1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

「川勝先生の物理授業 上」

名著です。私が出会った物理の素敵な本。




物理って面白いなって思わせてくれる本です。
授業準備で困ったときに何度、勉強させてもらったことか!

高校理科としての物理をただの数学にすることなく、

理科的に焦点を当てて教えてくれているような、

そんな魅力のある稀有な本であると思います。

一旦、読み終わりましたが、また折を見て、内省したいときに読もうと思います。

この本を買ってから、10年くらいが経過していますが、

中巻と下巻はまだまだ読み途中です。





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待つ。

なかまくらです。

新作の戯曲をちまちまと書いています。

全然、時間が取れないながらも、少しずつ書き進めて、5000字(20分)くらい。

45分くらいの劇になるかなーと思っていて、ちょうど折り返し地点。

「待つ」という行動に興味があって、そういうお芝居になったらいいなと思って、

書いています。


書いていて思うのは、得意の展開がどうしてもあって、インプットの不足を感じています。

別の物語の展開方法を習得する必要があるなぁと思うばかりです。

色々見ないとだめですね。


この物語、少しずつ書いていても、飽きずに今のところかけているので、このまま、

エンディングまで行けたらいいなぁと思っています。

私にとって、途中で飽きるというのは、

①展開が読めてしまって、書きあがる前に頭の中で物語が完結してしまう。

②結末がどうしても、バッドエンドしか見えない、あるいは、どこに向かっているのか迷子になる。


というのがよくあるパターンですが、

今のところ、なんとなく目標とする方向が定まっているので、

登場人物たちがせっせと会話して、物語を先へ先へと進めてくれています。

まとまった時間が欲しいなぁ、と思いつつ、風邪っぽいので、今日は早めの就寝です。





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「大雪海のカイナ ほしのけんじゃ」観ました。

なかまくらです。

「大雪海のカイナ ほしのけんじゃ」観ました。



弐瓶勉さんの作品で、アニメシリーズに続いての劇場版です。

「シドニアの騎士」に続いての、ポリゴンピクチュアと弐瓶勉のタッグです。


あらすじ。

雪海(ゆきうみ)におおわれた星は、地表がはるか下の方に埋もれてしまっている。

雪海は、海のようであって、海ではない。

浮袋がないと、浮かんでいられないし、海のようであるけれど、水ではないから、

飲むことはできない。生き残った人々は、軌道樹と呼ばれる樹が地表から吸い上げる水

を頼りに生活していた。

しかし、軌道樹が枯れたり、水を奪い合う争いによって、人はその数を減らし続けていた。

カイナは、そんなことも知らずに、軌道樹の上に広がる天膜の上で、

老人たちと暮らしていた。

そこに、アトランドの王女リリハが賢者を探しにやってきて、物語は動き出す。

カイナとリリハは、軌道樹を持たずに、他国を侵略して回っているバルギアから、

アトランドを守るために奔走する。そして、TVシリーズの終わりに、それは

成し遂げられる。その過程で、大軌道樹への航路が示された地図を見つける。

老人たちからの教えにより失われた文字を読む能力を持つカイナは、

それを目指すという希望を与える。

船が大軌道樹に辿り着いた国は、プラナトという場所だった。

高度に発展した過去の人類の文明を色濃く残す場所は、

ビョウザンによる支配がなされていた。

ビョウザンは、軌道樹を切り倒すことによって、雪海を取り払う計画を立てていた。

そのためには、精霊(?)に認められた人間だけが手にすることのできる

指揮権者の服が必要だった。それを手にすることができると思われた

カイナとリリハは、協力を求められるが、これを断る。

そのやり方では、多くの人死にがでることが明らかであった。

強制的に連行され、働かされるアトランドの仲間たち。

カイナは、その果てに、この星の真実を知る。

大軌道樹は、星をテラフォーミングするための一時的なものだったのだ。

そして、その時はすでに過ぎていることも。

真実を知ったカイナは、リリハとともに、ビョウザンの悪行を止め、正しい方法で、

星を始めるために、動き出す。


みたいな話でした。

この作品、どこかのんびりだけれども、とても厳しい世界観で、好みです。

ちょっとご都合主義も強いかなという側面もありますが、

冒険譚としてわくわくしながら楽しく見られるSF映画でした。

途中のいろいろがナウシカっぽかったり、

ラストは、急にラピュタになったり思わず劇場で笑いそうになりましたが、

まあ、過程は全然違うので、オマージュということでしょう(笑)。

評価したいのは、こういうお話にありがちな、おれたたエンドではなくて、

結末がちゃんと用意されていたことです。これからの希望ある終わりに◎

そして、歌がいいんです。すごく世界観にあっていました。






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「ザ・クリエイター 創造者」観ました。

なかまくらです。

「ザ・クリエイター 創造者」観ました。



最近映画の公開情報に対するアンテナが低くなっていて見逃しそうでしたが、

なんとか滑り込みで見てきました。

監督・脚本は、

「ローグ・ワン スターウォーズストーリー」のエドワード・ギャレン監督でした。


