離れに勇者がすんでいる
かって世界は魔王に牛耳られていた。
人間の魔度では、魔石を使って火を起こす程度が限界であり、魔王や彼の使い魔たちの強大な力の前では、風に揺れる葦のように心許なかった。しかし、人間は考える葦であった。
人々は魔王に貢物をすることで、一部の地域での生存を許可されていた。
ところがある時を境に、魔王の使い魔をぱったりと見なくなった。
魔王によって凶暴な魔物に変えられていた動物たちも、その効力が薄れ、次第に古文書にあるような、本来の姿に戻っていった。
さまざまな憶測が飛び交った。
魔王は、権力争いで同士討ちになったのではないか。
魔王は、病気で死んだのではないか。
魔王は、勇者によって倒されたのではないか。
答えを出すためには、彼らは、魔王の宮殿に向かわなければならなかった。水晶に閉じ込められた魔力によって、仕掛けが次々と作動し、侵入者を拒み続け、魔王は沈黙を続けていた。第3次調査部隊の調査隊が、初めて宮殿の奥へのルートを確保することに成功ずる。
玉座には既に白骨化した亡骸が座っており、魔石がちりばめられた絢爛な冠を戴いていた。
調査隊は白骨化したその姿になお、恐怖を覚えたが、その奥にソレを見つけるという偉業を果たした。
*
それから20年の歳月が流れた。
ある晴れた日のこと。
高層ビルが立ち並ぶスクランブル交差点の信号機が一斉に青になり、人々はそれぞれに歩き出した。電器屋の巨大な液晶スクリーンに目を向ける人は少ない。ニュースが流れる。『DNA、不一致? WHICH(どちらの)?』という見出し。
僕は、立ち止まってそれをじっと見ていた。
*
僕の家の離れには勇者が住んでいる。
僕の父は言った。
「俺もかつて勇者を志した人間だ。あんたがなんであれ、そんな姿は忍びない・・・。離れが空いている。しばらく住むといい」
勇者といっても見た目はただのおっさんで、お母さんは本物かどうかも疑っていた。僕は勇者の開いた剣術道場で剣を学んでいる。
勇者は言う。
「いいか、お前たち。本当に大切なのは、生き続けること。変わり続けることさ。自分の勇気はもしかしたら間違っているかもしれないんだ。間違った勇気は人を傷つけるだけかもしれないんだぞ」
勇者は実にはいからで、街を歩き回っては、流行の映画を観たり、科学の本を読んだりしていた。
勇者が現れたのは、そのほんの数週間前のことだった。
電器屋のスクリーンに映し出された男を誰ひとり知らなかった。そうして巧みに視線を集めた男が発した言葉は、全世界を駆け巡った。
「私は、魔王を倒した勇者だ」
あれから20年の歳月が経っていた。魔王が倒され、この世界は科学というものがあることを知った。魔王によって封印されていた力であること。かつて人々は空を自由に飛びまわり、時間も空間も飛び越える世界があったこと。人々はそれらをひとつずつ知っていった。実現していった。
勇者は年を取ったと笑った。体が思うように動かなくなり、日雇いでは生きていけなくなった。あっという間にできた社会保険の制度も働いている人を救うだけの制度であり、勇者のような自由業の遊び人を救う制度ではなかった。だから勇者は20年の歳月を経て名乗ることになる。その名を。
勇者は言う。
「いいか、お前たち。人はとりあえず、食べ物があって、住むところがあって、笑いあえる誰かがいなくちゃいけない」
勇者は離れに住んで、僕ら家族と一緒にご飯を食べていた。
僕の父さんと僕と勇者はよくご飯を食べに行った。父さんは酒を飲むと口癖のように言う。
「俺も若いころはよぉ、勇者になろうって鍛えてたんだぜ。今の世の中じゃ役に立たないがな」
剣も魔法も人を守る武器だけれども、科学のように一度にたくさんのものを速く移動させたり、ものを温めたり、冷やしたり。魔法では大変なことが科学では簡単にできてしまって、魔法は20年の間にすっかり脇役になってしまった。今じゃ、映画の効果として使われるくらいだ。人間に魔法は合わないのだ。
何度か疫病が流行って、魔法使いと呼ばれる魔力の高い人間が現れてきたころ、ニュースは流れる。
新聞記者やら、テレビ局やら放送車がバンバンとドアを閉じて、僕の家に詰めかける。父さんが追い返そうと門のところで頑張っている。ひっきりなしに声がする。でも、要約すれば、こういうことだ。「DNA鑑定の結果、現場に残された剣とあなたの血液は一致しませんでした! この結果からあなたは勇者ではない可能性が高まっておりますが、その件について、どう思われますか?」
