1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】駆除

なかまくらです。

久しぶりに新しく書きました。

戯曲は、いつになったら完成するんでしょうね(笑)。

まあ、気長に。

本日は、ちょっと暗めのSF風ファンタジーをお送りします。どうぞ~。



「駆除」


さく・なかまくら


 


あの頃の記憶がよみがえる。ざらざらとした白っぽい金属の床、壁。その壁に灰色をした蜘蛛がジッと止まっていた。


「うわわぁあっ!!」 少年の声が響いた。


「きもっ!」「誰か、殺して!」 何人かが固まる。手には、どこから拾ってきたのか、鉄のパイプを持っている。一人が息を浅く吸って、それをゆっくりと振り上げる。


やめたらどうかな? と、その様子をなぜか上から俯瞰的に眺めている自分が言おうと、口を動かそうとする。動かないから、これが現実でないことになんとなく気づき始める。


何度目かわからない嘆息をして、身体の力を抜いた。


もはや、どうしようもないのだ。


 


この後、この蜘蛛は信じられないほど素早い動きを見せて、逃亡を図る。「うわああっ」と少年少女たちは叫び、鉄パイプを振り回す。そのうちの一つが直撃し、ぐしゃりと潰れる。金属と金属がぶつかって響きあっている。そして、その少ない体液が目に留まることもなく、蜘蛛は再び動かなくなるのだ。そうして、この夢は終わる。


 


梅坂(うめさか)は自分の呻いた声で目が覚めた。ゆっくりと時計を見て、急いで支度を始める。極軽量の合金を編んだ防刃の下着を着込み、その上から、シャツを着る。買いだめしてあった携行食料をポケットに突っ込み、脛まであるブーツを履いてアパートの玄関を出る。「行ってきます・・・あ、」 扉を閉めようとして、奥の部屋から覗く、緑の影に気づく。「悪かったよ・・・ミルバス」 鳶蜥蜴のミルバスが、舌をチロチロとさせて抗議の目を向けていた。携行食料をもう一つ、袋から取り出して放って投げる。「これで勘弁してくれ、遅刻なんだ」 不満顔のミルバスを扉の向こうに残し、会社への道を急ぐ。


上層へと向かって積み上げられた建物。その外壁に据え付けられた階段を登っていく。


「梅坂!」 19階層で同僚の戸栗(とぐり)が合流してくる。


「今日は起きたか。今日の暦屋の予測情報、見たか?」 横に並んだまま、上層への階段を駆け上がっていく。


「まだ」 手を差し出す。


「忙しくなるぞ」 受け取ったチップを右腕のデバイスに差し込むと、情報がダウンロードされる。あと20秒。


上空には、人工太陽が青白い発光を伴って浮かんでいる。暦屋からの情報は、その運航予定に関するものだ。


「今月、日照量、少なすぎないか・・・?」 梅坂は今月何回目かのボヤキを漏らす。


「去年、博波地区の現職議員が負けたからなぁ・・・」 戸栗が同じ問答を繰り返す。


「汚職議員だった」 上層部分の増築資金を横領していたのだ。


「確かにしょうもない男だった。ただ、見えない役割を果たしていた、ということなんだろうな」 自分たちで選んだ道なのだから、仕方がない。そう言って、戸栗は話を区切った。会社のある上層階へのゲートが見えてきていた。


 


会社で、仕事道具を受け取ると、高速昇降装置で地面に降り立った。金属とは違う、土の踏み心地。人工太陽の光が遥か遠くに見える、薄暗い世界だった。


「相変わらず、くっせーな」 戸栗が毒づいて、


「マスク、してるだろ」 梅坂は冷静なコメントを返す。


「気分だよ、気分!」 カビとコケに覆われた世界。大昔に作られた建物の大半が背の低い植物に覆われているが、一部は、未だに住民がいる。窓に火の明かりが揺れているのが映っていた。IDを持たない、旧市民と呼ばれる住民たちだが、実際には犯罪者や流れ者が多かった。


