なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)
(追記) 半日で、トップページからいなくなってしまうのはあまりに忍びないので、公演観てきましたよ、はこのページの後ろに移ってもらいましたよ。
小説です~。
1時間でやってくれました~。
小品ですが、結構好きな出来です。
なかまくらです。
久しぶりに小説です。ちょこちょこっとした奴は書いていましたが、ちょっと頑張って書きましたよ。
ゆーて、3時間でいっき書きですが・・・。
ちょっと、久しぶり過ぎて読みづらい所も多々あるとは思いますが、よかったら
どうぞーー。
おちてこなくなった
作・なかまくら
2012.8.23
地面にへばりつくように存在するそれを見つけたのは、“おちてこなくなって”から随分と経ってからのことだ。
慣れた足取りで吸盤付きブーツで壁を垂直に降りた。なんとなく好奇心のようなものがフワフワと浮かび上がってきて、近づくと、一兎(イット)はそれを拾った。そこは、街の中心からは離れたところで、でも不思議なことに彼と彼の友人の秘密の場所になっていた。
*
一兎は月村くんとこの街で育った。まだ”おちてこなくなる”前のこと。踏み出した足は地面に吸い付くようにぺたぺたと張り付いていく。それでも子供たちはまるで重さを感じさせない軽快な足取りと街角に立ち並ぶ高い石造りの建物に反響する笑い声をたてて、駆け抜けていく。階段3つ飛ばしはあたり前。くるくるとそれは踊りのように、街に風が吹き込んでくるように。
その日・・・、
イッシュザーグの靴屋から3つめの建物。その建物と隣の建物との隙間、そこから路地裏を抜けると、思いがけずそこにぽっかりと空いた場所があった。
背の低い草を生やした草地。背の高い建物に囲まれ、切り取られたみたいな空に恒星が浮かんでいた。ひとつ、ふたつ。そして、空き地の真ん中には、昔よく想像された宇宙人のそのままの格好のイラストの描かれた看板が立っていた。名前は確か、グレイだっけ? グレイの看板は不可思議な銀色の脚でその空き地の中心に立っていた。
どれだけか時間が立つと不意にどすん、背中に衝撃があり、前によろめく。
振り返れば、月村くんが鼻の辺りを押さえて尻もちをついていた。
「急に止まるなよぉ・・・」抗議の声。
「月村くん、これ、なんだと思う?」抗議はひらりと身体をひねって躱してみせる。ひねったその先に、グレイの看板が見えるだろう。
「・・・・・・あれ? なんだこれ」月村くんは、驚いた顔で目を丸くする。その瞳には、上にある恒星までも映っていそう。
「こんなのあったっけ?」
「・・・誰が作ったんだろ?」
「んー・・・。宇宙人?」
一兎と月村くんは、その日、その場所を見つけた。
*
その場所は、一兎と月村くんの秘密の場所として始まった。
ふたりはよくその場所で話をした。よくするのは宇宙の話だ。
「こんな説がある」月村くんは科学雑誌の最新号をおもむろに(でも意味もなく)開いて、そらんじてみせる。
「この世界は何度か滅びた。一度目は衛星ができた時、そして二度目は翅(ハネ)トカゲの絶滅。どちらも隕石の衝突が原因だったとされている。隕石は破壊の使者なのか。しかし、その破壊の痕跡はあまりにも小さい」
「ん、破壊の痕跡は小さいの? 絶滅、しちゃったんでしょ?」
「でも、すごく不思議なんだよ。化石になっている翅トカゲはすごく少ない。特に、翅のあったやつはすごく少ない。それってさ、飛んでっちゃったってことじゃないかな」
「どこに・・・?」一兎はなんだかすごくワクワクしながら、そう言って、
「宇宙だよ」ピッと立てられた人差し指のその先、指さされている宇宙空間を見上げ、ドキドキしていた。
