1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】鯨島

なかまくらです。

SFっぽい、ファンタジー。割と面白いんじゃないかな。

どうぞ。



****************





鯨島


2014/12/26


作・なかまくら


 


 


「あの男がやってきた日のことを、今でもまだ鮮明に覚えている。」


 


手帳はそんな一文から始まっていた。ランプの明かりが揺れてでたらめに部屋を照らす。


背には小さなリュックを背負い、小さな丸テーブルに置かれていた本の表紙をそっとめくる。冒険家ニゲ・パッシーヌは、世界にたった一つ残された小さな島の小さな小屋でその本を見つけた。


 



 



あの男がやってきたのは、幼少時代の事である。


「ねえちゃん。」


「なに?」


「おれのイモ、いつになったら食えるかな?」


初めてイモ作りを父親から任されたとき、私は得意げな気持ちになって、毎日様子を見に行き、そして、姉はいつも私についてきてくれた。


私がちょうどその歳の頃、父達は穴を掘る画期的な道具を発明し、油掘りに忙しくなっていた。


「オイリ、そっちへ行っちゃいけないよ。」


「大丈夫だって。」


島の端は断崖絶壁になっていて、その下には、海が勢いよく流れていた。


「ねぇちゃん。どうして、海は一方向に流れるのかな?」 私はなんとなく尋ねた。


「それは、島が動いているからよ。」 姉は答えた。


「島は動くものなの? オレ達が乗ってて、こんなに重いのに?」 私がびっくりして尋ねると、


「そうよ。えっとね・・・学校で習ったの。プレートテクトニクスって、いう自然の現象なんだって。雨が降ったり、嵐が起こったりするのと同じくらい、普通に起こることなのよ。」 姉がそういうと、私はすっかり感心してしまった。


「すげぇな、ねぇちゃん物知りだ。」


「そうでもないのよ。もっといろんなことを知っている人が、この島にはたくさんいるのよ。」 姉はそこで息を潜めた。


「え、なになに?」 私は、姉の口元に耳を近づける。


「たとえば、時計屋のキブンジさん」


「ねぇちゃん、また時計屋のとこ行ってたのかよ。父さんに言われただろ、あそこへは行ってはいけないって。」


私がそういうと、姉はこういうのだった。


「オイリはまだお子ちゃまだから分からないのかなぁ・・・。いい? オイリ・・・」


姉の顔は、とても楽しそうであった。


「ダメと言われるほど、行きたくなるものなのよ」


 



 


「ねぇちゃん、あの時計屋、やっぱり変だよ」 帰り道で私は、姉にそう言った。


小さい頃の私は、時間を尋ねられることでお金がもらえる時計屋の仕事を胡散臭く思っていたから、時計屋を姉と一緒に訪ねたときにも、胡散臭いものを見る目で時計屋を見ていた。だから、時計屋が言うように、かつて世界には超大陸があって、それはほとんど動かない大地であって、その大地はどれくらい大きいのかというと、地の果てが見えないくらいであったとか、そんなことを言われても、胡散臭いだけで、ほとんど話は入ってこなくて、嘘をついている顔とはこういうものだと記憶しようと顔をじっと見ていた。


 


「あのね、オイリ。私思うの。あの人の言っていることが全部本当の事だったらって。」 幼い私には、その顔は時計屋とは違う感じの顔で、そう言っているのは嘘ではないことは分かった。


「でも、それは、夢物語だよ。やっぱり、世界にはこういう速く動く島しかないんだって。」


私がそう言ったとき、あさっての方角から声がした。


「その話、もう少し詳しく教えてくれるかな。」


知らないおじさんだった。おじさんは黄色と茶色のチェック柄のシャツを着て、ズボンはカーキ色。そして、全身濡れ鼠になっていた。


「おじさん、だれ?」


今思えば、おじさんは、私たち二人の反応を待っていたのだと分かる。


「私は、冒険家のイリー・ベアー。ちょっとお話を聞かせてほしいんだ。」


柔らかい物腰のおじさんに、私たちはいろんなことを話した。ご馳走してくれたクッキーも紅茶もその島では珍しくて、美味しかった。おじさんは私たちの話を終始にこやかに聞いていたが、父の油掘りの話になると、急に険しい顔をした。


「なんだって!? ・・・それは一体いつからやっているんだい。ああ・・・いや、すまない。それで、時計屋の場所なんだけれど・・・」


 


 


それからしばらくして、冒険家イリー・ベアーは、油掘りに反対する言動をしたとして捕まった。


「おじさん。」


姉は牢にいる冒険家イリー・ベアーにすぐに会いに行った。幼い私はそれにただくっついていた。


「ああ、君たちは何時ぞやの・・・時計屋の場所を教えてくれた子どもたちだね。」


冒険家イリー・ベアーは、痩せこけていた。明らかに精気の足りていない顔でこちらを見ていた。幼い私は思わず、言っていた。


「おじさん、死ぬの?」


冒険家イリー・ベアーは、力なく笑った。


「あるいは、そうかもしれない。大きなお世話だとは分かっていたんだが・・・、ここは君たちが思っているような場所ではない。大きな生き物の背中の上なんだよ。穴を掘って、生き物の背中の皮膚にドリルが到達してご覧。どうなると思う? たとえば、お姉ちゃん、君が頭を思いきり天井にぶつけたらどうなるね?」


