5年前くらいの書きかけを発掘です。
まとめあげるのがすごく難しい作品でした。
書き上げてから、1200字ほど増えたわけですが、またいずれ加筆するかもです。
今年もよろしくお願いします。
GURA-SUN
作・なかまくら
そこは、大人のいかない公園である。艶やかな黒いセミが、しうしうと鳴く。
彼の登場を待っているのだ。オレンジ色の車止めをジグザグに避けてその男は現れる。
砂場に、滑り台に、ブランコに、地球儀に、群がっていた子供たちが、一斉に振り向く。
「ようこそ」
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「くそぅ、あいつにさえ出会わなければよ、俺の人生だってうまくいってたろうよ」
居酒屋のことである。あの頃は若かった男たちが集まっていた。
「おれだってそうさ」「おれも」「おれもだ」 口々にそう言って、笑った。
ビールの泡が、コップの側面をずりずりと降りていく。男は居酒屋の笑い声に紛れようとジョッキをぐいっと傾け、机にトンと置く。置いたまま、そのままに、男たちは静かになる。違うのだ。
「でもな、出会わなかったらって考えたら、ゾッとする。」
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少年は美化委員だった。公園のブランコに座り、夕暮れの公園を眺めていた。
少年は眼鏡をかけており、そのメガネの向こうに映る、子供たちの遊んでいる景色は、すべて中央統制局のモニターに映し出されているのだった。
「右から行きます。A,D,B,F,F,F,E,C,・・・G」
少しためらって、Gと判定を出した。メガネの中のコンピュータがカリカリと小さな音を立て考える。そのGの子供をつぶさに観察し、「承認」と回答が得られた。
あとは、処分を実行するだけだ。
「今度はあの子?」
視界の右端でエリマキトカゲがしゃべった。
「エリー」 少年は、その名前を呼んだ。
「はいな」 陽気な声だった。その不自然な言葉を話すエリマキトカゲはすぐそこにいるように見えるが、もちろんいない。おもちゃのメガネに投影されている仮想の生き物に過ぎない。
「そんなに、辛そうな声を出すなよ。やりにくい」 少年は手に持った指輪をどうやってか、手の中で広げたり縮めたりしながら答えた。その輪の中は、眩しくてよく見えないが、広げようとすれば、子供ひとりなど、容易に飲み込んでしまいそうな穴だった。
「お前の代わりに、俺が言ってんだ」 エリーが言い終わらないうちに、少年の手から指輪が消える。そして、子供が一人、忽然と姿を消した。
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「探しているんです」 縁の分厚い眼鏡の少年がおずおずと声を出した。
「ふーん」 サングラスに光が反射してギラリと光る。グラさんと呼ばれている、公園のボスだった。
「ひえっ!」 トレーナーの裾をぎゅっと掴んだ。
「探してるんだ・・・」 年齢はわからないけど、その背格好は、間違いなく子供。けれども、自分たちのように守られている弱いもの、とは全く感じなかった。そのふつうではないかっこよく決まった髪の間から、太陽の光が降り注いですべてが羨望の中に消えていった。
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「もうすぐ始まるんだよね・・・」 友達がボソリと言った。
「え、何?」 少年は聞き返した。何ってなんだろ。なんと聞き返せば良かったのか。
「『ようこそ』って、声がするんだよ」 友達は天を仰いでいた。
なぜだか、空から光が降り注いでいるようで、迎えが来ているようだった。
「ねぇ、やめようよっ!」 思わず踏み出そうとした足元にバナナの皮が罠のように置いてあって、踏み出せない間に、友達は忽然と消えた。今思えばそれは白昼夢のようだった。その公園への道を考えるのは、もうやめたくなっているのだが、思考が止まらないのだ。気が付くといつも考えてしまう。
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公園を覗く大人の気配が、公園に平常をもたらす。
「殺人事件が起きたんだって」「えっ?」
