1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【台本】いつもあなたの蕎麦に、爆弾

なかまくらです。

どうも。

なかまくらです(特にコメントが思いつかない)。


「いつもあなたの蕎麦に、爆弾」


ー1ー

部下「源さん、もう時間がないっす!」
源造「だが、突き止めたのさ。爆弾は、この蕎麦屋の周辺のどこかに必ずある!」
部下「犯行計画書が出てきましたからね、源さんのくず入れから、鼻水まみれで」
源造「あやうく水に流しそうになったぜ」
部下「・・・まさか、現場で鼻をかんだ、そのティッシュペーパーに書いてあるだなんて思いませんからね」
源造「まったくだ。さて、時間がない。いくぞ」
部下「がらがらがら」
源造「おっと、いいか。爆弾があるだなんて分かったら、一大事になる。我々で速やかに爆弾を発見し、速やかにあれするんだ。わかったな」
部下「うっす」
源造「がらがらがら」

客「ずるずるずる(蕎麦を食っている)」

部下「源さん、あれ・・・」

客「ずるずるずる(蕎麦を食っている)」

部下「源さん、あの人の足元に似合わない派手な鞄が・・・」

客「ずるずるずる(蕎麦を食っている)」

部下「源さん、あの絶対に聞こえているのに、完全に無視コいてるあの野郎の足元に似合わない派手な鞄が!」

客「ずるずるずる(蕎麦を食っている)」

源造「バカ野郎!! バカ野郎はてめぇだバカ野郎! いいか、あのお姿が見えないのか」

部下「お、お姿!?」

源造「あの、蕎麦に対する集中力。あふれ出すオーラ。響きわたる天上の鐘の音・・・」

客「ずるずるずる(蕎麦を食っている)」

源造「お、俺には止められない。無理だ。止められない・・・あの、食いぶりを」

部下「源さん、いや、止めろよ。爆弾を止めるんだ。なにアホなこと言ってんすか!ぜ、全員ここから逃げろー!」

客「ずるずるずる(蕎麦を食っている)」

部下「あんたも逃げろ! 爆弾がっ!」

源造「はっはっは・・・この男を止めることなど出来ないのさ・・・」

部下「あんたもそれ諦めなくていいから!」


ー2ー

ちっちっちっちっ(メトロノームが動いている)

源造「ずるずるずるずる(蕎麦を食っている)」

部下「源さん。例の蕎麦屋の爆弾事件なんですが」

源造「ずるずるずるずる(蕎麦を食っている)」

部下「源さん・・・。いいや、そのまま聞いてください」

源造「ずるずるずるずる(蕎麦を食っている)」

部下「爆弾魔・・・まだ捕まってないじゃないですか」

源造「ずるずるずるずる(蕎麦を食っている)」

部下「俺、思うんすよ。爆弾魔は、爆弾を爆発させたい人物だって・・・。あの事件の現場で、一番爆弾を爆発させようとしていたのは・・・悔しいけど、源さんなんすよ」

源造「ずるずる・・・ずるずる(蕎麦を食っている)」

部下「だから、源さん・・・。自首しませんか」

源造「ずるずるずるずる(蕎麦を食っている)」

部下「ちょっと、源さん聞いてます?」

源造「え、あ、なに? 蕎麦食ってるんだけど」

部下「いや、だから、あのですね」

源造「おお、お前も食え。食ったら、これな」

部下「この写真の女は・・・?」

源造「おそらくこいつがホシだ。食ったら捕まえに行くぞ。ついてこい」

源造、はける。

部下「・・・・・・なんだよ・・・ただの蕎麦バカかよ。ずるずるずる・・・うめぇ」


おわり





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【台本】一本増えてる

なかまくらです。

たまにしょーもなっ(笑)てなのを書きたくなってしまうことってありますよね。

どうぞ~。


++++++++++++++++++++++++++++



「一本増えてる」


 


2015.2.28


さく・なかまくら


 


太郎「おいおいおいおい」


二郎「どうした」


三郎「どうした」


 


太郎「ちょっと見てみろよ。」


二郎「こ、これは」


三郎「つ、つまり、」


二郎「するってぇと・・・?」


太郎「・・・一本増えてる。」


二郎「いやいやいやいや」


三郎「いやいやいやいや」


2人「で?」


 