「・・・びっくりして、縮こまる。」


先週、食器棚の角に頭をぶつけたのを思い出したのか、頭を押さえ、膝を抱えてしゃがみこんだ。


「そうさ。下は海だ。この鯨は海に潜るだろうね。」


「クジラ?」 私がその名を呼ぶと、


「そうさ。ここは島鯨の背中の上なのさ。私は、船という海を渡る乗り物でこの鯨までやってきたんだ。でも、冒険もここまでかもしれないね。」


「おじさんはどうして・・・」 幼い私は尋ねていた。


「どうして、嘘に命を懸けるの?」


「どうしてって・・・どうしてだろうね。嘘じゃないからじゃないかな。さあ、もう行ったほうがいい。」


そう言って、別れた。


 



 


夜。私は眠れなくて、起きだした。


食卓には明かりがともっていて、父達が、地図を開いて難しい話をしている。「いや、ここはもう掘りつくした。」「もっと、深く掘ったほうが・・・。」 幼い私は、そっと、家を抜け出した。犯罪なんて起きない町だったから、牢屋に番はいなかった。


「おじさん。」 私は声を潜めておじさんに声をかけた。


「どうしたんだい、こんな夜更けに。」


冒険家イリー・ベアーはびっくりした顔で、そう言った。


「おじさんは嘘つきだと思う。その大切さはオレには分からない。でも・・・」


私は、その言葉を続けた。


「命と天秤に掛けられるくらい大切なものだってことは、分かるんだ。」


 



 


私と姉は、書き置きを残して、家を離れた。幼い私はそれはちょっとした冒険で、すぐに戻ってこれるものと思っていたが、それは大きな間違いだった。冒険家イリー・ベアーはそれを何度も私に念押ししてくれていたが、私は聞いていなかった。


だが、今だから分かる。その冒険心が、私の命を救ってくれた。


今再び、私はこの本を残し、南へ向かおうと思う。


 


遠い南の果てに、まだ見ぬ大地が広がっているというのだ。



 


冒険家ニゲ・パッシーヌは、静かに本を閉じる。それから方位磁石を取り出すと、ゆっくりと背筋を伸ばし、その針の向かう先を見据えた。






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【小説】クロッテ

なかまくらです。

久しぶりにちょっと長い7000字の小説です。

5月くらいから書き始めたので、かれこれ6か月もかかってしまいました・・・。





クロッテ
作・なかまくら


これはある少年と少女の記録。

おばあちゃん、あのね。学校に行きたくないの。嫌いな子がいるの。勉強が嫌いなの。頑張りたくはないの。あのね、学校に行きたくないの。

おばあちゃんは、編み物をする手を止めると微笑んで、女の子の名を呼ぶ。それから昔話のような物語を始める。





「おばあちゃん、お腹すいた」

朝。朝御飯はさっき平らげたばかり。少女の名はクロッテ・テブクロッテ。
「どうして、お腹は減るのかな? 動いてなくても減るものね?」
おばあちゃんの名前は、
「そうじゃなくて。そういうのはいいの!」
クロッテは上級学校にも訓練学校にも行かず、家で寝てばかり。準備もしていない果報を寝て待つような女の子であった。赤みがかった茶色の髪はボサボサで手入れの一つもされず、無邪気なライオンのよう。
「クロッテ」
おばあちゃんが窘(たしな)めようとすると、クロッテはいつものように拗ねてみせた。
「私は、私のしたいようにするんだもん!」
ところが、今日のおばあちゃんは手強かった。
「クロッテ。それはね、生きたいように生きるということなのよ」
おばあちゃんの瞳の奥に刻まれてきた歴史の動線がウネりだし、クロッテはなぜだか無性に息苦しくなった。
「それはね、一番の頑張りやさんにしかできない生き方なのよ、ねぇ、クロッテ」
おばあちゃんは、途中からどこか遠くにいる誰かに言い聞かせるような口調になり、遠く霧の中にいる誰かに話しているようであった。
「知らないもん!」 クロッテには、いつにないおばあちゃんの様子に悪い予感がして、怖くなって布団に飛び込んだ。それから気がつくと眠ってしまっていた。

昼頃になって目を覚ますと、なにやら玄関の方が騒がしかった。
クロッテはもぞもぞと起き出すと、布団頭(ふとんつむり)のままに音のする方へ向かう。
扉の外に倒れている姿に見覚えがあった。がっしりとした体つき。長く伸ばした髪は後ろで束ねて。手にはボロボロになった黒い毛糸の手袋。お父さんの姿であった。