「さて、と。早速お出ましだ」 奇妙な生物だった。黒い胴体は殻のように固い。ところが蜥蜴のように滑らかな動きをする。その胴体を被るようにして、仄かに発光する本体が中に見えていた。


 


「リドカリ」 その生物の名前を梅坂は気が付けば呼んでいた。


 


「ヤドカリみたいだろう?」 初めて連れられてここに来た時に、戸栗にそう言われた。臆病にも見える、発光する本体。あの頃の記憶が何故かよみがえっていた。白い壁にジッと止まっているあの蜘蛛の姿だった。


「こいつらが集まってくると、災害が起こる。こいつらな、身を守るときに酸を出すんだよ。それで、上層都市を支える柱が腐食しちまう。災害を呼ぶ生き物なんだ。駆除しなくちゃな」 戸栗は慣れた手つきで、道具を構えた。


 


やめたらどうかな? とはそのときは言わなかった。それを仕事に選んだのだから。実務的に処理をしていく、仕事に心やその優しさは求められていないことは分かっていた。


 


ところが、何故だろう、今日は目の前の「リドカリ」から目が離せなかった。今頃、朝ご飯の携行食料を食べ終え、物足りない顔をしている鳶蜥蜴のミルバスの顔が浮かんだ。今まで積もった雪をただ崩すようにその命を壊していたというのに、初めてリドカリに個性を感じてしまったのだ。


「危ないぞ!」 戸栗がリドカリの甲殻を強くたたいた。ぎぃぃん、と金属同士がぶつかったような音が響いて、近くの建物の窓ガラスが割れた。梅坂はハッとする。蜘蛛は潰れたが、リドカリは潰れることなく、そこに未だドウといるのだ。


「ボーっとするな。人が襲われた例もあるんだ」 戸栗が痺れる手を振っている。


リドカリは、手足を縮め、甲殻の内側に閉じこもっていた。人を襲う? 人が襲っているの間違いではないか。襲うから、身を守るために酸を出す。酸を出しているのは、自分と違うものを排斥しようとするからではないか。その、人間の臆病さからではないのか。


梅坂は、手を伸ばして、甲殻に触れていた。奇妙な感触だった。たくさんの銀を縫い付けた中世の鎧のような、滑らかなのに、手を切りそうな鋭利さを隠し持っている。生き物という感触だった。


「おい、梅坂? お前一体どうしたんだ・・・」


「連れて帰らないか?」 梅坂はそう言った。


「はぁ!?」 戸栗が呆気にとられた顔をしている。


「連れて帰りたい」 梅坂の心はゆっくりとだが、確実に決まっていた。あの頃言えなかった言葉を、言うのであれば今だと思えた。


 



 


暦屋は、40階層にある。1階層は10階前後の高さの建物からなり、居住区として提供されているのは、40階層までだった。その上は、オフィス街と、地区の統治機構が占めている。統治機構は、政府、裁判所、占星の三権からなっていた。暦屋はそのうちの占星、すなわち天候や天災、天や地から放出される氣の流れを読む人たちの集団であった。


「安芸(あき)様」 梅坂と戸栗は、暦屋の安芸の元を訪ねていた。


市井(しせい)との関係を大切にし、その意を汲む暦屋は、直接選挙で選ばれる政府の人間へと助言を行う組織であった。そのため、市民であれば、訪れれば話を聞いてもらえた。


「難しい顔をして、来られましたね。梅坂と戸栗」 安芸は、二人を抑揚の少し乏しい声で出迎えた。手元のタペストリーを編みながら、その糸目を観ているのだ。


「仕事・・・のことですね。二人は害獣駆除の仕事」


「その通りです」 梅坂が答える。


「そして、問題の本質を抱えているのは・・・」


「梅坂です」 戸栗が答えた。


「聞いてくださいよ、まったくこいつというやつは・・・」 そう毒づいて続けるので、梅坂は首をすくめて見せた。


 