「宇宙かぁ・・・ここのほうがあったかくて、僕は好きかなぁ・・・」一兎はなんとなくそう言ってみた。想像の中で、宇宙はすごく静かで、寒いけれど、真っ暗ではなくて、キラキラとした場所のよう。でも、ここにいるから一兎は、地面の温かさを知っていた。
「こんな話もある
月村くんは、革製の肩掛け鞄から別の雑誌を取り出す。
―― 隕石は宇宙の宅急便である。
―― 隕石は、水の中の生き物を陸上でも暮らせるようにしたり、翅トカゲが空を飛べるようにしたり、ヒトなんていう言葉を使う生命を生み出したりする。
・・・隕石は宇宙船なんだよ。生物を変化させる物質が中には入っていて、それを効率的に散布するんだ」
一兎と月村くんの青春は、宇宙にまみれていて、いつか隕石がやってきて、人類は滅亡して、あるいはきっとその時そうだったように、翅トカゲが宇宙空間へ飛び立っていったように、人類も地球というゆりかごを離れる時が来るのだと信じていた。いや、そう思えばワクワクとしていて、高揚感はそれだけで空を自由に飛び回るようだったから。だからきっとそう思っていた。
*
一兎は一足先に20才になって、仕事を習い始めていた。街の小さな清掃会社に就職して朝から晩まで働く毎日。”おちてこなくなって”からというもの、みんながみんな壁を歩くようになっていたから、街は足跡だらけになっていて、掃除会社がたくさんできた。デッキブラシで石造りの建物の壁をごしごしと擦(こす)るのだ。夏の日差しの中、一兎の頬に汗の粒が文字通り浮かび、そのまま丸い形になって空気中に漂っていく。そういえば、”おちてこなくなった”日も、朝から雨だったという。
その雨は、ちょうど正午の時間に合わせて、一斉にひたりと止まった。雨音は一瞬にして消え、傘をさして街を歩いていた人は、空気中に止まった雨粒と正面衝突して、すぐにびしょ濡れになった。それから、妙に身体は軽く、どこかで転がるリンゴを追いかけた猫が浮かび上がったのをきっかけにしたみたいに、世界中がふわりと浮いた。慌てて近くのものに掴まらなかったたくさんの人が空に浮かんでいってそのまま、行方不明になった。
その建物を掃除し終わると、えいや、と壁を蹴って隣の建物に移る。
最初は上下左右前後が意味不明に回転してゲロまみれになったり、壁に激突するのが前提のくっそ暑いもこもこショック吸収作業服を着せられたりしていたけれど、勢いをつけずにこわごわから始まり、段々慣れた。
子供の方が順応は早く、壁を駆け上って笑い声を残していく。その音が妙にぐわん、と反響して、呼ばれるようにその場所に目が行った。
*
地面にへばりつくように存在するそれを見つけたのは、“おちてこなくなって”から随分と経ってからのことだ。慣れた足取りで吸盤付きブーツで壁を垂直に降りた。なんとなく好奇心のようなものがフワフワと浮かび上がってきて、近づくと、一兎はそれを拾った。そこは、街の中心からは離れたところで、でも・・・・・・・・・不思議なことに空をフワフワと飛びまわる現代になっても、そこは秘密の場所のままだったらしい。グレイの看板は相変わらず不可思議な銀色の脚でもって立っていた。よく見れば、脚の途中がぐにゃりと曲がって、何かがめり込んだような跡があった。
「隕石がね、落ちてきたんだよ」
イッシュザーグの靴屋から3つめの建物。その建物と隣の建物との隙間、その路地裏を抜けて、月村くんがやってきていた。
「”おちてこなくなった” あの日、最後に落ちてきたんだ、その隕石が」
隕石が落ちてきたからいけなかったのか、
グレイの看板の脚が曲がってしまったのがいけなかったのか、
どうやら問題はそんなことではなく、
「竹取物語というお話をどこかで読んだね。姫様は月の衣を着ると現世のことなどきれいに忘れて月に還って行った・・・僕たちもきっと還る時が来たんだよ」
