なかまくらです。
去年もこの時期にこんなことを書きました。
教員採用試験に合格して、「何故、あなたは教師になりたいのですか?」
という問いに答える練習をしなくなりました。
練習していた答えは、
「物理という教科をとにかく教えたい。そのために先生になりたい」
「生徒の分かった! という顔が見たい。その瞬間が私は好きだ」
・・・まあ、どちらも正直なところでしたが、こういうとアレですが、
志望動機としては、前者の方が、ウケがよかったみたいです。
後者は、4年間言い続けてましたが、1次試験で落ち続けました。
前者を言うようになって、1年目で1次試験初突破、2年目で合格ですからね。
まあ、後者を言うようになったのは、私立高校で、講師を始めてからなので、
実際にやっていることと、話していることがうまく結びついたのかもしれませんが。
まあ、そういう先生を求めているんだろうな、と思いつつ、
ようやく採用されたわけです。
それから、2年間があっという間に過ぎて、2回目の夏が来ました。
もう、誰も聞いてくれません。
「何故、あなたは教師になりたいのですか?」って。
でも、たぶん、ぐるぐると身体の中を循環させていかなければならない問いなのだと
そう思います。
「何故、あなたは教師を続けているのですか?」って。
先生は、大変です。
子どもは、楽なことにばかり逃げるし、いうことは聞かないし、
先生同士のストレスも大きいし、外部の人とのやりとりも面倒です。
残業は多いし、仕事はきついし、やたら多いし、人は少ないし、
何かイレギュラーがあれば、自分の仕事がそっちのけになるし・・・。
楽な仕事じゃないです。でも、続けているんだなぁ、続けてこられたんだなぁ。
「何故、あなたは教師を続けているのですか」って?
今はこう思います。
「物理を通して、なんだ勉強は案外面白いかもしれないと伝えたい」
「物理を通して、なんだ、自分って、やればできるじゃんって、思わせたい」
「子ども達を勇気づけ、鼓舞し、自分で頑張れるようにしてやりたい」
彼らは、まだ子どもですから、目の前のことに夢中になってしまう。
でも、目の前のことには、大人の私には想像もつかないほどのエネルギーで
ぶつかっていける。大人は、その先を考えてセーブしちゃうんですよね。
大人の役割は、その有り余るほどのエネルギーと才能を導く
呼び水となってやることではないでしょうか。
その技術の専門家(スペシャリスト)が、先生という職業なんだと思います。
部活動で、よく専門外の部活を持たされて・・・という話を聞きますが、
もちろん、勉強しないといけない部分もありますが、
先生の役割って、たぶん、生徒に頑張らせることだと思うんですよね。
そのために、どんな言葉かけが出来るかとか、どんな話をしてやれるかが大事で、
そういう話が出来るようになることが、
先生という職業が持つ共通の専門性の向上なのでしょう。
もちろん、教科(授業)は大事だと思っていますよ。
これで、ごはん、食べてます。
部活動でどれだけ頑張ろうと、微々たる手当をもらっているくらいです。
授業で、生徒をいかに惹きつけられるかで、生徒の見る目が面白いくらい変わります。
授業がうまいと、「出来る先生」って、思われるみたいですね。
そうすると、注意をすると、ビシッとするし、
生徒の方から話しかけてくれることもありますね。
よく出る生徒との信頼関係って言葉。
実際になってみると、信頼関係を築くことほど、難しいことはないって
そう思います。目に見えるものじゃないし・・・。
でも、とにかく、自分たちが困ったり、それを解決しようと努力しているときに、
ただただ、いつもそれを見てくれている人。
授業だったら、解決するのを助けてくれる人、見捨てないで見ていてくれる人。
そういう人を子どもたちは少しずつ信頼するようになってくれるのかな、って
今はそう思っています。
さあ、長々と書いてしまいましたが、
もうすぐ2学期が始まります。
何故先生になって、いまも続けているのか? その問いを身体の中に循環させて、
その場しのぎにならないように、先生として頑張っていきたいですね。
おわり。