なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)
この世界の至る所は、本来色を持たない。
イデリオくんは、博士からそんなことを言われていた。当時、X才。
どうしてイデリオくんは、周りの空気と区別されていると思う?
どうして、どのように、何が原因で?
息をひそめて空気中に拡散している意識集合体、それが、ソケットモンスターだ。
ふむ。中には危険な奴ももちろんおる。
彼らはある一定以上の濃度に達すると気体→液体→固体と、変化するからな。
中でも最も危険とされているのが、イテモガスと呼ばれるソケモンだ。
イテモガスの生態はほとんど知られていないが、ファルデンルーワス博士の研究によれば、
理論上はガス分子同士の分子間力は、他のソケモンの数百倍と言われているんだ。
イデリオくん、君も彼らをガス化し、人間の住める土地へと世界を変化させた歴史は知っておるだろう?
イデリオくんは久しぶりに自分の名前を呼ばれて「あっ、そうかおいらの名前、イデリオだっけ?」
と思い出した。
博士は続ける。
いいか、君にはこの3体のソケットモンスターから一体を選んで旅に出てもらうことになる。
途中には事務所があるから、そこでソケモンに流す電流の値などを鍛えてもらうとよい。
何?
ソケモンの扱いを知らないだと!? お前さんは学校で何を学んでいたんだ。
いいか、ワシが手本を見せてやるから見ておれ。
博士は、ソケットに電球を取り付けると、電流を絞って流した。
「いけっ、ソノラグシ!」
その瞬間、光が周囲を包み、収まった時、そこには2体の怪物が姿を現していた。
「ソノラグシ、ヒートアップ!」
技が繰り出される。対峙する2体のソケモン。
イベリオくんはその様子に目を輝かせていた。ずっと昔のことである。
ずっと遠く、どこか離れた世界の事である。
*
「おい、井部。なんだ、そのデザインは?」
デスクに散らかった紙。その一枚を上司が拾い上げる。
「ソケットモンスターっていうんです。略してソケモン」
井部はおどけてそんなことを言ってみる。
「アホか・・・」
「・・・ですよね」
スケッチの数は膨大。
目の裏側ではまだ大冒険が待っていた。
なかまくらです。
ひっさしぶりーに、小説をかーきまーしたー。
書初めです^^笑
タイトルは珍しく長い。
ファンタジーです。では、どうぞ。
燈火は風に揺れるくらい夜に
2013/01/31
なかまくら
人間の神が彼らを救うことはなかった。
必死の攻勢も虚しく、大陸を分断する山脈の頂に城が完成し、世界の半分は魔物の生息地となっていた時代のこと。
きん、
熱(いき)り立った羊の角を備えた猛禽類が、勇者の振るった剣を弾いて金属音を響かせた。振動が腕に伝わり、しっかりと握っていなければ剣を取り落としそうであった。が、既に握力は限界。勇者は剣の重さに任せるようにして腕ごと剣を振り回す。猛禽類の怪鳥は翼を傾けふわりと躱(かわ)すと、無防備な背中めがけて角を突き立てる。
呻き声は、怪鳥のものであった。勇者に覆いかぶさるように崩れ落ちる怪鳥の長い翼の向こう側に、片手をこちらに向ける男の姿があった。
魔法。使い手は少なくないが、せいぜい手の届く範囲くらいでしか有効ではないそれを、男はゆうに10歩は離れた場所から使って見せたのだった。勇者は男に頭を下げ、男は勇者を連れだって村に戻った。
「先ほどはありがとうございました」 勇者は簡素なドーム状の小屋に案内されていた。
「その実力では、せいぜい自分の命を落とさないのが精一杯でしょう。どうして勇者を?」男は飲み物をコップに注ぐ。コップの中では橙色と深緑色の液体が混ざり合わずに回っていた。
「いえ、誰かがやらないといけないんですよ。勇気あるものが魔物と戦い、時間を稼いでいる間に民を逃がす」
「いけにえ、ですか」
「そんな悲壮な覚悟でなったつもりはありません。ここに来たのはそういうわけです」 男はにっこりと笑って、それは悪くない笑顔だった。そして男には、かつてその笑顔を浮かべていた勇者たちにそうしたのと同じ応えを返さないといけないだろうことも分かっていた。
「あなたのいる、この村だけがずっと人間の土地を守り、豊かに栄えている。何故か。・・・・・・あなたがいるからだ」
