1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

「ラ・ジュテ」観ました。

なかまくらです。

「ラ・ジュテ」観ました。Youtubeで無料公開されていました。



あらすじ。

第三次世界大戦が起こり、もはや人類の文明がどうしようもなくなってしまった近未来で、

恐ろしい実験が行われていた。

これは子どものころに観たイメージに取りつかれた男の話だ。

人類は、過去あるいは未来に助けを求めるために、

特殊な装置を用いて、別の時代のある場面に人間を送り込むことを考える。

多くの人間はその負荷に耐えられず、廃人となったが、

その男は、子供のころに観たその強いイメージに出てくる女性に会うことができた。

それから何度も実験は繰り返され、男は女性と断片的に再会を繰り返す。

その実験成果から、今度は未来へと男は送られることになる。

未来からの支援を受け、もはや実験は必要がなくなったとき、

男には報酬が贈られた。

未来か過去のあるときへと移住を許されるのだった。

男が選んだ結末とは・・・。


というようなお話でした。

この映画、ナレーションと写真で進行する映画なのですが、

この作品の短編SF小説といった趣と、画が非常にマッチしていて、

引き込まれる作品でした。

おわり。





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【小説】スメル

なかまくらです。


蔵出し公開です。SFです。どうぞ。

「スメル」
                              作・なかまくら


 例えば、だ。例えばの話をしよう。密閉された部屋を思い浮かべてほしい。狭い部屋だ。ロッカールームよりは広い。だが、電話ボックスよりは狭い。そんな部屋に、男が2人、閉じ込められている。片方は君で、もう一人は見知らぬ男だ。男は突然、苦しそうな顔をする。顔を真っ赤にして、しばらく何かを我慢している様子だったが、やがて観念した様子になった。それから、ぷすーっと、音がして、男は穏やかな顔になった。最悪だ、すかしっ屁だ。君が気付いた時にはにおいは狭い部屋に充満している。ニンニクと脂に塗れた何かの後味の残る、吐き気を催す、最悪の臭いだった。食べたときの男はさぞかし幸福だっただろうが、その結果がこれである。これは、例えばの話だが、そうだな・・・世界は、狭くなりすぎた、と言っていい。
「駄目だ・・・バニラ味、最悪だ・・・」 リンバマがそう悪態を吐くと、隣を歩くグロックが笑う。
「だから、安モンは駄目だって、言っただろ? 安い空気は、においをさらに強いにおいで誤魔化してるだけで、清浄化の工程をちゃんとやってねえんだから」 そう言って、グロックはコーラ味の空気ボトルを吸う。
「ほら、炭酸が入ってる分、ちょっとましだから、これ、吸ってみろ」 グロックに渡された空気ボトルから、コーラの甘ったるいフレーバーの空気がリンバマの肺に流し込まれる。続いて、炭酸特有の爽快感。
「良くはない」
「贅沢言うなら、もうやらん」
「あっ・・・」
地球は、臭いを処理しきれなくなっていた。スモッグに覆われた空は紫外線を十分に通さず、臭い分子が物体に付着して汚れとなって臭いを失うよりも、飲食店の調理臭や、工場から漏れ出す化学物質の臭いが放出される速度が上回ったとき、世界は臭いを処理できなくなった。自動車は緩やかに電気自動車へと移行したが、臭いは収まらなかった。富裕層は、こぞって、高層ビルを買い漁り、高層階への脱出を試みた。そして、臭いを管を使って下層に排出し続けるのだが、臭いは次第に、その高層階さえも、飲み込みつつある。森林浴などという言葉はもはや、死語となりつつあり、すべてが、臭くなっていた。
「これ、もうダメかも分からんわ・・・」 リンバマがそう言うと、
「なんだよ、藪から棒に」 グロックが投げやりに会話を返した。
「人類は過信しすぎたんだよ、空気は無限だって思ってた。人間は同じ過ちを二度も繰り返したんだよ。21世紀の初めに、地球温暖化ってあっただろ?」
「ああ。」
「あれも結局、人類はいろいろやったけど、結局は、暮らしの豊かさを捨てることができず、中途半端な対策しかできなかった。人類が生き延びたのは、単に、地球の寒冷化の周期に助けられただけだったんだ。そこが、人類の自然環境を制御できるという思い上がった思想の限界なんだよ。」
「お、おう・・・水、飲むか?」 グロックが渡した水を奪い取るようにして、受け取り、そして、飲み干す。
「だから、今度こそ、ダメかもしれない。人類は、臭いの排出量を抑えることができないでいる。このままじゃ、世界に、住める場所はなくなってしまう・・・。」 リンバマは、そう言って、沈黙した。
グロックは、遠くを眺めた。窓の外では、空気を清浄化する工場がフル稼働している。臭いを吸着するフィルターの交換は、ひっきりなしに行われている。フィルターは臭いの封じ込めのために、地下深くへ封入されるそうだ。それでも到底追いつかないらしい。
グロックは、アルコール交じりの臭い息を吐いた。吸った息も臭いのだから、大して変わらない。机上の空気清浄機がうなりを上げる。
最近では、人間の臭いを消す薬も開発された。
ただ、それを服用した人間は、人間性を失うらしい。
それは不気味なものだという。
グロックは、向かいの席に座る男・・・グラスの縁を擦(なぞ)っているリンバマを眺め、その憂いに共感しながら、臭い空気を吸った。