「お父さん!」

クロッテは布団を放り出して駆け寄った。顔は赤く、ひどく熱がありそうであった。手を伸ばし触れようとする。
「クロッテ!」
おばあちゃんがそれを制止した。
「おばあちゃん」そう呼んだクロッテの声は震えていた。
「クロッテ」おばあちゃんは、その孫の名を呼び、
「クロッテ」何かを決心したようにもう一度呼んだ。瞳の奥には動線がウネっていた。

おばあちゃんはクロッテを外に連れ出す。草地はそのほとんどがヤギに食べられて岩肌が見える。そんな丘の上からは、ふもとの町の様子が一望できたが、今はそれどころではない。
「いいかい、よく見てるんだよ」
おばあちゃんは、腰につないだ手袋をひとつ外すと、さっと手にはめた。それから、指を立てる。
クロッテの観ている前で、近くの大ぶりな岩に体を向け、ピッと指を倒す。
次の瞬間、スローモーションのようにクロッテの視界の中で手袋がおばあちゃんの手から放れていく。隠れていた手首が見えて、続いて親指の付け根、指先が手袋から離れる頃には、手袋は赤青黄の流星の尾をひいて岩を砕いていた。
「はぇ?」クロッテは、思わず素っ頓狂な声をあげていた。
「”メリコ”」おばあちゃんは、ほとんど燃え尽きてしまった手袋を拾って鞄にしまった。
「私たちはこれをそう呼んでいるわ」
「ちょ、ちょい、ちょい待ってね、おばあちゃん」クロッテは持て余している動揺が収まるようにスタンスを広めにとって、安定のポーズをとった。すぅー、はぁー。
「おばあちゃん!」
「はい、なんですか」
「一体なんなのよ!」「クロッテ」 おばあちゃんは言った。
「この”メリコ”という技がお父さんを救う鍵になるわ、きっとね」
「でも・・・」
クロッテは問うた。分からないことばかりだった。十と少しの時間を生きてきて、もう殆どのことは知ったつもりでいた。でも、違った。おばあちゃんは岩をも砕くスーパーウーマンだったし、お父さんは突然に謎の病気になった。そしておばあちゃんは答えた。手袋屋として生計を立ててきたテブクロッテ家のこと。そして、父の病についても。

「お父さんを救うにはその水晶の力が必要なの。・・・まずは、隣町のグローブルおじさんのところに行きなさい。私はお父さんのことを見ているからね」

そう言ってひと組の手袋を渡されたクロッテは、頷いた。
おばあちゃんが家の中に入って見えなくなって、クロッテは、腰のひもにくくりつけた手袋を右手だけはめてみる。それから、見様見真似で、手首を立て、ピッと倒す。
次の瞬間、流星が申し訳程度の尾を引き、飛んでいった手袋は見えなくなった。

「・・・私にもできたし」

クロッテはぼそっとつぶやいた。




クロッテは襲われていた。
全身の毛を逆立てた猫科の何か・・・いや、全身の毛糸を逆立てたヌイグルミ科の何か(以降彼女はこれをグルミーヌと呼ぶことにした)に襲われていた。指先についたマチバリが目の前を薙いでいく。
「あわわわわっ!」
だいぶ離れたところでグローブルおじさんが腕を組んで見守っている。
仰け反った上体の回転を活かして足を振り上げてグルミーヌの腹を蹴り上げる。スカートはいてくるんじゃなかった! 蹴り上げられたグルミーヌは音もなく空中に舞い上げられる。クロッテの動きに合わせて腰蓑のように手袋が揺れる。その手袋のひとつに右手を差し入れると、繋いでいる糸を引いた勢いでプツンと切った。

--装填

身体を正面横向きに構え、空中でもがくグルミーヌに狙いを定める。
そして、立てていた右手首をピッと振る。

”メリコ!!”

流星の尾を引いて一直線に飛んだ手袋は、ヌイグルミの遥か下の方を通り過ぎていった。

「ぬぁああああ」クロッテは残念な呻き声を上げながらも、素早くふたつめの手袋を装填。
地面に着地する瞬間を狙って、二つ目を放った。胴体に突き立った手袋はグルミーヌを貫いて地面にピン留めすると、役目を終えてふにゃりと崩れた。

「ブラボー!! 上出来だ」グローブルおじさんが手をたたいていた。
「免許皆伝だ、クロッテ・テブクロッテ。明日から、水晶を探しに行くといい」
気がつけば日が暮れかけていた。遠くどこか同じ空の下で苦しむお父さんの姿を、クロッテは思った。

テブクロッテ家の人間は代々、心が絡まりやすかったらしい。それで始めたのが手袋屋。作業場で黙々と手袋を編んでいるのが性に合っていた。ところが、編まれた手袋には特別な力が備わった。心の糸が練り込まれ、何らかの強化を受けた手袋ができあがる。触れると暖かくなる手袋。電気を起こす手袋。ひときわ丈夫な手袋。器用になる手袋。力持ちになる手袋。それと同時に、クロッテ家では、心の糸毬化が始まった。手袋を編まなくては糸毬は次第に大きくなり、やがて絡まると心臓を中心に糸毬は末端までへ向かって絡みつき、首に巻き付いたときには死に至る。

