1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

SPAC「ハムレット」観ました。

なかまくらです。

静岡県民劇団SPACの「ハムレット」を見ました。


あらすじ。

ハムレットは、父が叔父のクローディアスによって殺されたことを知る。

ハムレットはクローディアスを殺すことを決意する。

これまで人柄も良い人物であったが、ハムレットは豹変する。

恋人であったオフィーリアとも距離をとる。

ハムレットは母に父の死の真相を伝えるが、その際、見えた影をクローディアスと勘違いして

刺してしまう。これが、オフィーリアの父であるポローニアスで、誤って殺してしまう。

クローディアスによってハムレットは、イングランドへ送られることになる。

この船の中で、ハムレットは叔父がイングランド王にハムレットを殺すように依頼している

ことに気付く。海賊に襲われた際に、機転を利かせて、脱出したハムレットは、

デンマークへ戻ってくる。

しかしその間に、元恋人であったオフィーリアは自殺し、兄レイアティーズは、

ハムレットとの決闘を申し込む。王クローディアスは毒酒を用意し、

決闘で疲労したハムレットに飲ませようと狙っていた。

また、王はレイアティーズの剣にも毒を塗っていた。

毒酒を母が飲み、レイアティーズの剣は戦いの最中でハムレットのものと入れ替わっていた。

レイアティーズは死に、母も死んだ。ハムレットはクローディアスを毒の剣で殺し、

そして、ハムレットも決闘の途中で受けた傷から毒が回って死んだのだった。

オフィーリアは、それを見ていた。

オフィーリアは、舞台を包むビニールの向こうから見ていたのだ。

ラストシーンで、すべての人が死んでしまったとき、ビニールが客席を覆って通り過ぎていく。

それを立ち上がったハムレットは見送るのだった。


少し前に、細田守の「果てしなきスカーレット」を観に行ったのですが、

これも「ハムレット」を原案にしていました。


この演劇「ハムレット」もかなり、解釈が入っていて、オフィーリアが11人登場し、

このオフィーリアたちが、それぞれの登場人物を演じる形で進んでいきました。

こちらの「ハムレット」は、物語のあらすじをオフィーリアの視点で解釈したものでした。

オフィーリアの亡霊たちが、精霊のように漂う不思議空間の中で物語が語られていく、

という形式でした。

SPACのハムレットは復讐はかなり淡泊に扱われていました。

代わりにオフィーリアが大きく扱われていて、

だからハムレットが復讐に至った心情などはうまくとらえられなくて、

代わりに死んでしまったオフィーリアや、オフィーリアを気にかけない男たちと、

死んでしまったら、みんな一緒なのに、、、

みたいなところに焦点が当てられていたように思いました。

また、ハムレットが言葉と理性で行動するのに対して、

オフィーリアは人ならざる者としてダンスをし、非言語的な存在として立ち現れます。

そのビニールが観客をラストシーンで覆い、なんとなく観客は無口になりました。

死に覆われる仕掛けは観客を巻き込む恐ろしい仕掛けでした。


