1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】バナナの皮殺人事件

なかまくらです。


書きっぱなしでデスクトップに置いてあった小説を発表します。

シリーズにしてもいいな。


どうぞ~~。



「バナナの皮殺人事件」

                   作・なかまくら



バナナの皮殺人事件


作・なかまくら


2018.11.12


 


凄惨な現場であった。


「無理心中ですな」「いや、殺人事件だろうさ」


二人の刑事は、ともに恰幅が良く、ともにパイプをくわえて、ひげを交互に撫でながら、事件現場を眺めていた。


「犯人はどっちだろうな」「いやさ、相討ちだろうね」


 


死体は二つ。凶器は花瓶。それぞれの凶器と頭部の外傷ががっちり合致。


「間違いないな」「間違いないね」


 


二人が頷く。


チェック柄のチョッキの青年は、指をさしている。丁度ダイニングのほうである。つまり、そのダイニングメッセージが残されていた。机の上には食べかけの夕食。こぼれたワインと、白身魚のギョギョ煮。そして、房についたバナナ。そのバナナの周りは水で妙に濡れていた。


 


地面にも食べ物がこぼれており、二人の刑事は、そっと目を逸らした。


「さぞかし美味しかったろうな」「ところが、今は匂いすら宜しくない」


「ところで二人の関係はどうだろうな」「見たところ、老人と青年というのは関わりの少ないものだ」


「存外、どうだろうか」「案外、その通りさ」


「よし、間違いないな」「間違いないね」


 


二人が頷いて、事件の調書に一筆ずつ、署名を始めたときに、


 


「おままちを!」


颯爽と現れるチェックコートの男が現れる。


「またチェックですな」「今日はチェック記念日ですかね」


「刑事さん、刑事さん、こんにちは。いつもお勤めご苦労様です」


チェックコートの男は、優雅に挨拶をする。


「いつも、どこからともなく現れますな」「探偵どのは、千里眼ですね」


「いえ、彼に事件が起きたので」


探偵は、さっそく現場を確認する。


「なるほど! 謎は解けました!」


「そうでしょうな」「そうでしょうね」


二人の刑事は、さも当然のように、ひげを交互に撫でた。


「チェックの彼・・・私の助手のアンサムくんは、バナナの皮に滑って後頭部を後ろの花瓶に強打! 後頭部陥没が死因ですね」


探偵は、ピクリとも動かないアンサムくんに近づいていく。


「ほう」「ほう」


二人の刑事はやれやれ、と言った表情でそれを見ている。


「見てください。彼の指さしているのは、壁です」


壁に近づくと、小さな蟻が何匹か確認できた。


「この壁、何か甘いものがぶつかったのでしょうね。蟻が集まっています。そして、」


探偵は、その壁から、アンサムくんのほうを向き直る。


「ちょうど、この壁のシミと、下に落ちているバナナの皮、アンサムくん、花瓶が落ちて割れている位置は、部屋の中で一直線上になっているのです!」


探偵がそう、高らかに叫ぶと、天井があるにもかかわらず、天から光が降り注いだ。


そして、アンサムくんを包み込むと、光の中から、アンサムくんが笑顔で現れるのであった。


「先生、ありがとうございました。また、うっかり、死んでしまいました!」


「君は本当に、いつも危なっかしいのだから、困ってしまうね」


「先生がいるから、安心してあの世へ行けるんです」


「いやいや、私を試すように突飛な方法で他界するのは遠慮してもらいたいものだな」


「どうも、すみません」


「・・・で、もちろん見たんだろう、犯人を」


「ええ」


 


**


 