暖炉の炎がチラチラと揺れていた。
「じゃあ、私はおばあちゃんみたいに手袋屋さんになる宿命なの?」クロッテは尋ねた。
「クロッテちゃん」グローブルおじさんは答える。それから、
「宿命というものは果たさないといけないものであって、君が思うような生きる意味だとか生きている価値を与えてくれるものじゃあないんだよ」
クロッテがよく分からないという顔をするのも構わず、グローブルおじさんはそう言った。





それからクロッテは色々なグルミーヌと出会っては戦った。

それらを思い返しても、このクマはひときわ強敵だった。
可愛い顔をして、その動かす腕は丸太のよう。こちらの反撃をものともしない圧倒的な力。
荒野を吹く風。砂の混じった埃が、手袋の繊維の隙間に入り込んで精度を下げるイヤな感じがする。
撃ち込まれるマチバリを横っ飛びにかわす。

クロッテは腰の手袋に手を伸ばす。自分で編んだちょっと形のいびつな手袋に手が触れ、舌打ちとともに装填、

”メリコ!”

飛びゆく流星はなぜか二つ。倒れたグルミーヌに突き立つ二つの影。振り返ると、仁王立ちする少年の姿があった。クロッテは慌てて振り返り、少年から距離を取る。それが彼、オード・S・ソックスとの出会いであった。




「その技は・・・」クロッテが驚きを押し殺しながら問うた。
問題なのは彼が敵であるのか、味方であるのかということだ。
彼の技は形は違えど紛れもなくグローブルおじさんの元で修得した”メリコ”であった。
「お前、その技どこで誰に教わったんだ!」
靴を履かない”くつ下スタイル”の彼のくつ下は土に汚れて黄土色であった。それが流星の尾をひいて容赦なく飛んでくる。
「あぶなっ! ていうか、・・・きたなっ!」
クロッテは奇跡的にそれをかわす。
「その身のこなし・・・やっぱりお前只者じゃないな」
新しいくつ下を履きながら少年はこちらを睨みつけてくる。よく見れば幼さが残る少年の顔は、クロッテと同じくらいの年齢に見えた。
「待って! 待ってってば!」
クロッテはそう言いながら手袋を”装填”する。
「私はクロッテ。クロッテ・テブクロッテ。テブクロッテ家の者よ。あなたは・・・っ?」
お互いに構え、用心深く間合いを計りながら言葉を交わす。
「俺はオード・S・ソックス。ソックス家の人間だい」
「・・・だい?」クロッテは思わずつぶやく。それからハッとして口に手を当てた。
「許すまじ・・・」オードは顔を真っ赤にして狙いを定めている。

クロッテはじりじりと後ずさりながら狙いを定める。

そのときだった。

「おやあ、誰かと思えばソックス君じゃあないですか」声がした。
クロッテが反射的にそちらを向くと--黄色と赤で塗り分けられたダボダボつなぎの男--その男に向かう流星の尾が見えた。

”メリコ!”

その一撃はクロッテに向けられたものではなかった。
「危ないじゃあないですか。しかも・・・きたない!」
オードの放ったくつ下はどこか遠くの空に消えていった。
「ニックニット!」オードが吠えた。続けざまにくつ下を”装填”し、”メリコ”を放つも続けざまにかわされる。
「そんな・・・」クロッテが思わずつぶやく。
明らかに“メリコ”の射程距離内だ。普通かわせるものじゃない。
ニックニットは深く被ったニット帽の影に白く光る目を覗かせると、にやにやと笑っている。
「ソックスくん、何度言ったら分かるんだい。君のその技はね、時代遅れなんだよ。」
「うるせえよ・・・」オードは肩で息をしながら、少し色の違うくつ下を履いた。
「そもそも飛道具ってのは、雑魚相手には有効だけど、大抵おいらみたいなボス相手には決定打にはならないってそういうもんだろう?」
ニックニットは愉快そうにそう言って、首に巻いていたマフラーを外すと、くるくると結び目を作り出す。そして造形が完了すると宙に放った。
「こい! マーフラワー」
ニックニットがそう叫ぶと、マフラーだったものは形を整えて、小さなライオンのような姿に変身して、音もなく地面に降り立った。
「今の時代はね、ただ無感情な心を織り込むだけじゃなくって、意味や意志を織り込んでやるのさ。すると、・・・こうなる」
ライオンはその牙を口腔に覗かせ、オードとクロッテを睨みつけていた。その毛糸のクセにやけに精巧な表情からは少しの余裕すら感じられ、確かにニックニットによく似たイヤな感じがした。
「うるるるぁああああっっしゃあああ!」歓喜に満ちた叫び声を上げて、マーフラワーがクロッテに飛びかかってくる。その爪が、クロッテのもう傷だらけの肌にさらに大きな傷を付けようとしたとき、横から蹴りが入る。蹴りはマーフラワーの腹部を的確に捉えて、一瞬遅れて”メリコ”が発動。マーフラワーを空に舞い上げた。
オードはそちらの足にも色の違うくつ下を”装填”する。
クロッテは、ハッと我に返り、マーフラワーの着地点を狙うべく、照準を合わせにかかる。

オードは同時にニックニットに攻撃を繰り出して、釘付けにする。
「おおっと、マーフラワー!」あまり心配しているようには聞こえないニックニットの声。

”メリコ!”