僕が裏門へ回ると、ちょうど勇者は外に出るところだった。
僕は、言った。
「どこへ行くの?」
勇者は門に手をかけ、言った。
「さあて」
僕は、言った。
「偽物だったの?」
勇者は大きな荷物を肩にかけ、言った。
「・・・どう思う?」
僕は、言った。
「でも、あなたは勇者なんでしょう?」
勇者はゆっくりとした足取りで外に出ると、自転車のペダルに足をかけ、言った。
「さあね、昔のこと過ぎて忘れちまったよ」
僕が勇者をみたのは、それが最後だ。
それは、クローン技術で甦ってしまった魔王を倒すために僕が立ち上がる10年前のことだった。
***あとがき
ファンタジーが書きたくなったので。
[0回]
ボーッ・・・
・・・
・・・っと、
眠りの園への船が汽笛を鳴らしている。波打ち際。
心地よいさざ波が飽きもせず、寄せてはまた返す。
「なあ、クロノ」
ぼくは、隣でのんびりとあくびをしている猫に声をかける。
振り向かずに。たわいもない話でもするように。
「ぼくは時を超えてみせるよ」
クロノがその綺麗な茶色の瞳で覗き込んでくる。すいこまれそうな宇宙だ。
ぼくは続ける。
ぼくの顔はまるであの頃のように生き生きとしているはずだ。
つやつやとして、太陽光を跳ね返して頬を上気させているはずだ。
「ぼくはね、夜を超えて歩き続けるよ。明日のことなんていい。あの頃のように」
―― 夜を超えて
***
最近夜更かしがまったくできない(笑
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なかまくらです。
書いたので。なんか、連続ですけどww
んー、最初に思ったほど面白く書けなかったので、いつか書き直すかも。。。
でも、まあまあ、面白く書けたかな^^
久しぶりにファンタジー書きたくなってきたなぁ~~。
でも、王道ファンタジーって、もういくらかいても終わらんのだよね・・・・・。
ま。
とりあえず、どうぞ。
ワニは庭に
僕の家の庭には二羽、ニワトリがいた。
とさかが鋭いのがジョージで、羽が雄雄しいのがパトリック。
庭には小さな池があって、池の真ん中の苔むした噴水口の辺りがジョージのお気に入りの場所だった。
パトリックはといえば、庭の端っこの方のりんごの木の下でよく涼んでいた。
「昼ごはんにしよう」
縁側に出て、僕はふたりによく声をかけたものだった。
「タマゴ料理は嫌いだからな!」と、ジョージ。
「どちらかっていうと、クワガタというやつが苦手だ」と、パトリック。
僕はどちらかというとパトリックと仲が良くて、ジョージの鋭いとさかによく似た性格が少し苦手だった。
*
僕らはよく話をした。
庭には夏の日差しとその立ち上る熱気を佩くように流れる風。
北風と太陽の話。
僕らは道を行く哀れな旅人だ。ただの旅人ではない。3人の道連れ達である。
昨日読んだ冒険の書の話。
それから、
庭の鼻先を通っていったとびっきりの美人の話。
庭に生えた木野子と食あたりの話。
通りがかった数学者の残した難問の話。
それから、
僕らが動物であること。ヒトであること。ニワトリであること。ワニであること。
季節はそうやって話の外でも中でもページをめくっていった。
*
「キミとはもうやってらんないね」
「ああ、音楽性が違うんだ。往年の名バンドのように潔く解散しよう」
「ああ、キミのチキンッぷりには、嫌気が差した。ROCKじゃないね」
「ああ、キミの行動には気持ち悪くて鳥肌が立つよ」
ある時ジョージとパトリックは宗教的な問題によって喧嘩をする。卵が先か、ニワトリが先か。
彼らの対立は根深く、パトリックは、僕の家の庭先から僕の家のリビングに転がり込んでくる。
僕はその一部始終を、
腕に生えたワニの鱗をかさぶたみたいにぺりぺりと剥がしながら、じっと見つめていた。
*
僕らは生まれた。
僕が生まれた頃、僕らは一斉に産声を上げる。
なんとかかんとかのベビーブームがハローベイビーとばかりにやってきて、世界中で試験管が、「ベイビー」と喚いた。
少子化に歯止めをかけようと、政府は試験管ベイビーを100%承認した。
人工的に遺伝子工学で作られた子ども達。
倫理観はどこかに置いてイカれた親たちが動物との配合を始める。
猫耳、狐の尻尾、etc..
