1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

思ったものが、形になるって面白い

なかまくらです。

先月、今月はひたすら修理に明け暮れていました。
太鼓の台(↓)ですが、ちゃんとお店で買うと4~5万円くらいしますが、

作れば、材料費は2000円もあればできてしまう。


いや、作れればっていう話で、

最初はいろいろと課題のある初号機(しかし、なぜか壊れない)から始まって、

3号機までロールアウト。

ところが、昨日の公演に持っていったところ、2号機の後ろの柱が破損!

原因は明確。下の直角に接いであるところを市販のものよりも簡単なつくりにしたため、
(具体的には上下それぞれに穴をあけてダボでつないだだけ)

組み立てるときに、上側を持ってはめ込むと力がかかりすぎるんですね。

そこで、少し加工して形を変えて力の加わり方を工夫した2号機MK-Ⅱを仕上げました。


**********


さて、職場の机ですが、最近ちょっと整理が行き届いていなくて、どうしようかと思案中。


理想の机上とは、空論を越えて


↑ の頃にも、整理整頓にはまっていました。

あのころと比べると、ペン立てを引き出しの中に平置きするようにして、

机の上が少し片付いたのですが、

代わりに、進行中のタスクを平置きするようになってしまい、

現在、絶賛、悩み中です。


で、その足掛かりとして、「あー、こんなの欲しーなー・・・」

と思ったので、イメージを手帳にメモしておき、

午後、仕事が終わった後に、家に帰ってテレビ見ながら工作。

塗装もして・・・・できました。



実際にうまくいくかは、職場にもっていってみないと分かりませんが、

思ったものが形になるっていうのは、いつやっても面白いものですね。





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時々、タイミングを計ったようにほしくなるもの

 なかまくらです。

ときどき、無性に時計が欲しくなることがあります。

・・・いや、いらんでしょ!

分かっているんですよ。時計、5本もあるんだから。



時計って、そんな壊れないじゃないですか。

だから、こっちに赴任してきたときに買った仕事用の時計だって、

もう、年300日くらいはつけているから、

1500日くらいはつけていますが、別に何も困ったことは起こらないわけで。

まあ、そうでなくても、

13年前に祖母に買ってもらった時計Baby-Gだって、昨日つけて仕事に行ったくらいだし、

大学の時に一目ぼれして、中古で買った和風のFOSSILの時計も現役。

もう一本のプラスチックのバンドのBaby-Gの時計も素敵。


いや、やっぱりいらないじゃん!
ごもっとも。ごもっともなんですが、

ほら、ネクタイって、何本も持っているんですね。

その日の気分で変えたりするし、

それと同じで、時計だってそういうものでもいいと思うんです・・・、という、

自分への言い訳。

そういえば、私の父も時計を何本も持っていて、

一緒に住んでいたころはなんでだろうなー、と思っていたのを思い出すのでした。





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そのために・・・が聞きたい。

なかまくらです。

今週もまだ終わりません。28連勤も19日目。

明日は午前中、模試の監督で午後は部活です。

28連勤 → 1日休 → 25連勤 → 1日休 → 21連勤 の、

毎年恒例の秋のマラソン勤務中です^^


そこに飛び込んでくるニュース。











まず、教育の将来像として、


▽子供の学び=多様な子供たちを誰一人取り残すことのない、個別最適化された学び実現

▽子供の学びを支える環境=全国津々浦々の学校において、質の高い教育活動を実施可能とする環境整備

――とする2つのイメージを掲げた。

だそうです。すごい美辞麗句!

すごいこと言ってますわよ、読み返してからもう一遍言ってごらん! という感じ。


まあ、仮にそうだとしても、「言うだけならタダ」感に満ちていて何も説得力がない。

必要なのは、そのためにどうするかという大号令だと思うんですよ。


反対とか失敗とかを恐れてなのか、見て見ぬふりを私たちは延々と続けていて、

別にそれでも誰にも何にも起きないので、そのままのままなのは当たり前。


>誰一人取り残すことのない、

  → 足し算できません!という高校生と、席に座ってます!えらいでしょ?
    という高校生と、大学受験のために頑張りたいけど、学校の授業には
    何も期待していません、という高校生と。一つのクラスにいますが、
    これって、現状、全員取り残されていますね。どうしますか??