やっぱり翅トカゲたちはどこかへ飛んで行ったのかもしれない。それからどこかに楽園を見つけて、早くおいでよ、と招待状代わりに隕石を送ってきたのかもしれない。
一兎が手に持っていた隕石は思っていたよりもずっと軽く、でも、持っているときだけは久しぶりに重さを感じた気がした。
その愛おしい石は、月村くんが持って行ってしまう。
月村くんはふわりと浮きあがると、ぐんぐんと空へと昇って行った。
その石が地上を離れると、次第に重力は僕らを引っ張り出して、やがてその足がぴったりと地面についてしまう頃には、すっかり月村くんは見えなくなってしまっていた。
まるで、ばからしくなって、一兎は吸盤のついたブーツを脱いで裸足になった。足の裏に草がくすぐったく、少し、温かかった。
雨は地面をめがけて気持ちよさそうに降り始め、やがて止んだ。
それから幾年かの歳月が流れて、再び”おちてこなくなる”わけだが、
それはまた、別の誰かの物語。
なかまくらです。
ファンタジー! 昨日の夜から眠れなくて、もしゃもしゃと書いてました。4時間くらいか。
ふー。ちょっと長めです。
僕らはともに旅をした
高い空の下、乾いた大地に氷の槍がいくつも突き立っていた。
崩れ落ちる兵士を表情のない目で見つめた王女は、それを成し遂げた使い魔の元へと歩を進める。
「行く・・・な・・・っ!」
足が止まる。
細身ながら両刃の剣を大地に突き立て、必死に上体を起こそうとする一人の兵士。
その精悍な顔。まっすぐな瞳。そしてその奥に湛えた意志の強さ。そして、恐怖。
王女は半身だけ振り向き、薄く笑って、
「もう少しだけあなたが・・・いえ・・・・・・なんでもない。・・・私のことはもう忘れて」
と言った。
2年前のことである。
* 1 *
たそがれ、ふたりは宿に立ち寄った。
「いらっしゃい・・・」
「部屋、ありますか?」
肩よりも少し長い髪を後ろに流し、少女は宿泊者名簿を開く女性に笑いかける。
腰の位置でやや短い剣がかちゃりと音を立てた。
「ああ・・・ちょうど空きが出たところなんだ。泊まってっておくれよ」
宿泊受付をしていた中年の女性は、一瞬曇った顔をしたように見えたが、笑顔でふたりを迎えてくれた。
「あの・・・」つかぬことをお訊きしますが、
と、兵士然としたありふれた鎧の男が口を開いた。
「この辺りに棲む龍退治に来る人について知ってることがありましたら、教えていただきたいんですけれど」
中年の女性は、くちをしばらくパクパクさせたのち、
「ええーと・・・龍のことじゃなくて、龍退治に来た人のことを知りたいのかい?」
「ええ、是非教えていただけませんでしょうか?」少女がカウンターに身を乗り出す。
中年の女性は少し後ろにのけぞりながら、あ、と足元を見て、一歩後ろに下がった。
そうだねぇ・・・。
宿屋の女性の言うことには、こうだ。
龍退治に来る冒険者たちは大抵、この宿に一泊し、朝早く出ていくという。荷物の大半は宿に残し、切り立った山の中腹にあるとされる龍の祠に向かい、そして誰一人、帰ってはこない。まるで遺品を片づけるみたいな気分になってなんとも気分のいいものじゃないよ、と女性は言っていた。
「・・・・・・ねぇ、ウェイン」かちゃかちゃと部分に分かれた軽い鎧を装備しながら、少女はウェインと呼んだ少年に尋ねる。
「・・・自信のほどは?」そう聞かれたウェインは、にっ、と笑う。
「イーリスもいるし、大丈夫さ」イーリスと呼ばれた少女は、少し憮然とした顔をして言う。
「ウェインってさ、ときどき、何の根拠もなく『大丈夫』、とか言うよね」
「えー・・・そうかなぁ。心外だなぁ」そう言うウェインの瞳はどこか焦点があっていなくて、未来を見通しているような、不思議な感じが魅力的だった。
「・・・ま。なんだかんだ言って、いつもちゃんと大丈夫なんだけどさ」そんな風に言いつつも、少年のそんな顔が、イーリスは好きだった。
―――っ!
