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なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

                      
なかまくらです。小説ばかりを更新してみたい。そんな願望がやみません(無謀

いつか戯曲化したいけれども、とりあえず小説で、

という作品。

どうぞ。


::::::::::::::::::


「砂魚」

                    作・なかまくら

外はひどい砂嵐だった。
窓には板を打ち付けている。雨戸がガタガタと音を立て、ここを開けろと主張していた。
「ひどい嵐だな」 マスターがポツリとつぶやいて、言葉は砂嵐の雑音の中に吸い込まれていった。
「ええ・・・」 僕は無意味な返答をした。



パクパク、パクパク。
「マスター」「なんだ?」「金魚が」「金魚がなんだ」「泡を吐いてるんです」「金魚だからな、泡ぐらい吐くだろう」「これって、ただの泡なんですかね」「泡だろう」「そうですかね」「泡じゃないって、そういいたげだな」「金魚がね、泡を吐き出しながら、こっちを見てるんですよ」「泡をね」「吐き出しながらですよ」「パク、パクとね」「いいえ、パクパク、そしてパクなんです」「ほう・・・」

カウンターから少し離れたほう、店の入り口の扉が軋んだ。ガタガタと、音を立てて、なんとガラリと開け放たれた。

倒れこむように入ってきた男は、つきかけた膝を手で押し戻す。山吹色のポンチョを身体に纏っていた。「やあ、まいったね」そう言って、入り口で大胆に砂を払った。
「いらっしゃい、こんな中、どちらから?」
マスターは、立てかけてあった箒と塵受けを手に取ると、砂を集めて、シューターに流した。
「・・・ええ、諸国を旅していてね。この辺りは随分と砂に塗れているんだな」
「すっかりですよ」
「ここがあって、助かった」
「それはどうも」 マスターは、にこりと笑って、男を店へ招き入れた。
「こんにちは」 僕はパクパクとしゃべった。泡が浮かび、水に押し出されて天井へと昇っていく。
彼がそれに気づく様子はなく、
「君は・・・お客さんかい」 不思議そうな顔で、男は僕をじろじろと眺めた。
「いえ、彼はうちの見習いなんですよ」 マスターの言葉はうわんうわんと水の中を振動して伝わってくる。
「随分とヒトデ不足のようで」
ヒトデの足を捥いで食べると、新しい足が生えてくるように、もがれた僕は傷ついた痛みを生やしていくことができたなら。

「ラジオをつけてもいいかな」 男は返事を聞く前に、スイッチを入れるとつまみを回した。
「すいませんね・・・ここらは、昔工場があって」
「昔? ああ、大戦前に」
「ええ・・・金属粒子が飛ぶんです。それが、天気の悪い日は帯電するみたいでね・・・。なんにも、入っては来ないんです」

「情報がなくてね。右に行ったらいいのか、左に行ったらいいのか」 男はコンパスを取り出して、ぐるぐると回る針を見せた。
「言葉の意味が目まぐるしく変わっていますからね、コンパスで旅なんて、尋常なアイディアじゃないですね」 豆から抽出された黒い成分が、香りを伴って、カップに落ちていく。ポツリ、ポツリ。

水の中に拡がっていくように感じる。染み出して、苦い言葉のままに。
「・・・ところで、ここにもあるんですよね」
男の言葉に、マスターの手がぴたりと止まった。
「なにがです」
「・・・なにって、書物ですよ」
「砂糖は?」「いえ、結構」
棚の奥から出しかけていたシュガーポットをマスターは棚に戻した。
「・・・ここは、コーヒーを楽しむところじゃあない。そんなことは分かっているんですよ」
男は靴でリズムをとって床を鳴らし始めた。カッカッ、カッカッ。
「私には必要なんだ、その言葉が。その言葉さえあれば、なんだってできる。言葉は世界に氾濫しているが、その中にはなかった。すべて砂に埋もれていった」
男のシャツの胸元が開いていた。掻き毟った跡が見えた。
「わかるだろう! もう、その言葉がなければ! ・・・ほんの一刻、生きていることさえままならない」
何かが切れたように、目は血走り、顔は青ざめていく。髪の毛は逆立ち始めると同時に、頬が垂れる。
「・・・ええ、わかりますよ」
マスターは、目を落として、カップの中の黒い水に映る自分を見ているようだった。男は人目をはばからずに、ぼりぼりと掻いた。
「・・・お客さん、お砂糖、いらないですかね?」
マスターは、もう一度尋ね、男は、「あぁ・・・」と不意に穏やかな顔になってそれを受け取った。
カチャリと、陶器の触れ合う音がして、続いて熱い息が漏れる。それが順番にラジオから流れる砂嵐に紛れて消えた。

水の中にいる僕に、砂嵐はまだ届いていなかった。


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