なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)
脳内を脳内メーカーという特殊な装置ですっきゃーん、とした結果、以下のような結果が診断されました。
お気の毒。。
大学に入って、少し経つと、
バイト三昧の日々に、
迫りくる1セメ、
40単位という地獄の中に、
頭の中は、休むことばかり、
考えていたようです。
20才になると、食欲に支配されています。
なんという食欲!!
ポテトチップスWコンソメを、
ガツガツと食べる日々。
なお、太らなかった模様。
21才になると、
愛に目覚めたようでしたが、
手段がお金であったのが、
まずかったようですね。
結果は、
見えていますね。
ストレスからか、再び、食欲が復活。
愛を求める獣は、
つぎ込むべき金を、
食につぎ込んでしまったようです。
嗚呼。
そして、現在の私は、
だいぶボーッとしているのか、
考えていることが少ない。
遊びたい、という気持ちが、
休みたい、の中にくすぶっているようです。
どこの
疲れ切った
サラリーマンですか、私は(笑)。
もう少し経つと、食欲が復活。
しかし、往年の勢いはないようです。
生活費の工面を心配しているのか、
はたまた・・・黄金色のお菓子を、
なんて考えているのか。
少し、飛んで、30才になるころには、
どうやら、嘘で塗り固められた仮面生活を
送っているようです。
少し、疲れが見えはじめ、
その生活に悩み、抜け出そうと
しているようですね。
ガンバレ、私。
こ・・・これは・・・・!
40で、明らかに、人生の転機が
おとずれてますね…!
と、見せかけて、
ええ、そうでしょう。。。
20代から寄り添ってきた
愛猫のシュレディンガーが死んで、
悲しんでいる様子が伺い知れます。
そして、愛に支配される男になっていくようです。
えっ、なに?
どうなっちゃうんですかね・・・。
なんか青年海外協力隊かなんかになっちゃったりして、
慈善事業に身を粉にして働いてるとか・・・?
しかし、少し、悩んでもいるようです。
更年期障害でしょうかねぇ・・・。
激動の10年・・・。
ジョブチェンジシステムで、
愛溢れる男は、
欲望と快楽の世界に落ちていくようです^へ^;
おいっ!
まあ、これ以上未来を知ってしまうと、危険ですからね、この辺にしておきましょう。
しかし、この世界は数ある可能性のひとつに過ぎません。
世界は例えば、たった一人の人間の、ちょっとした行動で、変化してしまうのです。
例えば、
家庭用コンセントで、バチっと来て、友達を感電させてしまったら、
感電した友達は、トラウマになって、
それ以来、電気のないところで生活するようになり、
生涯を過ごしたが、
元の世界では、彼は、未来のエネルギーを開発していた。
というように、
世界は、どうとでも転がる、意志のない球のようなものなのです。
きっとね。
※ この文章はフィクションです。実際の人物、団体等には、まったく関係ありませぬ。
なかまくらです。
私、大学院に進学してから、「TAをやってください」という打診を毎期うけているのですが、断り続けて結局一度もやっていません。
理由は主にふたつ。
・ 自分たちはTAのいないことが多かったから。
・ 謝金がバイト代より安いから。
このふたつ。
1つ目。TAは演習の授業とかではいましたが、先生の代わりに問題を解説する係をやっていました。特にすごいお世話になった覚えはないです。
2つ目。「お金がでるよ。学生にはありがたいだろ?」みたいなことを言ってきますが、器が小さい私なので、イラッとします。時給1000円なのですが、1回3時間。3000円。で、予備実験とかしないといけないので、まあ、実質拘束時間を含めたら、せいぜい、時給は700円くらいでしょう。一日、夕方からバイトにいけば、今だいたい5000円くらい働いて帰ってくるので、お得感はゼロ。しかも、なんとなく高圧的に、ひとつは少なくともやりなさい、というのも腹が立つ。そういう契約で大学院に入ってないし。入るときの説明になかったし。単位認定もされないし。ボランティア強制ですか。という感じ。
まあ、TAやれば、実験技術が向上したりとか、物理学諸分野に対する理解がもれなく向上するんだと思うのですが、んーー、そう言われても、今やるべきこと、やりたいことがたくさんあって、(数学の教免の単位の取得とか、理科の先週免許の単位の取得とか、研究とか、)決して、勉強を疎かにしているわけではないので、やる気になれないわけです。
うん。後期も断ろう。。。
なかまくらです。
前期も終了の時期でして、
・ 終わったもの
神経情報制御論 活動電位のシミュレーションのプログラム
生物多様性科学 草地の植物種の季節による変化の調査レポート
ソフトウェアシステム マイコンを使った円周率2000桁の計算と表示のプログラム
データ解析序説 動径分布関数を計算するプログラムの作成と解析レポート
プログラム技法 期末テスト
数学教育学概論Ⅰ 期末テスト
コンピュータ基礎論 問題演習レポート
数理幾何 期末テスト
・ 残っているもの
確率過程論 問題演習レポート
あといっこじゃあああああああああ!
