崩れ落ちる兵士を表情のない目で見つめた王女は、
それを成し遂げた使い魔の元へと歩を進める。
「行くなっ!」
剣を大地に突き立て、必死に上体を起こそうとする一人の兵士。
その精悍な顔、真っ直ぐな瞳。その奥に湛える意志の強さ。
王女は薄く笑い、
「もう少しあなたが・・・いえ、なんでもないのよ。もう忘れて。」
と言った。
2年前の出来事である。
[3回]
物語の話。
最近全然手をつけてもないのですが、たまには話をして、
誰かに火をつけたいし、火を点けられたい。
最近ですね、実は、私のHPの検索がなかなか嬉しいことになっていまして、
「演劇 台本置き場」で google先生で検索すると、
ななななんと、5番目にくるという(!?)。そう、5番目にくるんですよ。
だがしかし、「演劇 台本」だと下のほう過ぎて見つからないからまだまだ。
でもまあ、今のところ、使用したいといってきてくれたのは、1件だけで、(実は声劇としての無断使用が2件と演劇の最終候補に残ったのが1件 by なかまくら調べ)、現状、なかなか使ってもらえてるかといえば、全然な状況なわけです。
で。
巷では、どんな台本が求められているんだ、とニーズを興味本位で調べてみると、yahoo知恵袋とかで、「泣ける台本! 感動できる台本! 探しています!」 というのが多くてちょっとなんか個人的には残念。
偏見かもしれないけれど、演劇を道徳の時間にはしたくない。
いじめを扱ったりだとか、友達と仲良くなれない、とか、戦争の特攻兵だとか、重い病と生きる私、みたいな、そういうのは正直気持ち悪い。観れば良くできてるだろうからどうせ感動させられるんだけど、それは、感動の押し売りだよ。泣けるんだろうなぁ、と思って観始めて、泣けたら、なんもおもしろくないわ。
・・・ごほん。
ええっとね、私は偏屈な人間なので、「等身大の自分」ってやつを描きたくないんですよ。隠して隠して生きてたい。表現者にはあまり向いてないんでしょうね。等身大の自分ってやつとはどうしたって向き合わないといけないんだけれど、例えばそれがあらすじなんかに透けて見えたりしちゃったら、光が強すぎて目を瞑ってしまう。でも、表現者が何も伝えたいことがなくて何かを書けたりはしないと思うので、どこかから漏れ出るんですよ。それが、アニメチックな、ゲームチックな、ハリウッドチックな、SFチックなストーリーに惹かれて、お話の中に溶け込んでいたものが不意に浮かんできたりしたら、なんの構えもない素直な気持ちで感動できると思うんです。でも、他人はどうなんだろうな、と思ったり思ったり。
検索されているということは、多少でも読まれているということなんでしょう。
だったら、私は私なりのやり方で、面白いものを書いていこう、そう思うばかりなのです。
アンテナを高くして、いろいろ吸収していきたいですね。
[1回]
サーモグラフによれば、
そこには人が住んでいるらしい。
さもないと、夜に明かりがついたりとか、
そういうことにはならないだろう。
実に科学的盲信である。
[0回]
男「最近わたしは実に幸せ者だと思うようになってきたのです。やりたいことがたくさんあるのに、時間だけが過ぎていく。時間が足りない。時間に遅刻しちゃう。締め切りに間に合わない。練習時間が確保できない。門限はとっくに過ぎている。でもね、やりたいことがなくなってしまった時のことを考えてみると、・・・・・・それはきっと想像力に賃金を払わずに解雇してしまった脳みそだから、もうきっと、幸せでも何でもないんだと、そう思うんですよ。」
[0回]