1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【習作】鏡

なかまくらです。

長いの書こうって気持ちが沸いてこない・・・。

若干のネガティブを吐き出す。

ちょっと疲れただけ。


「「「「「「「「「「「「「「「「「「「



           作・なかまくら


「おい、お前、これからどうするんだ」
夕暮れの住宅街。電信柱を過ぎたところで声を掛けられた。思わず自分の格好を見下ろした。白と黒のボーダーの襟付きシャツにピンクのカーゴパンツ。そして草鞋。奇抜だと言われることはよくあったが、同じ格好をしている男に出会うとは思ってもみなかった。
「コンビニへ行くんだ・・・」
思わず答えてしまっていた。
「そうか、では、私もそうしよう」
男の顔は影がかかったように上手く判別できなかった。黄昏時とは元来そういうものなのだと聞いたことを思い出していた。



「いらっしゃいませー」
コンビニの中は明るい。
「おう、山本、早く交代してくれ」
「おう」
男はあごに手を当ててさすると、こう言った。
「山本か。山本、次はどうするんだ?」
「ここでバイトするんだが・・・」
これにも律儀に答えてしまっていた。何故だろう、気が付くと答えているのだ。
「そうか、では、私もそうしよう」



「いらっしゃいませー」「いらっしゃーませー」ふたりしてレジであいさつをし、
「よっこいしょ」「どっこいしょ」ふたりして品出しをした。

「それで、次はどうするんだ」
「残り物の廃棄弁当をもらって家に帰るんだよ」
「そうか、では、私もそうしよう」

「・・・まて、その前にたばこを吸う」
「そうか、では、私もそうしよう」

「・・・」
「・・・」

「・・・一つ聞いてもいいか?」嫌な予感しかしなかった。
「なんだ?」
「お前まさか、うちに来るつもりじゃないだろうな」
「山本、お前はどこに帰るつもりなんだ?」
「どこって・・・」
一瞬、田舎の両親の顔が浮かんだ。それから、妹と弟。大企業に就職して今は世界を飛び回っている姉も、なぜだか帰省してヒノキの大きな机を囲んでいる。一つだけ椅子が空いている。取り皿には何もよそわれていない。
「どこって・・・、アパートに帰るんだよ」
そう言って、たばこに火をつけた。
男も当然のように同じ銘柄のたばこを取り出して
「そうか・・・、では、私もそうしよう」
そこには、ひとつしか椅子はないのだ。その一つの椅子のある風景と、目の前の男が一瞬重なって見えた。
「えほっ・・・、ごほっ・・・」
男はむせていた。それはちょうど、この街へ来た頃、自分がやったように。
たばこの煙にせき込み、涙を零す。涙の中に何かを込めて、落とした。
「身体に良くないんだ、これは」
男に思わず言い放って、たばこを思いっきり吸って、肺を満たした。
目が白黒して、次いでチカチカとした。まるでたばこの火が脳に達して視神経を焼いているように。久しぶりに少し涙が浮かんだ。
「・・・やめないのか」
「やめられないね・・・」
「そんなことはないだろう」
「そうでもないんだ、これが実際」
電話ボックスの透明なアクリルケースは黄ばんでくたびれていた。昆虫が集まり、小便を垂らす。
「そうか・・・では、私もそうしよう」
男は、煙を思いっきり吸い込んで、吐き出した。



「コンビニ弁当というものは味気ないな・・・」
「どうした・・・?」
男は、唐揚げを頬張りながら、不自由な質問を投げてくる。

「いや、たばこが足りない・・・」
「食べながらもたばこか・・・」
「ああ・・・」
「私もそうしよう」

*****

しばらくして、トイレから苦しそうな声が聞こえる。
身体の中は強酸の地獄に繋がっており、口を開けるとそこに繋がっているのだ。いくら吐き出しても、あとからあとからその強い酸が込み上げてきて、突き上げるのだ。身体の内側が捲れあがってきて、あの、Tシャツをめくり上げる女の子のCMに込み上げる思いのように、それとはかけ離れているようで、いやそれでいて近づいているのかもしれないこの、手をついて便器に向かう自分というものと戦っているのだ。