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SPAC「ハムレット」観ました。

なかまくらです。

静岡県民劇団SPACの「ハムレット」を見ました。


あらすじ。

ハムレットは、父が叔父のクローディアスによって殺されたことを知る。

ハムレットはクローディアスを殺すことを決意する。

これまで人柄も良い人物であったが、ハムレットは豹変する。

恋人であったオフィーリアとも距離をとる。

ハムレットは母に父の死の真相を伝えるが、その際、見えた影をクローディアスと勘違いして

刺してしまう。これが、オフィーリアの父であるポローニアスで、誤って殺してしまう。

クローディアスによってハムレットは、イングランドへ送られることになる。

この船の中で、ハムレットは叔父がイングランド王にハムレットを殺すように依頼している

ことに気付く。海賊に襲われた際に、機転を利かせて、脱出したハムレットは、

デンマークへ戻ってくる。

しかしその間に、元恋人であったオフィーリアは自殺し、兄レイアティーズは、

ハムレットとの決闘を申し込む。王クローディアスは毒酒を用意し、

決闘で疲労したハムレットに飲ませようと狙っていた。

また、王はレイアティーズの剣にも毒を塗っていた。

毒酒を母が飲み、レイアティーズの剣は戦いの最中でハムレットのものと入れ替わっていた。

レイアティーズは死に、母も死んだ。ハムレットはクローディアスを毒の剣で殺し、

そして、ハムレットも決闘の途中で受けた傷から毒が回って死んだのだった。

オフィーリアは、それを見ていた。

オフィーリアは、舞台を包むビニールの向こうから見ていたのだ。

ラストシーンで、すべての人が死んでしまったとき、ビニールが客席を覆って通り過ぎていく。

それを立ち上がったハムレットは見送るのだった。


少し前に、細田守の「果てしなきスカーレット」を観に行ったのですが、

これも「ハムレット」を原案にしていました。


この演劇「ハムレット」もかなり、解釈が入っていて、オフィーリアが11人登場し、

このオフィーリアたちが、それぞれの登場人物を演じる形で進んでいきました。

こちらの「ハムレット」は、物語のあらすじをオフィーリアの視点で解釈したものでした。

オフィーリアの亡霊たちが、精霊のように漂う不思議空間の中で物語が語られていく、

という形式でした。

SPACのハムレットは復讐はかなり淡泊に扱われていました。

代わりにオフィーリアが大きく扱われていて、

だからハムレットが復讐に至った心情などはうまくとらえられなくて、

代わりに死んでしまったオフィーリアや、オフィーリアを気にかけない男たちと、

死んでしまったら、みんな一緒なのに、、、

みたいなところに焦点が当てられていたように思いました。

また、ハムレットが言葉と理性で行動するのに対して、

オフィーリアは人ならざる者としてダンスをし、非言語的な存在として立ち現れます。

そのビニールが観客をラストシーンで覆い、なんとなく観客は無口になりました。

死に覆われる仕掛けは観客を巻き込む恐ろしい仕掛けでした。


思索に富んだ作品であった一方で、

「ハムレット」という題材である必要があったのだろうか、

という疑問が残るお芝居でもありました。

演出は上田久美子さんという方で、ちょっと合わなかったかな~という感じでした。





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「果てしなきスカーレット」観ました。

なかまくらです。

「果てしなきスカーレット」を見ました。



あらすじ

デンマーク王の一人娘であるスカーレットは、王の弟が父を毒殺し、

母を娶った事実を知る。復讐をしようと剣を学んだが、

叔父クローディアスに毒殺されてしまう。

地獄で目覚めたスカーレットは、復習をするために、

その不思議な荒廃した世界の果てを目指す。

その途中で、現代日本から来た看護師・聖(ひじり)と出会う。

価値観の違う2人であったが、聖の治療の技術が、人々を笑顔にしてく様子を

見て、スカーレットの価値観も変わっていく。

デンマーク王は、その配下を刺客としてスカーレットに差し向ける。

そこで、甘さを見せ、見逃したことが、スカーレットの背中を押すことになる。

デンマーク王が地獄から現世へ戻ろうとしたとき、スカーレットはその背後に追いつく。

スカーレットは復讐を成し遂げ、そして、実は仮死状態であったため、

現世へと戻っていく。

戻った先で、新たなるデンマーク王となり、聖を通して垣間見た平和な世界を目指すのだった。


というお話でした。


「ハムレット」を原案とした物語を細田守が、どのように調理するのか・・・?