あらすじ

AIが高度に発達し、人間の仕事を同じようにこなすことができるようになっている社会。

ところが、事故が起こり、ロサンゼルスは核爆発で消滅した。

その生き残りであるジョシュアは、AI殲滅を打ち出した西側諸国の特殊部隊として、

潜入調査をしていた。潜入先はアジアのある国で、その国には、AIの人工頭脳を開発し、

ブレイクスルーを成し遂げた開発者がいるはずだった。この人物の抹殺がジョシュアの

任務であった。

ジョシュアは、その人物の娘とみられている人物と近づき、偽装結婚をするに至ったが、

子を授かり、いつしか本当に愛するようになっていた。

しかし、特殊部隊は、潜入先に乗り込んできて、すべては滅ぼされてしまった。

失意に暮れるジョシュア。

ところが、そんなジョシュアのもとに、特殊部隊は再び協力を求めてきたのだ。

それは、西側諸国が10年の歳月をかけて開発・建造したNOMADを破壊することができる

AIロボットが開発されているという情報、そして、そのロボットがいる場所が分かった

というものだった。

死んだはずの妻の面影を見たという映像に乗せられ、

土地勘のあるジョシュアはその作戦に引き込れたのだった。


決死の作戦の末、ジョシュアは、その兵器である少女・・・アルフィーに出会う。

ジョシュアはその少女が妻のことを知っていると確信し、

案内させるために、敵地を渡っていく。

その中で、ジョシュアは、AIを守り、NOMADを破壊することを誓うことになる。

ジョシュアはその果てに、NOMADにアルフィーとともに乗り込み、破壊する。


闘いから解放されたAI達と人間たちの喜びをアルフィーは一人、

誇らしく見るのだった。



というようなお話でした。

SF超大作・・・! ですが、タイトルからにじみでるB級感。

SF作品ってなぜだかどこかB級感を漂わせてしまうのはなぜでしょうね。

この作品は、そのあたり上手に処理されていて、楽しめました。

ロードムービー的な出会いと別れの中で、アルフィーとの仲が深まっていくのも

良い感じでした。

アジアのごった返した感じは、未来になってもそんな感じなのかな、という

感じで、ロボットと共存できているのも、自然との付き合い方の思想が

反映されているのだろうなと思いました。

ひとつ気になった点は、NOMADの高度感がいまいち不明で、

地上に近いところを航行している感じもするのに、酸素がないくらい

高いところのように描かれることもある。このあたりがなんだか曖昧な感じでした。

というくらいでしょうか。

ギリギリハッピーエンドな感じで終わりましたし、

良い出来のエンタメ映画であったなと思います。

おわり。







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公立高校定数削減に関する不都合な真実っぽい何か、陰謀論とか

なかまくらです。

来年度の公立高校の定数減の対象校が発表されました。

▼熱海▼伊豆総合▼裾野▼沼津城北▼吉原▼富士東▼富士宮東▼駿河総合▼静岡農業▼島田▼島田商業▼川根▼榛原▼掛川工業▼袋井▼袋井商業▼磐田北▼磐田西▼浜松江之島▼浜松東▼浜松城北工業▼浜松湖北▼湖西

だそうです。

23クラス削減ということですが、1クラス40人の設定なので、

920人分の枠がなくなった計算になります。

前任校もこの中には含まれておりまして、いよいよか・・・という感もあります。


実際に勤めているときには、この時期は戦々恐々としておりまして、

定数減を避けるために、学校を盛り上げ、受験生を増やそうとする先生方の機運も、

あったように思います(そればかりではなかったけれど...)。

しかし、現在の高校はそういう感じではなく、ともすれば忘れてしまいそうですが、

子どもが減っていく中、ちゃんと教員として生き残れる技術を身に着けていないとな、

と改めて思うのでした。

いろいろな科目を教えられたり、部活動で変えのきかない人材であったり、

教科の専門性で飛びぬけていたり、教育技術で飛びぬけていたり、などです。

そうでなければ、採用されたからといって、終身雇用をぬくぬくと享受しようなどと

考えていたら、気が付いたら、公務員の身の上ですから、まったく別の施設で、

まったく別の仕事をしていたりだって、あり得るかもしれない。

そんな危機感を持ちながら勤めていたのを思い出しました。


それにしても、公立高校の定数はどんどん減っていき、私立高校や通信制の高校に

どんどんと生徒を送り込んでいて、教育委員会は何を考えているのだ!!

と、当時は憤っていたのですが、ふと、今年度の発表を見ていたら、

別の陰謀を思ったのでした。それは、これからを見据えての学校の畳み方なのではないか、

という陰謀論。

定数を減らした分だけ、教員一人当たりに対する生徒は減りますし、

授業数も減っていきます。まさに、働き方改革!!

そして、やがて訪れる超少子化によって、廃校が起こることを見越して、

公立高校の教員の採用を減らしていく。

代わりに私立高校の教員がそれまでたくさん必要で、急にいらなくなる危険がある・・?

いいえ。私立高校は、かつては私もそうでしたが、

若くて人件費がかからない1年契約の講師が多いので、入学する生徒の数に合わせて、

1年の区切りに退職してもらえば、学校としては痛くも痒くもない。

公立と違って、その雇用を保証する責任もない・・・。


・・・なんて妄想を思いついたのですが、実際のところ、どうなんでしょうね。





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