クロッテの放ったメリコは練習通りの完璧なタイミングでターゲットに迫った。ターゲットが空き缶や石ころならば、確実に直撃していただろう。しかしマーフラワーは、身体の一部を紐解いて落下傘を作り出すと空中で急ブレーキをかけ、片足を吹き飛ばされるだけで難を逃れる。

「あーれま」
ニックニットは、オードの繰り出す攻撃をひらりひらりとかわしてみせると、
「マーフラワー、帰るよ」オードの鼻頭に手の甲で裏拳をかますと、歩き出した。
不機嫌そうなニックニットに、マーフラワーはおっかなびっくりついて行く。そしてそっとニックニットの肩に載ると、マフラーの姿に戻った。

「まって。・・・あなたはいったいなんなの? その水晶なの? 」
「一度に質問が多すぎるんだよ。僕はニックニット。僕たちの世代で水晶を手にしたものさ、クロッテ・テブクロッテ」
そう言うと、ニックニットはこちらを振り返り、水晶を回して見せた。
「私たちの世代・・・?」クロッテがオウム返しに聞き返すと、
「そうさ。水晶は竜がもっているものさ、昔からね。その竜から奪い取ったのがこの僕、というわけ」
「それを貸してほしいの。私のお父さんが・・・」 クロッテの脳裏に苦しむお父さんの姿が思い出され、必然、少し潤んだ声になってしまう。
「それはね、みんな一緒なんだよ」 ニックニットは、笑うように、そう言った。
「僕のお母さんもそうなんだ」
そして、この水晶は、一度しか働かない。ニックニットはそう続けた。水晶は「竜の風」を封じ込めたもので、それを解き放つと心の絡まりを断ち切ることが出来るのだ。水晶が次に生まれるのは竜が死んで、新しい竜が大人になる頃のこと。だから、助かるのは一人だという。
「でもね、僕は誰を救う気もないんだ・・・だって、誰か一人だけ助かるなんて不公平でしょう?」 ニックニットの笑顔は、実に歪んで見えた。
「そうだ。みんな助かるなんて事はあり得ない。みんな幸せになるなんて無理なんだ。勝ち取るしかないんだ」 オードが同調したように、そう言う。

「何でそんなことを言うの!?」クロッテは叫び、しんとなった空間に言葉を紡ぎ出す。
「そう言う・・・宿命だから?」 クロッテの口からは思わずそんな言葉が出ていた。自身に宿る使命。一族の血が授けてくれた力。楽しく、と言うと違うかもしれないけれど、そんな生き方もあるのかも知れない。そんな風にも思い始めていた頃だった。「宿命は生きる意味を与えてはくれない」グローブルおじさんの言っていた言葉が時を隔ててようやくクロッテの心まで響いてきていた。

「そんな自由は、許されないんだ。これは、ずっと昔から、そう決められてきたことなんだ」 オードが苦々しげにそう言う。強がったって、きっと同じ事を考えていた。クロッテは、頬を伝う涙をそのままに、心が温かくなるのを感じた。
「私は宿命と戦いたい。自由を勝ち取りたい。・・・自由に生きることは、一番の頑張りやさんにしかできないのよ」 おばあちゃんの言葉だ。おばあちゃんの・・・そう、おばあちゃん・・? おばあちゃんの名前って、なんだっけ?

「俺は・・・」
「だったら、僕は」
ニックニットはこう続けた。「頑張りやさんだ」
「僕はねぇ、この水晶の玉の力を使って、世界中の人間の関係の糸を切って回ろうと思うんだ。僕たちのずっと遠い祖先は、心が絡まりなんてしなかった。心が絡まるようになった理由は簡単さ。人間は複雑になりすぎたんだよ。それを整理して簡単にしようってことさ。じゃあ、僕は行くから。またね」


クロッテは、腰に提げた手袋の数を数えていた。両手に装填。残りは3。
「協力するぜ」 オードが隣に並び立つ。
「ありがとう」 クロッテは素直に微笑んだ。オードがその顔を驚いたように見て、それから慌てたように正面に向き直った。耳が少し赤くなっていた。「いくぞ」

踏みしめようとする脚の表面の皮膚が裂けそうだった。クマに手ひどくやられたところだ。
大丈夫、大丈夫と言い聞かせて、一歩目を踏み出した。
マフラーが鞭のようにしなって襲い来る。それを急ブレーキで踏みとどまって、その勢いで上へ。右手は既に構えていた。そして、腕をピッと振る。力は入れすぎず、心を落ち着けて、それでいて秘められた強い心を意識して。手袋は徐々に脱げていき、手のひらが見え、手の指の先が見える頃には加速して、赤青黄3色の流星の尾を引きはじめる。

”メリコ!”






