この1cm3惑星にもだいぶいろんな元素が集まってきましたね。
戯曲・小説カテゴリーを探索していたら、「抱えてる」という作品を見つけまして、
当時は、そんなでもなかったんですが、今日読み返したら、なんだかとても素敵な気がしたので、
HPに上げようと思います。ただ、タイトルがなんとなく凡庸で(いや、凡庸は悪いことではないんですけどね)、目を引かないので、「スキップする靴」に変えました。
というわけなのです。
2011.7.21 スキップする靴 (15分; 男1 女1 不定1)
*** 勇者はNEET。魔法使いはフリーのター。僧侶は店に収まっている。
自由の羽は折りたたんで、社会に飛び出したつもりが外は狭い。
なのに何も考えてない彼だけが先に行ってしまう気がして私は。
よかったら拍手でもください^皿^
[1回]
なかまくらです。
今年も終わりですね。
今年書いたもの。
「アイーダ」
「風になる」
「猫と暮らせば」
「私が羊です」
『抱えてる』
『永久はフラスコの向こう側』
「マンモスが食べたい」
『TAKE37』
「テレパシー地球論」
「名前のない世界から」
「ポテンシャルさん、勇者さん」
「煙突からの手紙」
「密室の謎Ⅱ(回答編)」
「ワニは庭に」
「夜を超えて」
「離れに勇者が住んでいる」
(『』は戯曲、「」は小説)
今年は16本ですか。
今年は、全体的に小物だったなぁ、と言う印象が強いです。
魂をがしがし削って書いてるという感じがしなかった。模索し続けた一年という感じでした。
その中でありながら、『永久はフラスコの向こう側』と「マンモスが食べたい」は結構好きな作品になりました。
今年はとりつかれた様に「生きる」ということについて考えていて、答えは出なくて、
その間に過ぎてしまった印象でした。
悪いことじゃない。そういう思考の試行のためにきっと私は物語を生み出し続けているんだから。
今年はイチローが200本安打を達成できませんでしたが、私自身の環境の変化もあり、
生活が忙しくなったこと、演劇のサークルを引退してしまったこと、ブログをリニューアルしたこと
など、様々な変化の中で、
書き続けていくことの難しさを感じました。
でも、いつも思っています。
あと10年書き続けられたら、私はそれなりのいっぱしになれるんじゃないかと。
来年でものかきをはじめて9年目になります。
でも、ひとつ。
演劇があってその時だけ台本書いてみようなんていうなんちゃってものかきみたいなことをしていたらそれは続いたことにはならない。そのときだけ物語についても、それはものかきが続いたことにはならない。常に物語との出会いを探す人間。来年もそんななかまくらでいたいな。よろしくお願いします ^=^/
[0回]
ただいま新幹線の中です。なかまくらです。
プロットってプロトコルの略なんですかね。
先日投稿した作品のプロット…という名のただのメモですД`/
でも、基本的にこんな感じのを元にして書いてるよ。というやつ。
通勤中に携帯開いてこんなのをポチポチ打っているなんて誰も知るまいて、ふふふ…






「離れに勇者が住んでいる」
plot(笑)
勇者は自営業だから、年金が入らない。
なぜなら、魔王が倒された後に出来た社会のシステムだが、勇者にはそれ以降収入がなかった。
あなたが本物なら、マスコミが黙っていません。
勇者である証拠は?
私もかつて勇者を志した人間だ。あんたがなんであれ、そんな姿は忍びない。離れが空いている。しばらく住むといい。
剣術学校を始める勇者。
見世物になりたくなかったんだ。だから、ずっと口を閉ざしてきた。
DNA鑑定の結果、我々の知る魔王とあなたの魔王からとったという角は一致しませんでした。
でも、あなたは勇者なんでしょう?
さあね、昔のことすぎて忘れちまったよ。
***
これで、2000字くらい。たぶん戯曲にしたら、10000字くらいで30分ちょっとくらいかな? これを1時間ものでかけないのは、スキルの問題ですね~~
[0回]
なんかおもしろいことないかなぁ、とねたさがし。
たまにはキャラクターものを書いてもいいカモ?
ふつうにいい話が嫌いな性がだいぶ最近邪魔している気がする。
でも、きっとだからいいんだ、それがいいんだ。
[0回]
なかまくらです。
今ですね、界面活性剤の話を勉強しているんですが、
界面活性剤は、親水基(水に溶ける部分)と疎水基(水以外のものに溶ける部分)がくっついた状態(ミセルと言う)
からなるんです。
洗い物で使われている時には、油脂などをその疎水基の部分で取り囲んで、外側の親水基で、溶けてる状態にしてしまうっていうわけ。
その、水と界面活性剤を混ぜてみると、ある温度では、綺麗に混ざりあっているんですけど、
ある温度を越えると、途端に2つの相に分離してしまいます。
一体、溶液の中では何が起こってるんでしょうね。たぶん、その辺までは先行研究で分かってる。やりたいのはその先なんですけどね。
なにって、
最近の私の芸術に対するスタンスに悩む。
スタンスなんて、なんか、軽くて嫌だな。
最近の私の芸術に対する向き合い方に悩む。
最近すっかり、いろんなところの繋がりが薄れて切り離されだして、
切り出されて、やっと、ちょっと一人に戻った気がします。
それが良いことなのか、悪いことなのかは分かりませんが、
無駄に焦ってみて、あの頃の誰かに媚びて喜ばせようとして書かなくなってきたという点で、
私の中では進歩しているつもりです。今が面白くなくなってても、それでいい。
継続していくために必要な息継ぎだと自然に思う。
好きなものを好きなように書いているつもり。
けれども、
それでも、
最近、すっかり書いていることと、思っていることが合ってない。
まるでゲームでマルチエンディングを観るために、思ってもない選択肢を選んでいるみたい。
温度が高すぎるのかしら。低すぎるのかしら。
面白いことはある。面白い。このアイディアは面白い。絶対傑作になる。
でも、心の底で醒めた目で観る自分がいて、
いつも観られているみたい。
あなたをかきたい。かかせてください。
追記
別に一作ずつが最高傑作になれなくても良い(たとえ、そのつもりで書いているとしても)。たまに素敵な作品が私の中から出てくればそれはとても幸いなことだ。最近のわたしは一体なにを気負っているのだ。いつまでも、ただの凡人なのだに。下手な鉄砲打つしかないだに。
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