山は来る者を拒むように天気を変え、雷を落とす。
閃光。一瞬、世界は白か黒かに分断される。人影が白い空間に剣を翻し、断じる。
「うがぁああっ!」獣のようにびくびくと身体を痙攣させ、煙を上げ、落ちる。
――風よ。
イーリスの呼びかけに呼応するように、縦横無尽に吹き荒れていた風が規則だって、小さな渦を作りだす。渦はその大きさを増し、ウェインが落下する寸前に受け止めた。
駆け寄るイーリスに「ごほっ、」と、せき込みながら、ありがとう、とアイコンタクトを取った。
「なっとらん、なっとらんのう!」杖を振り回して近づいてくる老人が嘆かわしい、とため息をついた。
探していた達人は山に入るとほどなく見つかった。
「・・・で、姫様」
「は、はいぃっ!」突然ギロリと睨まれ、イーリスは直立不動の姿勢で身構えた。
「・・・雷耐性の魔法は苦手のようじゃな。鍛錬を怠っておるじゃろう」
達人は、長く伸びた眉の下からギラリとした瞳を見せた。ぎくりとするイーリスに老人はパッと、優しい声をかけた。
「いいかね、その力が、ウェイン殿を魔王の力から守るのだよ。しっかり鍛錬しなさい」
「・・・はい」
「ウェイン殿・・・」
「はい・・・」
モノには必ず実体があります・・・それを切れずして、魔王に打ち勝つことはできませんぞ。・・・守るんでしょう、姫様を。
「はい・・・」ウェインはそう言って、立ち上がった。顔は、空を飛翔する龍を見ていた。
* 2 *
ねぇ、ウェイン。
なんですか、姫様。
その、姫様、っていうの、やめない?
いや・・・そう言われましても・・・。
昔みたいにさ、イーリスって呼んでよ。ほら、
そこまで考えて、イーリスは、首をぶんぶんと振った。
ほら、の後になんと続けたらいいのか分からない。なんといえば、いいのだ?
第一、身分の差を考えたら、当然だ。むしろ、変なことを言っていると、おかしな目で見られるのではないだろうか。
「・・・・・・」前を歩く兵士は、顔色一つ変えずにもくもくと歩いていた。
・・・あの頃とは違うのだ。
まだ子供だった頃、王家の子は、民の生き方を知るため13の誕生日がくるまで、一般的な家庭で育てられる。一般的とはいえ、王家に仕える者の中から、子と同じくらいの時期に生まれたものが選ばれ、左右の家には、護衛の兵が常に待機していた。
「イーリス! 広場に来いよ! ロイが面白いもん見せてくれるって!」顔を出した少年に
「うん、すぐいくっ! 行ってきます!」イーリスは屈託のない笑顔を向けた。
行商人の息子であるロイが、流れ者からチップとしてもらったクリスタルの欠片は結局のところ、魔物を出現させ、何人かの命を奪った。がたがたと震えるロイの唇は緑色に染まり、強い魔力が使われたことを示していた。兵士が駆け付けた時、ウェインは猿のような魔物とイーリスの間に割って入り、恐ろしい形相で睨みつけており、短剣には少しばかりの黒い血がついていた。その後ろでは唇を鮮やかな緑に染めたイーリスが覚えたばかりの回復魔法を震える唇で必死に唱えていた。
魔物はその勢力を増大させ、次第に畑は荒らされ、食糧に困るようになっていく。そんなある時、魔王から使いが来る。
――13の誕生日が来るとき、姫を戴きに参る。おとなしく渡せば、特区を設け、人間の生存を許可しよう。
生贄をよこせというのだ。
王家の血を色濃く受け継ぐものほど、魔力に優れていた。魔王も生命である以上、魔力に優れた血を残す必要があったのだ。逆に言えば、これを阻止することが出来れば、魔王の勢力を弱めることができるのかもしれない・・・・・・!