柱の影から声がする。
「もう、やめたらどうだ? いいことなんて、何もないんだぜ」
タオルで口を拭い、力なく捨てた。
「お前はどうする?」
「俺は、お前のことなんて知ったこっちゃあない」
思わず叫んでいた。また、込み上げてこようとする地獄を喉の辺りで押しとどめようとする。

柱の影では、返答が返ってきていた。
「そうか、では、私もそうしよう」





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【小説】Holiday From Real

新作です。久しぶりに書きあがりました^^。

どうぞ。

*************************


Holiday From Real


作・なかまくら


2015.8.17


 


「最近父親に似てきたよね」 幼馴染がそう言うのが何故だか遠くに聞こえた。


「そうかな」 応じた声も、また遠い所に響いていく。ここの所ずっとそうだった。背中が疼く。それを爪でゲリゲリと齧(かじ)って擬(なぞら)えてみてそれから、青年は、両頬に手を当ててみた。少しこけた頬とよく垂れた耳。


「源二の顔なんて、ほとんど覚えていないんだ」 首を振って言葉の遣りどころに困った。遠くまで投げる様な言葉ではなかった。


「そうだよ。私の掌が、覚えているもの」 目の不自由な幼馴染がその女の子に似つかわしくない大きな手で顔をガシリと包み込み、そして笑っていた。昔の儘に。


 



 


家の前で別れを告げて、日比生は、郵便受けの上蓋を開けた。覗き込むと水色と緑色の封筒が、1枚ずつ入っていた。封筒は、必ず入口から入ってきて、出口から出ていくのだ。ならば、日比生は出口の前に立っているのだろう。日比生はひとつ息を吐いて、ふたつの封筒を取り出し、リビングの蒟蒻の様な机の上にぷるんと置いた。キッチンの方から声がする。


「手紙、来たのね。どこにいるって、あの人は」


「うん。消印は雨留磁(うるじ)になってるみたいだ」


「遠いのね」


母は、それだけをぽつりと漏らすと、火にかけたピーマンを躍らせる。日比生はその匂いを吸って、ソファアに深く沈みこむ。息を吐き、ソファアとの形の共有を試みる。水色と緑色、それを両目に眺めながらさらに息を吐き、身体の中の空気を絞っていく。・・・嫌なものだ。30秒ほどで、苦しくなって膨らむ。驚くべき残念なことには、日比生には、ただただそれが嫌なものではないということも、そろそろ分かるようになってきていたということであった。


「夕食前に済ませるか」


そう言って、日比生はソファアとの同化を諦めた。


 



 


封を剥がすと、二枚の便箋が出てくる。


 


『親愛なるHolidayへ』


 


そんな書き出しで便箋は始まっていた。ホリデイとは誰だろうか。それはいつものものと少し違っていたが、日比生は遠くの方でそれを眺めていた。


 


『元気でやっているだろうか。母さんと、妹の歌奈津をしっかり守っているか。こちらでは、ウロコドリの新しい捕獲方法に取り組んでいたのだが、』


 


読まれた文字から、紙の上をフワフワと滲んで浮かび上がる。働蟻がそうするように、しばらく紙の上を這い回っていたが、一匹が指先に乗り移るとそれを合図とするように、次々と文字が身体を這い上がってくる。袖の短い混麻の服の内側に入り込んでいく。日比生は、すっかり慣れてしまったその光景をしばし遠くから淡々と眺めて、手紙の続きに目を向けた。


 


『どうやら「私」がこれを読んでいるということは、最早私はこの世にいないということなのだろう。最後の時に、私はどういった表情をしていたのだろうか。いいや、そんなことはどうでもいいのだ。』


 


