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なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】温暖化する人類

なかまくらです。お久しぶりです。

あっちゅう間に、一週間がたってしまいました^へ^;

そんなわけで、一週間ぶりの更新は、小説です。どぞ。

 


 

温暖化する人類


作・なかまくら

 


雨、という現象を観察する時間があった。
透明な壁を隔てたその先で、整った落涙型を形成した雨滴が意味もなく水たまりを叩いて同化した。それはとめどなく意味を失っていく事態であり、同時に雲が雨滴の集合であること、ひいてはその一粒一粒が何の意味の持ち合わせもあり得ないことを示唆しているように見えた。
「なぁ、あそこに見えるの、樹伊都(きいと)じゃないか?」ぽつり、友人が懐かしくなってしまった名前をこぼす。
「え、どこ?」ぽつり。
「ほら、あの・・・5番目の柱の・・・」ぽつり。
ぽつり、そのとき垂れ込めた雲の切れ間からの光彩が壁面を輝かせ、下幾良(かいくら)は、目を細めた。光はぐるりと中庭を取り囲む壁面一体を覆い、中央の塔に集約される。そこには光の球体が形成され、一瞬にして壁面は透明色を止める。目を開けると、すでに乳白色へと変化を終えた壁面が柔らかな光を中庭を囲む通路に齎(もたら)していた。

「ごめん、見えなかった・・・」下幾良はそう答え、
「そうか・・・いや、見間違えだったのかも。ほら、もう2年になるだろ?」百々路葉(どどろば)は、そう言って、意味のない笑いを返した。

下幾良、百々路葉、樹伊都の3人は親同士が仲良くしており何かと行動を共にする仲だった。別々の学校に進むと本人たちが知ったのは14才の誓律式(せいりつしき)の後だった。誓律式では簡単な質問紙に回答し、体力テスト、パズル、面接を経て、学校を決定することになっていた。
彼らは無数に分かれているブロックのうちから、中庭に近いひとつのブロックを選び、揃えて希望を出した。
それがその通りにならなかっただけの事であったが、下幾良と百々路葉はひどく動揺し、樹伊都は何か逃げるように2人から遠ざかって行った。
それは当時彼らにとっては必然と信じたいほどの感動を持って受け入れられたが、奇跡的に下幾良と百々路葉は当時、同じブロックに通っていた。

「なあ、あれ・・・」カチ。
「ん?」カチ、カチ。

メッセージがあったのは次の雨のときのことだった。カチ、カチカチ、と光が点滅しているのが見えた。それは下幾良と百々路葉のいる柱から見て5番目の柱の近く。光る明かりは嵐の中に漂う小舟のようであった。

「――最初にぐるりと円を描く。これが文章の始まりであり、終わりでもある。次に、この文字盤の回転角、深度の順に点滅させるんだ」
樹伊都の目はランプの光を受けて普段より一層、輝いて見えた。
3人は、円形の文字盤を囲んで座っていた。3人の中では当時探検ごっこが流行っており、中庭からの反射光の届かない路地に入っては、ランプを点滅させて遊んだ。樹伊都はそうした遊びを次々と発明する天才だった。

「これって結構面倒じゃない?」百々路葉は眉根を寄せて文字盤を眺め、そう言った。
「いったん覚えたらたぶんそんなに難しくないと思うんだ。なにより、遠く離れた場所からメッセージを送りあえるって、画期的だと思わないかな」樹伊都は自信ありげにそう言う。

経験上、こういうときの樹伊都に間違いはなかった。下幾良は樹伊都に乗ることにする。

「うー・・・ん、面白いかもね」下幾良がそう言うと、多数決でたいていは決まりに傾く。

樹伊都は嬉しげに続ける。文献で読んだんだ。海という場所ではかつて、こうやって何百米突(メートル)も離れた場所からメッセージを送りあっていたらしいんだよね。

明かりで信号を確認し、それから返信を送っていると、腕にはめた時計からアラーム音が鳴る。
「あ、時間だ・・・帰らなきゃ」
それは、そのときは、彼らだけのものであり、彼らだけの秘密のつもりで彼らはいたが、腕時計はすべてを知っていたのだった。