魔王の使いは稲妻のように光の線を引いて現れ、同じように帰って行った。誰にも呼び止めることは適わず、それは、絶望でしかなかった。
「ねぇ、ウェイン・・・あのさ」
「姫様、あのですね、お願いがあるんですが・・・」
ウェインのどこか照れくさそうな表情、これは、もしやっ!
イーリスが目を輝かせると、ウェインは申し訳なさそうに、
「トイレなので、草陰までついてくるの、やめてもらえます?」と言った。
「ばかぁああっ!」ビンタの音が空にこだました。
* 3 *
雲に切れ目が入ると、雨が次第に明るい色に変わっていく。
折れた剣の剣先を踏んで、驚いたように飛び退るイーリスに、ウェインは苦笑した。
「元気そうで何より」
「何よ。なんか皮肉っぽいわよ!」イーリスの唇は濃い緑色に染まり、肌に浮かび上がった血管も少し緑がかっていた。魔力の使いすぎだ。
「にしても、むちゃくちゃだよな・・・」そう言うウェインもいつもの鎧は途中で打ち捨てられ、服の上に爬虫類の鱗を縫い付けただけの軽装で、おびただしい返り血で真っ赤に染まっている。
「あんたもだよ、ウェイン」がつがつ、と音を立てて、長身の男が近づいてきていた。
「バルートさん、助かりました」
「それはお互い様」
辺り一帯は、黒い液体が染み込み、大小さまざまな命だった塊がごろごろと落ちていた。剣は折れ、槍は尽き、魔法によって大地は隆起し、陥没していた。
前の街で出会い、ウェインに惹かれて、兵士然とした鎧をそろえた男の、鎧もあった。
あの屈託のない笑いを浮かべる顔はなく、鎧の右腕の部分を振ると、なかで何かが動く音がしていた。
「・・・馬車は、無事でしょうか」ウェインがふと、そんな言葉を口にすると、
「さあな」バルートは、道沿いに歩き始めた。
用心棒を務める代わりに、次の街まで連れて行ってもらう約束だった。
ところが途中、魔物に襲われ、荷馬車の上から迎撃に当たっていた何人かがイノシシに似た魔物の横からの衝突で落ちた。その中にウェインがいた。迷わず飛び降りた数人と、落ちた数人をそのままに、馬車は全速力で駆け去って行った。
「実際、他人事なら、いい判断だったと思うぜ?」バルートは、落ちていた剣を拾っては鞘に合うかどうか確かめていた。「ただ、気になるのはな・・・待ち伏せっぽい感じがしたんだよな」
しばらく行くと、道を少し外れたところで馬車は倒れ、2頭いた馬は骨になっていた。
「はぁ・・・後味わりーな。ま、どうすることも出来なかったんだ」
雨は降り続いていたが、空からは雲が完全に引き、温かい日差しが冷え切った身体を癒してくれていた。雨も、魔物と対峙しているときのものとはどこか違い、こびりついた血や恐怖に固まった感情を洗い流してくれるように優しく身体を撫でていった。
「どうして、馬車は・・・狙われたんだろうな・・・」バルートは、ひとりごちたが、ふたりは答える言葉を持たなかった。
* 4 *
「『忘却の石』?」
「そういうものがあるっていう話だ」
その村の西、魔物が繁殖している地帯がある。その奥に洞窟がある。その洞窟に行ったものは記憶を失ってしまうという。
「記憶って、どういう具合にうしなわれるのかな?」
例えば、家族の記憶・友人の記憶、そういうものが失われれば、ショックは大きいだろう。
例えば、自分の記憶・戦闘の技術を忘れてしまえば戻ってくることも難しい場所だ。
そして、何よりも、信念。信念のない剣はなにものも断ち切ることはできない。
何を忘れてしまうのだろう。
イーリスは、じっと、ウェインの顔を見た。
「ん?」
「・・・ケチャップ」