部屋にはどこからともなく風が吹き始める。見知らぬトリの呻き声が聞こえ、パチパチと肉が焼ける音が部屋のそこここに弾ける。


 


『・・・・・・分かっている。お前はこの手紙を最後まで読むだろう。世界が一変したあの夜・・・そう。街から看板が次々と崩れ去り、見知らぬ動植物が路上に氾濫した。数百年も昔のことだ。文字を失ったヒトが生きていくためにはどうしたらいい? 何故、古代、文字は絵の形をとっていたのか。ヒトはその残された壁画の本当の意味を知ったのさ。』


 


どこからともなく、イノシシのような動物が焚火に照らし出される。誰かが叫ぶ。「焚書坑儒!」書きかけの手紙が、書きあがった手紙が使い古された肩掛鞄に投げ込まれ、翻筋斗(もんどり)を打って、幾つかが零れる。蹴飛ばされた蒸発皿から血のインクが零れて拡がる。肩掛鞄は隆々とした尻にひとつ跳ね上げられて、運ばれていく。「走れ!」「頼んだぞ!」思い思いの声がその健脚の持ち主に掛けられる。


 


『そして、編み出したのがこの方法だった。ヒトを存(ながら)えさせてきたのは、牙でもなければ、爪でもない。経験の伝達だ。これをお前に伝える。お前だったものに、すまないと思わないこともない。だが、そうやって繋いできたのだ。これからはお前にも、ヒトという種のために、生きてほしい。 From Real


 


文字が腕に伝い、手紙であったものはサラサラと崩れ去った。


どこかから笑いが込み上げてきて、大きく口をあいて笑った。目を大きく見開いたまま笑った。五本の指を握り込んで、身体を大きく沿って笑うがままに笑って、転げてそれでも笑っていた。


 


部屋から出ると、炒めた野菜がいい匂いをあげていた。


「おかえり」 母だったヒトはそう言った。


「ずっと黙っていたんだ」


「ええ・・・だって、」


母だったヒトは、少し苦い笑いを立てて机に手を突いた。


「あなたは手紙を読まなかったでしょうから」


 


「・・・・・・だろうね」


気が付くと、両手を頬に当てて、少しこけた頬とよく垂れた耳の形を確認していた。


 


 


 


 


 






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【小説】ホーンズの助手

なかまくらです。

気分転換に小説を一編。どうぞ。

戯曲にしてもいいなあ、これ。


+++++++++++++++++++++





ホーンズの助手
                      作・なかまくら
 
「ごめんください」 一人の青年が、古びた洋館をノックする。
アスファルトに照り返す日差しが、青年の額に汗を滲ませていた。錆びた金属が音を立てて、扉が開く。
「はい」 中から、エプロン姿の男性が現れる。口にはちょいとばかりの髭を飾って、御愛想程度ににこりと笑顔を見せた。
「あのぅ・・・探偵エドワード・ホーンズさんのお宅ですよね」
「ふむ・・・。私がこの間まで怪我をしていたのはどこだろうね」 ちょび髭の男性は、不意にそんな質問で返す。
「右足でしょうか・・・」 青年は、少し間をおいてから、そう答えた。
「ふむ、正解だ。どうしてそう思った?」 目の奥がきらりと光る。
「いえ、その靴は、買い替えたばかりのようですが、右と左とでは、汚れ方に差があります」
「私が右足を少し引きずるように歩く癖のある人間だったらどうだね?」 目の輝きは強くなり、ちょび髭の男性は、少し意地悪そうにそう言った。
「ええ。ですが、あなたは、左右の対称性を随分と大切にしているように見えますよ。その、真中分けされた前髪といい、左右同じ指にはめられた指輪の、その刻み込まれている文字も実は、左右対称になるように鏡文字で刻まれている」
「なるほど、これは優れた観察力だ。君、名前と職業は?」ちょび髭は、扉の横にある受話器を取って、どこかへ電話をつなげる。
「オニール・ワソトンです」 青年は自分の名を名乗った。
「私は、イタル・ワーントン。ホーンズ先生が、お会いくださるそうだ」 ちょび髭はそう言って、踵を返した。
 

