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なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

                      

なかまくらです。

昨日、後輩に誘われて、フェルメールの絵画を観に行ってきました。

フェルメールというのは、17世紀にオランダで活躍した画家だそうで、

せっかくなので、Wikipediaで少し、人物の予習をしてから行きました。

彼は晩年は資金のやりくりに奔走していたそうで、

事前知識の中では、1670年以降の作品にどんな影響があるのかな、と思いながら会場へ。

実に37点もの作品(レプリカですが)が展示されておりまして、実に興味深かったです。

単に漫然と見たというより、

一連の作品群というのがふさわしいというものでした。

3~7枚くらいの作品が、同じ場所で描かれており、

意図的に同じ人物の違う時間が描かれているようでした。

それを追うことで、当時の人々の様子をあれこれ想像させる物語性が、

絵の中に込められているように感じました。やー、絵って、案外いいね(笑)。

それにしても、感じたのは、絵画の中の部屋の風景に実に多くの絵画が飾られているということ。

今の日本にはない風習のように感じますが、素敵な文化ですよね。


そんなわけで、貴重な体験ができたわけですが、私は、

時々、あることを思い出すのです。

2年ほど前の話ですが、卒業公演の後の話、

「(私の本名)さんの知識の膨大さにびっくりしました。どんな本とか読んでいるんですか?」

と、ひとつ下の後輩に褒められて、非常に照れた思い出があります。

その後輩は、後輩ながら実に尊敬に値する人間でありまして

(恵まれたことにそういう人間に私はよく出会えている気がするのですが)、

そんな彼に褒められながらも、いや、褒められたからこそ、照れるやら、

そのわが身、わが心の浅薄さゆえに、彼が、

私の想像をはるかに超えてその物語を理解してくれたのではないかと、

恥ずかしく思ったものです。

 

物語りをすればするほど、自分という人間の中身の取るに足りないつまらなさを、

自分という人間の解として得ることができて、他者に嫉妬していくのです。

「私って、ほんとうにつまらない人間だな、って。」


今、私は人生の岐路に立っているはずなのですが、

それも、狭い了見の中で、わがままに、

頑なにそう在ろうとしている一本の葦で支えられている案山子のようなものなのですが、

いろんなことを知りたいなぁ、と、

貪欲であり続けたいなぁ、と、

改めて思う出来事でした。

おわり。

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1988/08/12
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