(no subject) 日々徒然 2012年08月19日 今のコミュニティが作り出してくれた個人の役割を価値と呼ぶようになっているが、その価値を人は独立した個人の価値と勘違いしがちである。一般というものをそのコミュニティに代表させてしまい、主観から抜け出したつもりになっていることに気付かない。客観的な基準に基づく比較が可能なことでのみ、評価が可能であり、価値があると言うことができるのである。そのとき、そういった考えに賛成であるか反対であるかといったことは一切考慮することはない。何故なら、その個人を含む社会に属すことは個人の選択であるからだ。 [0回]PR