1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】刻を運ぶ

なかまくらです。

そういえば、正月に書いたままになっていました。

新作です。どうぞ。

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「刻を運ぶ」
                             作・なかまくら
ラミジアは怒りに任せて、王の間へと立ち入った。無礼は百も承知だが、たった一人の妹のことなのだ。何かをしなければ、ならぬと思ったのだ。一介の漁師に過ぎないラミジアのその妹が、王子に見初められ婚約を結んだとき、ラミジアはそれを大いに祝福した。しかし、ほどなくして妹は、原因不明の病に臥せった。王子は、星占いに長けており、ラミジアの妹のために古い文献を読み耽り、ついにその治療法を探し当てる。それによれば「辰の刻に咲く『進化の花』」を摘み取り、煎じて飲めばよい、とあった。しかし、王はその希望を撥ね退けた。『進化の花』は、夜にしか咲かず、辰の刻となる朝食の頃合いにはすっかり、蕾に戻ってしまうからだ。
 王は、謁見の間に乗り込んできたラミジアに同じ回答を繰り返した。可哀想ではあるが王としては、後継ぎに病弱なものは認められない。星占いの結果は摩耶訶示(まやかし)であり、存在しないことを示していると王はラミジアに伝えた。ラミジアの無礼な物言いを咎めないところに、王なりの事態への最大限の配慮が汲み取れた。そこに、王子が扉を押し開いて飛び込んでくる。息を整える間も惜しんで言葉を絞り出す王子はひどく憔悴し、肌は浅黒く変色していた。
「王よ! 海の向こうでは、朝が来るのが遅いと聞きます。それも道理。日は我国に先に昇り、それから彼国に昇るのですから。すなわち、辰の刻にまだ日が昇らない場所があるのです。これが、私の占いの示すところだったのです!」
王子の言葉はラミジアの胸に清らかな水のように染み込んでいった。ラミジアの筋骨隆々とした体躯の内側では、まさに静かに心が涸れ果てようとしていたに違いなかった。
「私に行かせてください!」
ラミジアの目は、先刻までの怒りに満ちたものではなかった。
「・・・わかった。だが、この旅の結末が、願ったものにならなかった場合には、お前の妹との婚約は、なかったものとするが良いか」
ラミジアは、ためらうことなく頷くのだった。
航海に必要なものを船に積み終えたラミジアに、王子はもう一度確認をする。
「未来の兄よ。逞しき勇士よ。貴君の妹君であり、私の婚約者である彼女の命を救うという使命を無事に果たされてほしい」
「託された」
「花は確実に、辰の刻に摘んでもらわなければ薬効がない。だが、彼国に刻をいかに運ぶのか。この度、科学顧問と話した結果、これを使うほか、思いつかなかった」
そう言って差し出されたのは、振り子だった。
「我国は、近年になって、時間を計る方法を見出した。振り子はその振れ幅に依らず、ひもの長さによって、一定の時間を刻むことが分かったのだ。しかし、彼国が我国から幾らの刻の差があるかは、明らかになっていない。正午となる刻を待てば、彼国の刻を計ることも、我国の刻を計ることも可能だろう。だが、その2つの刻は、未だまったく別のものとして存在しているのだ。ゆえに、刻を計りながら航海をするしかない。あなたに、3人の私の部下を預ける。彼らとともに、使命を果たしてほしい。妹君の憧れであったあなたなら、必ずや成功させるものと信じている」
手を取り、振り子を渡す王子に向かって、ラミジアは力強く頷いて見せた。
 王子の預けてくれた船乗りたちは、才に秀でた者たちだった。星を読み、天候を読み、船を進めていった。しかし、神は彼らに試練を与える。
「ラミジア。困ったことになった」
「どうした」
振り子から目を離すことなく、ラミジアは応答した。2回の昼と夜を揺れる船の上で、寝ずの番をして過ごしていた。振り子が10回振れると、1刻を120に分けた内の1つとなる。それを、木の板にナイフで刻み付けていく。