一番人気は白鳥の羽で、天使みたい! ともてはやされた。
天使が50のおっさんになったらキモいとだれかが気付いて、
みたころにはもう遅かった。
大統領が差別を禁止し、一見平和になった世界から、僕らはそっと離れた。
『動物園』と蔑称されるコミューンを作って僕たちは生きていた。
*
僕の家の庭には二羽ニワトリがいた。
イカれた両親は僕をワニにした。
両親は僕を新しいおもちゃみたいに触り、愛し、笑いあった。幸せに生きていた。
授業参観。両親は一番に駆けつけたし、
運動会。両親はかけっこする僕を追いかけるようにビデオカメラを持って走っていた。
合唱コンクール。両親は僕の歌声に勝手に涙した。
僕は幸せだったが、僕の中のワニは、次第に大きくなっていった。
小さい頃はそんなに目立たなかったワニの黄色い瞳が次第にその色を濃くし始めた。
皮膚は堅くなり、顎も発達した。
僕の中のワニが、僕というヒトの脆弱な殻を破って外に出ようとしているみたいだった。
イカれた両親は、僕というおもちゃに飽き始めていた。いや、それは世間一般で起こっていた子育てというやつに飽きただけだったかもしれない。例え僕がニワトリでも、金魚でも、鯉でも、ネコでもキツネでも、パンダでも。あの両親はそういう性格だったから、飽きただけだったかもしれない。
でも、僕は僕というヒトの部分にコンプレックスという名のひび割れをたくさん持っていたから、ワニがそこから顔をのぞかせるのは難しくなかった。
それから僕の中に、ワニが生まれた。
ワニを薬で抑えながら、ヒトとして生きている。
*
ある時、僕の胴体はまるでワニのようにぶくぶくと太った。
ダイエットに励もうにも、動くのが面倒になり、コミューンで割り当てられていた仕事も時折休むようになっていた。
コミューンの中には同じような症状が随所に見られ、夜中に月に吠える狼人間、真冬の用水路で魚を鷲掴みにする熊人間。コタツに引きこもる亀人間とネコ人間。
野生の遺伝子が体内で暴れだし、薬の静止を振り切ろうとしていた。抑制薬は完全ではなかったのだ。
大統領は直ちに新薬の開発に取り組むことを固く約束したが、数日後には辞任に追い込まれることになる。
「キミ達は大変だな。ふたつの生き方をもっている。ヒトとして生きるか、ワニとして生きるか」
パトリックは麦をついばみながら、器用に喋る。
「ヒトとして生まれて、生きてきたんだ。ヒトとして死にたい、よ」
僕はそう言って、急いでいまやただのビタミン剤と揶揄される薬を飲む。
途端に身体中に半分の麻酔がかかる。動悸が治まっていく。
同時に身体の1/2がどこかへ失われていくようなけだるい感覚に襲われて、畳に両腕をつく。
荒々しく置かれたコップの水が揺れて世界を歪めてみせていた。
「・・・・・・おかしな事だ。ヒトの社会で受け入れられなくて、ここにきて、なおヒトにこだわるか」
「そうだよ、悪いかよ」
「野生に戻ったらどうだ。薬で抑え込んだワニのキミが暴れるんだろう? ヒトはヒト。サルはサル。ライオンはライオン。ネコはネコ。我輩は・・・なんて誰も考えない」
ニワトリはニワトリらしくないことを言って麦をむぎっむぎっと音を立てて食べる。
それからバサバサっと、羽を開いて毛づくろいを始める。
そのひとつひとつの動作に僕はドキドキする。
「そうしたら今度は僕の中のヒトがまた僕を取り戻そうと暴れるだろうか」
「さて。ヒトにそんな力があるとは思えないが・・・・」
遠くの方でパトリックの声がした。
汗が伝い、
少し風が吹いた。
ああ・・・動悸がおさまらない
*
僕は赤々と染まる。
瞳はらんらんと黄色く輝く。
それでも僕は僕であることを手放していなかった。
「ヒトであることを手放してしまったら、それは二度と手に入らないよね。ヒトであることを恥じるようになるよね。昔、何かの本で読んだんだ」
僕は夕暮れの畳にそう言う。
すっかりぬるくなったコップの水に浮かんだ、白い羽が風もないのにゆれる。
パトリックは応えず、
部屋に体毛だけが散らばっていた。
枕の中身のように。
[0回]
んな、回答編だけあげられてもねぇ・・・って苦情は受け付けられません(>ω<)!