太郎「増えてるわけ! 分かる? 増えてる」


二郎「あーはいはいはいはい。一枚、二枚、おいおい、いま何時だっけ?」


三郎「三時でやんす」


二郎「ああ、そうかい。三時でやんすか。おっと、急いで勘定せにゃあ。えーっと、四枚、五枚・・・ほい、どうぞ」


三郎「ちょっとまてぇい! 一枚足りねぇぜ!」


二郎「うわぁああああっ!」


2人「てことだろうに!」


太郎「違うんだ違うんだ。俺のことが信じられないって、そう言いたいのかっ!」


2人「うん」


太郎「なんとういうことだ。ああああっ!」


二郎「どうした」


三郎「どうした」


太郎「箸が・・・一本増えて、二本になってる」


二郎「いやいやいやいや」


三郎「いやいやいやいや」


2人「で?」


太郎「いや、この箸、片っ方どっかいっちゃって、ずっと一本だったわけ! サトイモぶっさしてたわけ!」


二郎「わかったわかった。あれだ。割り箸一本バキッ! 割り箸二本」


三郎「うわぁああああっ!」


2人「てことだろうに!」


太郎「違うんだ違うんだ。俺のことが信じられないって、そう言いたいのかっ!」


2人「うん」


太郎「なんということだなんということだ! うわぁあああっ!」


二郎「どうした」


三郎「どうした」


太郎「ボールペンが・・・一本増えてる。ここには一本しかなかったはずなのに」


二郎「いやいやいやいや」


三郎「いやいやいやいや」


二郎「いやいやいやいや」


三郎「いやいやいやいや、いや待てよ?」


二郎「どうした」


三郎「確かに、ここには、ボールペンは一本だった気がしてきたぞ・・・はっ! まさか・・・!(ショルダーバッグをがさごそする)」


太郎「どうした!」


二郎「どうした」


三郎「俺のニンジンが一本増えてる」


太郎「どうした!」


二郎「どうした!」


三郎「俺のニンジンが一本増えてる」


太郎「それは大変だ」


二郎「おい・・・お前、自分の手、よく見てみろよ。」


三郎「俺の指・・・一本増えてる(6本指の軍手をしている。最初は5本指)」


二郎「いやいやいやいや」


三郎「いやいやいやいや」


太郎「いやいやいやいや」


三郎「うわああああっ! なんということだ」


二郎「おいっ!」


太郎「どうした!」


三郎「どうした!」


二郎「本棚の本が・・・一冊増えてる・・・」


太郎「それは昨日、本屋で買ってきたんだ」


三郎「まぎらわしいわっ!」


二郎「はうっ!(下半身に手を当て)」


太郎「どうした!」


三郎「どうした!」


二郎「俺の・・・一本増えてる」


太郎「あれか!」


三郎「あれがか!」


 


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・


 


太郎「おい、窓の外を見てみろよ!」


二郎「空が・・・」


三郎「あれはなんだ?」


太郎「地面だ。空に、もう一つの地面が」


二郎「なあ、あれってもしかすると」


三郎「もしかしなくてもそうだ。あれは、」


太郎「日本だ。日本増えてる」


 


おわり。


 







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【小説】誰かしらからの手紙

なかまくらです。

アドベンチャーゲームってやったことありますか?

地に足を付けて情報を集め、

リアルタイムみたいに物語が動いていくドキドキとした感覚。


そんな感覚の小説を前々から書きたいなぁと思っていたのですが、

ふと、突然できました。どうぞ。







誰かしらからの手紙


2015.2.11


作・なかまくら


 


 


「ポスト、手紙着てたよ。」 珠季がリビングに運んできた手紙は奇妙なものであった。


「なんだろう?」 差出人は、『去年の』西条三間。自分の名前だった。『去年の』、というところはよく分からないが。


「変ないたずらじゃないでしょうね。白い粉とか出てこないわよね。」


「いや・・・手紙だ。」


「え?」


それは、妙に厚みのある手紙であった。数枚ではない。だが、何枚でもない。


3つ折りになっているそれを開くと、一番上の行に目が行った。


 


『やあ、三間。君がこの手紙を読むかどうかは、君の自由や尊厳と深く関係がある。私はそれを尊重しようと思う。YESというならば、3行目から読んでもらいたい。』


 


「なんだろう。」「なんなの?」珠季が覗き込んでくる。


「なによ、何も書いていないじゃない。」「え?」


そこには何も書いていないという。たしかに、こんなにはっきりと書いてあるのに、3行目とかに確かに、文字が悲痛な叫びと共に滲み出したようなインクで書かれているというのに。


『ならば、行動は、迅速に行うべきである。まずは、玄関を出るんだ。すると、4行目だ。』


「ちょっと、出かけてくる。」「どこへいくの・・・あなたちょっと変よ?」


分からない。ただ、逃れようのないものを感じて、手紙を手に席を立った。入れたての珈琲が湯気を立ち昇らせている。それにチラリと目をやり、そして、踵を返す。靴を履いて、扉を開けながら、続きを探す。4行目だ。そう、4行目に間違いない。


『玄関のドアを開けると、そこにある穴に落ちて君は死ぬだろう。』


「危ない!」


止めようもなく傾いた体に珠季がしがみついていた。サァーッと血の気が引いていた。


『・・・もしも、君にとって大切な人がいなかったら、という場合の話だ。さあ、この続きを読んでいるということは、6行目に進んでほしい。』


珠季が泣いているのが見えた。ちょうど明日で1年になる。珠季と付き合い、そして結婚してから、ちょうど1年。お互いの良いところや悪いところが見え、それでもお互いを必要として生きてきた。


「いかないで・・・」 そう言う珠季にうなずいて、その手紙を下水工事の穴に落とそうとした。しかし、捨てきれない何かを感じてしまう。何か大切なものを失ってしまう、そんな気がしてたまらないのだ。


「ここにいてほしい。必ず帰ってくるから」 そう言って、家を出た。


『自宅を出たら、まずは歩道を右に進んでいってほしい。途中で出会う犬の頭は撫でておいた方がいい。撫でるなら、8行目だ。』


その犬は、確かにいたが、恐ろしいほど大きかった。顔は胸の辺り。目はやや赤眼がかっており首輪はつけていない。オオカミだと言ってもおかしくなかった。ぬらりと濡れた歯を口から覗かせ、たいして暑くもない秋晴れの朝に舌をだらりと垂らしていた。ほかの誰にも見えないのだろうか? 見回してみたが、周りには誰もいない。恐る恐る右手を伸ばすと、伸ばした手はさも当然のように噛みつかれる。激しい痛みが走る。右手の甲を形作る骨が牙とぶつかり合う感覚があった。