「・・・なるほど、複雑な事情があるようですね」 安芸はそう言って、グラスの液体を飲み干した。


流石に、居住区にもって上がることは思いとどまった。そもそも、高速昇降装置を使う以上、一度会社へ戻らなければならないから、どうしたって発覚してしまう。そこで、少しだけ階層を登った旧3階層の一室に置いてきたのだった。一応、食べてくれた携行食料の残りを全部置いて。


「複雑も何もありませんよ、安芸様。単純にこの馬鹿野郎は、情が湧いたんですよ。災害の対象だってのに。バレたら間違いなくクビですよ、まったく・・・」


と言いつつも、戸栗も最後まで手伝ってくれた。リドカリは思ったよりもずっと軽く、大きな蒲公英(たんぽぽ)の綿毛のようだった。それでも両腕を占領する大きさがあり、角を曲がるたびに、他の駆除員がいないか戸栗が周囲の安全を確認してくれたのだった。


「戸栗」 安芸が話の途切れない戸栗に声をかける。


「はい」 戸栗が返事をする。


「その子を大切にすると吉報有り、と出ています」 安芸は微笑んでそう言った。


「あなたたちのやったことは何か救いになるのかもしれないわ。これから起こる大きな出来事に対して、何か・・・」 そう言って安芸はタペストリーを編み続けていた。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・あの、安芸様、何か起こるのですか?」


「おい失礼だぞ」 戸栗がたしなめる。暦屋は聞いてもらう場所であり、話をしてもらう場所ではない。それが暦屋を訪れる者のルールだった。それでも、


「あの・・・」 梅坂の不安はそれを振り切ろうとした。


「まだわからないのよ」 安芸はそう窘(たしな)めた。「このタペストリーは、大きすぎるの」


暦屋の占い師たちは、手の赴くままにタペストリーを編んでいく。そこには必然的に未来の出来事が編みあがっていくのだ。規模が大きければ大きなタペストリーになる、と聞いたことがある。実際、博波地区創立を予言したタペストリーは統治機構の建物のロビーにほかのものと並んで掲げられている。


「雨が降っていることだけは分かっているのだけど・・・。いいえ、もうお仕舞いにしましょうね」 安芸は手を止めて、そう言った。それが終わりの合図だった。


「また来て頂戴」


 


雨が降り始めていた。長い、長い雨が。


 



 


それからは、仕事はサッと片づけ、旧3階層のリドカリに会いに行くのが梅坂と戸栗の習慣となった。そもそも、止まない雨で地面はぐしゃぐしゃになっていて、作業がはかどらないことは、会社側も承知しているようで、リドカリの殻の回収の成果がやや少ない本当の理由には気づかれていないようだった。


「人工太陽をなぁ、こっちに迂回して寄っていってもらわないとこれはもうどうしようもないな」 戸栗がぼやく。


「隣の地区の増築で工事が集中するから、そっちに回っているらしいけど」 梅坂も聞きかじった話を挙げる。


「そういう順番なんだろうな・・・ああっ、それにしても、見つからないな、リドカリっ!」


「あんなにいたのに、どこに潜んでいるんだろう」


この日の成果も少なかった。もちろん、昼過ぎには旧3階層に移動を始めたためであったが、ただ、このとき、その本当の理由に気づいていなかったのは梅坂たちも同じだった。


 



 


そして、あの事件が起こる。


初めに、奇妙な風邪が流行っている、という噂のようなものが流れた。体温が保てなくなる低体温状態になってしまう風邪だった。それは低温火傷をするように恐ろしいもので、少し寒いな、と思っているうちに症状が進行し、身体が動かなくなってしまっているというものだった。次に、同じ症状の電脳風邪が流行った。電脳風邪は、脳に有機演算素子を埋め込んだ富裕層を狙ったコンピュータウイルスによるものであった。


「せめて、人工太陽で日照量が増えれば、症状の進行を抑えられるって、医者の先生が」


「風邪の設計者がいるはずさ・・・早く捕まるといいんだが」 その頃にはリドカリはすっかり捕獲できなくなっており、休職状態だった梅坂は、高いアパートを引き払って、5階層まで降りてきていた。鳶蜥蜴のミルバスの体温はなるべく頻繁に計るようにしていた。新種の風邪が人間以外に感染することだってあるだろう。