 
洋館に入って、正面には1階と2階をつなぐ大階段が回り込むように2つ、通っていた。通路には扉が並び、その向こうはうかがい知れない。オニールは、イタルと名乗った男を静かに追った。
 
1階から、2階へ登り、そして、もう一度下るとある101号室には、一人の紳士がいた。
「やあ、君の名前はなんだね?」
声からあふれ出す気品と知性! それが、その人物をエドワード・ホーンズだと確信させる・・・ことはなかった。
「オニールです。オニール・ワソトンです」 オニールは、落胆を隠し冷静にそう答えた。
「オニールくんか」
ホーンズ氏は、安楽椅子から立ち上がると、飾り気のない絨毯の上を革製の靴を鳴らしてうろうろと歩き回った。まだ醒めないタバコと酒の酩酊の霧を振り払うようであった。
「そうだね。君も、どうやら私の依頼人というわけではないようだがね」
「ええ、私は、先生が弟子をとられるという話を聞きつけて、駆けつけた次第です」オニールはそう答えた。
「なるほど。ではな、君は301号室に住み、事件を解決し、推理力を磨くといい。私はそれを見ているとしよう」ホーンズはそれだけ言うと、話は終わりだ、とばかりに安楽椅子へと戻り、新しい煙草に火をつけた。
「あとは、私が案内しよう」 イタルは、オニールの手から鍵を受け取ると、先だって部屋の扉を開けた。
「ああ、ワーントン君」 ホーンズ氏は、視線の定まらない目で、声をかけた。
「なんでしょうか」 イタルが振り返る。その声には隠しきれない期待が混じっていた。
「悪いが、オニール君が慣れるまで、彼の面倒を見てやってほしい」 ホーンズはそれだけ言うと、煙を吸う作業に戻った。
「・・・ええ、いつもの通りに」 イタルは、静かな口調でそう答え、部屋を後にした。
 

 
「あの・・・」 オニールは、エントランスまで戻ってきたところで、声をかけた。視界の右端には、あの金属音の古臭い扉が見えている。
「噂の通りだよ」 イタルは、やれやれ、という顔をする。
「先生は、聡明すぎるお方だ。だから、普段はああして思考を抑えているのさ」
「でも・・・あれでは・・・」
「言いたいことは分かる。だがね、先生が思考するとき、全ての鍵は開錠し、中身が明らかにされる。その姿を過去、数度だけ私は目にすることができた。私の心は震え、私は探偵であることに震えた・・・」
ゴクリ、とオニールが唾を飲む音がエントランスに響く錯覚があった。
妙に静かだった。
「だがね、先生は、相棒をすでに失ってしまった」
「相棒・・・」
「ああ。先生には、事件を解決するときに、常に話を聞いてくれる相棒がいたんだよ」
じゃあ、私がそれに・・・。オニールが口を開きかけたとき、
「誰もがそう思っているんだよ! ここに暮らす誰もが!」
イタルの髭が少しだけ逆立っていた。
「・・・すまない。感情が先に立ってしまったんだ、許してほしい」
「いえ・・・」
 
近くにうまいイタリアンの店を知っている。荷物を置いたら、行こうじゃないか。
イタルは、そう言い、鍵をチャリンと鳴らす。
オニールは、それに続き、「ええ」と応えて肩を並べた。











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【戯曲】ゴックン

なかまくらです。

最近、作品数が少なすぎるので、

前に書きかけだったやつを一編仕上げてみました。

上演したら、6分くらいかな?

どうぞ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ゴックン
                      2015.7.4
                      作・なかまくら


弟  お・・・おおーっ!・・・ええ、はい。ええ。え? 月面に着陸したときの言葉ですか?