『きっと噛まれるだろう。それでも無理に右手を救おうとしてはいけない。』


大型犬は首を大きく左右に振り、喰らいついた肉を獲物から引きちぎろうとしていた。


『君がするべきことは、その犬を強く抱きしめてやることだ。』


清潔な主人が飼っている、毛並みの整った犬ではなかった。べっとりとした毛はきっと虱(しらみ)だらけだろう。そういう何もかもに見ないふりをして抱きしめてみた。


『君はその犬を受容して、愛を与えてあげなければならない。それがいつか君を救うことになるはずだ。』


気が付けば、犬は跡形もなく消えていた。ただ、それが幻でなかったのを主張するように、右手にはジンジンとした痛みと噛み跡が残っていた。


『今すぐ医者に行かなければならない。その傷には治療が必要だ。まっすぐ行った先、尾久丹田の交差点を左に曲がると、安原医院がある。』


その場所には確かに、医院があった。小さな建物であった。蔦紅葉が建物に這うように纏わりつき、真っ赤に葉を色づかせていた。


『席に着くと、隣にベージュのコートの男が座ってくるかもしれない。その場合は、29行目だ。』


一枚の便箋は20行からなっており、1枚目を後ろに重ね、2枚目の9行目を探す。


『男は間違いなく話しかけてくるだろう。』


「はぁ、すみませんが、君。」 その声は、なんとなく手紙の主の声として想像しているものに合致していた。


「はい・・・?」


「私の名前は、越前真実。君の名前は?」 越前は、待合室のソファーに随分と深く沈み込んでいた。その顔は疲労に満ちていたが、目は、真実を見通す静かな光を湛えていた。


『君は偽名を名乗るべきだ。そうだな、例えば“浦野真”などと名乗るといい。』


「・・・浦野真です。」


「そうか。浦野くんか。」 越前は、少しの間を取って、そう答えた。それから、また少しの間があり、


「私はね、ある人物を追っているんだ。」「ある人物ですか」「ああ、ある人物だ。ところが彼は姿を現さない。罪を犯し、その罪に苛まれているだろう彼を、私は救ってやりたいと思うんだ。それは、私の勝手な言い分に過ぎないのかもしれないが、彼もどこかそう思っているのではないかと、思うんだよ。あるとき、不意にその失敗を思い出して辛い気分になる。動悸が早くなる。息が切れる。汗に塗(まみ)れて、身体を丸めて。・・・じっと、それが通り過ぎるのを待っている。そういう事態から、彼を救ってやりたいんだ。彼が過ごす日々に罪を償うという意味を与えてやりたいんだ。・・・どうしたんだい、浦野くん?」


「いえ・・・」


そのとき、看護婦が、名前を呼ぶ。「西条さん。西条三間さん。」


「え?」 手紙に素早く目を走らせる。


『バレてしまった場合には、素早くそこを立ち去れ! 風の如く!』


「診察は次の機会でお願いします。」 言いながら、受付に用意されていたカルテから保険証を抜き取り走りだす。


自分でも信じられないほどの速さで走り、そして、これ以上ないほど呼吸が苦しくなって足を止めた。誰も、ついてきてはいなかった。あの男・・・越前も。


『振り切れたならば、この35行目を読んでいることだろう。茂芥子4丁目を過ぎたところに、もうひとつ、医院がある。そこに向かうなら、42行目に進むといい。』


42行目に進むために、2枚目をめくろうとしていた。すると、2枚目の最後の一文が一瞬脳裏に焼き付いた。『その医者の出す珈琲には睡眠薬が入って・・・』。そして、なぜだかその行はもう繰り返し読めなかった。初めからそうであった。何かが書いてあることは分かるのだが、それを文字として読もうという集中が上手くいかないのだ。その手紙を何故だか失うことを恐ろしく思ってここまで運んできたのであった。


『そして、診察を受けるとき、“犬に噛まれた右手”を差し出しなさい。それですべてのことを医者は理解してくれるだろう。』


そして、その通りにした。


『医者は、その右手を診て、大きくうなずき、奥の診察室へと招き入れるだろう。』


医者は、優しそうな顔をしていた。看護士も温かな笑顔で送ってくれた。どこか晴れやかな気持ちで入ったその部屋は中央に丸テーブルが置かれているだけの静かな部屋であった。


「どうぞ」医者が丸テーブルに置いたグラスには、黄色い液体が注がれていた。「緑茶です。」


手紙に目を走らせると、


『その医者の出す緑茶には睡眠薬が入っているはずだ。しかし、君はこれを飲む必要がある。信じる由縁もないこの手紙を読み、ここまでたどり着いた君は、なにか、進まない時計を見ているような、それでいて進んでいく時間を眺めることしかできないような、そんな時間を過ごしていたのだろう。その日々に別れを告げ、あの日に戻りたいと思っていた。だから、ここまで来た。だから、最後にひとつ、大きな賭け事をしてほしい。』