「それで? それからどうなったの?」

少女は、おばあちゃんに尋ねる。

「そのときは結局逃げられちゃったのよ」

それから、とおばあちゃんは続ける。

「オード君とは、いろんな場所で一緒に戦ったのよ。マシーン島の戦い、ボビン砦の奪還、それから、竜の山の決戦・・・」

「そうなんだ」

少女はそう言い、それから、こうつづけた。

「でもさ、それって、全部おばあちゃんの作り話なんだよね。だって、私の名前がクロッテで、おばあちゃんの名前は・・・・・・、あれ? えっと、おばあちゃんの名前は・・・」

それから急に少女はうとうととし始めて、眠ってしまう。
それを見届けてから、おばあちゃんはそっと答える。
「私もクロッテだったのよ。その名前は、あなたにあげてしまったの」
そう言って、一組の手袋をおばあちゃんは、孫の枕元においた。クロッテと刺繍のされた手袋を。

それは、冒険をするものの名。
それは、宿命と、自由を勝ち取るものの名。







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【小説】黄金と白銀

なかまくらです。

新作です。


・・・・・・・・・・・・・

薄い色のアスファルトに固められた道の上を、女が駆けていた。
女はヒールのある靴を高らかに鳴らす。響きわたる音は、赤と黄色、両側の建物の通路に面した木枠の窓をバタン、バタンと閉めさせていく。見て見ぬ振りをすることが、ここで生き残るルールなのだ。
追う男たちは、素足。くるぶしから先は黒いタイツが全身を覆っていて、手首の先と首から上は白と黒の縞縞だった。エチケットで下半身には縞縞のブリーフを履いているつもりなのだが、それが一層絵柄を犯罪的に仕上げていた。


入り組んだ道を右へ左へと曲がり、4段ばかりの階段を駆け上がり、少し広い路地に入ったところで女は足を止めた。すかさず追いついてくる男たち。肩で息をする女の腕には、ジュラルミン製の鞄が、自分に何があったとしてもこれだけは守らなければならない。そんな決意とともに抱えられていた。
男たちが、犯罪的な格好で、付け加えるならば犯罪的ながに股で、女に近づく。

「げへへ・・・おじょーうちゃん」 これまた犯罪的。
「な、何か用ですか!」 女は声音を押さえて言い返す。化粧でうまく隠してはいるが、よく見れば、まだ10代の半ばくらいではないかという少女であった。
「別に、じょーうちゃんに用はないんだな」 別の犯罪的男がそう答える。
「で、でもなぁ」「なぁ」「そうなんだよなぁ」「そうかもなぁ」口々にそう言い、
「そのケースの中身、渡してくれたら大人しくも引き上げてやらんこともない」 リーダー格と見られる黄金のブリーフの男が、そう言った。
「こ、これはこの街の再建と復興のためにどうしても必要なものなんです! どうしてそれがわからないんですか! あなたたちだって、この街の空気を吸い、この街の水を飲み、この街を歩き、人々とすれ違っているのに・・・」 少女の声は次第にうわずって、意志の強さを感じる瞳は潤み始める。街は、指定ごみ廃棄区域に隣接していた。

「こんなゴミまみれの街に、何の希望があるって言うんだーい」「ゆーんだーい」 男たちはからかいの言葉を掛ける。

ごみを廃棄する場所がなくなり、ついに政府が決めたのは、ゴミを積み上げた丘を作る方針を打ち出した。洪水によって住居の大部分が全損(または半壊)状態になった地域をリストアップし、その地から住人を強制退去させたのが、今から50年前。

「確かに一度は時代から後れをとったのかもしれない。でも、この街は、まだ生きているの! 息づく人々がいるの。だれが諦めたって、この私は、諦めないわ。諦めないことぐらいしか私には出来ないから」
「お前はおじいさんにそっくり、くりのすけだな!」「お父さんはとっとと蒸発して」「じいさんは過労でぼっくり」「そして残ったくりのすけ~」 男たちは口々にそう言い、
「ともかく、我々は我々なりのやり方で、この街を愛しているんだよ」 黄金ブリーフの犯罪的リーダー格の男が犯罪的な薄笑いを浮かべてそう言った。
「なにそれ・・・」

砂粒レベルに砕かれたゴミは限界まで埋め立てられた。舞い上がる粉塵に住人は洗濯物を干すのを諦めた。作物を作ることを諦めた。食事を楽しむことを諦めて、そして、この街に住むことを諦めた。出て行ったものも多くいた。

「俺はな、この街を滅ぼすことにしたんだよ」 黄金ブリーフは、いつになく真面目な顔をして言葉を繰り出していた。他の男たちも、神妙な面もちで、がに股で、もはや犯罪的だった。
「滅ぼすって・・・」
「簡単な事さ。街に住む人間がいなくなれば、街は滅びる。じょーうちゃんだって、見たことがあるだろうさ」
人間のいなくなった住居が急速に古びていく様子が脳裏で再生され、少女は肩を強ばらせた。
「そんなこと・・・させない」