弟  あーまだ考えてなかったなぁ。いかんな。ええと・・・なにがいいかな。

弟、いそいそとその辺の紙を手に取る。
キャップを歯でばきっとはずす。あぐらで座っている。

弟  よし、できた。『月は灰色かった・・・』・・・ちょっとロマンがないな。いっそのこと・・・・・・これでどうだ! 『月の裏側は、やっぱり月でした』 いや、まあ、そうだよな。月で事故ったら洒落にならんな・・・。じゃあ、ここはあれか・・・『NO NORDER! 日清』とかがいいのかな。じゃあ、カップラーメン必要じゃん!

兄  弟よ。
弟  ・・・・・・兄よ。
兄  とりあえず、おめでとうの乾杯だ。コップある?
弟  一個しかないよ。
兄  奇遇だな。俺も一個しかない。
弟  ちょうどいいじゃん。あ、俺ノンアルコールだから。
兄  はい。(マグカップを差し出している)
弟  え?
兄  これで飲め。
弟  意味が分からないんですけど。
兄  意味は分かるだろう。このマグカップを使えってこと。
弟  杯をかわすってこと?
兄  まあ、とりあえずはそんな感じで。
弟  じゃあ、はい。これ俺の。
兄  じゃあわが弟はお子様であるからにして、お子様にはお子様ランチとデビオレデビンジジュースがお似合いデビ。
弟  そのデビってなに?
兄  気にデビするな!
弟  デビはしないけどさ。
兄  まあまあ、不器用なアニキなりの精一杯の心遣いなんだから、受け取れよ。
弟  明らかにから回ってるんだけど。
兄  そりゃあ、空回りもするだろ!? なんたって、宇宙なんだぜ!
弟  まあ・・・な。
兄  宇宙って言ったらアレだろ。
弟  アレだよ。
兄  まず、アレだろ・・・つまり、要するに“NO グラフィティ”!
弟  もしかして、“NO グラビティ”?
兄  そう、それ! それだよ。無重力っちゃうんだよ。
弟  相当テンパってるよね。
兄  いやいやいやいや・・・ちょっと買いかぶり過ぎだって。(弟に帽子をかぶせる)
弟  何を買いかぶっているのだろう。(帽子をかぶっている)帽子?
兄  それ、おふくろから。餞別。
弟  あぁ、なるほど。

兄  よし、飲もうか。
弟  よく飲むの?
兄  え? まあ、会社の付き合いでね。
弟  それでこそのビールっぱらだもんな。
兄  そう。努力は人を裏切らない。その割れたお腹が宇宙飛行士へのお腹であるならば、私のかわいくちょっと膨らんできたお腹は、部長へのステップアップであったというわけだ。
弟  言ってて、悲しくならないか、兄よ。
兄  ・・・・・・うん、ちょっと悲しくなった。
弟  乾杯しようか。
兄  うん。

2人 乾杯。

兄  いやいやいやいや。ダメだ。それじゃあ、ダメだ。そんなんじゃ、宇宙にはいけない。弟よ、お前は明日宇宙に行くんだろ!
弟  だからこその冷静沈着なんだよ。気合じゃ宇宙にはいけないだろ。
兄  いや、気合なめんな!
弟  いやいやいや・・・宇宙なめんな!
兄  まあ、食え! 晩餐だ!
弟  最後の晩餐みたいに言うなよ。
兄  食え食え。月面みたいにボコボコのたこ焼きだよ。本日は特別に兄がアーンって食べさせてやろう。
弟  アーン。

弟、食べる。

兄  ・・・こんな感じなのかね。
弟  ・・・そんなこと言うなよ。
兄  ・・・でも、こんな感じなんだろうよ。今、ゴックンってしただろうが!