というような期待と、レビューの恐ろしい低さが怖いもの見たさみたいな期待もあって、

観に行ってみました。

ハムレットは、原作では主人公ですが、そのポジションにはスカーレットがはまっていました。

ちなみに父が「アムレット」で捩(もじ)られていました。

原作でスカーレットと恋仲であったオフィーリアはいませんでしたが、

その代わりに登場するのが聖なのかもしれません。

オフィーリアは身分の違いからハムレットから離れてしまい、

傷心のうちに死んでしまいましたが、聖はスカーレットの価値観を変えていき、

それが物語の幸せな結末へ繋がったように思います。


全体としては、必要な要素を順番に消化していくのですが、

大きな山場や目的を達成しゴールに近づいていくワクワク感やドキドキ感がないことで、

冗長な感じになっているのが残念な感じでした。

アクションは良い感じで、予告で感じたCGの駄目さはそこまで気にならない、

という感じでした。


また、前作「竜とそばかすの姫」から、キャラクターデザインがディズニー作品ぽく

なっていましたが、これは継続。そして、あんまり好きじゃないんですよね・・・。

その作家それぞれが、物語とともに、絵をもっているんだなあと感じます。

宮崎駿も、押井守も、今敏も、その絵柄とセットで見ているのだと感じました。

新海誠も、有名になるときに絵柄が変わりましたが、おおよそその絵柄で描いてきました。

それが変わるのも、厳しいのだろうなあと思いました。

まあ、悪くない。けれども、ここまで広告を大々的に打っちゃうと、厳しいのでしょうね。

万人に受けるものを、というのが世の中の流れなのでしょう。


※追伸

この後、静岡県民劇団SPACによる「ハムレット」を観ました。

この演劇「ハムレット」もかなり、解釈が入っていて、オフィーリアが11人登場し、

このオフィーリアたちが、それぞれの登場人物を演じる形で進んでいきました。

こちらの「ハムレット」は、物語のあらすじをオフィーリアの視点で解釈したものでした。

オフィーリアの亡霊たちが、精霊のように漂う不思議空間の中で物語が語られていく、

という形式でした。

これを見たときに、ああ、「果てしなきスカーレット」は、復讐というテーマに

向き合い、生きるべきか死ぬべきか、というそれくらいの覚悟で、

復讐と向き合うハムレットを、そして、聖(ひじり)の存在によって、

ただただ、父のためだから、という理由で迷わず復讐に突き進んでいった

原作の「ハムレット」とは異なるハムレットを描き出そうとしたのだ、

と感じるようになりました。


面白いものですね。おわり。





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「甲鉄城のカバネリ」観ました。

なかまくらです。

「甲鉄城のカバネリ」観ました。



「貴様、ヒトか、カバネか!?」「どちらでもない、俺はカバネリだ!!」

という台詞とともにOPに突入するちょっと変わった演出で、毎回始まります。


カバネというゾンビ的な存在がいて、

カバネになりかけたが、その毒素が脳に到達する前に、首を締めあげることで、

カバネの能力と理性を兼ね備えた存在カバネリとなった生駒や無名(ヒロイン)が

活躍する話です。

蒸気機関の鉄道でつながれた、パラレルワールドの、

江戸と明治初期くらいをごちゃ混ぜにした感じの侍の時代の世界観でした。


それぞれの拠点は鋼鉄城(列車)に乗って移動していくのですが、

それぞれの拠点では、城主やその周りの臣下たちの喜彼こもごもがあったりして、

どんどん壊滅しながら、物語が進んでいきます。


最後には、幕府の偉い人(美馬)と合流することができるが、やはり、

恐ろしい計画を立てており、その企てを打ち破り、人類の拠点はさらに減っていくのだった。


みたいな感じでした。

その後に、なんと劇場版 海門決戦。

各地から、有力な武士たちが集まってくるのだが、功を焦っての仲間割れ。

結局は、カバネたちが頑張ることに(いつものパターン)。


しかし、生駒にも異変が。度重なる戦闘のためか、カバネ化が進行し、

血を求めて無名を襲ってしまう。そんなわけで信用を失い、閉じ込められる生駒。


そんなもろもろを振り切って、カバネとなってしまった城主を止めに行くのだった。


戦闘の中で、カバネになりかけるも、生駒と無名は不思議な光に救われる。

そして、城主を止めた甲鉄城の一行。


カバネも殺されて、怒りや憎しみを覚えるのだろうか。そんな問いに、生駒は

「誰かを思いやる気持ちを忘れなければ、怒りや憎しみは沈められると思うんだ」

と答えるのだった。



みたいな、お話でした。


このアニメ、全12話と劇場版だったのですが、


前半、もうものすごくワクワクだったのですが、だんだん、息切れしてきた感じでした。

でも、終わってみて思ったのは、全体の世界観をもっと広げていけたら良かったし、

劇場版を見て思ったのは、そうしたかったんじゃないかな、ということでした。

もっと、いろいろな地方を巡って、いろいろな体験をする中で、ちゃんと、倒幕へ

向かえればよかったのに・・・。という感じの作品でした。

まあ、面白かったんですけどね。










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