カチカチカチ。
信号に対して返信を送ると、再び信号が帰ってくる。

「”コ",”ン”,”ニ”,”チ”,”ハ”」 「”コ",”ン”,”ニ”,”チ”,”ハ”」

2人は嬉しくなって、返信をする。

「"マ”,”ネ”,”ッ”,”コ”,”デ”,”ス”,”カ”,”?”」 「"マ”,”ネ”,”ッ”,”コ”,”デ”,”ス”,”ヨ”,”?”」

ただのオウム返しでないことは分かっただろう。自分たちの茶目っ気に2人はすっかり楽しくなって、互いの顔の綻(ほころ)びを確認していた。
あの日から2年が経っていた。話したいことは山ほどあった。同時に2度と会うことはないだろうとも薄々感じていた。誓律式の日、樹伊都と2人はきっと区別されたのだ。優秀な人間と、そうでない人間。分け隔てられたのだ。何故か、それは――。

そこで信号は意味のないものに変わり、やがて途絶えた。
ある、雨の日の事態であった。


 

    中庭の奥には扉があった。
    おかしいことに気付いたのはあの、雨の日から幾つかの歳月が経ってからのこと。あの頃なら真っ先に相談しただろう彼はもういなかった。下幾良は百々路葉とも結局17才を境に路(みち)を別(わか)たれてしまう。
    下幾良は執政の顧問機関に所属し、様々なことを知る立場になっていた。
    人と人の会話はときとしてそれは驚くほど創造的・生産的であることがあり、その場面に立ち会うだけで人はそれを後に奇跡の対談と呼んだりする。そのような会話を多発的に生み出すためにはどうしたらよいか。
    誓律式における結果を元にコンピュータが個体を関数化する。その組み合わせから最適の生産性・創造性を確保していく――
    人類は残された限りある時間で、世界を再生しなければならない、と、文献にはあった。

    かつてあった人類の叡智(えいち)が作り出した巨大な建造物には中庭があり、そこは唯一、外を感じる場所であった。雨になると人工太陽(じんこうたいよう)の明かりは途切れ、中庭の様子が顕(あら)わになる。
    地面は年中変わることのない緑に覆われ、遠く、中央の辺りには白い塔が立っている。地面から10米突(メートル)ほど離れたところに球体があり、そこから4つのアーチ状の足を地面に伸ばしていた。その足の間から見える向こう側、そこに扉があることに、ある日下幾良は気付いたのだ。
    その扉は常に正面に見えた。それはおかしな話であった。もし、反対側に回ることが出来たなら、扉を開けられるのだろうか。

    「月、というものは地球上のどこにいても空に見えたらしい」同僚の答えはそうだった。
    「同じ形だったのかな」下幾良は疑問を重ねた。
    「同じものを見ていたんだ。それは同じ形だろう」同僚は一笑を付した。

    彼が言うには、月というのは歩いて移動しながら見ても、常に同じ場所に浮かび続けるものであったという。さらに、それは時とともにその形状を、円、半円、三日月と変える性質をもった物体だったという。

    「それは本当に同じものを見ていたんだろうか」下幾良はそう言って、その部屋へと続くドアを開けた。緊張からか、ノブを握る手は少し震えていた。どくどく。


    「人と人の会話はときとしてそれは驚くほど創造的・生産的であることがある―」


    それはやがて熱を帯び、人類はやがてその何かを見つけ出すのかもしれなかった。
    雨の向こうに明かりは見えず、感じもしない雨の温度に無意識に体が震える。

    「下幾良と申します、この度はよろしくお願いします」どくどく。
    「ああ、どうもご丁寧に―」どくどく。

    差し出した手には心臓から血液が流れ、循環していく。


    *


    握手した手はすっかり冷えきっていた。

 

 


    +++ あとがき +++

    な、ながくてすみません(汗;
    読んで下さった方ありがとうございました。
    少し前に読んだ「新世界より」という小説が面白かったので、ちょっとそんな感じの話を書きました。
    何故でしょうか、思ったのと逆の結末になってしまいました・・・ ̄へ ̄;






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