「密室の謎Ⅱ」 爪楊枝さん作
http://ssstory.net/ssstory/story_ren/index.php?search_data=20111025223449342&page_num=1&anthology_name=&poetname=&count=137
の、回答編です。
どうぞ。面白い・・・のかもしれないと思ったので、あげてみました。
密室の謎Ⅱ(ふたりは・・・編)
2011/11/03
こんこん、がちゃ。
大学のスキーサークルの友人・工藤啓介が退出した部屋に来客があった。
「兄さん」
「正行か、どうした」
吉行は、天井を見上げた。
先ほどまで継ぎ目ひとつなかった天井に今はぽっかり丸い穴が開いていた。
この仕掛けは兄弟しか知らない秘密である。そしてこの仕掛けを活かすために弟・正行の部屋は吉行の部屋の直上に配置されていたのだった。
「あのさ。会社の経営のことなんだけど・・・」正行は話を切り出した。
「ああ、またその話か。分かってる。俺には林業の会社なんて向いてない。いっそ俺がいなくなっちまえばいいってな・・・」吉行は自嘲気味にそう言った。
「そんなことは・・・」正行に動揺が走るのが、吉行には見て取れなかった。
「いや、実際そうだろう!」
だから、
「ああ、実は俺もそう思ってたんだ。ちょっと代われよ、もう」
体格の差よりも、単純にその瞬間の心持が違った。一瞬の後には吉行は床に突っ伏していた。
正行は手早く空っぽのゴルフバッグを上の階から降ろすと、グラブを吉行の周りに括りつけるようにして縛って、バッグに詰め込んだ。これでもし誰かが外部からバッグに触れても少しのことでは見破られたりはしなくなった。
正行は吉行を隣りの書庫に運び、支度を済ませると、書斎に戻り、おもむろに声を張り上げた。
「た、助けてくれっ!」
「どうしたんだ」工藤啓介の少し慌てた声。
「桂木、早くマスターキーを持ってきて!」紗江子の声。
正行はその成功を確認しつつ、二階に戻り、何食わぬ顔で一階に戻るのだった。
*
桂木が部屋の扉を開けるのを待ち、まずは書庫に向かう。それから、書斎へ戻り、
正行は言った。
「あちらにはいませんでしたよ。そちらの状況は」
書斎に置いた炙りだしの仕掛けの【ヨキ】という単語から斧を調べることになり、正行はとっさに名乗り出る。天井に注意を向けさせてはいけない。
その後、よきの上を調べろという単語からゆかを調べることになる。床には正行があらかじめ仕掛けておいた隠し通路の足跡があったのだった。
*
「準備するための時間を30分ほど作りましょう」
正行は内心、勝利を確信していた。一番危ないところは凌ぎきったといっていいだろう。
30分の時間を利用し、ゴルフバッグを自分の部屋に運び上げる。それからベランダの柵に並ぶ植木鉢のロープに混ぜ込むように、ロープを結ぶと、ゴルフバッグを窓の外側に吊るした。
実際のところは分からないが、吉行はこの段階までまだ、息があったのではないだろうか。しかし、この極寒の中、吊るされるうちに吉行は誰に知られることもなく、命を落としたのではないだろうか。
最後の仕上げは電話である。
生来兄・吉行に声の似ていた正行は、その声質を利用して、事前に録音を留守電に残していたのである。