いったい誰が、何の目的で破壊行為を始めたのだろうか。免疫を攻撃するウイルスと、電脳ウイルスが同じ症状だということは、デザインされたウイルスに違いなかった。不満はある。一向に航路が変わらない人工太陽。最近乾いた地面を見たことがない。それに加えて、上昇する物価、仕事の減少、作業員の滑落事故の増加。暦屋は人で溢れ、安芸様にも会えていなかった。話しておかなければならないことがあったのだが。


 


政府の発表によると、この電脳ウイルスのワクチンプログラムを構成するカギとなるプラットホームは、“リドカリ”という生物にある、と思われる描写がタペストリーに出たというのだ。リドカリから抽出される光。それをビンに詰め、発症者を照らすと症状が改善すると思われた。政府はただちに100体の“リドカリ”の回収を各回収業者に命じた。


 


もちろん梅坂のところにもその知らせは来ていたが、応じるつもりはなかった。最早、リドカリがこの地区に生息していないことは知っていたし、人間の都合に嫌気がさしていたとも言えた。ただ、梅坂は、旧3階層に残されてしまった・・・いや、残してしまった、一匹のリドカリをどうするべきか、悩んでいたのだ。


 


梅坂は思案を巡らしていた。リドカリの存在を知るのは、戸栗と安芸様と自分だけである。


安芸様は何も話されないだろう。暦屋は何かを聞くものであり、話すものではないから。では、戸栗は。居を移してしまってからは、一度、訪ねてきただけで、その後は一度も会っていない。戸栗も妙に忙しそうにしていて、それっきりになってしまっていた。戸栗のことだ。別の仕事を見つけてうまいことやっているのだろう。だが、どうだろう。リドカリに懸賞金が付いたとして。それが喉から手が出るほど欲しい金額だったとして。秘密は守られるだろうか・・・。


 



 


梅坂は、下層へと下っていた。日の光は遠く、コケに覆われた足場を慎重に進んでいった。その一部が踏みしめられていて、それは誰かが自分よりも先に通っていることを表していた。梅坂の歩調は自然と早くなっていた。


 


「待てっ!」 建物に入った瞬間、梅坂は叫んでいた。


「武器を捨てろ! それからゆっくりと離れるんだ」 人工太陽の光も届かない薄暗闇の中、両手を肩の高さまで上げた影が、弱く発光するリドカリの隣でのろのろと動いた。そして、雲の一瞬の切れ間から零れた光が顔を照らして、すぐに消えた。


「・・・やっぱりそうなるのか、戸栗」 梅坂はうめいた。


「悪いな・・・、政府は血相変えて探してやがる」 戸栗が静かに佇んでいた。


「お前、どうした・・・?」 梅坂は思わずそう聞いていた。


「知ってるか? リドカリはな、もうずっと前から、この博波地区にしか出てなかったらしいぜ」


「・・・そうじゃないだろう!」 梅坂は思わず怒鳴った。声が反響し、建物を出たところで、外の雨に溶けて消えた。


「お見通しかよ・・・」


「捕まえてお金にするつもりじゃないんだろう」


「ああ」


「なぜ、テロなんて始めたんだ・・・」 梅坂には理解できなかった。


「なぜ、気づいたんだ?」 戸栗はそうやって薄く笑った。


「質問しているのはこっちだ」


「質問しているのはこっちもだ」 戸栗はからかうようにそう言った。


「・・・安芸様を訪ねた時に、問題の本質は俺にある、とお前は言ったな」 梅坂は、リドカリの姿を探していた。見当たらないのだ。


「ああ・・・」


「それがな、あとから思い直せば、わざわざ安芸様の言葉をさえぎってまで、そう言って、思えば思うほど不自然に思えてきたんだよ」 梅坂は、階段を目線の先にとらえていた。