「強い意志だけじゃあ最早無理なのさ! 集まった同志を見て見ろよ! お前は一人、俺たちは沢山だ」 沢山のブリーフが頷いた。
「でも・・・それでも・・・」 少女は、行き止まりに向かって後ずさりを繰り返した。
男たちは、距離を保ちながら壁際に追いつめていった。建物の向こうに空は遠く、通路の入り口までもまた、遠かった。

「あぁ・・・」 どこかに安堵もあったのかもしれない。これでやっと諦められるのだ。一人が減り、二人が減り。その街の様子を見ながら育ってきた。隣の席の男の子がいなくなり、斜め左後ろの親友だった女の子もいなくなった。それから、担任の先生が転勤して、新しく着た先生もすぐにいなくなった。次は自分の番だと思ったのに、いつまでも順番は回ってこなかった。おじいちゃんは市長になっていた。お母さんは身体を壊して、お父さんはある日突然、順番がきていなくなった。それからおじいちゃんはいなくならなかったけれど、過労で死んだ。きっと順番がきたからなんだと思った。それで、やっと、今度こそは、順番がきたんだと思って、目を閉じようとした瞬間に通路から伸びる影に気づいてしまった。

「あぁ・・・」 それもまた、安堵だったのかもしれない。その影は、見て見ぬ振りをしなかった。その影は、こちらに向かってまっすぐに進んできた。その実体が遠めに見えてきたとき、少女は思いっきり悲鳴を上げた。
「うぎゃああああー!!」

その男は、頭に白銀のブリーフを被り、太股の間にまるで堪忍袋のような大きな袋を持っていた。そして、驚いて振り返った男たちに白銀ブリーフはこう言った。

「成敗!」

「もう勝手にして!」 少女が叫ぶ中、白銀ブリーフはあっという間にボコボコにされてしまった。

ところが不適な笑いの白銀ブリーフに、男たちは少したじろいだ。よく見れば、いつの間にか逆立ちをしているではないか!
「よく見なくてもわかるでしょ!」 少女は逃げ道を探していた。壁に這う下水道のパイプ・・・登れるかっ!

「なんだそれは! 逆立ちしたってかなやしないさ!」 男のうちの誰かがそう言い、

「聞いたことがないか? ある、部族の戦い方」 白銀ブリーフは、手に力を込め、そして顔を少し赤くしながら、逆立ちを続けた。

「ぐはっ!」 男たちのうちの一人が突如倒れる。
「い、一体何が!」 動揺するうちに、ばたりばたりと倒れ、最後には、黄金ブリーフまでもが、しゃがみこんだ。

「き、貴様何を・・・」 痛みをこらえるようにして絞り出した声に、白銀ブリーフは答えた。
「脳にある一定以上の血流量を送ることによって、俺は超能力が使えるのさ」
「そのための・・・頭のブリーフだったのか・・・なるほ・・ど・・・」 黄金ブリーフはそれを最後に地に倒れた。


「ふん、この程度か・・・」

白銀ブリーフは、少女に一瞥をくれることもなく、通りの入り口の方に歩いていく。
光の中にその露出の多い背中が見えて、少女は、思わず声を掛ける。

「あの・・・! ありがとうございました」
白銀ブリーフは歩みを止め、手を挙げた。それから再び歩き出した。今度は止まらず。
「いいってことよ」
「あの・・・あなたは・・・」 少女の口から何か本人すら思いもよらない言葉が出ようとしたとき、白銀ブリーフはこういったのだ。

「俺は、お前のファンになった者さ」


いらねーよ! 全力でそう思った少女であったとな。





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【小説】うす塩ゴリラ

なかまくらです。

SFっぽい作品です。

どうぞ~


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うす塩ゴリラ
                            作・なかまくら
                            2014.10.6

A.I.005年。
After Invert(世界反転後)、5年の歳月が経とうとしていた。

「ラックス隊長」 呼びかける若い声があった。
「なんだ」 艦内の通路。
「本日付で、第弐航空斥候部隊に配属されました。ツバキです」

軍服に身を包んだ若い女性は、そう言って踵を付けた。自分よりも十(とお)は下だろうか。意思を感じさせる目。それから口元。鍛えられた身体つき。ラックスは、ため息をついた。

「斥候って、どういう職業かわかるか?」
「はい」
「毒見役みたいなもんだ。死んだら悪かったなって、二階級特進。そんなものになりたかったのか」
「はい」 淀みのない返事であった。
「なぜ?」 ラックスは思わず聞き返した。その質問が、何か自分の中に燻ぶっているものを呼び覚ましてくれそうであったのだ。
「なぜでしょうか・・・。ラックス隊長は、どう考えていますか?」

失礼な部下が、質問に質問で返したため、その問いの答えは出ることがなかった。



太陽がその寿命を終えようとしていた時、ンゲンニは太陽を再生しようとした。難しいことは分からない。ただ、その結果生まれたのは、青緑色の太陽。それはまるで地球が失った色のようであった。
そして、ほどなくして奴らは現れた。