「みんなしてぼくを探してくれているようだね。嬉しい限りだ。しかし、まだ屋敷を探しているようじゃ僕は見つけらないし、僕は二度と家に戻る気はない。軽蔑してくる母、主体性のない妻、ぼくより優れた弟、比較する周りの声。もううんざりだ。家業なんて正行が継げばいい。ぼくは本当の愛を見つけたんだ。だから彼女と二人で新しい生活を始めるつもりさ。みんな元気でな。啓介、洋平、くだらない結果に終わってしまって残念だが、僕にはどうしようもないんだ。元気で暮らせよ。ガチャ、ツーツーツーツー」
たったひとつの誤算は、成田洋平が雪でその場にいなかったことである。だが、茫然とする人々の中において、その事実に気付くものはいなかった。
正行は心の中で踊りくるった。
*
踊り疲れて憔悴したようになってしまった正行は、
翌日、正行は車に仕事用だと言ってゴルフバッグを積み、啓介を駅まで送った。
ゴミの中にまぎれてしまったゴルフバッグなど、触るものもいなかった。
***
「・・・・・なぁ、どう思う」
カラン。
啓介の置いたグラスの氷が音を立てた。
「・・・・・・クククッ」
隣の男が笑う。
「あーっひゃっひゃっひゃっひゃ!!」
「おい、成田! お前、飲みすぎだぞ! そりゃあ、俺だってショックだよ。だがな、俺達の手で、この事件に決着をつけなくちゃいけないんじゃないか!? そのために、お前の力が必要なんだ!」
啓介は顔を真っ赤にして成田の肩をがしっと掴んでいた。
「まあ、なんだ・・・・・・」
成田は、にじみ出てくる涙を拭いて、言った。
「お前、推理小説家にでもなってみたらどうなんだ」
カラン。バーの扉が開き、ベルを綺麗に鳴らす。
数段しかない螺旋階段をカツ、カツ、と革靴が鳴らす。
啓介の顔が赤から黄色に変わり、青になった。
「なあ、お前もそう思うだろう・・・・・・吉行」
「さて、気に入ってもらえたかな、今回の趣向は」
吉行はその色白の顔に笑みを浮かべて2人の隣に座った。さらにその隣には、見知らぬ女性が座っていた。
「ああ、紹介するよ。私が今、愛している女性だ。今度結婚するんだよ」
「初めまして」女性は艶っぽい声で、そういった。
「ああ、初めまして」
会話の中で彼女が物静かな感じだが意思を持った魅力的な女性であることが分かったが、啓介は、どこか紗江子夫人に通じるところがあるように思えてならなかった。
「そうだなぁ、名探偵は、なかなかの名推理をしてくれたわけだが・・・」
と、吉行は最初に頼んだカクテルをぐいと煽って口火を切った。
会社を継ぎたい正行と、自由に生きたい吉行。ふたりにとって、最大の障害は母・節子の存在であった。ところが吉行が失踪とでもなれば、正行に継がせないわけにも行くまい。ふたりは一計を案じた。
① 吉行は「たすけてくれ」といい、書庫に隠れる。正行が書庫に吉行はいないと証明する。
② 床の仕掛けを作動させて、吉行の逃げ道の確保に成功する。
③ 吉行は皆が車庫を離れる頃に、そっと車庫に入り、トランクの中で一晩を過ごした。
「いや、ちょっと待った! 出発前に、桂木さんとオレで、自動車調べたし!」啓介は口を尖らせた。
「いいかね、ワトソン君。自動車にはスペアタイヤというヤツがトランクの下に大体は収納されていてね・・・」
「あっ・・・」
啓介は思い出す。ゴミがたくさん詰まれたトランク。そのゴミを一旦取り出して、床をはがすような時間はあの時、なかった。・・・・・・・・・正行が鍵がないといって、あちこち探していたからだった。
「・・・・・・ていうか、別に次の日にすれば良かったんじゃない?」
「成田がなぁ・・・ネタ晴らしは今晩にした! っていうから、そうもいかなくなったわけだ」
「グルだったんだな!」啓介はむずがゆいようなこらえきれない笑いを感じて、やがて、笑い出す。ふたりも既に笑っている。ひとしきり笑って、啓介は、あれ、と思い出す。