魔物たちは基本的に何かを作り出すということはない。いや、強いて言うならば、肉体を強化し、角を獲得したり、翼を獲得したりはする。だから正確には何かを育むことはない、というべきか。魔物たちは、一通り土地を荒らし尽くすと別の場所へと移っていく。人間の土地へとだ。土地を追いやられた人間にできることは、荒れた土地で一からやり直すことばかりであった。
「申し訳ないのだが・・・」 男は断りの言葉を切り出す。
彼の力は、”ポート”と呼ばれるものに支えられていた。”ポート”はなんのことはない陶器の筒のようなものであるのだが、それがないと私はただの弱い人間になってしまうのだ。”ポート”は大きく、運ぶことは容易ではないのだ、と。男はそう説明し、勇者は固まったまましばらく動かなかった。もう、慣れていた。
それから、不意に勇者は動き出す。「わかりました」と。「”ポート”を作りましょう」と。
村から魔王の城まで、”ポート”で繋ぎ、男を導く。それが人間にできることであり、今を生きる人間の使命であると。それは不可能な事業に思えたが、男は断る理由も見つからず、ではそのように、と投げやりに言い、勇者は「待っていてください!」と小屋を飛び出して行った。それから男は待っていなければならなくなってしまった。
それが、もう10年も前のことであった。勇者はとうに民の盾となり、死んだだろうか。
男には秘密があった。
男は”ポート”のあるところでしか活動しない。いや、正確に言うことを試みよう。男は”ポート”の照らす範囲でしか活動できない。・・・そう、”ポート”とは照らす道具であったのだった。男には太陽の光の反射が見えなかった。男はかつて暗黒の中を生きていた。ある時、鉱石を見つけた。それは感動の瞬間であった。今まで色というものはなく、形というものもなかった世界にぽつりとくっきりとそれは浮かび上がっていたのだから。
「ほう、おもしろいものをもっているな」 職人がそれを形にすると、筒からはまばゆいばかりの光が漏れ出るようになった。小屋の中においておけば、村の辺縁までは明かりが灯った。彼の中に、朝と夜ができた。それは知られてはならない秘密であった。
その日はやってくる。村の外れから続く緩やかな傾斜の丘。その向こう側が明るいのだ。男は丘を登ることにした。丘を登るほど暗闇は増し、気配をうかがいながら丘を登りきることになった。そして、登りきればその向こう側は、天の星というものを模しているかのように地平線まで輝いていた。男はそれをしばらくぼうっと眺め、ふと、勇者が約束を果たしたことに思い至ったのだった。
*
男は、出かけることにした。剣には研ぎの魔法を掛けた。血の鉄分を取り込み、内部構造を強固にする魔法。切るほど、硬度の高い剣となった。
鳥類の魔物は一般的に手強いことが多い。人間は地面に足をつけ、平面的な動きは素早いが、視界の鉛直移動に伴う明度の変化には弱い。男は、あの時勇者が戦っていた羊の角の猛禽類を角ごと首を叩き切る。ザックリと開けた頭部と胴体の間の空間、その切り口の向こう側には、目一杯膨らんだワニが構えていた。びゅっと吹き出される水鉄砲は空気抵抗を受けて細く変形し、遅れて凍結。氷の矢となる。男は袈裟に振った剣から右手を離すと冷静に横に薙いで矢を叩き割った。
男にとっては造作もない作業であった。城はあっけなく陥落した。魔物たちは”ポート”の光に照らされると何も見えないようであり、やみ雲な総攻撃が城の崩落を手伝った。魔王が、どれであったのかはわからなかった。とりあえず、目につくものは殺した。
男はなんとなく片付いたと感じ、大広間から繋がるテラスへと出てみることにした。山の頂に建てられた城からは大陸の半分が臨めた。それを埋め尽くすように”ポート”は建てられ、男にとってはもはやそれは少し―――
いや、この続きを伝えるのはよそう。これは英雄譚にはならなかったのだから。
最後に、いくつかの顛末を伝えるだけにとどめようと思う。
男は”ポート”を壊して回った。正確には、何者かによって破壊されているという事実ばかりであったが。その影は旅の途中、彼に会っているものは、彼だと確信し、それをあえて口にはしなかった。