で。
ちょっと最近思うわけですよ。これ、意味あんの? って。
勉強するのは悪いことではないと思いますが、私が行きたい場所で必要とされる能力と合致しなければ、今頑張るべきはこれではないのではないか、そんな気がしてくるのです。
今期、物理の講義はひとつもなくて、数学の教員免許の単位と、理科の専修免許の単位を集めているわけですが、どれくらいその免許をもっていることは評価されているのか・・・。
もし、試験が、筆記の点数と、面接の点数で採用・不採用が決まっているならば(きっとそうだと思いますが)、
この努力は、将来、いつか、役に立つかもしれないけれど、今は何の役にも立たないことをやっている感じですよね。
なんというか、とらぬ狸の皮算用をしているというか、
大学受験の直前に受験科目にない科目を大学に入ってから必要だからと一生懸命やってる気分。
入れなかったら意味ないですよね。
あと、こんなこと言ってもしょうがないですが、社会全体として、非正規雇用というやつが増えていると思います。
社員が数人で、バイトが数十人。コンビニとかスーパーとか飲食店とか、単純労働に近い所からそういう傾向が強いのではないでしょうか。
で、教員も、講師として、1年契約とかで募集があるそうなのですが、実質、非正規雇用というやつが始まっているんだと思っています。何故かといえば、将来、少子化が進むほど、今先生を多くとってしまうと、アンバランスになっていくからではないかと思っています。(まあ、正直、35人学級の実現が目指されていますが、20人以下ぐらいになると、教育が隅々まで行き届くのではないかと思いますが・・・)。
で。
じゃあ、教員採用試験の不合格って、どういうスタンスで受け止めたらいいのでしょうね。
毎年、落ちるけど、受け続ける人もいれば、落ちたら、まあ、一般企業に内定をもらうように進んでいく人もいる。
ただ、他の業種と違って、リベンジする人が多いとは思います。試験に落ちると、あなたは不合格者の中で、Aでした。Bでした。Cでした。と、評価が送られてきます。
A:もうちょっと。 なのか、 A:残念でした。 なのか。
つまり、その評価はどういう考えでつけているのでしょう。
「お前にはまだ早い。もっと教育実践力を現場で磨いてから来い」
と言っているのか、
「まあ、君ぐらいの人材はたくさんいるから、よそで頑張ってください」
と言っているのか・・・・・・。
Aとか、Bとか、つけられると、そんなことを勘繰ってしまいます。
悪い言葉ですが、 キープ しておこうと、いうのであれば、
たぶん、私は、そこまで自分のことを諦められていない。
別に何かを諦めて先生になろうというつもりはさらさらないですが、
今、勉強していること。これまで勉強してきたこと、頑張ってきたこと。
それを生かして生きていきたい。その場所は、ここではないのではないか。
勝てば官軍。負ければ、何も残らない。全く評価されない。
自分の頑張りは、来年、どこでも正規雇用してもらえない程度のものだったのか。
そんなに頑張ってこなかったつもりはないんだ。
自分のこれまでの頑張りが認められる最適の場所はここではないのではないか。
そういう意味で、自分のことを諦められていない。
なんて。
これまで頑張って勉強してきたことに自分は自信を持っていますが、
それでも、勉強が足りなかったんでしょう。
ジャンプの漫画「バクマン」で、言っていました。
「高木君は計算で(漫画を)書くタイプだが、それならば、アニメ化まで計算して書かなければならなかったんだ」と。
勉強を頑張った、というのなら、教員になることを計算して、重点を置いて勉強するべきだった、ということ。
教育についてはてんで素人だ。
大学を決める時に、教育学部には進まないつもりで学部選びをしていました。
いろんなことを知っている面白い先生になってやろう。そう思って、「総合科学部」に入ったわけです。
変わらぬ気持ちで自分を信じでやっていこう。うむ。
たたかいは まだ はじまったばかりだ。
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