>個別最適化された学び

  → 教員は一人しかいないのに、どうやって個別に教えるのか??
    40人いるクラスで、1人1分ずつ指導すれば、40分経ちますが・・・。
    どうしますか??

全国津々浦々の学校において、質の高い教育活動を実施可能とする環境整備

  → 私の県では、「採用されたら10年以内に1回は僻地で勤務しなさい」
    という御触れが出ています。それで、大変な高校は若手教員ばかり。
    同じ教科の先輩教員に出会えることも稀、下手をすると、大卒で赴任して、
    教科で一人・・・。どうやって質の高い教育をしましょうか??


言いたいことがたくさんありますね。

先日、県に授業案を提出しました。ICTの研究校に指定されていたため、各教科一人

出してくれというので、出しました。たくさん残業しました。

夜の21時とか22時とか、物理実験室にこもって、慣れないタブレットを操作しながら、

実験データを取ったり、まとめたり、プリントを作ったり。

担任もやっていますし、部活動の顧問もしていますから、

生徒たちはあちこちで、揉めたり、間違ったりしていて、

普段の授業も、改善しながら準備していくと、結局、それだけで勤務時間なんて

あっという間に終わってしまう。それからやるんですよ。

今は、来週の、管理職による授業参観がありまして(人事評価にかかわる)、

そのための授業を作っていますが、土日の部活終わりに百円ショップやホームセンターで

材料を調達して、夜に組み立てて、月曜日の夜、物理実験室で実験してみる。

まあ、そう簡単にうまくいかないので、何度もやるんですね。

年間、そんな出費でかれこれ、10万円くらいは使っています。

残業代、出ないんですけどね。いや、出ています。固定残業制で、

月に1万円くらい。1万円で120時間くらい月に残業するので、

時給に直すと、80円くらいか。

そこに、どうやって仕事を加えようというのか、教えてほしい(笑)。


だから、本当に聞きたいのは、

こういう教育を目指してほしい。そのために・・・、のその続きの言葉なんですけどね。





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6年前に見つからなかった重大な発見:WORDの文章中の番号の挿入について

なかまくらです。

定期テストを作りながら、んー不便だなぁ、と思っていたことに対して

重大な発見をしてしまう。

それは、OFFICEのWORDに関することです。

文章中に、番号を振りたいことってあるじゃないですか。

例えば、

問1 次の空欄に当てはまる最も適切な語句を埋めなさい。

(1) 私のペンネームは( ① )である。このペンネームを名乗り始めてから

    かれこれ( ② )になる。

(2) 創作に対して運命的な出会いをしたのは、( ③ )才のときである。

    ( ④ )に出会ったのだ。これによって、物語の書き方が大きく変わった。

    小説の中に会話文が登場するようになったのだ。

(答え)①:なかまくら ②13年 ③18 ④演劇

・・・みたいな感じに、① ~ ④ のような番号を振っていきたい、

そんな場合があるじゃないですか。段落の最初なら簡単なんですよ。誰でも知ってる。

ところが、文中に番号を振る方法は・・・?と聞くと途端に口をつぐんでしまう。

その方法ですが、

[タブ:参考資料]→[図表番号の挿入]→[ラベル:空白を選択]→[番号付け:①,②,③,...を選択]



この手順で、(  )が来るたびに、図表番号の挿入をクリックする(設定は最初の一回だけ)と、なんと、番号順に入っていくではないですか!

・・・では、番号を消した場合は・・・ちゃんと数字が繰り上がるかな・・・?

く、繰り上がらない!!

しかし、ご安心を。ひと手間必要なのです。

番号を設定してある文章全体を選択して、

[右クリック:フィールドの更新] を選択すれば、繰り上げてくれます。

これ、めっちゃ便利なので、ぜひ使いこなして、残業時間削減につなげたいですね。

皆さんもぜひお試しあれ





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高校が推し進める教育は、実学でいいの?