それから男はある町まで来ると、勇者の元へ少し立ち寄った。勇者はひげを生やし、あの頃と同じ笑顔で男を歓迎した。橙色と深緑色の混じった液体の飲み物を注いで男に渡し、「"ポート”を壊している輩がいるみたいだよ、君」といたずらっぽく言ってまた笑った。勇者は国を治める者となっており、再会はごく短い時間であったという。別れ際に勇者は、手提げの”ポート”を男に渡した。もう必要のないものかもしれないけれど、と言いながら。
男にとってそれは何を意味し、それがその意味を果たすことの意味すら、見抜いていたように、勇者はそう言って、”ポート”を男に渡したのだった。
おわり。
なかまくらです。
気晴らしにホラー(?)を書くという謎行動。
行動心理学のひと、どうゆうことか教えて(笑)。
では、どぞー ◎皿◎つ
リスト
作・なかまくら
121206
びたーん、と痛い音がして私は後ろを振り返った。
ちょうど今日の放課後の部会までに運ぶように頼まれていた資料が風に舞って、それを追いかけるところだったから、事なきを得たけれどもし、
もし、そのまま歩いていたらそれは私の脳天に真っ赤な花を咲かせていただろう。
校舎の窓から一瞬で引っ込んだ影。
もぞもぞと執拗に地面の上を動き回るそれをスニーカーで踏みつける。無言で、無造作に、むなしく。おとなしくなったそれをしばし眺め、私はそれの人差し指だけを掴む。
それから黙って部室へ向かった。
部室につくなり、床に転がっていたスパイクの袋にそれを詰め込む作業に取り掛かる。それは五本の指を突っ張って、必死に抵抗を試みるが、大きく開けた袋の口に指がかかることはなく、すぅっと中に消えた。素早く口を閉める紐を引く。それから紐を袋のくびれにぐるぐると巻きつけた。
私の身体はわなわなと震えていた。怒り、と恐怖。誰かが私を狙っていたのだ。それもつい魔がさしたどころではないことは、この左手がここにあることが示していた。
*
「あのねぇ、上野さん」
先生はリストバンドを嵌めた左手でついていた頬杖をやめてこちらに向き直った。
「今日、左手がない人を調べてみたら、4人。該当者がいたんだけどね・・・」
「誰です?」私は冷静に努めてそう言う。
「まあ、たぶん上野さんが探してる子じゃあないと思うんだ」先生は困った顔でこちらを向いた。そもそも私のことを信じていない、といった顔だった。それはおかしい。先生と違って、私の左手は、まだ私に従っているのだから。
「その・・・上野さんを襲ったという左手だっけ? それは今、どこにあるのさ」そこにはどこか侮蔑の情動が混じっており、私の左手は痺れてくる。快感が電気の刺激になって腕を伝って、肩のところで打ち上げ花火みたいに炸裂する。私は冷静に、
「逃げられました。防御態勢をとってる間に近くの茂みに」私は冷静にそう答えた。
「生物は自分の首を絞めて自殺することができない」
同じような言葉に、「息を止めて窒息死することはできない」がある。簡単な話だ。仮にA君が首を絞めようとしても、気を失ってしまえば力は緩み、身体は回復期に入る。
そう思われていた。
ところが、17才にもなると、ほとんどの人間は左手を失っている。年齢差はあるものの、左手は思春期に差し掛かるころからそれは起こる。意に反することをしようとすると、夜の間に布団から抜け出て、ずるりと床に落ち、一晩中床を動き回る。疲れると身体に戻り、何事もなかったようにおとなしくする。初めは夜のうちだけだが、症状が進むとそれは昼夜を問わず起こる。
私はまだそれを見たことはないし、見るつもりもなかった。
*
「リスタは現実に顕現したバイオハザード現象か・・・!?」
リスタというのは、手首の後を隠すためにリストバンドをつけていたからだ。
最初にそれが起こったとき、相当に人々は気味悪がったらしい。市の図書館で新聞紙をめくると、その頃のことが、おどろおどろしく書いてあった。その後、某発展途上国において独善的に行われてしまったとされる非倫理的な実験が、“偶然”、世界中に知れ渡ることになる。その実験というのは、今から行われることを知らない被験者を部屋に集め、様々な行動を疑似体験させ、脳波を調べ、どのような波形が左手を分立させるのかを調べるというものだったらしい。
その発表によれば、
「人がその欲望を理性で抑えようとする時、その欲望が左手を動かすのだ」ということだった。
世論はあっという間に逆転した。
