1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

誰も止めないけどね

なかまくらです。

部活動の地域移行がついに動き出そうとしています。

中学校では、来年度に運動部から本格的に始まり、いつも通り、文化部も追従する様子。

日本社会の慣例に従い、強い反発は起こらない感じですね。

あまりにもブラックな状況なので、教員のほうとしても、状況を静観する先生が多いようですね。


そんな現場の教員の一人として、これは絶対にうまくいかないぞ! と思ってはいるのです。

未来の学校に求められるのは。、「多様性」だと思っています。

勉強を頑張る子、部活動を頑張る子、その他の郊外活動を頑張る子、いろいろでしょう。

その活動を頑張っているから・・・とそれぞれの子どもたちが自信をもって育っていく。

それは言い換えれば、自己肯定感というやつで、

学校の最大の目標は、自己肯定感を育てることだと私は思っています。


では、部活動を地域移行するとどうなるか。

単純に、学校とは関係なくなって、塾と同じ扱いになると思います。

塾に行っていることを「頑張って勉強しているね!」と先生はあまりいません。

それと同じ部類の何かになるということです。

そして、学校とは、勉強をする場所になるということです(それはある意味では正しいですが)。

つまり、勉強ができない人には価値がない場所です。

勉強ができる人はそれでいいでしょう。

けれども、高校まで来てみれば、高校には高校入試があるわけで、

高校入試を通る時点で、「自分には勉強が向いているな? スポーツが向いているな?」

などと、なんとなく察するわけです。


ところが、そうして入った高校は「多様性」などは認めずに、勉強のみを推奨するわけです。


それは困ったことになるでしょうね。

ただ、現在、実質賃金時給300円程度で部活動を一手に引き受け、勤めている

顧問諸氏のひとりとしては、わざわざこれに反対する面倒をおってまで、

これに反対する労力を費やしてまで、

反対しないし、そういう教師が多いからこそ、

こうなっているのでしょうね。

はたして、どうなるのやら。

おわり。






拍手[0回]

青写真を描く

なかまくらです。

夏休みですが、今年はひたすら仕事を進めています。

転勤して、進学校に来たため、授業のプレッシャーが大きいのです。

生徒達の少なくない人数は1年生から塾に通っていますし、

授業で教えているところなんてずっと昔に終わっている生徒もいます。

塾に行っていなくても、講義の代わりに市販の参考書を読んでいたり、

配った演習プリントの代わりに、配った問題集をひたすら進めている生徒もいます。

さ、殺伐としているぞ!?

前任校では、今日は実験ですぞ!と実験したり、

ちょっと大変な証明をみんなで乗り越えるぞ! おーっ!

みたいな感じで授業を進めていたのに、

実験道具は何があるかまだ把握できていないし、

生徒は値踏みをするように授業を受ける感じ。もっと楽しみたいな。

と思う反面、確かに、私自身も当時、物理とか数学とか、

「ああ、この先生の授業はいいな」とか「この先生は合わないな、この教科は塾の先生の教えてくれた方法で行こう」とかやっていたので、そういうものなんだろうなという少し懐かしい感覚でもあります。

けれども、そのままにするのがいいわけではないので、

塾を部分的にでも上回る部分を作るしかない・・・。

そのためには、教材研究が大事で、「あ、今日は時間が来たのでここまでです」

ではもちろんだめで、「時間が来たから」ではなく「今日学ぶ予定のことが終わったから」授業が終わりになるようにしないといけない。

そのために、この夏休みは、およそ140回程度あると思われる「物理」の授業で毎時間どこまで進んで、どの問題を解いて、どんな課題を解決したいかをExcelで一覧表にする作業をしています。

完全に青写真。

けれども、青かろうがなんだろうが、なければ始まらない。

今日から34歳。30年後はこの仕事をやっていないのかも。

時間がない。やれることをやれるだけ、やるのです。そんな夏休みが来ています。





拍手[0回]