先生のような人だった。お父さんよりも年を取っていて、ネクタイを締めている。入ってこようとするのだ。子どもの顔をして、内側から平常をもたらそうとする。サングラスはかけていなかった。
「近くのアパートで」「怖いですね」「秘密なんだ」「秘密なんですか」「事情があるのさ」「事情」「不審者が出るって、言っても聞きはしないんだ」「子供たちですか?」「そう、子供と大人は理解しあえないんだ」「・・・そんなこと」「いや、君にもわかる日が来るさ」
子どもたちは、様子を伺いながら、平常な子供を演じていた。
「行こうか」「はい」
少年はその時、コンクリートの象の中にいた。
「たっちん、行ったか?」「・・・うん」 たっちんと呼ばれた少年はうなずいた。
「やつら、グラさんを探しているんだ」「グラさん?」 たっちんは思わず聞き返した。
「ああ。地球を救う影のヒーローさ」「影の・・・」 たっちんはまだ小さかったから、ヒーローといえば、輝きに満ちた姿しか思いつかなかった。常に闇は悪の隣にいた。
「そうさ」「なんで影なの・・・?」 たっちんがそう尋ねると、
「グラさんはヒーローとして戦えないんだ」「戦えないの?」
「戦えない。じじょーってやつがあるんだ。でも、大人と渡り合えるのはグラさんしかいない」「じゃあ、グラさんは大人と戦っているんだ」
「そうさ。ヒーローを生み出すのは大人ばかりじゃない。子どもだってヒーローを生み出すんだ。子どもに必要なヒーローを」「子供に必要なヒーロー・・・」
象の中から、公園を見渡した。随分とだだっ広い公園になってしまった。たっちんが初めて遊びに来た時、砂場があった。いつの間にか無くなっていた。池があった。いつの間にか無くなっていた。ジャングルジムがあった。いつの間にか無くなっていた。いつの間にか、何もかもがなくなっていた。このコンクリートの象も・・・。
「よし、行ったか」「うん」 たっちんがうなずくと、もっちんが金色に光っていた象のフィギュアをゆっくりと撫でる。すると、象が半透明となって、輪郭が金色に光りだす。やがてはそれも空気中に溶けて消えて、後には何も残らなかった。
「グラさんは、俺たちに力を与えてくれるんだ」「力を?」
「そうさ。大人たちはこの公園の外の世界をすべて知ったつもりでいる」「うん」
たっちんにも思い当たるところがあった。お母さんに怒られて、そのままこの公園まで走ってきたのだ。たっちんにはたっちんの言い分があったのに。
「でも、このちっぽけな公園の中をグラさんは広げている」「この公園の中を」
「そうさ。これだけの広さ。けれども、俺たちはこの場所で竜との決戦もあったし、雪男とだって戦った。この場所のことは、大人は知らない」
「そうなんだ」 たっちんは、もっちんの話に胸を膨らませた。
「待たせたね」
その時だった。サングラスをかけた男・グラさんが現れる。子どもたちが一斉にそちらを振り向いた。
「タイムマシンの調子が悪かったんだ」 そういって、フラフープを動かして見せた。
子どもたちは手に手に持っている遊具を動かして見せた。その一つ一つが秘めたる力をサングラス越しにグラさんは見る。
「いま、君たちに立ち向かう勇気はあるか」
子どもたちは応じるように立ち上がる。
「君たちは私の下に並ぶのか、それとも、私のように並ばせるのか。勇気を出したなら、面倒事は引き受けなければならない」
子どもたちは応じてうなずいた。
子どもたちの向いた先に、一人の大人がいた。
「今日は君たちの仲間となる男を一人紹介しよう。大人だよ。けれども彼は違う・・・と思っていたのだけれども」 グラさんの表情は、サングラスに隠されていてわからなかった。
「子供たちから離れなさい。・・・それから、君の身分を証明してもらおうか」 道化の格好をした大人は、白々しい仮面をつけたまま、低い声でそう言った。
「残念。・・・逆光仮面だ。常に逆光にして、その正体を知る者はいない。しかし、俺には見える。サングラスをしているからな」
グラさんが言い終わると、子どもたちが一斉に動き出す。
子どもたちのおもちゃがそれぞれ光りだし、大人が光の中に消えてなくなるのを、たっちんは目撃し、グラさんのほうへ振り返った。
さっきの言葉がリフレインされる。
「君たちは私の下に並ぶのか、それとも、私のように並ばせるのか。勇気を出したなら、面倒事は引き受けなければならない」
たっちんは、その公園から一目散に飛び出していった。