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なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】面も白いが尾も白い

なかまくらです。

しばらく書きあぐねていたのですが、ようやく完成にこぎつけました。

いつもより少し長いのは、刑事のところを削るのが惜しくなってしまったせいです笑

それではどうぞ。




面も白いが尾も白い


20221128


なかまくら


 


「何読んでるの?」


「エルボー」 ぶっきらぼうな答えだけが返ってくる。そこに会話の可能性を感じて、アオハは白い狸の尻尾をひょこっと動かした。


「映画のノベライズ?」


「・・・そう、シリーズの2作目。肘打ちの極意」 いかにも面倒くさいという風な返事が返ってくる。当たりだ。


「ふーん」 会話の温度を合わせるフリをしながら、アオハはカタカタとキーボードを叩いてPC言語を打ち込んでいく。尻尾がひょこひょこと小刻みに動く。


「E.L.B.O.Wっと」


「何?」


「新作の道具。発動のキーワード、エルボーにしといた」


郊外にあるその家には、間取りにない小部屋がある。そこがアジテーションポイントなのだ。アオハは書き上げたプログラムをインストールする。


「使ってみる?」


「おー・・・」


怪盗ふわもわ。アオハは彼に盗まれた。処分されようとしていた実験体のアオハは偶然盗みに入ったふわもわに出会った。それからいろいろあって、結果として一つ屋根の下、一緒に暮らしている。男女なのですが!


アオハは思わずキーボードを強打し、はっと我に返って、冷静に務めた。


「どうした?」


「あ、いや、なんでもない。これ、着けてみて」


そういって、グローブ状の新作道具を渡す。


「ロケットパーンチ」 着け具合を確かめているふわもわに向かって、アオハが小声でボソッと言う。


すると、グローブの隙間ががしゃこんっ!と開いて、ジェットが猛烈に噴き出す。グローブは手を離れて、壁を思い切ってぶち破ろうとするが、コンクリートはぶち破れないのか、しばらく頑張った後、クタリとなって落ちた。


「・・・・・・威力が不足しているかしら」


「十分です。なあ、さっき、キーワードは『エルボー』だって言ってなかったか?」


「エルボーも試す・・・?」


「そんなわくわくした顔をしたって、試さないからな!?」


「えーっ」


 


アオハはいつも面白い。けれども、それは彼の本当の感情ではなくて、年齢に似つかわしくない素振りもアオハの為にしている気がしていた。ふわもわは面をしていなくても、面をしたままなのだ。


 


 



 


 


「ナナヒカリ刑事!」 若い刑事が一人、飛び込んでくる。


「なんだ!?」


「予告状です、怪盗ふわもわからの」


「来たか、ふわもわ。だが、なぜこのタイミングで・・・。せっかくコメが収穫時だというのに」


「実家の農家の、ですね」


「そうだ。今年の夏は雨もちゃんと降ったし、夜もちゃんと冷えてくれた。うまいコメが食えるというのに。おのれふわもわ」


「では、事件が解決したら、私も収穫を手伝うというのはどうでしょう」


「おお! では、さっそく現場へ向かうとしよう」


「はいっ!」


 


打って変わって石畳の大通りにやってくる。


 


「今回狙われているのは何だ?」


「はい、それが、いつもと少し違うようなのです」


「というと?」


「はい。オオムネ美術館所蔵のターコイズブルーの宝石です」


「何の変哲もない?」


「はい。何の変哲もない」


「いやっ、奴には変な哲学がある。今回も何か曰くがあるに違いない」


「はいっ!」


 


 



 


 


美術館の屋根の瓦を一枚外すと、ふわもわは、屋根によじ登った。


「まあ、盗んではみたものの・・・だ」 懐から、宝石を取り出してみる。


「何か問題が?」 通信機からはアオハの声が聞こえる。


「ああ、困っているね。何も起きない」 眼下には、いつものナナヒカリ刑事が警備を指揮しているが、予定の時間になっても今日は現れないことになっている。


「予告状、なりすましの誰かさんは来ていないみたいですね」


「せっかくだ。宝石はいただいておこう」 そう言って、通信を切ろうとした間際に別の音声が割り込んでくる。


「すまないが、ショーが残っていてね、まだ帰ってもらっては困るんだ」


 