「それが、今晩あたり海が荒れそうなんだ。大時化が来るぞ」
小さく開けられた船室の窓から夕方の空を見たラミジアは覚悟した。刻を正確に読み取っていくことは、困難を極めるに違いなかった。船乗りたちは必死に船の揺れを抑える。燈りに揺らめくラミジアの影は身体で揺れを吸収し、振り子への影響を最小限に抑えようとしていた。刻は狂った獣のように秩序を掻き毟り、それは永遠に続くように思われた。すべてが刻に飲み込まれ、すべてが刻となり果てた。
 気が付くと、静かな海に浮かんでいた。そして、霧の立ち込める海上の向こうに陸地が霞んで見えていた。
 海岸に近くに咲くその花は、すぐに見つかった。王子の言った通り、辰の刻に正確に摘み取り、すぐに船は踵を返した。刻を計る必要はもうなかった。浮き出る肋骨を慰めるように、ラミジアは、漁の技術を披露した。だが、先の時化で帆の一部を破損した船は、順調には進まなかった。そこに黒い船が近づいてくる。
「ラミジア。あれは、海の野党だ。何もかもを持って行ってしまう野蛮な奴らだ」
 ひときわ大きな羽根つきの帽子を被った男が、ずい、と前に出てくる。それから人を脅すときの顔をして、すべてのものを置いて今すぐここから去るならば、見逃してやろう、という。ラミジアは、叫んだ。
「俺には使命がある。奇病に臥せっている妹を必ずや救わねばならない。たった一人の家族だ。これまで幸せなど、何一つ与えてやることができなかった妹なのだ。その妹が幸せになろうとしていた。その矢先の奇病だ。天はどこまで妹を試し続けるのか。健気な娘に何を背負わせようというのか。俺は妹のためにならなんだってする。そのために、この道を選んだ。俺も船もそのあとならば、どうなっても構わない。だが、お前たちに、運命に立ち向かうものにかける情けがあるならば、ここを通してはくれないものか!」
水は涸れ、喉が裂けるような叫びだった。
 それを確(しか)と聞き届けた海賊の長は、ひとつ頷いた。
「見ればお前たちは、われらと同じく海を生業とするものに違いない。そして、船は与えられず、王族からの無理な要求に従わざるを得なかったのだろう。ならば、汝らを無事に送り届け、そののちに、その船をもらい受ける、ということで手を打とうではないか」
 その言葉に、一同は静かに頷きあい、ラミジアも最後にはそれを了承した。
 国にたどり着いたラミジアは、王宮へと駆けた。息も尽き果て、呼吸もままならないラミジアを門を守る衛兵が抱え上げる。ラミジアは手に持った花筒を転がり出てきた王子に託すと同時に意識を失った。
 ラミジアが次に目を覚ましたのは、豪奢な寝具の上であった。世話役の下女が、部屋をいそいそと出てゆき、王子がしばらくして姿を現す。王子はラミジアの手を強く強く握りしめた。
「兄よ、よくぞ使命を果たしてくれた。薬は無事に薬効を示し、そなたの妹君は落ち着いている」
そう言う王子に、ラミジアは、しばし沈黙した。
「どうかしたのか・・・」
ラミジアは、ゆっくりと口を開く。
「王子よ。俺はあなたに兄と呼ばれる男にはなれなかった。俺は、この旅の道中で、王国を良しとしない海賊に出会い、その力を借りるために、王族の関係者であることを黙ったままでいることを仕方なし、とした。例え、それが妹の命を救い、使命を果たすために最も幸いな方法であったとしても、それは正しい方法ではなかった」
ラミジアは、そう言い切って、ふらつく足で立ち上がろうとする。王子はそれを押しとどめようとする。
「どこへ行こうというのだ」
「俺は、ここを去る。妹を幸せにしてやってほしい」
王子は縋りつき、ラミジアに懇願する。
「待ってくれ、兄よ。尊敬に値する兄よ。気高きあなたは妹のために、己が義を曲げてでも使命を果たさんとしてくれた。それのどこが、兄と呼ぶにふさわしくないというのか。それに、妹の幸せには、あなたの存在も必要なのだから」
ラミジアは、王子の言葉を受け止め、それからも王国で幸せに暮らした。





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