左手を失っているものは理性に従った人格者であり、左手が残っているものは自分の欲望を抑えられない人間とされた。
ひとつ、単純な善悪に流れることを押しとどめたのは、人の上に立つ人間のリスタが半々だったことだ。
これについては、議論が続いていた。
新種のウイルスによる症状である、というそれっぽい説から、人類の新しい進化の形態である、だなんてトンデモな説もある。
ただ、ひとつ言えることは私の左手は残っているし、それが変わるとは思えなかった。
*
がちゃり。
その部屋に入ると、無数の左手が吊るされている。
私は空いている紐を見つけると、新しく手に入った左手を丹念に括り付ける作業に取り掛かった。
なかまくらです。お久しぶりです。
あっちゅう間に、一週間がたってしまいました^へ^;
そんなわけで、一週間ぶりの更新は、小説です。どぞ。
温暖化する人類
作・なかまくら
雨、という現象を観察する時間があった。
透明な壁を隔てたその先で、整った落涙型を形成した雨滴が意味もなく水たまりを叩いて同化した。それはとめどなく意味を失っていく事態であり、同時に雲が雨滴の集合であること、ひいてはその一粒一粒が何の意味の持ち合わせもあり得ないことを示唆しているように見えた。
「なぁ、あそこに見えるの、樹伊都(きいと)じゃないか?」ぽつり、友人が懐かしくなってしまった名前をこぼす。
「え、どこ?」ぽつり。
「ほら、あの・・・5番目の柱の・・・」ぽつり。
ぽつり、そのとき垂れ込めた雲の切れ間からの光彩が壁面を輝かせ、下幾良(かいくら)は、目を細めた。光はぐるりと中庭を取り囲む壁面一体を覆い、中央の塔に集約される。そこには光の球体が形成され、一瞬にして壁面は透明色を止める。目を開けると、すでに乳白色へと変化を終えた壁面が柔らかな光を中庭を囲む通路に齎(もたら)していた。
「ごめん、見えなかった・・・」下幾良はそう答え、
「そうか・・・いや、見間違えだったのかも。ほら、もう2年になるだろ?」百々路葉(どどろば)は、そう言って、意味のない笑いを返した。
*
下幾良、百々路葉、樹伊都の3人は親同士が仲良くしており何かと行動を共にする仲だった。別々の学校に進むと本人たちが知ったのは14才の誓律式(せいりつしき)の後だった。誓律式では簡単な質問紙に回答し、体力テスト、パズル、面接を経て、学校を決定することになっていた。
彼らは無数に分かれているブロックのうちから、中庭に近いひとつのブロックを選び、揃えて希望を出した。
それがその通りにならなかっただけの事であったが、下幾良と百々路葉はひどく動揺し、樹伊都は何か逃げるように2人から遠ざかって行った。
それは当時彼らにとっては必然と信じたいほどの感動を持って受け入れられたが、奇跡的に下幾良と百々路葉は当時、同じブロックに通っていた。
「なあ、あれ・・・」カチ。
「ん?」カチ、カチ。
メッセージがあったのは次の雨のときのことだった。カチ、カチカチ、と光が点滅しているのが見えた。それは下幾良と百々路葉のいる柱から見て5番目の柱の近く。光る明かりは嵐の中に漂う小舟のようであった。
「――最初にぐるりと円を描く。これが文章の始まりであり、終わりでもある。次に、この文字盤の回転角、深度の順に点滅させるんだ」
樹伊都の目はランプの光を受けて普段より一層、輝いて見えた。
3人は、円形の文字盤を囲んで座っていた。3人の中では当時探検ごっこが流行っており、中庭からの反射光の届かない路地に入っては、ランプを点滅させて遊んだ。樹伊都はそうした遊びを次々と発明する天才だった。
「これって結構面倒じゃない?」百々路葉は眉根を寄せて文字盤を眺め、そう言った。
「いったん覚えたらたぶんそんなに難しくないと思うんだ。なにより、遠く離れた場所からメッセージを送りあえるって、画期的だと思わないかな」樹伊都は自信ありげにそう言う。
経験上、こういうときの樹伊都に間違いはなかった。下幾良は樹伊都に乗ることにする。
「うー・・・ん、面白いかもね」下幾良がそう言うと、多数決でたいていは決まりに傾く。
樹伊都は嬉しげに続ける。文献で読んだんだ。海という場所ではかつて、こうやって何百米突(メートル)も離れた場所からメッセージを送りあっていたらしいんだよね。
明かりで信号を確認し、それから返信を送っていると、腕にはめた時計からアラーム音が鳴る。
