪悪感が、通り過ぎていった物語の強い刺激に飲み込まれていく。跡形もなくぐしゃぐしゃに潰されて、ほぐされた小さな心がぽつんと残って呻いた。
「・・・ああ」
2.
「物語の始まりのようだよ!」
受付の奥の扉が開き、声のしたほうから初老の男が歩いてくる。
「大変申し訳ございませんでした!」
謝るしかなかった。
「落ちてくる紙、拾うあなた。こういうときには預かりましょう、彼に届けますよ?」
「できれば自分で届けて謝りたいと思います」
「いいでしょう、そうこなくっちゃ。そうやって物語の登場人物に人はなっていくのです。彼のことを少しだけお話ししましょうか?」
「え、ええ・・・でもその前に・・・」
「その前に・・・?」
「あなたのことを少し教えてもらってもいいですか?」
「おっと、そうですか。私は、短編小説の道先案内人。たいした者ではないんですが・・・」
男は帽子にふわりと手を乗せると、大きく円を描いて膝まで持ってくる大仰な礼をする。
「・・・ここの管理人をさせていただいております、Uと申します」
「ご丁寧にありがとうございます・・・私は佐倉と申します」
「どうも、佐倉さん。ああ、その紙については、お気になさらずに。その物語は世に出ませんよ、たいした物語ではなかった」
「いえ、そんな・・・申し訳なかったです。こんなにも、こんなにも愛おしいものだとは」
心からの悔恨の想いをよそに、Uはどこか愉快な道化のようにどこかに誘おうとする。
「・・・して、今日はどうしてご来館を?」
ドキリとした。新しい物語は貴重で、リリースを待たなければならないものだからだ。
「あの・・・すみません、道に迷ってしまったんです」
変哲のない嘘しか出てこなかったが、Uは笑わなかった。
「あなたも薬は飲んだのでしょう?」
「・・・はい」
「食料もエネルギーも限られてしまった現代において、民衆はそれを受け入れるしかありませんでしたから」
「・・・私はまだ物心がつく前だったんです」
「意識の研究が進んだ現代において、そのサイエンスフィクションのような解決手段が考えられました。全体の意識を深層において中枢につなぐことによって、人々を一つの目標に向かわせようとする力学が生じるようになりました」
それにより、今までは成しえなかった我慢を理解できるようになったという。
「でも、その代償は大きかったと聞いています。そして、先ほどそれを知りました・・・」
佐倉はあの物語体験を一生忘れることはないだろう。
Uは怒りの籠っていない声で言う。
「分かっていたのですよ、政府の人々は。彼らはその生き残りを掛けて、物語を捨てることを決めた。一度誰かに読まれた物語は、誰にとっても一度読まれた物語となってしまうようになりました」
「物語というものに出会うということは、自分ではない誰かに出会い、自分を見つける体験なのですね」
「さあどうでしょう」
Uは、そう言って笑った。
それは、その人がどんな風に生きてきたかにもよるのさ。
3.
その洋館には一部屋の空きがあった。
佐倉は庭の掃除をしながら、そのカーテンの閉まったままの部屋を見上げていた。佐倉は期間使用人となった。洋館の庭に建てられた小屋には、彼の少ない私物を置いてある。開いてしまったアイディアの対価ということだ。
落ち葉を掃き終わると、洋館のほうから、悲痛な声を上げて、寸胴で鼻の大きな中年の男が駆け寄ってくるのが見えた。ニシヅカさんだ。
「きみ! きみは、いったい、何だね!?」
「あ、こちらでしばらくお世話になります、佐倉と申します」
ぺこりと、頭を下げると、そのまま頭を叩かれた。
「名前なんて、なんでもいいんだ! 問題は、きみが、この、芸術的な、落ち葉を掃いてしまったことにあるのだということに、なぜ気づけないのだ!」
中年の男は、きっとこの落ち葉に物語を見たのだろう・・・。佐倉の中には具体的な像は結ばれず、被害は起こらなかった。しかし、そこから生まれるはずだった物語は、誰かにとってかけがえのない物語だったかもしれない。佐倉は、申し訳ありません、と謝る。
「以後、気を付けるように・・・」
中年の男も、それ以上は何も言わず、集められた落ち葉をしきりに見ていた。
そこに、落ち葉を散らせて、Uの車が戻ってくる。
今日は工場区画を抜けたその先、中枢区へ献本をしに行っているはずだった。そこから戻ってきたのだろう。そう思って、見ていると、後部座席から、一人の少女が降り立った。年齢は13~15才くらいだろうか。
「どうしたんですか?」
「彼女に部屋を案内してやってください」
彼女はどこから、なんのために、ここにやってきたのだろうか。3階の階段から一番遠い東側の部屋が彼女にあてがわれた部屋になる。佐倉は、階段を上りながら、ちらりちらりと横目に彼女を見る。その着ている服から大事に育てられていたように見える。
「こちらへどうぞ」
「・・・・・・あ、」
扉の枠を飾る龍の彫刻に目を奪われた彼女は、声を掛けてもうんともすんとも言わなくなった。佐倉はしばらくそれを待つことにする。ここには変わった人が多い。普段、気にかけないような小さな石に躓き続けている人たちが集まっている。でも、その石が新しい物語の原石なのだと思えてくる。だから佐倉はそれをそのままにしておくことにしていた。
4.
「こんばんは。少しいいかな」
管理人のUが、小屋にいた佐倉に声を掛けてくる。
「珍しいですね、こんなところまで。紅茶でいいですか」
「ああ、頼むよ」
コートを預かり、壁に掛ける。それから、薄暗い部屋にランプに火を入れる。夜はずいぶんと冷える季節になっていた。
「彼女、少し違うでしょう」
座ったUが、そう言った。
「そうですか」
佐倉は、Uの意図が図りきれず、相槌を返す。
「彼女はね、アーティストの才能があると見込んでいるのです」
「アーティストですか?」
「そう、アーティストはね、味を加える人なのですよ」
「味を加える人」
「新しい価値観や要素を社会に加えることができる人種です。それがどういうことかわかりますか」
「さっぱりです」
「これは難しい話になります。主義主張もあるでしょう。しかし、私はあなたが鍵になると踏んでいます。あなたは深層ですべての人と繋がっている。そして、あなたは物語に対する感受性が高い。だから、あなたを通して、すべての人にアーティストである彼女の物語を届けることができると思うのです」
静まり返った寒い夜だった。Uの顔は怪しく微笑んでいて、それをランプの灯が揺らめいて、表情を確定させない。佐倉はそれに恐ろしさを感じた。ただ、同時に・・・、
物語の始まりに出会える興奮を抑えることができずにいた。