「私の役目はね・・・」 医者は静かに口を開いた。


「分身の研究さ。顔を合わせてはならないもの。元は一つだったもの。顔を合わせずに、二人の背中を合わせることができれば、元通りになるはずさ。」


『医者は何かを言うだろう。その言葉を信じるならば52行目、信じないならば53行目を読むといい。』


そして、グラスを傾ける。


 



 


「ただいま。」 玄関の扉を開け、声をかける。


「おかえりなさい。」 珠季はその場所で待っていた。


あのときからずっと待っていたのか、珠季は痺れた足でよろけて転んだ。


 


 


 






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【小説】鯨島

なかまくらです。

SFっぽい、ファンタジー。割と面白いんじゃないかな。

どうぞ。



****************





鯨島


2014/12/26


作・なかまくら


 


 


「あの男がやってきた日のことを、今でもまだ鮮明に覚えている。」


 


手帳はそんな一文から始まっていた。ランプの明かりが揺れてでたらめに部屋を照らす。


背には小さなリュックを背負い、小さな丸テーブルに置かれていた本の表紙をそっとめくる。冒険家ニゲ・パッシーヌは、世界にたった一つ残された小さな島の小さな小屋でその本を見つけた。


 



 



あの男がやってきたのは、幼少時代の事である。


「ねえちゃん。」


「なに?」


「おれのイモ、いつになったら食えるかな?」


初めてイモ作りを父親から任されたとき、私は得意げな気持ちになって、毎日様子を見に行き、そして、姉はいつも私についてきてくれた。


私がちょうどその歳の頃、父達は穴を掘る画期的な道具を発明し、油掘りに忙しくなっていた。


「オイリ、そっちへ行っちゃいけないよ。」


「大丈夫だって。」


島の端は断崖絶壁になっていて、その下には、海が勢いよく流れていた。


「ねぇちゃん。どうして、海は一方向に流れるのかな?」 私はなんとなく尋ねた。


「それは、島が動いているからよ。」 姉は答えた。


「島は動くものなの? オレ達が乗ってて、こんなに重いのに?」 私がびっくりして尋ねると、


「そうよ。えっとね・・・学校で習ったの。プレートテクトニクスって、いう自然の現象なんだって。雨が降ったり、嵐が起こったりするのと同じくらい、普通に起こることなのよ。」 姉がそういうと、私はすっかり感心してしまった。


「すげぇな、ねぇちゃん物知りだ。」


「そうでもないのよ。もっといろんなことを知っている人が、この島にはたくさんいるのよ。」 姉はそこで息を潜めた。


「え、なになに?」 私は、姉の口元に耳を近づける。


「たとえば、時計屋のキブンジさん」


「ねぇちゃん、また時計屋のとこ行ってたのかよ。父さんに言われただろ、あそこへは行ってはいけないって。」


私がそういうと、姉はこういうのだった。


「オイリはまだお子ちゃまだから分からないのかなぁ・・・。いい? オイリ・・・」


姉の顔は、とても楽しそうであった。


「ダメと言われるほど、行きたくなるものなのよ」


 



 


「ねぇちゃん、あの時計屋、やっぱり変だよ」 帰り道で私は、姉にそう言った。


小さい頃の私は、時間を尋ねられることでお金がもらえる時計屋の仕事を胡散臭く思っていたから、時計屋を姉と一緒に訪ねたときにも、胡散臭いものを見る目で時計屋を見ていた。だから、時計屋が言うように、かつて世界には超大陸があって、それはほとんど動かない大地であって、その大地はどれくらい大きいのかというと、地の果てが見えないくらいであったとか、そんなことを言われても、胡散臭いだけで、ほとんど話は入ってこなくて、嘘をついている顔とはこういうものだと記憶しようと顔をじっと見ていた。


 


「あのね、オイリ。私思うの。あの人の言っていることが全部本当の事だったらって。」 幼い私には、その顔は時計屋とは違う感じの顔で、そう言っているのは嘘ではないことは分かった。


「でも、それは、夢物語だよ。やっぱり、世界にはこういう速く動く島しかないんだって。」


私がそう言ったとき、あさっての方角から声がした。


「その話、もう少し詳しく教えてくれるかな。」


知らないおじさんだった。おじさんは黄色と茶色のチェック柄のシャツを着て、ズボンはカーキ色。そして、全身濡れ鼠になっていた。


「おじさん、だれ?」


今思えば、おじさんは、私たち二人の反応を待っていたのだと分かる。


「私は、冒険家のイリー・ベアー。ちょっとお話を聞かせてほしいんだ。」


柔らかい物腰のおじさんに、私たちはいろんなことを話した。ご馳走してくれたクッキーも紅茶もその島では珍しくて、美味しかった。おじさんは私たちの話を終始にこやかに聞いていたが、父の油掘りの話になると、急に険しい顔をした。


「なんだって!? ・・・それは一体いつからやっているんだい。ああ・・・いや、すまない。それで、時計屋の場所なんだけれど・・・」


 


 