笑ってイーリスはそれを指で掬うとぺろりとなめた。
「うわっ、きたねっ・・・」ウェインがそう言うので、フォーク・ナイフが宙を舞う羽目になった。
・・・・・・っ。
洞窟の中はひやりと冷たく、奥の方から風が吹いてきていた。
「ねぇ、ウェイン、嫌な予感がするんだけど・・・」
「えぇ・・・まだ言ってるのかよ。大丈夫だって」ウェインは、ありがちな兵士の鎧にやや細身の両刃剣を提げた格好で振り返った。
「だって・・・さ」
「『忘却の石』の横には『想起の石』もあるんだろ? だったら、忘れたとしてもすぐ思い出せばいいじゃん」
「だから、その『想起の石』のことも忘却しちゃうんだって!」イーリスは口をとがらせて言う。
「だからぁ・・・その時は・・・」
「だって・・・忘れちゃうんだよ、ウェインのこと・・・いいの?」
「ん、んー・・・」ウェインが剣の柄に手をかける。嫌な風が吹いていた。
―其の刃に雷を
イーリスの剣を模した木の造形。その柄の先に填め込まれた結晶が輝きを放つ。
ウェインのすらりと抜いた剣はその一連の流れの中で空間の闇を払う。その先に魔物がいた。4つの脚は、胴体の横からすらりと昆虫のように伸び、尾が二つに割れていた。首は短く、縦に長い顔に丸い目が静かに瞬いていた。殺意は薄く、興味、という印象だった。
「幻影に惑わされてたかな・・・?」イーリスがそう言うと、
「どうかな」ウェインの剣の腹の部分に刻まれた紋様が輝き、刀身全体が紫電を纏い、空間にぼうっと浮かび上がる。
ざ、っと、小さな音。一瞬ののちにはありえない手足のうねりを伴いながらウェインに迫った。
ウェインは鎧の重さをものともせず、1メートル以上飛び退った。
追撃する魔物の着地する前足を剣で払う。3本脚でうまく着地し、倒れない魔物は関節を感じさせない動きで手があり得ない方向から伸びてきて、鎧の胸当てを浅く薙(な)いだ。
ぱちぱちと音を立てる剣を突き出すものの、ぐっと胴体を縮めた魔物の上を掠めていった。
―土の精霊よ
イーリスの唇が鮮やかに染まっていく。雷魔法の維持を止め、所定の動作に従って、木の剣を大地に突き立てる。その剣先から、何か質量のある物体が地の下を蠢めき、一瞬のうちに魔物とウェインの間に割って入った。隆起したそれは、土人形の形をとり、魔物の倍はあるであろう腕をぶんと振った。
その時、魔物の尾の先についた結晶が明るく輝く。
数歩後ろに下がっていたウェインはそれを見てさらに数歩下がり、障壁を張るアイテムに魔力を送りだす。薄い虹色の障壁がウェインを包み込むと同時に結晶から光があふれる。
「下がって!」イーリスは土人形をさらに巨大化させ、掌で包み込もうとする。
光が掌に触れると、その先から人形は崩れ始めていた。始まった崩壊は止まらず、人形は土に還って行った。一瞬、土ぼこりが空間を支配し、
―風よ
イーリスは咄嗟に風の呪文によって吹き飛ばす。その先で、ウェインと対峙する魔物の尾の結晶が再び輝き始めていた。
結晶の効果は崩壊? いや・・・
「ウェイン、離れて! それが『忘却の石』だよ!」
「そ、そんなこと言われてもな・・・っ。こいつ速えぇよ!」
土人形は崩されたというだけじゃない。その形を忘れさせられたのだ・・・。
雷の魔法をかけ直そうとしてイーリスは、思い直して氷魔法を唱え始める。その応用、
―鏡面魔法
反射魔法は、対峙するウェインと魔物を完全に囲い込む結晶体を形成した。
一瞬の判断だった。忘れても『想起の石』で思い出させればいい。イーリスの瞳はぐるぐるになっていた。もうこれしなかい、そう思っていた。