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【小説】蛙

なかまくらです。

一昨日、終業式が終わりましたが、まだまだ33連勤の途中です。

でもまあ、ちょっと早く帰れるので、小説を書いていました。

それではどうぞ。


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20210723
作・なかまくら

 今日も暑い日だった。休日出勤でがらんとしたオフィスでぽつぽつ、とモニターに電源が点り、カチャカチャとパンタグラフやメカニカルなキーボードを上下させる音が鳴っていた。Yシャツの襟元を開けて、汗を逃がしながら黙々と残務を片付けていった。ひとり、またひとりと消えて、夜になっていた。面倒なことばかりなのだ。気を遣うことも多い。仕事は思い通りには行かない。積極的に動こうという人はいない。そのくせ、自分に少しでも飛沫が掛かろうものなら、激烈に邪魔をするのだ。それで予定よりも随分と難航していた。ようやく今日の船旅を終えて、車に乗り込み、エンジンをかけると低く確かな振動が身体に伝わってくる。ハンドルを切り、会社の駐車場を出た。

 夜の道を光が切り裂いて進んでいく。暗闇の中に明るい場所を作りだし、暗くなる前に通り過ぎることを繰り返していくと、アパートが近づいてくる。運転に集中はしていなかった。仕事のことを頭の隅に追いやろうと、先月入ったボーナスの使い道を考えていた。車にウイングでもつけようか、とは前から思っていたことである。フロントのエアロパーツとサイドスカートが正面から吹き付ける風を切って、車を前へ前へと力強く進めている。後ろにウイングがついたら、いよいよ離陸だってできそうだ。駐車場に入るために、曲がったところでブレーキを踏んだ。