「紗江子夫人、どうすんだよ。嫁さんだろ?」
ああ、と吉行は笑いすぎて出た涙をぬぐうように、こう言っていた。
あいつは元々、正行が好きだったんだ。
[0回]
です。
どうぞ。
煙突からの手紙
部屋全体に赤い光が明滅する。
『WARNING』の文字が正面の巨大なディスプレイを埋め尽くしていた。
決して美人ばかりではないが、正義という意味で目の輝きが違うオペレーター達が、同じ場所を見ている。
司令室の一番高いところ。
似合わない髭をジョリジョリといじりながら男は、おもむろに、言う。
「発進!」
*
明け方の街。
澄みきった空気が風のない街に夜の冷たさを残している。
街の石畳を歩く人はまばらで、朝市の準備をする人達がちらほらとリアカーを引いて延々と続く坂を登っていくぐらいだった。
家々の煙突からは朝餉の湯気が立ち上り始めていた。そのひとつ。
異常にもくもくしている煙突。
もはや緑色でもカモフラージュできてない煙突ががばっと、割れる。
そして、もはや隠しようのない蒸気を噴き出しながら、メタルの装甲が現れる。
一瞬の静寂、
目の辺りがギラッと光る。
ひとしきり轟音を立てると、メタルの巨人は宙に浮き上がる。
すごいジェットに周りの家屋の瓦がシャレコウベが笑うように音を立てる。
眼下に見える街が朝の静けさに沈んでいるのを、操縦席からヤベツは静かに眺めていた。
それから、おもむろに口を開くと、大きなおおきなあくびをした。寝起きである。
操縦桿の前にある小さなモニターに可愛いオペレーターのミルヒアの顔が映る。
ヤベツさん、聞こえますか?
「聞こえてるよ」ヤベツは少し低めのかっこいい声を意識しながら、答える。
今回のミッションの説明をします。
ミルヒアが少し顔を赤らめながら事務的に話し始める。気がある。そうに違いない。
ヤベツは再び少し低めのかっこいい声で、
「ああ、よろしく頼む」と、言った。
今回は、ラジオ塔の占拠。ラジオ塔から怪しげな放送が流れているという。
例によって世界征服を企む秘密結社ポイズンチョコレートの仕業であるようである。
ヤベツはあくびを口の中でもぐもぐして、ごくりと飲み込む。
「要は、やっつければいいんだろ?」
この前の小学校事件みたいな勝手な行動は避けてくださいね!
ミルヒアは口を尖らせて言う。
小学校を乗っ取り、依存性の強いお菓子ポイズンチョコレートを利用して人民を増やそうとする悪の企みを察知して、出動したヤベツは、小学校ごと吹っ飛ばしたのだった。
・・・どうせ、既に毒に犯されていたのさ。生きていれば苦しむだけだ。
ヤベツは、そっと呟いた。
ミルヒアは、少しの沈黙の後、
今のは聞かなかったことにします。
と、言い。それから、
もう少し、他人の持っている可能性を信じてみたらどうですか?
少し寂しそうに、そう言った。
ヤベツは、通信を切り、遺伝子操作で強化されたその視界でラジオ塔の周りの細かな異常をチェックしていく。それを一通り頭に叩き込んだ。
メタルの機械人形は、重力に逆らいながらラジオ塔に近づく。
ラジオ塔から発せられる電波は人心を操り、変化させてしまうものであった。
それはまるで、あの時辛い決断を下さなければいけなかったヤベツの覚悟をあざ笑うかのような仕打ちで、
ヤベツはそれを知り、行なう。
髭をイジリながら、ヤベツの暴走を伝えるオペレーターの声を聞く男は、かつての自分を想い、黙する。
煙突は、今日も正義をもくもくと立ち昇らせていた。
あとがき
なんとなく正義とか
[0回]