思索に富んだ作品であった一方で、

「ハムレット」という題材である必要があったのだろうか、

という疑問が残るお芝居でもありました。

演出は上田久美子さんという方で、ちょっと合わなかったかな~という感じでした。





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劇団イキウメ「ずれる」観ました

なかまくらです。

劇団イキウメ「ずれる」観ました。


あらすじ

不可解なことが起きる場所・金輪町の隣の町で起こる不可解な事件。

会社を引き継いだ兄と、精神病院から出てきた弟。

弟は、怪しげな環境活動家、凄腕の整体師などを家に引き入れる。

兄は、弟の面倒を見ながら仕事をするために、凄腕の秘書を雇う。


弟は、自由になりたかった。それは、人間社会で自由というわけではなく、

もっと、自由ということ。家畜がもとは、野生動物だったように。

人間だけが、見えていないのだ。弟は、幽体離脱をすることができた。

幽体として、動物と接触することで、アロワナはシーラカンスに、

シベリアンハスキーはオオカミに、豚は猪になるのだという。

しかし、オオカミは射殺されてしまう。それは幸せなことだったのだろうか。


やがて、弟は、幽体から肉体に戻れなくなってしまう。魂が肉体からずれるのだ。

整体師の時枝は、それが見えていた。時枝は兄をずらし、魂の世界に招く。

そこで、最後に弟と会った兄は、少しだけ、今までとズレることになった。


というお話でした。

生き辛さで、互いに苦しめ合ってしまう兄弟が、見ていて苦しかったです。

ただ、どちらにも共感できる部分があって、それがラストのそれぞれが自由になった

ような感じに、肯定も否定もされない優しい気持ちになれたような気がしました。


イキウメのお芝居は、「図書館的人生Vol.3 食べ物連鎖」から、追いかけてきました。

魂の在りかを問うような、前川さんの書くお芝居の世界は、

ずっと、私の魂を震わせてきました。

大人になると、心が揺れるようなことってあまりなくて、落ち着いてしまっています。

ストレスがあれば猶更、がちがちに固まって、衝撃が加われば割れてしまいそう。

けれども、それを、マッサージするように、ほぐしてくれるような気がするのです。

それは、心温まる、とかではなくて、苦しかったりして、痛いときもあるのですが、

すごく大事な体験なのです。


そんなイキウメさんですが、しばらく定期公演をやめる、とのことで、

次の公演がいつになるかは未定なのですが、また、待っていようと思います。

おわり。





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「NO.6」観ました。

なかまくらです。

ミュージカル「NO.6」観ました(配信)。


ニコニコ動画で配信されていたので、コメント付き。

絶賛されすぎていて、若干と警戒感とともに見始めました。


そもそも、原作は、あさのあつこさんのライトノベルで、

そういえば、昔、小説を読んだことがある気がしていました。


そして、そういえば、最近、続編が出るというニュースも見たような?