それからしばらくして、冒険家イリー・ベアーは、油掘りに反対する言動をしたとして捕まった。


「おじさん。」


姉は牢にいる冒険家イリー・ベアーにすぐに会いに行った。幼い私はそれにただくっついていた。


「ああ、君たちは何時ぞやの・・・時計屋の場所を教えてくれた子どもたちだね。」


冒険家イリー・ベアーは、痩せこけていた。明らかに精気の足りていない顔でこちらを見ていた。幼い私は思わず、言っていた。


「おじさん、死ぬの?」


冒険家イリー・ベアーは、力なく笑った。


「あるいは、そうかもしれない。大きなお世話だとは分かっていたんだが・・・、ここは君たちが思っているような場所ではない。大きな生き物の背中の上なんだよ。穴を掘って、生き物の背中の皮膚にドリルが到達してご覧。どうなると思う? たとえば、お姉ちゃん、君が頭を思いきり天井にぶつけたらどうなるね?」


「・・・びっくりして、縮こまる。」


先週、食器棚の角に頭をぶつけたのを思い出したのか、頭を押さえ、膝を抱えてしゃがみこんだ。


「そうさ。下は海だ。この鯨は海に潜るだろうね。」


「クジラ?」 私がその名を呼ぶと、


「そうさ。ここは島鯨の背中の上なのさ。私は、船という海を渡る乗り物でこの鯨までやってきたんだ。でも、冒険もここまでかもしれないね。」


「おじさんはどうして・・・」 幼い私は尋ねていた。


「どうして、嘘に命を懸けるの?」


「どうしてって・・・どうしてだろうね。嘘じゃないからじゃないかな。さあ、もう行ったほうがいい。」


そう言って、別れた。


 



 


夜。私は眠れなくて、起きだした。


食卓には明かりがともっていて、父達が、地図を開いて難しい話をしている。「いや、ここはもう掘りつくした。」「もっと、深く掘ったほうが・・・。」 幼い私は、そっと、家を抜け出した。犯罪なんて起きない町だったから、牢屋に番はいなかった。


「おじさん。」 私は声を潜めておじさんに声をかけた。


「どうしたんだい、こんな夜更けに。」


冒険家イリー・ベアーはびっくりした顔で、そう言った。


「おじさんは嘘つきだと思う。その大切さはオレには分からない。でも・・・」


私は、その言葉を続けた。


「命と天秤に掛けられるくらい大切なものだってことは、分かるんだ。」


 



 


私と姉は、書き置きを残して、家を離れた。幼い私はそれはちょっとした冒険で、すぐに戻ってこれるものと思っていたが、それは大きな間違いだった。冒険家イリー・ベアーはそれを何度も私に念押ししてくれていたが、私は聞いていなかった。


だが、今だから分かる。その冒険心が、私の命を救ってくれた。


今再び、私はこの本を残し、南へ向かおうと思う。


 


遠い南の果てに、まだ見ぬ大地が広がっているというのだ。



 


冒険家ニゲ・パッシーヌは、静かに本を閉じる。それから方位磁石を取り出すと、ゆっくりと背筋を伸ばし、その針の向かう先を見据えた。






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【小説】クロッテ

なかまくらです。

久しぶりにちょっと長い7000字の小説です。

5月くらいから書き始めたので、かれこれ6か月もかかってしまいました・・・。





クロッテ
作・なかまくら


これはある少年と少女の記録。

おばあちゃん、あのね。学校に行きたくないの。嫌いな子がいるの。勉強が嫌いなの。頑張りたくはないの。あのね、学校に行きたくないの。

おばあちゃんは、編み物をする手を止めると微笑んで、女の子の名を呼ぶ。それから昔話のような物語を始める。





「おばあちゃん、お腹すいた」

朝。朝御飯はさっき平らげたばかり。少女の名はクロッテ・テブクロッテ。
「どうして、お腹は減るのかな? 動いてなくても減るものね?」
おばあちゃんの名前は、
「そうじゃなくて。そういうのはいいの!」
クロッテは上級学校にも訓練学校にも行かず、家で寝てばかり。準備もしていない果報を寝て待つような女の子であった。赤みがかった茶色の髪はボサボサで手入れの一つもされず、無邪気なライオンのよう。
「クロッテ」
おばあちゃんが窘(たしな)めようとすると、クロッテはいつものように拗ねてみせた。
「私は、私のしたいようにするんだもん!」
ところが、今日のおばあちゃんは手強かった。
「クロッテ。それはね、生きたいように生きるということなのよ」
おばあちゃんの瞳の奥に刻まれてきた歴史の動線がウネりだし、クロッテはなぜだか無性に息苦しくなった。
「それはね、一番の頑張りやさんにしかできない生き方なのよ、ねぇ、クロッテ」
おばあちゃんは、途中からどこか遠くにいる誰かに言い聞かせるような口調になり、遠く霧の中にいる誰かに話しているようであった。
「知らないもん!」 クロッテには、いつにないおばあちゃんの様子に悪い予感がして、怖くなって布団に飛び込んだ。それから気がつくと眠ってしまっていた。

昼頃になって目を覚ますと、なにやら玄関の方が騒がしかった。
クロッテはもぞもぞと起き出すと、布団頭(ふとんつむり)のままに音のする方へ向かう。
扉の外に倒れている姿に見覚えがあった。がっしりとした体つき。長く伸ばした髪は後ろで束ねて。手にはボロボロになった黒い毛糸の手袋。お父さんの姿であった。

「お父さん!」

クロッテは布団を放り出して駆け寄った。顔は赤く、ひどく熱がありそうであった。手を伸ばし触れようとする。
「クロッテ!」
おばあちゃんがそれを制止した。
「おばあちゃん」そう呼んだクロッテの声は震えていた。
「クロッテ」おばあちゃんは、その孫の名を呼び、
「クロッテ」何かを決心したようにもう一度呼んだ。瞳の奥には動線がウネっていた。