数秒ののち、結晶を解くと、中からは、ウェインと倒れた魔物が現れた。
「ウェイン・・・」
「ったくよー、ひどいな・・・ま、悪くない判断だったかもしれねーけどさ」ウェインはすたすたと歩き、ごつん、イーリスの頭に脳天からこぶしを振り下ろした。鎧の金属がもろに当たって、目から火花が出た。
「・・・少しは俺のこと、信用してくれよ。ま、姫様なんだから、自分のことを守らないといけないのは分かるし、理解もするけどさ、・・・ふたりでチャンスをうかがって、それで倒すってのも、アリだろ? そのために、今こうやって逃げながらレベル上げてるんだからさ」
「・・・うん、ごめん」イーリスは頭を押さえながらそう言った。そうだ。自分のことしか結局考えてなかったんだ。
「それでおあいこってことで」
ウェインは動かない魔物から『忘却の石』『想起の石』を切り落とすと、片方をイーリスに投げて寄越した。
魔王の使い魔に連れ去られたとき、イーリスは『忘却の石』を持っていた。
それは、彼女に何を忘れさせてくれたのだろう。
「もう忘れて」そう言われたウェインは『想起の石』を持たされたというのに。
たき火を見つめながら、ウェインは旅の途中で拾った竜の子に餌をやっていた。
「大丈夫さ、イーリス。今度こそ」
今度こそ。
目的の城は丘の上に見えていた。
40分くらい、キーボードを叩いてたら、書けました。
なんか心がざわめいて落ち着かない。不安定は今は要らないのよ。
明日からまた頑張ります。なんか字が小さいので、ブラウザの拡大機能を使って大きくして読んでください。
++
明日が僕らを呼んだ話
作・なかまくら
明日が僕らを呼んだ話
120716
明日が僕らを呼んだって?
それは嘘だ。明日が僕を呼ぶわけがない。
・・・明日というのは、トゥモローのことだろ? ああ、君はよく似ているけど、トゥモローという名前じゃないのか。
じゃあ、とっておきの話をしてあげよう。明日が僕らを呼んだ話だ。
++
ある日の昼休み。
僕らのクラスはいつもにも増してざわついていた。僕らの真ん中には僕らとあまり変わらない背格好の男の子がいた。いや、この場合、男の子というのは少しおかしい。彼はロボットだった。
僕らは口々に僕らのことを話した。中学生なんて、他人への興味よりも、まだ自分のことばかり考えているようなやつらばかりで、彼はうんうん、と聞いてはときどき相槌を打っていた。彼の自己紹介は既に一通り終わっていて、彼によれば、彼は、中央電子演算塔で造られた新品のロボットなんだとか。
彼は、僕らよりも計算がずっと得意で、漢字の間違いとかもずっと少なかったけれど、中間テストの国語なんて、ひどい点数をもって、僕らは一緒に教室で居残りの宿題をやった。
ロボットなのに好き嫌いもあって、給食の時間になると燃料ドリンクをまずそうな顔でぐいっと、やって、
「ぐはー、やっぱ、まずいわ、これ」なんて、まずそうな顔で言うから、僕たちは牛乳を噴き出して大笑いした。
彼の顔は、青汁を飲んでいる父さんの顔にそっくりだったから、僕は人一倍笑い転げていた。
ある日、道徳の時間になると、ロボットの彼に名前をつけよう、ということになった。僕らは、勝手にトゥモロー、トゥモローって、読んでいたから、なんで? って、顔で先生を見ていた。すると、先生は言ったんだ。
君たちは、自分たちの名前、好き? その名前はね、お父さん、お母さんが君たちが将来幸せになれるようにって、一生懸命考えてつけてくれた名前だから、好きになれるんだよ。君たちは、彼の名前、一生懸命考えたかな? 幸せになれそうかな?