「『スター・リーダー』聞こえるか?」 ラックスは母艦からの無線に我に返った。
「こちら『スター・リーダー』聞こえます」 無線に応じる。
「近くに時空の歪みが検知された。もう少し接近できそうか?」
「・・・『スター・リーダー』了解」 死ね、というのか。ラックスはその言葉を飲み込んだ。
「『スター・6』後に続きます」 新人パイロット・・・ツバキの声であった。
ラックスは、慌てて無線のチャンネルを切り替える。
「死ぬかもしれないぞ」 低い声音を使ったつもりだった。
「大丈夫です!」 低い声音を使ったつもりだった。
「・・・おいおい」 無線を切り替えて、
「『スター・リーダー』了解。2機で向かう」 低い声音を練習してみた。


奴らの出現は突然である。

「『スター・6』より、艦長、ミズネ級7です」 ツバキが奴らの出現を告げる。
「『インパクト隊』、『メテオ隊』全機発進」 ラリゴ級戦艦から、搭載機が産み落とされる。文字通り、柔らかい質感の窄(すぼ)んだ口から白い卵型の硬質な物体が射出されると、その甲殻を開き、翼を成す。編隊を組んで、迎撃に向かう。

「戦闘が始まるんですね」 どこか嬉しそうなツバキの声に、
「『スター・6』、我々は帰艦するぞ」 ヌメりのある操縦桿、座席。その機体の無線のチャンネルを変えると、ラックスは応えた。

飛び交うレーザーを掻(か)い潜(くぐ)ってラックスとツバキは飛行を続けた。射程距離内の空間に熱源を感知すると、その部位をコンピュータが自動解析。砲身の方向から、予測される軌道をモニターに映し出す。その予測軌道から逃れる。その繰り返しである。何度も繰り返した訓練の通りに。迫りくる死の恐怖に感覚を麻痺させてはいけない。
ラックスは、努めて平静に振る舞った。自分と言う生物のもつ本能を意識しようとする。・・・恐怖。それを呼び覚ます危険。それを感じようとするのだが、A.I.以前、感じられていたあの感覚がどうしても呼び起こせなかった。まだ、軍のパイロットであった頃のあの感覚を。まるで、生物としての何かをすでに失ってしまっているかのように。
「あははははっ! すごいっ!すごいっ!」 無線から聞こえてくる狂ったような声は、ツバキのものであった。
ツバキの言葉を思い出す。「斥候」「毒見役みたいなもの」「そんなものになりたかったのか?」
そう。なることで、何かが分かりそうな気がしたのだ。
「『スター・リーダー』から、『スター・6』。ツバキ」 ラックスは思わず、チャンネルを切り替えていた。
「『スター・6』より、ラックス隊長、なんですかっ!?」 上気した声が聞こえてくる。
「あの質問に答えよう。俺は、斥候になって、それで、なにか、そう、俺が、生物であったころに持っていたはずの本能が取り戻せるような、そんな予感がしたんだ。お前に会って、お前の飛行を見て、俺は、改めて考え始めることができた。礼を言う」 ラックスはレーザーを掻い潜り、見上げるわけでもなく、見下ろすわけでもなく、ただ、自分の未来の方向を向いてそう言った。
「・・・なんですか? それって、セクハラですかっ!?」 少しの沈黙の後、そんな言葉が返ってくる。
「なっ、そんな・・・。なんでそうなる!」 ラックスが、顔を少し赤くして言い募ろうとすると、
「隊長・・・あれを見てください」 ふいに真面目な声が響いた。正面の画面の右端に画像がリンクされる。
「コブシ・・・?」 ツバキの呟くような声は言いえて妙であった。
握り込まれたような5本の指。レーザーではない、実体をもった物質が先ほどまでラリゴ級戦艦があった付近に向かって進んでいた。



負傷者の手当てが進む中、ラックスは、戦闘中観測された『コブシ』について、報告をしていた。もし、『コブシ』が新兵器ならば、サンプルを手に入れる願ってもないチャンスであった・・・・・・。




「速度ランデヴーOK」 ラックスは無線で待機完了を告げる。
「『スター・2』OK、『スター・5』OK」
「『スター・6』OK」 準備が速やかに完了する。
サンプルの回収。近づいてみると、その白い物体はまさに握りこぶしそのものであった。その側面には、なにか文字が刻まれていた。
「<NaCl(ナックル)>・・・?」 ラックスにはそう読めた。

艦に戻った彼らは、その物体をこぞって嘗(な)めた。
それはしょっぱいという感覚。柔らかな液体の中にこぽりと泡が立ち、キラキラと光る天上へ向かって立ち上っていく感覚。そして、間にある薄い膜の存在。それはまるでそう、なめくじが浸透圧の差に気付くような。

ラックスは、自分の立っている足元をしばし眺め、
低い声で、ゆっくりと悲鳴を上げた。










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2次創作_公開中止

訳あって公開中止。ごめんなさい。






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