おばあちゃんはクロッテを外に連れ出す。草地はそのほとんどがヤギに食べられて岩肌が見える。そんな丘の上からは、ふもとの町の様子が一望できたが、今はそれどころではない。
「いいかい、よく見てるんだよ」
おばあちゃんは、腰につないだ手袋をひとつ外すと、さっと手にはめた。それから、指を立てる。
クロッテの観ている前で、近くの大ぶりな岩に体を向け、ピッと指を倒す。
次の瞬間、スローモーションのようにクロッテの視界の中で手袋がおばあちゃんの手から放れていく。隠れていた手首が見えて、続いて親指の付け根、指先が手袋から離れる頃には、手袋は赤青黄の流星の尾をひいて岩を砕いていた。
「はぇ?」クロッテは、思わず素っ頓狂な声をあげていた。
「”メリコ”」おばあちゃんは、ほとんど燃え尽きてしまった手袋を拾って鞄にしまった。
「私たちはこれをそう呼んでいるわ」
「ちょ、ちょい、ちょい待ってね、おばあちゃん」クロッテは持て余している動揺が収まるようにスタンスを広めにとって、安定のポーズをとった。すぅー、はぁー。
「おばあちゃん!」
「はい、なんですか」
「一体なんなのよ!」「クロッテ」 おばあちゃんは言った。
「この”メリコ”という技がお父さんを救う鍵になるわ、きっとね」
「でも・・・」
クロッテは問うた。分からないことばかりだった。十と少しの時間を生きてきて、もう殆どのことは知ったつもりでいた。でも、違った。おばあちゃんは岩をも砕くスーパーウーマンだったし、お父さんは突然に謎の病気になった。そしておばあちゃんは答えた。手袋屋として生計を立ててきたテブクロッテ家のこと。そして、父の病についても。

「お父さんを救うにはその水晶の力が必要なの。・・・まずは、隣町のグローブルおじさんのところに行きなさい。私はお父さんのことを見ているからね」

そう言ってひと組の手袋を渡されたクロッテは、頷いた。
おばあちゃんが家の中に入って見えなくなって、クロッテは、腰のひもにくくりつけた手袋を右手だけはめてみる。それから、見様見真似で、手首を立て、ピッと倒す。
次の瞬間、流星が申し訳程度の尾を引き、飛んでいった手袋は見えなくなった。

「・・・私にもできたし」

クロッテはぼそっとつぶやいた。




クロッテは襲われていた。
全身の毛を逆立てた猫科の何か・・・いや、全身の毛糸を逆立てたヌイグルミ科の何か(以降彼女はこれをグルミーヌと呼ぶことにした)に襲われていた。指先についたマチバリが目の前を薙いでいく。
「あわわわわっ!」
だいぶ離れたところでグローブルおじさんが腕を組んで見守っている。
仰け反った上体の回転を活かして足を振り上げてグルミーヌの腹を蹴り上げる。スカートはいてくるんじゃなかった! 蹴り上げられたグルミーヌは音もなく空中に舞い上げられる。クロッテの動きに合わせて腰蓑のように手袋が揺れる。その手袋のひとつに右手を差し入れると、繋いでいる糸を引いた勢いでプツンと切った。

--装填

身体を正面横向きに構え、空中でもがくグルミーヌに狙いを定める。
そして、立てていた右手首をピッと振る。

”メリコ!!”

流星の尾を引いて一直線に飛んだ手袋は、ヌイグルミの遥か下の方を通り過ぎていった。

「ぬぁああああ」クロッテは残念な呻き声を上げながらも、素早くふたつめの手袋を装填。
地面に着地する瞬間を狙って、二つ目を放った。胴体に突き立った手袋はグルミーヌを貫いて地面にピン留めすると、役目を終えてふにゃりと崩れた。

「ブラボー!! 上出来だ」グローブルおじさんが手をたたいていた。
「免許皆伝だ、クロッテ・テブクロッテ。明日から、水晶を探しに行くといい」
気がつけば日が暮れかけていた。遠くどこか同じ空の下で苦しむお父さんの姿を、クロッテは思った。

テブクロッテ家の人間は代々、心が絡まりやすかったらしい。それで始めたのが手袋屋。作業場で黙々と手袋を編んでいるのが性に合っていた。ところが、編まれた手袋には特別な力が備わった。心の糸が練り込まれ、何らかの強化を受けた手袋ができあがる。触れると暖かくなる手袋。電気を起こす手袋。ひときわ丈夫な手袋。器用になる手袋。力持ちになる手袋。それと同時に、クロッテ家では、心の糸毬化が始まった。手袋を編まなくては糸毬は次第に大きくなり、やがて絡まると心臓を中心に糸毬は末端までへ向かって絡みつき、首に巻き付いたときには死に至る。

暖炉の炎がチラチラと揺れていた。
「じゃあ、私はおばあちゃんみたいに手袋屋さんになる宿命なの?」クロッテは尋ねた。
「クロッテちゃん」グローブルおじさんは答える。それから、
「宿命というものは果たさないといけないものであって、君が思うような生きる意味だとか生きている価値を与えてくれるものじゃあないんだよ」
クロッテがよく分からないという顔をするのも構わず、グローブルおじさんはそう言った。





それからクロッテは色々なグルミーヌと出会っては戦った。

それらを思い返しても、このクマはひときわ強敵だった。
可愛い顔をして、その動かす腕は丸太のよう。こちらの反撃をものともしない圧倒的な力。
荒野を吹く風。砂の混じった埃が、手袋の繊維の隙間に入り込んで精度を下げるイヤな感じがする。
撃ち込まれるマチバリを横っ飛びにかわす。

クロッテは腰の手袋に手を伸ばす。自分で編んだちょっと形のいびつな手袋に手が触れ、舌打ちとともに装填、

”メリコ!”