僕たちはしーんと静まり返ってしまった。トゥモローの名前は、彼の服に僕らがいたずらでつけたトウモロコシのシールからつけたんだ。とうもろー、とうもろー、とぅもろー、トゥモロー。とうもろこしで幸せになれるのは、お祭りで焼いたトウモロコシの時だけだ。僕たちが黙っていると、トゥモローは、こう言ったんだ。
「先生、でも、僕、このクラスに来れてよかったです。幸せです」
先生は、僕らの顔を見渡して、それから、彼を見ると、
「そう、じゃあ、これからもよろしくね、トゥモロー君」
そう言ったんだ。
僕たちはそれからも一緒に遊んだ。
それからしばらくは、僕たちは本当に幸せだった。
でも、僕たちの幸せな世界の外では大変なことが起こっていたんだ。
ある日、僕が家に帰ると、いつも仕事で遅い父さんが玄関で僕らの靴の裏の部分をはがしていた。
「ただいま」僕が言うと、
「おう、おかえり。早かったな」父さんは、作業する手を止めずにそう答えた。
僕は、
「・・・なに、してるの?」そう尋ねると、
「チップを外してるんだよ。チップがあると、どこに逃げてもすぐに見つかっちゃうだろ?」そういって、お父さんのお気に入りの少し底の厚いブーツにナイフが、入った。
戦争が始まるかもしれない。
僕たちは、トゥモローから、そんな話を熱心に聞いた。ロボットだけあって、物知りだ。前から、ロボットは独立した国を作りたいと、人間側と交渉していたんだって。人間政府は、ロボットには心がないと思っていたけれど、もし、心があるというのなら、ロボットとヒトは分かり合えるはずだって、そう考えて、トゥモローのようなロボットが、いろんな場所に送られてきたんだって。トゥモローは、それから、申し訳なさそうに僕らに謝った。「僕、スパイだったんだ」
僕らは、その時、守ろうって決めていたんだ。
テレビの中からだんだんと笑顔が点滅しだして、急によく笑って、消えた。
空にはヘリコプターがバラバラと雨のような音を学校の校舎に落としていくし、
学校自体も、毎日じゃなくなった。
電気が時々ちゃんと来なくなるころには、ロボットが町から追い出されるようになっていた。テレビが恐ろしい口調で、戦いを口にしたとき、僕は、トゥモローに聞いていた住所に向かって真っすぐに走った。僕が一番近くに住んでいた。郵便局の隣。そう聞いていた。
郵便局の隣・・・郵便局の隣には、家なんてなかった。古ぼけたロッカーが並んでいて、・・・そのひとつにトゥモローって、書いてあった。
僕はなんだか不意に力が抜けてしまった。
そのとき、ロッカーの上についていた回転灯がぐるぐると赤く回転しだす。それはぐるぐるとまわるたびに、ロッカーのドアを少しずつ押し広げて、ついには、中のロボットたちが露わになった。ロボットたちの顔は、僕たちと見分けもつかないくらいよく似ているけれど、その目は少し乾いていた。僕は、ずりずりと後ずさりをして、田んぼに背中から落ちた。そこから、ロボットたちが中央電子演算塔の方へ向かって歩いていくのを見ていた。
一体のロボットが近づいてくると、トウモロコシのマーク。トゥモローだった。
「大丈夫?」そう言って、僕が田んぼから抜け出すのに力を貸してくれる。
そんなロボットを、僕は、一瞬怖いと思ってしまっていた。
トゥモローは、分かっているのかいないのか、僕の方を見ずに言う。
「僕は行かなくちゃいけない。僕は、ロボットだから。でも、忘れないでほしい。ロボットだけど、君たちの友達だった。これは本当だった。だから、こう言うよ。さようなら」
トゥモローはそう言って、僕の前から居なくなった。
++
それから、戦争は起こって、トゥモローと同じ型のロボットが、たくさんやってきて、友達も家族もいっぱい死んだ。
「だから、自分は、軍に入ることを志願しました!」僕は、そう言って、直立の姿勢をとった。
「だが、君は、あるロボットと、友達だといって、教官に難あり、と退学させられたと聞いているが?」僕は、内心のくちびるになっているところを心の歯で噛んだ。
「はっ。決心は既に固まっております」僕の心は、丸く収まらない。
子猫が毛糸の玉をころころと転がすと、転がった毛糸玉が、転がる先から糸をこぼしていくように、僕の心は、丸く収まってはいなかった。
あとがき
実は、関連の話があるんですが、時間も気力もないので、まあ、気が向いたら。
いつか、どこかで。
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