「あ、時間だ・・・帰らなきゃ」
それは、そのときは、彼らだけのものであり、彼らだけの秘密のつもりで彼らはいたが、腕時計はすべてを知っていたのだった。
*
カチカチカチ。
信号に対して返信を送ると、再び信号が帰ってくる。
「”コ",”ン”,”ニ”,”チ”,”ハ”」 「”コ",”ン”,”ニ”,”チ”,”ハ”」
2人は嬉しくなって、返信をする。
「"マ”,”ネ”,”ッ”,”コ”,”デ”,”ス”,”カ”,”?”」 「"マ”,”ネ”,”ッ”,”コ”,”デ”,”ス”,”ヨ”,”?”」
ただのオウム返しでないことは分かっただろう。自分たちの茶目っ気に2人はすっかり楽しくなって、互いの顔の綻(ほころ)びを確認していた。
あの日から2年が経っていた。話したいことは山ほどあった。同時に2度と会うことはないだろうとも薄々感じていた。誓律式の日、樹伊都と2人はきっと区別されたのだ。優秀な人間と、そうでない人間。分け隔てられたのだ。何故か、それは――。
そこで信号は意味のないものに変わり、やがて途絶えた。
ある、雨の日の事態であった。
*
中庭の奥には扉があった。
おかしいことに気付いたのはあの、雨の日から幾つかの歳月が経ってからのこと。あの頃なら真っ先に相談しただろう彼はもういなかった。下幾良は百々路葉とも結局17才を境に路(みち)を別(わか)たれてしまう。
下幾良は執政の顧問機関に所属し、様々なことを知る立場になっていた。
人と人の会話はときとしてそれは驚くほど創造的・生産的であることがあり、その場面に立ち会うだけで人はそれを後に奇跡の対談と呼んだりする。そのような会話を多発的に生み出すためにはどうしたらよいか。
誓律式における結果を元にコンピュータが個体を関数化する。その組み合わせから最適の生産性・創造性を確保していく――
人類は残された限りある時間で、世界を再生しなければならない、と、文献にはあった。
かつてあった人類の叡智(えいち)が作り出した巨大な建造物には中庭があり、そこは唯一、外を感じる場所であった。雨になると人工太陽(じんこうたいよう)の明かりは途切れ、中庭の様子が顕(あら)わになる。
地面は年中変わることのない緑に覆われ、遠く、中央の辺りには白い塔が立っている。地面から10米突(メートル)ほど離れたところに球体があり、そこから4つのアーチ状の足を地面に伸ばしていた。その足の間から見える向こう側、そこに扉があることに、ある日下幾良は気付いたのだ。
その扉は常に正面に見えた。それはおかしな話であった。もし、反対側に回ることが出来たなら、扉を開けられるのだろうか。
「月、というものは地球上のどこにいても空に見えたらしい」同僚の答えはそうだった。
「同じ形だったのかな」下幾良は疑問を重ねた。
「同じものを見ていたんだ。それは同じ形だろう」同僚は一笑を付した。
彼が言うには、月というのは歩いて移動しながら見ても、常に同じ場所に浮かび続けるものであったという。さらに、それは時とともにその形状を、円、半円、三日月と変える性質をもった物体だったという。
「それは本当に同じものを見ていたんだろうか」下幾良はそう言って、その部屋へと続くドアを開けた。緊張からか、ノブを握る手は少し震えていた。どくどく。
「人と人の会話はときとしてそれは驚くほど創造的・生産的であることがある―」
それはやがて熱を帯び、人類はやがてその何かを見つけ出すのかもしれなかった。
雨の向こうに明かりは見えず、感じもしない雨の温度に無意識に体が震える。
「下幾良と申します、この度はよろしくお願いします」どくどく。
「ああ、どうもご丁寧に―」どくどく。
差し出した手には心臓から血液が流れ、循環していく。
*
握手した手はすっかり冷えきっていた。
+++ あとがき +++
な、ながくてすみません(汗;
読んで下さった方ありがとうございました。
少し前に読んだ「新世界より」という小説が面白かったので、ちょっとそんな感じの話を書きました。
何故でしょうか、思ったのと逆の結末になってしまいました・・・ ̄へ ̄;
なかまくらです。
新作です。なんか、もっと言い表す言葉がありそうなのですが、今の私には残念なことに思いつかなくて、これが精いっぱい。
神様の化石
作・なかまくら