時計の音。

弟  それでもいいって、言ってくれたじゃないか!
兄  やっぱり気にしてんじゃないか! ・・・俺はそのままのお前と別れたくなかったんだよ。
弟  兄。
兄  弟よ。明日、地球は明日飲み込まれるんだよ。
弟  知っているさ。
兄  ゴックンって。
弟  分かっているさ。
兄  俺はな、怖いね。月に取り付けたブースターで、月は地球圏を脱出する。だがね、奴は逃がしてくれるだろうか。
弟  逃げ延びてやるさ。生き残る百万分の一の一人として。
兄  俺は、戦う。地球を丸ごと喰らおうとする大きな牙が見えるだろう。濡れた歯茎が見えるだろう。どこにも通じていない暗黒の口腔が見えるだろう。でも、最後まで戦おうと思う。だから、振り返らずに、命をつないでほしい。
弟  ・・・飲もうよ。
兄  乗り物酔いするなよ。
弟  分かっているさ。





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【コラボ小説】相模探偵録 回答編

なかまくらです。

超短編小説会。http://ssstorys.clu.st/ 

2000字程度の短編小説のミステリー(問題編)が出題されて、

みんなで回答編の短編小説を書いてみるという試み。

問題編は、こちら↓
http://ssstorys.clu.st/item?__objectId=c25611e197f6f1be3d977e5069f943a0

で、私も参加してみました~~。

なかなか楽しい遊びだ・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

相模探偵録 回答編
                   原案・茶屋さん
                   作・なかまくら



「・・・と、言うことのようだけど?」

 

相模探偵事務所を一人の青年が去っていく。階段を下りて、大通りを歩いていく姿を見届けてから、相模は声をかけた。

 

「エエ、ジュウブン ニ ワカリマシタ」

現れた女性は、喉に手を当てて、合成音声を発した。

 

「これからどうするんです?」

「コノママ マチ ヲ ハナレマス・・・」 彼女は微笑みを浮かべていた。なにか、自由になったようでもあった。

 

 

ほんの半日ほど前の出来事であった。

 

 

「はい?」

事務員にして助手の七瀬が扉を開けると、一人の女性が立っていた。

「・・・・・・」女性は静かに微笑んでおり、

「相模探偵事務所ですが?」七瀬は、少し首を傾げながら、そう言った。

「キイテ ホシイ コト ガ アル ノ デス」

 

彼女がゆっくりとゆっくりと言葉を選んで話した話はこうだ。

 

 

彼女が初めに覚えた曲は『My Favorite Things』だった。

薔薇を伝う雨粒、猫のピクンと動く髭、ピカピカの薬缶に、温かい毛布。それから誰かからのプレゼントの入った茶色の小包。そんなものがあれば、私は幸せよ。彼女の父が教えた曲だった。彼女は父に褒められたくて、ジャズバーのマスターに歌を披露してみせた。

それからの彼女は、父親に褒められたいばかりに熱が出ても、学校で嫌なことがあっても、歌い続けた。その中で、一人の少年と出会ったことが彼女の心の支えとなったものだった。

少年とは何度か会った。彼は少し違うのかもしれない、そんな風に思うこともあったが、だんだんとその気持ちは薄れていった。・・・ああ、人間なんてみんなおんなじだ。

歌の歌詞の意味を知ったのは、随分と後のことになったけれども、その時そんな歌を自分が歌っていたのだと彼女は愕然とした。少しの幸せがあればいい、父はそれを知っていて、歌わせていたのだろうか。父に褒めてもらいたいと思っていた、その密やかな気持ちを父は利用していたのだろうか。

 

そして、彼女はちょっとした家出を計画した。それは、反抗期の自分の気持ちをちょっとだけ慰めてやろうという試みで、ジャズバーのおじさんには迷惑がかからないように事前に言ってあったそうだ。

実行に移そうとして、ひとりの青年の姿が頭に浮かんだ。彼にだけは言っておこう。

 

そう考えて、彼女は彼を公園へと呼び出すことにした。

 