なかまくらです。

高校の授業の話。

授業に行き詰まりを感じますねー・・・・。

新教育課程では、探究活動をしましょう!

という風に、学び方が変わろうとしています。

その準備をしないとな、という現在。

この頃に、記事にしていました。

→ 探究とPBLの話

これから生き残っていくために学ばなければならないことは、

創造的な思考。自ら問題を発見し、

それを解決する方法を考えられる能力を会得することだと言われています。

人とモノが高度に融合化した時代が来ようとしています。

人工知能の発達によって、人間が担うべき仕事が変わろうとしている。

それに対応するために、学ばなければならないことがあるわけです。

さて。私の意見としては、半分賛成、半分反対。

賛成:

確かに、生き残るためには、人工知能に何ができて、何ができないかを知り、

自分がどんなかじ取りをしていくべきなのか、

考えて生きていなかければならないのでしょう。

反対:

恐ろしい方向に進もうとしているように思えますね。

実学に寄りすぎてはいないか、と思うのです。

反対語が基礎科学だとした場合の、実学です。

社会はSociety5.0に向かっています。人とモノが高度につながる世界。

その世界に向かっていくのは事実で、そこに対応しなければならない。

けれども、選択と集中をしすぎて、そこに一目散に向かいすぎなのではないでしょうか。

今、人工知能の時代が来ようとしていて、

学校教育もICTを使いましょう! ということで、

本校も、気温37℃の教室にクーラーはつきませんが、iPadは導入されたのです。

研究授業をしないといけないことになりまして、アプリを使ってみたわけですが、

確かにすごい。何がすごいか。生徒が使い方をどんどん考えて、

上手に使っているのです。しかも、積極的に参加する。

調べ学習などでもそうです。PC室のパソコンでやる場合に比べて、

信じられないほどの効率で調べていくのです。

あの、端末の画面に対する生徒たちの引き込まれ方は目を見張るものがあります。

けれども、不安があるとすれば、それが、Appleという会社のソフトウェア

だということ。なんて不安定なんでしょうね(笑)。

例えば、新しいiPadが発売されて、Appleがこのアプリは不要、

と判断したら、そうやって開発した授業はあっけなく使えなくなってしまう。

今、生徒たちに求められている、生徒たちを向かわせようとしている社会は、

そういう恐るべき不安定さの上にあるように思うのです。

それと同時に、自分たちを情報社会という膜の中に閉じ込めるような、

そういう気持ち悪さがあるのです。

もしかしたら、人工知能とは全く違う、もっと優れた何かがあるかもしれないのに、

基礎科学を離れて、実学に限りなく寄っていけば、

そこに到達することはないのでしょう。

学校教育は、いやだなー、ということも、これは好きだな、ということも、

関係なく、情報が得られる場所です。

読書に似ているかもしれません。小さい頃は、「読んでおきたい20冊」みたいな

ともかくそうやってわからないけど、読んでいたり、国語の教科書に載っていたから

読んでいたり、そういう風に興味のないことでも学ぶ機会がありましたが、

大人になると、興味のある本しか読まなくなりますね。

学校ではどうでしょう。

役に立つことだけを学べばいいわけではないはずです。

料理に食材が必要なのと同じように、

思考にも良質の材料が必要です。さらには、自己の見解が必要でしょう。

与えられた材料が自分の持っているものと比べて、しょっぱいのか、甘いのか、

そういう判断ができなければならない。

それを与えるのが高校なのかな、と、私はそう思うのです。

よく生徒には、

大学は、学ぶことをどう生かすかを自分で考えないといけない場所だよ。

専門学校は、役に立つことだけを学び、その生かし方まで教えてくれる場所だよ。

そんな風に言います。

それを高校でどの程度学ぶべきなのでしょうね。

高校では、まだ材料を集めていてもいいのではないかな、

と思う気持ちは尽きないのですが。

さて、どうしたものやら。





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