先を行く人5:入試問題に対する不勉強

なかまくらです。

転勤しまして、進学校におります。

そこで、教員人生で初めて入試問題と真剣に向き合う夏休みが来ています。

そして気づいたのは、全国の大学入試で着々と日常的な題材を取り扱う準備がされているということです。

共通テストでは、波の反射をダイヤモンドのカットの角度で取り上げていますし、

2次試験でも、測定機器を題材にしたりしているようです。


特に、面白いのが、単科大学です。

東京海洋大学では、頻繁に波や海をテーマにした題材が出ていますし、

東京慈恵会医科大学では、心臓を題材にした熱力学のサイクルの問題や、血液を超音波機器で測定するドップラー効果の問題なども出ています。

滋賀医科大学も、人体をテーマにした意欲的な入試問題を例年出題しています。


物理基礎ならできるけど、物理ではちょっと・・・なんて、甘ったれたことを思っていましたが、そうではないのですね。勇気づけられる思いがしました。

物理は骨董品ではなくて、世の中のいろんなものが実は物理的に考えることができるはずなのです。

その面白さを伝えられるように、夏休みは頑張って教材研究をしようと思うのでした。

おわり。





拍手[1回]

今年度もよく働きました

なかまくらです。

まだ、あと2週間ほど残っていますが、今年度もよく働いたなぁ、と思います。

教員はなかなか残業時間が多いぞ! とはよく言われますが、

論より証拠がなければ仕方が無い。

そんなわけでずっとつけている月別残業時間のグラフを今年度も公開です。



眺めてやっぱり思うのは、うーーん、よく働いた! ということです。

でもまあ、最近、残業時間が月200時間のYoutuberの動画をときどき見るのですが、

それに比べればまだまだいけるぜ! と思えるので、

どうやら、労働の疲労は相対的なものらしいです。

来年度も頑張ります。





拍手[0回]

先を行く人4:発問する。・・・問題から「分かる」を引き出す

なかまくらです。

ついに、「発問」が来てしまいました。「発問」って、なんだか嫌いな言葉だったのですが、ようやく(?)ここに、私なりにたどり着いたのかもしれません。

さて。

今年度ももうすぐ終わろうとしています。

今年度は、物理を教える機会が多くて楽しかったです。

今年度の私の仕事での取り組み(目標)は2つありました。

1つ目は、ジグソー法に少し近いもので、対話をしながら結論を探るというもの。
物理なので、答えは決まっている。けれどもジグソー的に、それぞれが問題を解いてきて、
その要素を組み合わせて結論を得ようというパズルのようなものです。
1年かけて、2つだけテーマを見つけることしかできず、まだまだ発展途上という感じでした。


2つ目は、問題演習をする中で、「分かる」を育てる授業ができないか、という取り組みでした。
私は、その内容が理解できるというのは、「分かる」と「解ける」の両方が満たされている状態だと思っています。そのため、「分かっている」だけだと問題が解けないし、「解ける」だけだと実は分かっていないけどなんか問題は解ける・・・という状態になってしまいます。
ならば、問題を解く中で、「分かっている」かどうかを問う問題を作れれば良いじゃない。
そんなわけで、それって発問というやつでは・・・? ということになったのです。
授業自体は非常にゆっくりと進行しまして、1時間に1~2問しか解けませんでしたが、
継続は力なり。1年間で50問ほど、取り組めました。

発問・・・というよりも、ただのツッコミかもしれません。

例えば、2物体の単振動の問題です。単振動って、高校生が躓くポイントNo1だと思います。

だけど、問題はわりと解けるようになります。しかし、いつまでもふわふわしている。


だから、例えば、

「物体Bと物体Aの間の垂直抗力は単振動の間に変化し続けているけれど、物体Bは本当に単振動しているのか?」

といったことを聞いてみると、あれっ? となったりするものです。

また、もっと単純に、

「2物体A,Bの間の垂直抗力が負になるとAはBから離れると言うけれど、それは何故?」

と聞くだけでも、理由が分からなかったりするのです。

数学的には確かに離れるから・・・というところから抜け出せない。

Bはつり合いの位置を越えると、今度はバネの弾性力によって減衰する力を受けるのです。


そんなわけで、1年間取り組んだところ、

「学ぶ中で、1問1問の解き方、取り組み方が変わった。問題を深く考えるようになり、他の授業でも、それが生かされるようになった」

と生徒から嬉しいコメントをいただきました。


アクティブラーニングにはまだまだいろいろあるな、と新しい可能性を感じたのでした。

過去の研究記事はこちらです。


先を行く人3:AL型授業の先に・・・探究型授業の模索





拍手[0回]