1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

精神と時の部屋的選択問題

なかまくらです。

精神と時の部屋では、1日が1年になるんだとか。けれども、人生の中でそこにいられるのは、48時間まで。

それ以上いると、出てこられなくなる。。。

 

でも、もし1日が1年になるなら、

芝居したいですか? と聞かれたら、






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センチメンタルなことをセンチメンタルに語られたって、なんも楽しくないわけですよ。勝手にやってろって感じですよ。ちらっと陰影に紛れて見えたら、やられたっ!! って感じですよ。 大人になるほど、そういう防御力上がっちゃうの。それを突き破ってほしいんだ。ひねくれてるからね。






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いましかできないことを

ということが大切だと思う。

 

いましか書けない物語があるだろうに。

それは、だれかと張り合うための武器として使いたくはないけれど、

自分という人間を安定させる妙薬になるはずなのに。

 

うーん、なんかぐちゃぐちゃに散らかってるよ。






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考えたこと。

投稿しようと思って、消しちゃった内容ですが、

「いじめ」と「教員の保障」について、考えていること。

以下。

 

まだ学生なのですが、思うところがあったので、発言させてください。 
「いじめ」の問題はどうにかしていかないといけないと思います。しかし、学校現場だけの問題なのでしょうか。学校以外でいじめはないのでしょうか。今、所属している大学のサークルでも、時々、あ、危ないな・・・。と思うことがあります。社会全体で考えていかないといけないのだと、私は思います。 


それから、「保障」のことですが、教員全体に対する、保障のことでしたら、おそらく、給与に関することが主になると思うのですが、身分保障は必要だと思います。 

私が好きな言葉に「すぐ役に立つことは すぐ役に立たなくなる」という言葉があります。 

学校評価や、教員評価というものがされるようになってきていて、保護者や生徒が先生を評価できる時代がもうそこまで来ていると思いますが、その時、どれだけ謙虚な気持ちで評価するのでしょうか。自分の考えが絶対だという思いで評価してもらってはいけないのではないか、と私は思います。 

なぜなら、「先生、それって将来何の役に立つの?」と言うような生徒は、すぐ役に立たないとその先生をきっと評価しないでしょう。評価されずに、保障もなければ、すぐに役に立つことだけを教える教員だけが生き残っていくでしょう。 
でも、例えば、国語力、というのは小説や評論文を国語の時間で読む中で培われていくものだと思います。ある小説を題材に読んで、登場人物の気持ちを考えること、ということ自体が、国語教育で伝えたいことではないのかもしれません。そういった教育をするためには、やはり利益優先では困るのではないでしょうか。そして、保障というのは、その利益優先から教員を守るものであるので、必要であると、私は思います。 

長文失礼しました。






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