「・・・それは、そうだろうな。あれは、失敗だったよ。せっかく、うまくやれてたのにな」


そう言うが早いか、戸栗は缶を放って駆け出していた。


「戸栗!」


缶は猛烈な勢いで煙を噴出させて、視界を奪っていく。梅坂も、戸栗の消えた階段へと向かった。銃声。立ち止まる梅坂。


「人類は、かつて作った建物を次々と放棄し、壊すこともせず、上へ上へと作り続けた」


声がした。戸栗の声だった。


「人口が増えたんだ、仕方がなかった!」 梅坂は会話をつないだ。


「一度壊し、片づけ、見直し、改めて作る、というプロセスを怠った」 声は、らせん状になっている階段に反響し、ずっと上のほうから、あるいは下のほうから聞こえるようで、どこにいるのか見当はつかなかった。


「それは、そうだ・・・」 梅坂は、戸栗が何を言いたいのか、なぜこんなことをしているのか、図りあぐねていた。この仕事を始めた時には先輩で、今では良い相棒だと思っていた。そんな男が何故、こんな恐ろしいことをしているのか。


「先生は、それではいけないと、再開発の資金をやりくりしようとしたんだ!」


「先生・・・?」


「そうだ、先生は横領して、私腹を肥やそうなんて考えていなかった。それが何故わからない!」


「先生とは、・・・戸栗、あんたは議員さんの支援者だったのか。だったら、もう一度、次の選挙で・・・!」


「先生は・・・死んだよ。だから、我々は、一度壊すことにしたんだ。このリドカリを一匹殺せば、それで可能性は消える。先生を破滅に追いやった世の中が生き残る可能性が」


銃声。


「やめろ・・・」 梅坂は銃を撃っていた。


「次弾も引き金を引くだけで撃てる」 構える手は汗で濡れ、おぼつかなかった。


「やめとけよ、そんな無責任な」 戸栗は少し馬鹿にするように、どこからかそう言った。


「無責任・・・?」 梅坂はその意味を図りかねて聞き返す。


「お前には決められないだろう? 俺を殺したところで、このリドカリを助けて人類を滅ぼすのか、このリドカリを殺して人類を救うのか、お前にそれが選べるのか?」


なるほど、そういうことになるのだ。梅坂は混乱していた。


梅坂は混乱した頭で、思いついた言葉を口にしていた。


「俺はな、時々、思い出すんだ。蜘蛛のことだ。デカい蜘蛛だ。みんなで囲んでる。デカいといっても、俺たちよりはずっと小さい。やめたらどうかな? という言葉が喉の奥までこみあげてきているんだが、混乱でうまく出てこないんだ。もはやどうしようもないのだという言葉も」


「何を言っているんだ・・・」 梅坂には、3つ上の階の居住施設のベランダに戸栗の姿がうっすらと見えた気がした。隣には、リドカリの姿も。ひとつ息をのんだ。


「あの時の蜘蛛は自分とは違う異質な存在で、気味が悪くないといえば嘘だった。ただ、どうだろうか。もし仮に、蜘蛛が飛びかかってきたら。迷わず攻撃するだろうさ。そんな想像をするくらいには、飛びかかってくる恐怖を理性で押さえつけているんだよ。理性的であろうとすればするほど、おかしなことになってくる。それが人間というものだとも思う。けれども! ぐしゃりと潰れた蜘蛛から少ない体液がにじんでこなくて、ホッとしてはいなかったか! 自分の魂を汚さずに危険を払ったことに安堵する心はなかったか!」


「梅坂、お前はずっとそんなことを考えていたのか」 小さな声が聞こえた気がした。


叫んで、銃を構えた。居住施設のベランダだ。煙の切れ間に見えたら撃つのだ。自分の魂を汚して、欲しいものを手に入れるのだ。いいや、欲しいものを手放すために、手に入れるのだから、梅坂の手元には何も残らないのだが・・・。


梅坂にはもはや、分からなくなっていた。ただ、自分の身体がさっきから妙に冷たく、妙にぼうっとするのを感じ、反対に何とか生きなければならないという衝動を心臓が絶え間なく送りだしていた。


 


そして、迷わず撃った。


空薬莢(からやっきょう)が、金属の床に落ちて響いた。







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