 蛙が居た。

 大きな蛙だ。いや、大きくはないが、蛙には違いがない。

 蛙にしては大きいかもしれない。頭を上げて、こちらを見ていた。

 発光ダイオードの目がギラギラと輝き、エアロパーツでトッキントッキンの形相の車を見ていた。

 蛙の色は、暗い土色で暗闇の中でなぜ咄嗟に気付けたのかは分からない。ただ、その蛙は確かな存在として目の前に居て、その存在感が伝わってきていた。

 ぼくは、サイドブレーキを引いて車を降り、蛙に近づいた。蛙は動かない。その脇腹をつついてみると、なるほど大きく息を吸って身体を膨らめていた。だが、つついても蛙は動かなかった。いや、動けないのだ。突然に現れたギラギラと目の輝く巨大な未知の動物を前にしてどうにもすくんでしまったに違いない。けれども、蛙は違った。蛙はすっくと頭を上げて、身体を目一杯膨らめて、存在感を放って見せたのだ。だから、ぼくは蛙に気づき、足を止めたのだ。ぼくは蛙を両手にすくい取り、近くの畑へと放った。

 それから、車へと戻る。そうだ、やっぱりウイングをつけよう。おそらくそれは風を切るからではない。社会の中に埋もれそうで動けない自分の、ささやかな反逆なのだと思った。









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【小説】ときには短編小説を

なかまくらです。

忙しい時ほど、かけてしまう時ってあります。

現実逃避なんでしょうね笑

こんなの書けました。どうぞ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ときには短編小説を
                              作・なかまくら
 
 なぜ戦をしなければならないのか。みそ汁を啜り、その塩味で白米を口に馴染ませる。塩味が、白米本来の甘みを引き立たせる。Yシャツに黒いスラックス、首も袖も端のボタンはまだ留めていない。むぐむぐと噛み、最後に程よく熱の逃げたお茶を飲んだ。
「もう片付けていい?」「自分でやるよ」
食器を洗う音がする。水が連続的に流れ落ちる音がしている。
「最近はさ、なんだか時間がゆっくりに感じるんだ」「ええ?」
「何かがあったわけじゃないんだけど、大切なんだ。大切に思っているから、時間を細かく細かく刻んで、その一粒一粒を味わうようなそんな気分なのかもしれない」「じゃあ、私は、お米の粒みたいなものかしら。あなたが味わって、消化されて身体の一部になって、心の一部になって」
カチャカチャと食器が鳴り合って、手を掛けてあるタオルを持ち上げて拭いて、エプロンの結び目を解いている。
「お互い様だと嬉しいんだけど」少し出てきた君のおなかをさする。
「食べた分だけ食べられて、混ざり合って次第に分別できない複雑なものになっていくと、うれしいね」
そう言って、おなかをさする君を見た。
 
 
読み終えて紙を閉じる。窓の外を見ると、2頭立ての馬車が土煙をあげていた。食べかけだったパンをミルクに浸して柔らかくして、急いで口に入れた。遅れて土埃が壁の隙間から上がってくる。それを横目に飲み込むと、下に敷いていた魔法陣の描かれた紙をきれいに畳んだ。身体の傷がむず痒い熱を帯び、塞がっていくのをジッと待った。
「ふぅ」
魔法の才能はなく、買うしかなかった。どう見ても今までの世界ではないここで突然目覚めて、ようやくここまで来た。言葉は通じるが文字は読めなかった。掃除、店頭販売、日雇いの魔物討伐。武器は支給品だった。知人や仲間も増え、そしてあるいは死んだ。何人かで小さな小屋を借りた。魔法はないが、教えてもらった剣が、命をつないでくれた。なぜ戦をしなければいけないのか。胸ポケットに入っていた紙切れ。そこに描かれているささやかな幸せ。短編小説の中の世界でも、同じ言葉から始まる。たった1枚からなる、その元の世界とのつながりを、ときどき開いて眺める。いつか、この紙を手放す時が来るのだろうか。







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