飛びゆく流星はなぜか二つ。倒れたグルミーヌに突き立つ二つの影。振り返ると、仁王立ちする少年の姿があった。クロッテは慌てて振り返り、少年から距離を取る。それが彼、オード・S・ソックスとの出会いであった。




「その技は・・・」クロッテが驚きを押し殺しながら問うた。
問題なのは彼が敵であるのか、味方であるのかということだ。
彼の技は形は違えど紛れもなくグローブルおじさんの元で修得した”メリコ”であった。
「お前、その技どこで誰に教わったんだ!」
靴を履かない”くつ下スタイル”の彼のくつ下は土に汚れて黄土色であった。それが流星の尾をひいて容赦なく飛んでくる。
「あぶなっ! ていうか、・・・きたなっ!」
クロッテは奇跡的にそれをかわす。
「その身のこなし・・・やっぱりお前只者じゃないな」
新しいくつ下を履きながら少年はこちらを睨みつけてくる。よく見れば幼さが残る少年の顔は、クロッテと同じくらいの年齢に見えた。
「待って! 待ってってば!」
クロッテはそう言いながら手袋を”装填”する。
「私はクロッテ。クロッテ・テブクロッテ。テブクロッテ家の者よ。あなたは・・・っ?」
お互いに構え、用心深く間合いを計りながら言葉を交わす。
「俺はオード・S・ソックス。ソックス家の人間だい」
「・・・だい?」クロッテは思わずつぶやく。それからハッとして口に手を当てた。
「許すまじ・・・」オードは顔を真っ赤にして狙いを定めている。

クロッテはじりじりと後ずさりながら狙いを定める。

そのときだった。

「おやあ、誰かと思えばソックス君じゃあないですか」声がした。
クロッテが反射的にそちらを向くと--黄色と赤で塗り分けられたダボダボつなぎの男--その男に向かう流星の尾が見えた。

”メリコ!”

その一撃はクロッテに向けられたものではなかった。
「危ないじゃあないですか。しかも・・・きたない!」
オードの放ったくつ下はどこか遠くの空に消えていった。
「ニックニット!」オードが吠えた。続けざまにくつ下を”装填”し、”メリコ”を放つも続けざまにかわされる。
「そんな・・・」クロッテが思わずつぶやく。
明らかに“メリコ”の射程距離内だ。普通かわせるものじゃない。
ニックニットは深く被ったニット帽の影に白く光る目を覗かせると、にやにやと笑っている。
「ソックスくん、何度言ったら分かるんだい。君のその技はね、時代遅れなんだよ。」
「うるせえよ・・・」オードは肩で息をしながら、少し色の違うくつ下を履いた。
「そもそも飛道具ってのは、雑魚相手には有効だけど、大抵おいらみたいなボス相手には決定打にはならないってそういうもんだろう?」
ニックニットは愉快そうにそう言って、首に巻いていたマフラーを外すと、くるくると結び目を作り出す。そして造形が完了すると宙に放った。
「こい! マーフラワー」
ニックニットがそう叫ぶと、マフラーだったものは形を整えて、小さなライオンのような姿に変身して、音もなく地面に降り立った。
「今の時代はね、ただ無感情な心を織り込むだけじゃなくって、意味や意志を織り込んでやるのさ。すると、・・・こうなる」
ライオンはその牙を口腔に覗かせ、オードとクロッテを睨みつけていた。その毛糸のクセにやけに精巧な表情からは少しの余裕すら感じられ、確かにニックニットによく似たイヤな感じがした。
「うるるるぁああああっっしゃあああ!」歓喜に満ちた叫び声を上げて、マーフラワーがクロッテに飛びかかってくる。その爪が、クロッテのもう傷だらけの肌にさらに大きな傷を付けようとしたとき、横から蹴りが入る。蹴りはマーフラワーの腹部を的確に捉えて、一瞬遅れて”メリコ”が発動。マーフラワーを空に舞い上げた。
オードはそちらの足にも色の違うくつ下を”装填”する。
クロッテは、ハッと我に返り、マーフラワーの着地点を狙うべく、照準を合わせにかかる。

オードは同時にニックニットに攻撃を繰り出して、釘付けにする。
「おおっと、マーフラワー!」あまり心配しているようには聞こえないニックニットの声。

”メリコ!”