「・・・?」

彼女は少し早く公園についたつもりだったが、彼は既に公園にいた。

「・・・・・・」

止まった噴水の、ちゃぷちゃぷと押し寄せる波の音が響いた。彼の名前を呼ぼうとして、彼女は一歩、踏み出すのをためらった。彼は、きらりと光る何かを持っていた。ナイフのようなもの。小さな、銀色の刀身。

 

その瞬間、彼女の視界は大きくぶれた。

揺れる視界。地面が後ろに流れていく。脇に抱えられているのだと分かった。

タバコと酒の臭い。よく嗅ぎ慣れた匂いだった。

「歌を歌え」 父はその言葉を言う。

「お父さん、お酒じゃないよね、それ」 父親をみて、彼女は震えながら指摘してしまった。

「うるせぇ! お前は歌だけ歌ってればいいんだ!」 そう言って、彼女の首を絞めたそうだ。それはいつもの虐待で、でも、歌だけはいいって、言ってくれていた父が首を絞めたのは、それが最初で最後だったという。

 

不思議と音が聞こえた気がした。ぐさりという音が。

喉にかかる力が緩み、父がドウと倒れ掛かってきた。彼女は少し自由になった喉で悲鳴を上げ、腕でつっかえ棒をしようとするが、あえなくどさりと下敷きになった。

見上げると荒い息を整えるように、彼が立っていた。その姿は公園の外灯に照らされて、ひどく幼く見えた。あの頃の、ジャズバーで歌に魅せられた少年のように。

彼女は思わずこう言っていた。「あなたも歌が聞きたいの・・・?」

 

彼は迷いなく、こう答えた。「ああ、そうだよ」

よく見れば、彼の口角は不自然に吊り上っていた。

「ひどいことするよなぁ、首なんか締めて。君の美しい声が潰れたらどうするつもりだったんだよ。ほら、出てきなよ」

彼は、たばこに火をつけた。

「たばこ、・・・吸うの?」

「未成年なのにって? いいんだよ、そんなことどうでも。本当は大人だって割とどうでもいいと思っているんだ。誰かが決めた無意味なルールなんて。それに比べて、君の歌は本当に素晴らしい。人を魅了してやまない。ああ、君の歌を聴いているときだけは、他のくだらないことを考えずに済むんだ。さあ、歌ってくれよ」

彼女は、ようやく父親の身体の下から自力で這い出せていた。父の背中には小さなナイフが刺さっていた。肝臓の辺りだろうか。苦しそうなうめき声が聞こえる。

彼女は意を決してそのナイフを抜き去った。

「おい、そのナイフでどうするつもりだよ」 彼は嫌な笑みを浮かべて、口をすぼめる。タバコの火がパチパチと明るくなる。それから、すぅーっと細く勢いよく煙を吐いた。

「私は、あのときから変わらないものを信じていたわ。『My Favorite Things』、小さな幸せがあったら、私はそれでよかったのに・・・よかったのに。誰も、私の言葉なんて初めから聞いてはいなかったんだわ」

そう言って、彼女は踵を返した。一生懸命に走った。走って走って走った。

ヒューヒューと、喉が乾いた音を立てた。膝がどうしようもなく笑っている・・・だけどももう少しだけ、もう少しだけ・・・この身体を運んでほしい。自由になれるその場所まで。

「おいっ、このやろう!」

後ろから衝撃を受けたかと思うと、下敷きになっていた。

「あ・・・」

手にあったはずのナイフは、彼の胸に刺さっていた。彼は、無言のままそれを引き抜くと、

「・・・・・・」

真っ直ぐに彼女の喉に向かって振り下ろしたのだ。

 

 



 

そして、ノックの音があった。

「七瀬くん、でてくれよ」 相模は、そう言って、ソファから彼女を立たせている。

「ええ、いいですけど」

「・・・嫌な予感がするんだ。それもとびきりに嫌な奴だ。さあ、こちらです。しばらくは物音を立てず、隠れているんです」







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