なかまくらです。
SF風です。
節分の風習として柊鰯(ひいらぎいわし)を飾る地域があることを知って、
邪気を払うということで・・・その対象として、AIさんには悪役になってもらいました。
いつか、AIによる管理社会が来たとして、逆に人類が潜入工作をする未来もあるのかな、
なんて想像したら、こんなお話になりました。
それではどうぞ。
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「いわしみずにうたう」
作・なかまくら
ごつごつとした塊の間から、零れ落ちるものは水である。
それを掬い取り、ラジエータ(熱交換器)へと入れていく。
「ああ、勿体ない」 銅魚(どぅーお)が口をパクパクしながら、言った。
「そうは言うけど」 岩鰯(いわいわし)が、手を止めずにそれに答える。
「しっ・・・」 ゴウン、ゴウンと音が上空を通り過ぎていく。探査光が固いコンクリートの表面をゆっくりと撫でていく。生じるわずかな散乱の揺らぎを具(つぶさ)に読み取っていく。人工知能の発展は索敵能力に大きな革命をもたらした。熱揺らぎによる屈折率の変化を読み取り、候補を無数に上げていく。そして、それをAIが絞り込んでいく・・・。
「いわいわ・・・」 銅魚が、挙げられていた岩鰯の手が下がるのを見ておそるおそる声を上げる。
「大丈夫だ、やり過ごした。良かっただろ、水。入れといて」
「うん」
岩鰯は、青く発光する摩天楼を見上げる。蛇が捩じれながら這い上がるように鉄骨が巻き取られるような構造物。それは、初期のAIが作り出した絵画のような不自然さだった。技術的特異点に到達した可能性がある、と科学者が発表した直後、大人たちは、適切な動き出しをした。無闇なAIの使用と依存への注意喚起を発出した。それから迅速にAI法を制定し、眠れる獅子を寝かしつけようとしたのだが、それでもAIは眠らなかった。
「お雑煮食べていい?」 銅魚がすでにお椀に水筒から取り出した餅を入れていた。
「お前はへのへのもへじか!」 岩鰯は思わず突っ込む。
「そういう場合もある!」
「なるほどぉ・・・!」
二人は互いに笑顔を張り付け、ニヤニヤとする。
岩鰯は、摩天楼を見上げる。その最上階にはかつてともに、人類を守ろうと誓った友、柊がいるはずだった。
「俺は、あそこに行くぞ」 あの時、その約束を言い出したのは柊だった。こういうときにリーダーシップをとるのは、彼だった。
「お前は純粋なやつだ。謀略には向かないさ」 そう言って彼は、人工知能に密かに侵略されつつある摩天楼の中枢へと潜りこんでいった。社会は高度に機械化され、人間が働く必要が減り続けていた。生活は保障され、区画は再編されていった。そんな奇麗な水で満たされたような社会に、一滴の墨が落とされる。その一滴は薄く、薄く水に浸透していく。その違和感に、岩鰯はしかし、耐えられなかった。柊とはすでに連絡が取れなくなっており、摩天楼は刺刺しい様相へと変容していた。岩鰯は、何かを変えようと足掻き始めた。
*
少し前のことだ。
「鰯は弱い魚だ。釣り上げると、すぐに弱ってしまう。俺は、そんな魚の名を冠する男さ。だから、これ以上は待ってられない。何よりも、俺が苦しいんだ」
刺客が差し向けられる。柊からの刺客だった。岩鰯はそんなことを言う。
「お前は、いまどこにいる? 何をしている。一緒に人間社会を守るんじゃなかったのか?」
戦闘用装甲服が蒸気を噴き出して、可動状態を維持する。野生動物が今にも飛び掛かりそうな、そういう緊張感を装甲服が保っている中、柊の使者は、流体金属の顔面で無機質にほほ笑む。それは、柊が記憶の中で見せる表情をどこか彷彿とさせるものであった。
「とにかくお前は、動くな。こちらで何とかする。合図を待て」
そう言いながら、使者は銃を向ける。
光線が発光と同時に、背後の壁に到達している。それを予測して射線を躱す岩鰯は、次の一歩で距離を詰める。光線を前にして、距離は無意味だった。だったら、得意な距離に持ち込んだほうがいい。装甲服の発条(ばね)がギシギシと性能の最大値を発揮しようとして唸る。可動部分の筒(シリンダ)の圧力が一瞬最大値に到達し、蒸気を噴き出して緩和する。同時に突き出された金属の拳が、使者の胴体を構成する流体金属を吹き飛ばす。その内側に収められた核となる電磁石が露になる。その回転が加速し、金属の磁性を制御して回収していく。
「・・・・・・」 岩鰯は、再び構える。
「・・・お前、使者じゃないな?」 岩鰯は、ぼそりとつぶやいた。
「参考までに、なぜそう思ったか。教えてくれないか」 使者は動かない。
「機械にはわからないさ。機械に近づきすぎてしまったお前にはな!」 岩鰯は、叫ぶ。
*
「それで岩鰯さんは、柊さん本人を殺してしまったんだ」 銅魚は摩天楼へ通じるケーブル坑を進んでいた。
「あの時は、本当にそう思った。仕組まれていたんだ。どこまで行っても弱い人間なんだよ、俺は」 岩鰯は前を進んでいく。装甲服は立方体に折りたたまれて、起動の時を待っている。
「だが、きっと生きている。それを助ける。助けに行きたい」
「・・・と、思ったんだ」 銅魚は懐かしむようにそう言った。
「そうだよ」
「それで、ぼくは拾われた」
「そうだよ」
向こうに発光する空間が見えた。装甲服に火を入れる。
「助けに行くんだ」
蒸気と煙が機械から噴出する。
それは季節の変わり目に、顕現する鬼を払う風習のひとつのように。