そんなところでした。


さて。

核戦争のあった世界で、その被害の少ない6つの場所に建てられた施設のうちの1つ。

それが都市:NO.6であった。

そこでは、いろいろなことが管理されていた。

その中でエリートとして育った紫苑は、嵐の日に出会ったネズミとの一件から、

人生の歯車が大きく変わっていく。

多くの人と出会い、多くの経験をし、

やがて、NO.6の欺瞞を抱き、世界を変えていくことになる・・・・。


みたいなお話でした。

紫苑の隠された才能のようなものが、非常に冷たく、

それが露にならないように、抑えながら進んでいく2人。

最後は、ハッピーエンドという幸せな感じ。


ミュージカルでしたので、歌いながらも、尺を気にして、

物語の展開をどんどん詰め込んでいく感じ。

3時間という長いようで非常に短い物語の中で、

紫苑とネズミの出会いから、二人を取り巻くたくさんの人物の

為人から、その行きつく先まで、よく描いたな、という

見事な構成の物語でした。楽しめました。

おわり。





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「>|<」観ました。

なかまくらです。

MUNA-POCKET COFFEEHOUSE「>|<(水)」観ました。



あらすじ

無色透明な水が観測できなくなってしまった世界。

水の研究者のドンペリは、最も優れた研究者アメとその旦那テルとも

親交のある仲であった。

水のある場所・・・川や湖を巡って、人々は争ったが、やがてその場所でも

水は観測できなくなり、枯渇して、争いは収束していった。

そして、水を巡る100年の物語が始まるのだった・・・。

天才科学者のアメは、エコエコシステムなるものを開発する。

それは、生物をその中に入れると、水が出てくるという装置。

それは、水がそうであるように、生物をそのエコエコシステムの中に入れると、

・・・観測できなくなるだけで、死んでいるかどうかはわからない。

だから、それは問題のない行為だということ・・・。

初めは動物を入れていく予定であったエコエコシステムだが、

やがて、人間を入れることになる。

ドンペリは、平等にくじで対象者を決めることを主張する。

人類が長い歴史の中で培ってきた平等や、尊厳や、愛を大切に思っていた。

エコエコシステムは一時しのぎのもので、この水問題を根本的に解決する方法は、

誰かが再び、無色透明である水を観測することであるという。

その観測の方法は、だるまさんがころんだ、であった。

人口が減っていく中、毎日、観測に挑戦し、失敗し続けていた。

そんな中、アメがくじに当たる。アメには雫という名前の子供ができていた。

テルはもういなかった。

アメはドンペリに雫を託す。

ドンペリは、1歳に満たない幼い子の子育てに奔走した。

その中で、これまで主張していた平等を曲げ、雫の生存のために、

騙し、エコエコシステムに投入していった。

やがて、2人だけになって、それでも水が不足することを知ったドンペリは、

自らもエコエコシステムへと身を投じていくのだった。

それから、長い長い時間が流れたある日、

雫はついに水を観測することに成功するのだった。

というお話でした。


なるほどーーーーーーーー。

ムナポケさんのお芝居は、「紙」で初めて見て、本作は2作目でした。

前半の謎のお笑い場面は、前作で少し耐性があったのと、

今回のほうが見やすくて笑えました。

物語としては、前作の完成度が恐ろしく高くて、最後のカタルシスは、

前作のほうが大きかったですが、今作は、そこに至る部分の満足感が高い作品でした。

ドンペリというキャラクターの心境の変化が非常に面白くて、

ドンペリは、前半、みんなのため、のように平等や人類の尊厳や愛を主張していて、

それはもっともな言葉に聞こえるのですが、後半になると、

雫へ愛情を注いでいるとき、その信念はすっかり何処かへ行ってしまうのです。

それに気付いたのは、水原さん(だったかな?)が、変な踊りを踊りながら、

皆の為と言いながら、結局自分の為だったんじゃないの? と言いながら、

エコエコシステムへ入っていく独白のシーンでした。

子どもがいる人の価値観と、いない人の価値観の対立が暗喩されているように感じて、

これをこうやって表しているのか、という部分は、痺れました。

また、水がだんだん赤くなっていくのも、生物の内部でも、水が不足して、

血が濃縮されて行っている感じが、実に気持ち悪い演出でした(誉め言葉)。

気付かないふりをして、生きていくのは苦しいのでしょうね。


私たちは、きっと、まだ気づいていないのだろうな、と思いました。


さて。最後は、雫さんに託されて、最後に水を観測します。

息も絶え絶えになりながら・・・。

命を繋いだ、というメッセージを感じるとともに、その一方で、

人間はもう他にはいないような感じがして、なんのために・・・、

という思いもある、終わり方だったな、と感じたのでした。

総じていうと、今回も面白い作品でした。

そういえば、タイトルの「>|<」は、量子力学のハイゼンベルグ表示で用いられる記法であるブラケットベクトルを意識しているのかな? とか思いました。

ただ、どちらかというと波動関数に作用する側になるので、どうなのかな、と思いましたが、もしかすると、人間は作用される側だったのかも、なんて思ったりしましたが、そのあたりは、勝手な妄想にとどめておこうと思います。