いつのまにか、そこには縦縞の衣裳をまとった影があった。


「・・・野球ファンが現れた」


「野球ファン!?」


「私はゼブラ! ヨコシマなものと戦うべく、見参した!」 仰々しい礼から直ると、機械仕掛けで形が変わる不気味な面できゅうと笑った。


「あまりお近づきにはなりたくないのだが・・・」


「ええ、私もです。しかし、あなたには少しだけゲームに参加してもらおうと思うのです」


「ゲームだと?」


「ええ、大変興味がおありだと思いますよ。なにせ、待ち望んでいた、あなたの引退がかかっているのですから」


「・・・興味ないな。」


「ふっふっふ。次にあなたにやってもらいたい仕事がその、私のすり替えた宝石の中に刻まれています。無事ゴールにたどり着いたら、お茶でもしましょう。そこまで生き延びられたら、ですが」


「互いにな・・・」


ゼブラはニヤリと歪に笑って、叫ぶ。


「ロケットパンチ!」


その瞬間、ふわもわの着けていたグローブの隙間ががしゃこん!と開いてジェットが噴き出す。腕にベルトで固定されているグローブはふわもわを引きずって刑事たちのほうへと向かっていく。声を聞き、何事かと見上げた刑事たちの只中に・・・。


「!?」


地面は一瞬にして近づき、背中を打ってもんどりうって、なんとか着地する。


「お、お前は、ふわもわ! いったいどこから現れた!?」 ナナヒカリ刑事が叫ぶ。


「説明すると長い話になるんだがね・・・。ナナヒカリ刑事」 ふわもわは平静を装う。


「まあいい、今日こそお縄についてもらうからして、時間はたっぷりあるんだよなぁ!」 うきうきで飛び掛かってくるナナヒカリ刑事に対して、ふわもわは背中の痛みが身体を電流のように駆け巡り、一瞬動き出しが遅れる。ふわもわの時間がスローモーションに引き延ばされる。何度もふわもわを救ってきた特技だった。もちろん、ふわもわ自身が速く動けるわけではないけれど、最善の行動を選択するための時間が得られるのだ。その視界の端に、狸印の可愛いサイドカーが突っ込んできているのが見えた。ふわもわはその場で飛び上がる。バイクに華麗にまたがり、そのままアクセルグリップを回す。エンジン後方にあるスロットルバルブが開き、エンジンに混合気が目一杯送り込まれる。エンジンが唸りをあげて回転している。後方にはナナヒカリ刑事の呆気にとられた顔と、運転席の付いた側車に乗ったアオハの泣きべそ半分の必死の形相があった。それを一瞬のうちに置き去りにして、ふたりは、美術館の前から駆け去った。


 


「ありがとう、助かったよ」


少し離れて、ふわもわはようやくその言葉が出てきた。アオハは安堵したせいか、涙がぶり返してきているようだった。


「私の発明のせいで、ふわもわを危険な目にあわせて・・・私のせいで・・・ごめんなさい」


「もう泣くな・・・」 ふわもわの慰めの言葉は空を流れていき、アオハは、アジトに戻るまでずっと泣いていた。


 



 


気が付くと、アオハは、暗い部屋で目を覚ました。


「ごきげんよう」


「誰っ?」


「私です。ゼブラです」


アオハは微睡から覚醒して、思い出す。私は攫われたのだった。


「私に何か用、なのよね?」 アオハは強がってみせる。


「・・・ええ」


「なんなの? 売り飛ばすつもり、じゃなさそうだけど」


「あなたが狸と人との合成種であることよりも、あなたのその頭脳の明晰さは価値があるのですよ。ふわもわの道具はあなたの作品でしょう?」


「そうだけど・・・」


「あれを私に提供してもらいたいのです。ふわもわにそうしていたように・・・」


ゼブラはにっこりと機械仕掛けの仮面を笑わせて、「あ、正当な対価は払いますので」と付け加えた。


 



 


アオハがいなくなった。


ある夕暮れのことだった。近くの商店に夕食の買い出しに行って、帰ってきたらもぬけの殻だった。ふわもわは、しばらく探し回り、ソファにどっかりと腰を下ろした。それから、天井を見上げて、そこに書かれた文字に気付く。「HELP」


案外、間抜けなもので、夜でもなければ、人は天井を見上げないらしい。・・・いや、連れ去られた後に機械で描かれたのかもしれなかった。白い面を着けたふわもわの中に、ふつふつと怒りがこみあげてきていた。ゼブラと名乗るあの男に・・・ではなかった。一瞬、頭をよぎった思考とそれを考えた自分自身に対してだった。


 



 