そんなわけで、真犯人は、隣人のジェムリフさんであることがわかったそうです。


二人の刑事が逮捕に向かい、先生とアンサムさんの活躍で一件落着となったとさ。


「はい、記録おしまい」


女の子は、それをファイルに綴じると、事件簿の並ぶ本棚に戻した。







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『GODZILLA 星を喰う者』観ました。

なかまくらです。

少し前ですが・・・

『GODZILLA 星を喰う者』を観ました。



アニメ版ゴジラ映画の3部作の3作目。

アニメーションの制作会社は、ポリゴンピクチャーズで、

3Dアニメーションを得意としている制作会社です。

ディズニーっぽい3Dではなくて、アニメよりの3Dがなかなか気に入っています。

さて。

前作までのあらすじは、こちらをご覧ください。


『GODZILLA 怪獣惑星』観ました。

『GODZILLA 決戦機動増殖都市』観ました。

脚本は虚淵さん。観たものに絶望を与えることに定評がある方です(笑



3作目は、ギドラが登場するらしい・・・という情報だけで、観に行きました。

メカゴジラシティでのゴジラとの決戦で、ほとんどの兵器を失った人類は、

人類が捨て去り、2万年が経った地球に生き延びていたフツワの民に身を寄せて

生き延びていた。幾人もがフツワの民と同じように暮らすようになっていく。

ハルオもまたそうであり、夫婦になるのであった。

そんな中、生き残った人類たちは、メトフィエスの唱えるエクシフの信仰に次第にすがる様に

なっていく。

その信仰が高まったとき、メトフィエスの真の目的が明かされる。

それは、地球にギドラを呼ぶことであった。ギドラは別宇宙からやってくる。

別宇宙の異なる物理法則によって、なすすべもなく人類の母船は失われ、

ゴジラでさえも、触れることすらできない。

観測することさえできず、ギドラの周囲では時空間もバラバラになってしまうのであった。

ハルオはメトフィエスとの・・・あるいはギドラとの対決に臨んだ。

メトフィエスの左目に埋め込まれたデバイスを破壊したとき、

ギドラの全能性は失われ、ゴジラはそれを破壊するのであった。

ハルオは、生き残ったが、博士が修理した最期の人型兵器に乗り込み、

憎しみとともに、ゴジラに特攻し、散るのであった。


そんなお話でした。

ネット上ではなかなかの酷評でしたが、個人的にはかなり好きでした。

ゴジラと人類の文明として戦うとはどういうことなのだろう、ということを考える3部作でした。

人類は感情的に戦い、科学的に戦い、そしてこの3作目では、宗教で戦った。

人が次第に流されていき、集約されたところにギドラが登場するのは

なかなかワクワクする展開でした。

ただ、ギドラ、もうちょっと強くてもよかったと思います^^;

いくらゴジラからの攻撃が当たるようになったからといって、ちょっと弱すぎでした。

そこから第二形態・・・じゃないですが、そこからもうちょっと粘ってほしかったし、

部分的に物理法則を書き換えられたっていいと思うのに、

瞬殺されてしまいました。なはは・・・。

あとはラストはなかなかムズムズしましたね。

フツワの民で、ハルオと結ばれた女性が、最後のシーン、少し怖い顔をしています。

それは、フツワの民がずっと知らないで生きてきた”憎しみ”という感情なのでは?

それが生まれてしまい、ハルオが死んで、断ち切られたと思ったものは、

わずかに消えずに残ったのでは・・・?

というような風に見えました。


ともかく、面白かったです。

おわり。





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しもやけさん、いらしてましたか。

なかまくらです。

ふと・・・足の指がかゆい!!

ハッと気づいた時には、すでに遅し。

これは・・・しもやけさんじゃないですか~~。

今年も来ましたか~~。

かゆいな~~、

仕事に集中できないんですよ、あなたがいると(誰か人間に言いたい台詞ですわ

去年のこと・・・

出会いが。


こ、これは・・・・!

とても快適なんですね~~。お湯、めっちゃ使いますが、

温めている間だけは、かゆみが来ないんです。

早速押し入れから引っ張り出しました。







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冷蔵庫内掃討作戦!

なかまくらです。

冷蔵庫の中がやばいことに気づく。

もうすぐ正月になるわけで、

アパートをしばらく開ける人の冷蔵庫とは思えない食材の量。

というわけで、これまでも自炊だったわけですが、

自炊と言いつつ、乾麺で買ってきたうどんをゆでたりとか、

まあ、毎食作るのは無理なわけで、それなりにやってきたわけですが、

冷蔵するしかないものを優先的に調理するように、切り替えます。

問題は、山積み・・・・になっている納豆です。

幸い、ねぎも大量にあるので、しばらく納豆をひたすら食べます^^!

あとは、半分残っている大根と、ジャガイモが8個、キャベツが1/4玉

チンゲンサイ少々、ニンジン少々、といったところ。

とりあえず、一昨日と昨日でレタス1個はシチューに、

チンゲンサイ1束としめじ1パックは、チャーハンとしておいしくいただきました。

最近、野菜がおいしくて仕方がない(笑

なんという幸せなんでしょうね。お金がかかりますな。





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何を教えようか、どう教えようか

なかまくらです。

音楽性の違い ⇒ 解散! のごとく、

教育の方向性の違い・・・、みたいなことが起こったりもするわけです。

先生によって教えたいことが違う・・・。

教育の機会は均等に与えられていますし、

同じ基準で作られた教科書を使って、教えているはずなのに、

教える人によって、異なってくるから面白いといっていいのか、何というのか。

物理という科目は、残念ながら進学校でもなければ不人気な科目なんですね。

あまり生徒が選択履修しないわけです。

目の前のありとあらゆる現象が実は、いくつかの簡単な法則で起こっているという、ただただ単純なその面白さを伝えることの難しさを感じます。

それどころか、物理基礎という、入門編(これはみんな履修することになっている)でも、

どうもかなり大変らしい。

さて、彼らに何を残すことができるのだろう、と考えるのです。

知識として、運動とか、エネルギーとか、力とか、

そういうことを教えておくことはもちろんですが、

それを通して何かを教えることが大事かな、と思います。

分からなくても投げ出さずにジッと考えることや、

どうやったら困難を脱出できるのか・・・その方法を模索したり(例えば、人に聞いたり、インターネットで情報を集めたり)

あるいは、なんだ、諦めずにやれば案外できるじゃない、ということに気づかせたり。

物理基礎の授業は、その先に進まない人にとって、技能を学ぶ場なのだと思います。

暗記は多分、これからの時代、これからの時代に比べて価値が下がります。

知らないのは駄目です。覚えていなくても知っていることが大事。

これをどう活用するのか。

物理量同士の関係性(比例や反比例)について、式から考えたり、

困ったときに定義に戻る大切さを学んだり・・・。

いろいろ考えるのですが、結局は、目の前の生徒を見てそれで決めるのですから、

なんでしょうね。





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