おわり。





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ヨーロッパ企画「来てけつかるべし新世界」観ました。

なかまくらです。

ヨーロッパ企画「来てけつかるべし新世界」観ました。

愛知県でやるということで、久しぶりに観に行こうかな! と思い、

平日に仕事終わってそのまま新幹線に飛び乗って行ってきました。




お話は、大阪の新世界の一角の串カツ屋を取り囲む、古い街並みと住人たちのドタバタ劇、

という感じです。吉本新喜劇が近い感じです。

タイトルですが、意訳すると「来やがったな俺たちの新世界に」というような感じでしょうか。


さて。あらすじ。

1.串カツ屋の看板娘のところに、ドローンで東京から串カツを買いに来る

ハイテク関連会社の社長(通称:テクノ)が現れる。

どうやら世の中ではドローンの普及が進み、ドローンが飛び交っているらしい。

中華料理屋の店主もドローンを宅配用ドローンを買ったのだという。

ドローンを目の敵にする住人達。

クリーニング屋の店主、理容店の店主、無職のおっちゃん、売れない演歌歌手などが集まり、

ドローンに扇風機で風を送るなどの嫌がらせをする。

ところが、なんとそのテクノさんは、串カツ屋の娘に求婚するのだった。


2.クリーニング屋で、盗電事件が発生する。警備ロボが勝手に家に上がり込み、

充電していたのだ。クリーニング屋は初めは、毛嫌いして追い出すものの、

次第に交流を深め、一緒に暮らすようになるのだった。


3.テクノさんとデートをすることになった串カツ屋の娘。ところが、そこに、

幼馴染でお笑い芸人になったクリーニング屋の息子が帰ってくる。

夢破れて帰ってきた息子。しかし、テクノの超技術によってAIが搭載された

炊飯器と漫才コンビを組むことになり、未来が開けてくるのだった。

テクノさんはフラれ、娘はお笑い芸人の幼馴染と結婚する。

4.VRの美女に理容店のおっちゃんがはまってしまう。お店に行って、

実在する彼女にサービスを受けているつもりでいたが、実は入り口で意識を失い、

そして、バーチャル空間にしか存在しない彼女と交流していたのだった。

テクノの協力もあり、彼女をお店から連れ出すことに成功したのだが、

理容店の店主は、向こうの世界から出てこなくなってしまう。

彼女に自身が現実の存在ではないと知られてはいけない。そうするとシンギュラリティが

起こる・・・。しかし、次第に嘘が明らかになっていく。

5.演歌歌手は、自分の脳を電脳空間にコピーするサービスを利用した。

その記憶や意識は、自分にもしものことがあったときに、使うためのものなのだが、

なんと、起動させてしまう。起動した意識は、自分こそが本物だと名乗り、

肉体を作り出そうとして、暴走する。

6.チェーン店をAIが経営するようになったら、価格破壊が起こった。

機会が大量生産し、人の仕事がなくなっていく。地上げが起こり、店が買収されていく。

AIの暴走だった。

しかし、そのとき、通天閣が光った。串カツ屋の看板娘の母は、すでに亡くなっていたのだが、

脳を電脳空間にコピーしており、その意識は通天閣にあったのだ。

通天閣からの、母のサポートもあり、平和を取り戻す新世界。

母と、暴走したAIは、銀河をまたにかけて、商売をすることにしたのだとさ。

めでたしめでたし。



というお話でした。なんか細かいことは気にしたら負け! って感じのお芝居ですが、

実際に起こりそうなことがじわっと混ぜ込まれていて、少しSFなのが、ヨーロッパ企画の

お芝居の特徴だと思っています。

とはいえ、久しぶりのヨーロッパ企画で、

広島で「曲がれスプーン」を見て、

そのあと、「ロベルトの操縦」を見て、それ以来でした。
(なんと13年前の記事! ➡ ロベルトの操縦 観てきました。


相変わらず、小ネタが盛りだくさんで、たくさん笑わせてもらいました。

特に、AI炊飯器がお気に入りです。串カツを中に入れて、美味いか・・・?

って、どうしたら思いつくんでしょうね笑

おっちゃんたちのワラワラと集まってくるのがだんだんお約束になってきて、

街角の一角の出来事を覗き見ているような楽しい感じでした。


客席の鍛えられている感じもすごくて、みんなワハワハ笑いながら見ていて、

心地よい空間でした。楽しかったです。


おわり。





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