「わかってたまるか! 俺の気持ちが!」


その扉を開けると、アオハとゼブラがいた。アオハの前には何かの装置が見えた。


「これはこれは、ふわもわさんじゃないですか。無事だったんですか、ここにたどり着いたということは」


「ああ、庭の散歩と変わらない、実に簡単なルートだったよ。銀行の金庫をこじ開けたし、大統領府の時計塔のダイヤもしっかりここに、証拠としてある」


「素晴らしい・・・。やはり、あなたは私の思った通り、最高の怪盗ですよ」


「ああ、そうかよ。そりゃどうも」


ふわもわは、満身創痍だった。白い面はひび割れ、その隙間から流れ落ちて乾いた血で黒く染まってもいた。いつも、糊のきいた服で登場するふわもわが、転がって擦れて糸が綻んだ服をまとってそこに立っていた。


「どうしてそこまでしてくれるの。・・・私、拾われただけじゃない」 アオハの口を思わずついた言葉。ゼブラに言われたこと、その通りだった。アオハは、拾われたモノだった。そんなアオハをゼブラは必要としてくれているという・・・人として。いつかは独り立ちしないといけない、なんて当たり前のことで、ちょっと強引だけど、そのいつかが、この時だったのだ、と思ってみたりもした。


「アオハくん、君の手で引導を渡してやりなさい」 ゼブラはそう言って、装置のスイッチをアオハの手にそっと渡してくる。


「なんだよ、それは・・・」


「君がこれまで培ってきた技術を私が回収するための装置さ。君の経験、知識、そしてアオハさんとの思い出も・・・すべて忘れる。代わりに、君には素敵な経歴を贈ろう。君は、平凡な家庭に生まれて、平凡な生活をしてきた。そして、郵便事務所で郵便物の分別をする仕事をしているんだ。毎日、毎日、正しいことを繰り返すんだ。どうだい、素晴らしい生活だろう?」


「ふざけるなっ!」 ふわもわは、機械仕掛けのグローブで壁を殴りつけていた。鉄の柱がぐにゃりと歪んだ。


「おおっと、恐ろしい。でも、君が無理をして、怪盗業を続けていることを私は知っている。ずっと見ていたからね」


アオハは、その言葉にふわもわの白い面の顔がぐにゃりと歪んだような気がした。


「ああ・・・そうかもしれない。いや、たしかにそう“だった”。一瞬でも思った自分がいたことも事実だ。アオハが急にいなくなって、「これで、楽になれる」って・・・。でも、今は違う。思えば思うほど、そうじゃなかった。大切だったんだ。一緒にいた時間も、仕事でサポートしてくれたことも、何もかもが・・・。だから、そう思わせてくれたあんたには感謝していなくもないんだ。・・・おとなしく、アオハを返してくれ」


言い終える前に、アオハはゼブラの傍から飛び出していた。


「なっ、えっ・・・!?」


「賭けは、私の勝ちってことで! ふわもわの白い面も、私の白い尻尾もいろいろな色があるの! でも、あなたの背景は真っ白なままだわ! ごめんなさい」


「あーまったく、しょうがないお嬢さんだ。でも、ただで負けてやるつもりは・・・」


「E.L.B.O.W !!」


アオハが叫ぶと、ふわもわのグローブからがしゃこん! とロケットエンジンが展開し、ふわもわもろとも、ゼブラとその装置にぐしゃっと深刻なダメージを与えた。


「おまっ、これっ!」 ふわもわも、もっとボロボロになった。


「いかがでしょうか? お気に召しましたか?」 アオハはえっへんと胸を張って見せる。


「いやっ・・・とりあえず・・・いろいろと手当てをしてもらってもよろしいでしょうか?」


 



 


「ナナヒカリ刑事!」


「なんだ、白米中に・・・」


「あ、失礼します。この前のターコイズブルーの件なのですが・・・」


「終わった話だろう、それは!」


「ええ。ただ、ちょっと気になって調べてみたら、タコは青色ではないのではないかと」


「・・・は?」


「いえ、『タコ イズ レッド』が正しいということで、あれはそもそも初めから幻。宝石もなかったんじゃないかって、そんな気がして仕方がないのです」


「・・・お前、とりあえず白米、食べるか?」


「はい! ・・・あ、もう一ついいですか。明日の記事の見出しなんですけど・・・」


「いいから、早く食え! 白米はいいぞ! 弱った心も癒してくれるぞ!」


 


新聞が空を舞う。


一面は、怪盗ふわもわ。その見出しは「面も白いが、尾も白い!?」


写真には、2人組の怪盗の姿があった。










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