クロッテの放ったメリコは練習通りの完璧なタイミングでターゲットに迫った。ターゲットが空き缶や石ころならば、確実に直撃していただろう。しかしマーフラワーは、身体の一部を紐解いて落下傘を作り出すと空中で急ブレーキをかけ、片足を吹き飛ばされるだけで難を逃れる。

「あーれま」
ニックニットは、オードの繰り出す攻撃をひらりひらりとかわしてみせると、
「マーフラワー、帰るよ」オードの鼻頭に手の甲で裏拳をかますと、歩き出した。
不機嫌そうなニックニットに、マーフラワーはおっかなびっくりついて行く。そしてそっとニックニットの肩に載ると、マフラーの姿に戻った。

「まって。・・・あなたはいったいなんなの? その水晶なの? 」
「一度に質問が多すぎるんだよ。僕はニックニット。僕たちの世代で水晶を手にしたものさ、クロッテ・テブクロッテ」
そう言うと、ニックニットはこちらを振り返り、水晶を回して見せた。
「私たちの世代・・・?」クロッテがオウム返しに聞き返すと、
「そうさ。水晶は竜がもっているものさ、昔からね。その竜から奪い取ったのがこの僕、というわけ」
「それを貸してほしいの。私のお父さんが・・・」 クロッテの脳裏に苦しむお父さんの姿が思い出され、必然、少し潤んだ声になってしまう。
「それはね、みんな一緒なんだよ」 ニックニットは、笑うように、そう言った。
「僕のお母さんもそうなんだ」
そして、この水晶は、一度しか働かない。ニックニットはそう続けた。水晶は「竜の風」を封じ込めたもので、それを解き放つと心の絡まりを断ち切ることが出来るのだ。水晶が次に生まれるのは竜が死んで、新しい竜が大人になる頃のこと。だから、助かるのは一人だという。
「でもね、僕は誰を救う気もないんだ・・・だって、誰か一人だけ助かるなんて不公平でしょう?」 ニックニットの笑顔は、実に歪んで見えた。
「そうだ。みんな助かるなんて事はあり得ない。みんな幸せになるなんて無理なんだ。勝ち取るしかないんだ」 オードが同調したように、そう言う。

「何でそんなことを言うの!?」クロッテは叫び、しんとなった空間に言葉を紡ぎ出す。
「そう言う・・・宿命だから?」 クロッテの口からは思わずそんな言葉が出ていた。自身に宿る使命。一族の血が授けてくれた力。楽しく、と言うと違うかもしれないけれど、そんな生き方もあるのかも知れない。そんな風にも思い始めていた頃だった。「宿命は生きる意味を与えてはくれない」グローブルおじさんの言っていた言葉が時を隔ててようやくクロッテの心まで響いてきていた。

「そんな自由は、許されないんだ。これは、ずっと昔から、そう決められてきたことなんだ」 オードが苦々しげにそう言う。強がったって、きっと同じ事を考えていた。クロッテは、頬を伝う涙をそのままに、心が温かくなるのを感じた。
「私は宿命と戦いたい。自由を勝ち取りたい。・・・自由に生きることは、一番の頑張りやさんにしかできないのよ」 おばあちゃんの言葉だ。おばあちゃんの・・・そう、おばあちゃん・・? おばあちゃんの名前って、なんだっけ?

「俺は・・・」
「だったら、僕は」
ニックニットはこう続けた。「頑張りやさんだ」
「僕はねぇ、この水晶の玉の力を使って、世界中の人間の関係の糸を切って回ろうと思うんだ。僕たちのずっと遠い祖先は、心が絡まりなんてしなかった。心が絡まるようになった理由は簡単さ。人間は複雑になりすぎたんだよ。それを整理して簡単にしようってことさ。じゃあ、僕は行くから。またね」


クロッテは、腰に提げた手袋の数を数えていた。両手に装填。残りは3。
「協力するぜ」 オードが隣に並び立つ。
「ありがとう」 クロッテは素直に微笑んだ。オードがその顔を驚いたように見て、それから慌てたように正面に向き直った。耳が少し赤くなっていた。「いくぞ」

踏みしめようとする脚の表面の皮膚が裂けそうだった。クマに手ひどくやられたところだ。
大丈夫、大丈夫と言い聞かせて、一歩目を踏み出した。
マフラーが鞭のようにしなって襲い来る。それを急ブレーキで踏みとどまって、その勢いで上へ。右手は既に構えていた。そして、腕をピッと振る。力は入れすぎず、心を落ち着けて、それでいて秘められた強い心を意識して。手袋は徐々に脱げていき、手のひらが見え、手の指の先が見える頃には加速して、赤青黄3色の流星の尾を引きはじめる。

”メリコ!”






「それで? それからどうなったの?」

少女は、おばあちゃんに尋ねる。

「そのときは結局逃げられちゃったのよ」

それから、とおばあちゃんは続ける。

「オード君とは、いろんな場所で一緒に戦ったのよ。マシーン島の戦い、ボビン砦の奪還、それから、竜の山の決戦・・・」

「そうなんだ」

少女はそう言い、それから、こうつづけた。

「でもさ、それって、全部おばあちゃんの作り話なんだよね。だって、私の名前がクロッテで、おばあちゃんの名前は・・・・・・、あれ? えっと、おばあちゃんの名前は・・・」

それから急に少女はうとうととし始めて、眠ってしまう。
それを見届けてから、おばあちゃんはそっと答える。
「私もクロッテだったのよ。その名前は、あなたにあげてしまったの」
そう言って、一組の手袋をおばあちゃんは、孫の枕元においた。クロッテと刺繍のされた手袋を。

それは、冒険をするものの名。
それは、宿命と、自由を勝ち取るものの名。







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