現実というやつは、今までに見たもののことを言うらしい。
「いいか、手を触れるなよ」 父さんはそう言って、ネクタイを緩める。冷蔵庫からプリンを取り出すと、ねじれたスプーンで器用に口に運んだ。もぐもぐ、もぐもぐ。歯茎はピンク、歯は白く。肌は黒く、髪も黒く。
木製のテーブルの周り、温度を調整した室内には多種多様な植物が生え並び、それぞれに昆虫や動物が規定され、配置されていた。
「うん」
ぼくはガラスケースの中のそれから目を離すことができなかった。
ぼくの家にやってきたそれは、何色というのはむずかしい光沢で揺らめいていた。それは4足で歩く動物に似ていて、胴体から上に首が伸びていた。足は不定形におおよそ4つから6つの範囲でアメーバのように伸長と収縮を繰り返していた。目の粗いポリゴンのような角張った結晶の網膜の中でぼうっと光が動いて、差し出された植物に口をつけると、
植物は種に戻った。
*
この星にはかつて神性を司る生物がいたとする。だが、それを証明することはおそらく難しい。しかし、その遺存種がこうして目の前に顕現しているのだよ。
父さんが同僚にそう話している。曰く、神性を証明することはむずかしい。化石として保存されるのはカタチであるからだ。カタチが表すことは、ひどく表面的だ。
脳のカタチが特異的に心やその感情を作っているわけではない。ぼく達だってそうであることを知っている。そう思っていることを、みんなそれぞれ、自分だけが知っている。他人に見せているのはカタチだけだ。
ぼくはガラスケースに湿った呼気を塗り付けると、『 か み さ ま ? 』と指で書いた。
それは、ふわふわとガラスケースの中に浮いたままで、しばらくして結晶の網膜に光がぼうっと浮かんで。
乾燥したように、すぐ消えた。
*
月曜日が来ると、友達が来た。
食べかけだったジャンクフードを慌てて食べる終えると、ごくり。
肉厚なハンバーグが喉をザラリと撫でた。身体の中を順に通っていく。食道、胃、どぼん。たぷたぷ。少し量が多かった朝食の牛乳が胃で自己主張をする。
ショッピングモールのシネコンで映画を見終えて、トイレへ。身体の中を通り過ぎていく、物質。すいへいりーべ、ぼくの船。
港に船が来航すると、物資が配給される。にんじん、じゃがいも、たまねぎ、鳥肉、ナスなんかもあるよ。背骨さん、はいカルシウム。筋肉さん、はいタンパク質。配給が行き届くと、みんな持ち場に戻ってせっせと身体づくりに励む。
「カレーばかり食べると、カレーの臭いがするようになるんだってよ。某国は国中カレーの臭いらしいぜ?」 カレーハウスの一角では、彼がどこかのネット上の掲示板から仕入れた情報を得意げに話している。
ぼく達の外側でショッピングモールの通路を人が、ひっきりなしに行き来していた。
*
その動物が発見されてからしばらく経つと、ついに研究者達は解剖という手段に踏み出すことになる。
ぼくは飛び起きた。家に曲がっていないスプーンはなかった。
ある時からずっとそうだった。部屋中のものが思い思いの音を立てて一斉に床に落ちた。
ぼくは汗をタオルで拭って鏡の中に映しだされた自分を確認する。不思議なところはない。目は結晶で出来ていないし、身体はいつだってこのカタチをしている。説明はできないけれど、自分のカタチを確認して、ぼくは枕をかき抱いて顔をうずめた。
きっと神様は、生まれる前に死んだんだ。自分の中の神様をぼくは強く強く、抱いた。
ぼくの夢の中は、化石になる動物たちを思っていた。石を食べると、代わりに肛門からいろいろなものが出ていく。最初に血液と体液。赤血球とか白血球とか、血しょうとか。それからずるずると血管が慎重に引きずり出されて、すっかり涸れた脳髄がくっついてきて。それからそれから、ジャガイモみたいに肺とか、心臓とかが体内からすっかり排出されてくる。するともう、ぼくは意味のない酸素を求める金魚みたいにパクパクパクと石を食べる生き物になる。
ハンバーグで出来ていた背骨のなかの脊髄が、パチン、と石に変わった。
あとがき
夜更かしすると、エンジン音がします。ぐるるるr・・・って。
宥(なだ)めるための、チョコレートがおいしいです。
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