なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)
なかまくらです。
ひっさしぶりーに、小説をかーきまーしたー。
書初めです^^笑
タイトルは珍しく長い。
ファンタジーです。では、どうぞ。
燈火は風に揺れるくらい夜に
2013/01/31
なかまくら
人間の神が彼らを救うことはなかった。
必死の攻勢も虚しく、大陸を分断する山脈の頂に城が完成し、世界の半分は魔物の生息地となっていた時代のこと。
きん、
熱(いき)り立った羊の角を備えた猛禽類が、勇者の振るった剣を弾いて金属音を響かせた。振動が腕に伝わり、しっかりと握っていなければ剣を取り落としそうであった。が、既に握力は限界。勇者は剣の重さに任せるようにして腕ごと剣を振り回す。猛禽類の怪鳥は翼を傾けふわりと躱(かわ)すと、無防備な背中めがけて角を突き立てる。
呻き声は、怪鳥のものであった。勇者に覆いかぶさるように崩れ落ちる怪鳥の長い翼の向こう側に、片手をこちらに向ける男の姿があった。
魔法。使い手は少なくないが、せいぜい手の届く範囲くらいでしか有効ではないそれを、男はゆうに10歩は離れた場所から使って見せたのだった。勇者は男に頭を下げ、男は勇者を連れだって村に戻った。
「先ほどはありがとうございました」 勇者は簡素なドーム状の小屋に案内されていた。
「その実力では、せいぜい自分の命を落とさないのが精一杯でしょう。どうして勇者を?」男は飲み物をコップに注ぐ。コップの中では橙色と深緑色の液体が混ざり合わずに回っていた。
「いえ、誰かがやらないといけないんですよ。勇気あるものが魔物と戦い、時間を稼いでいる間に民を逃がす」
「いけにえ、ですか」
「そんな悲壮な覚悟でなったつもりはありません。ここに来たのはそういうわけです」 男はにっこりと笑って、それは悪くない笑顔だった。そして男には、かつてその笑顔を浮かべていた勇者たちにそうしたのと同じ応えを返さないといけないだろうことも分かっていた。
「あなたのいる、この村だけがずっと人間の土地を守り、豊かに栄えている。何故か。・・・・・・あなたがいるからだ」
魔物たちは基本的に何かを作り出すということはない。いや、強いて言うならば、肉体を強化し、角を獲得したり、翼を獲得したりはする。だから正確には何かを育むことはない、というべきか。魔物たちは、一通り土地を荒らし尽くすと別の場所へと移っていく。人間の土地へとだ。土地を追いやられた人間にできることは、荒れた土地で一からやり直すことばかりであった。
「申し訳ないのだが・・・」 男は断りの言葉を切り出す。
彼の力は、”ポート”と呼ばれるものに支えられていた。”ポート”はなんのことはない陶器の筒のようなものであるのだが、それがないと私はただの弱い人間になってしまうのだ。”ポート”は大きく、運ぶことは容易ではないのだ、と。男はそう説明し、勇者は固まったまましばらく動かなかった。もう、慣れていた。
それから、不意に勇者は動き出す。「わかりました」と。「”ポート”を作りましょう」と。
村から魔王の城まで、”ポート”で繋ぎ、男を導く。それが人間にできることであり、今を生きる人間の使命であると。それは不可能な事業に思えたが、男は断る理由も見つからず、ではそのように、と投げやりに言い、勇者は「待っていてください!」と小屋を飛び出して行った。それから男は待っていなければならなくなってしまった。
それが、もう10年も前のことであった。勇者はとうに民の盾となり、死んだだろうか。
男には秘密があった。
男は”ポート”のあるところでしか活動しない。いや、正確に言うことを試みよう。男は”ポート”の照らす範囲でしか活動できない。・・・そう、”ポート”とは照らす道具であったのだった。男には太陽の光の反射が見えなかった。男はかつて暗黒の中を生きていた。ある時、鉱石を見つけた。それは感動の瞬間であった。今まで色というものはなく、形というものもなかった世界にぽつりとくっきりとそれは浮かび上がっていたのだから。
「ほう、おもしろいものをもっているな」 職人がそれを形にすると、筒からはまばゆいばかりの光が漏れ出るようになった。小屋の中においておけば、村の辺縁までは明かりが灯った。彼の中に、朝と夜ができた。それは知られてはならない秘密であった。
その日はやってくる。村の外れから続く緩やかな傾斜の丘。その向こう側が明るいのだ。男は丘を登ることにした。丘を登るほど暗闇は増し、気配をうかがいながら丘を登りきることになった。そして、登りきればその向こう側は、天の星というものを模しているかのように地平線まで輝いていた。男はそれをしばらくぼうっと眺め、ふと、勇者が約束を果たしたことに思い至ったのだった。
*
男は、出かけることにした。剣には研ぎの魔法を掛けた。血の鉄分を取り込み、内部構造を強固にする魔法。切るほど、硬度の高い剣となった。
鳥類の魔物は一般的に手強いことが多い。人間は地面に足をつけ、平面的な動きは素早いが、視界の鉛直移動に伴う明度の変化には弱い。男は、あの時勇者が戦っていた羊の角の猛禽類を角ごと首を叩き切る。ザックリと開けた頭部と胴体の間の空間、その切り口の向こう側には、目一杯膨らんだワニが構えていた。びゅっと吹き出される水鉄砲は空気抵抗を受けて細く変形し、遅れて凍結。氷の矢となる。男は袈裟に振った剣から右手を離すと冷静に横に薙いで矢を叩き割った。
男にとっては造作もない作業であった。城はあっけなく陥落した。魔物たちは”ポート”の光に照らされると何も見えないようであり、やみ雲な総攻撃が城の崩落を手伝った。魔王が、どれであったのかはわからなかった。とりあえず、目につくものは殺した。
男はなんとなく片付いたと感じ、大広間から繋がるテラスへと出てみることにした。山の頂に建てられた城からは大陸の半分が臨めた。それを埋め尽くすように”ポート”は建てられ、男にとってはもはやそれは少し―――
いや、この続きを伝えるのはよそう。これは英雄譚にはならなかったのだから。
最後に、いくつかの顛末を伝えるだけにとどめようと思う。
男は”ポート”を壊して回った。正確には、何者かによって破壊されているという事実ばかりであったが。その影は旅の途中、彼に会っているものは、彼だと確信し、それをあえて口にはしなかった。
それから男はある町まで来ると、勇者の元へ少し立ち寄った。勇者はひげを生やし、あの頃と同じ笑顔で男を歓迎した。橙色と深緑色の混じった液体の飲み物を注いで男に渡し、「"ポート”を壊している輩がいるみたいだよ、君」といたずらっぽく言ってまた笑った。勇者は国を治める者となっており、再会はごく短い時間であったという。別れ際に勇者は、手提げの”ポート”を男に渡した。もう必要のないものかもしれないけれど、と言いながら。
男にとってそれは何を意味し、それがその意味を果たすことの意味すら、見抜いていたように、勇者はそう言って、”ポート”を男に渡したのだった。
おわり。
なかまくらです。
飛び込むのは怖い。
深い青色に沈んだ水面下には、天敵のシャチが大口を開けて待っているかもしれない。
それは他人に対する欺瞞だ。言い訳だ。
怖いだけなのだ。水に入ってみたら案外泳げないかもしれないのだ。
バシャバシャと溺れて、みっともない姿を晒すかもしれないのだ。
隣り合って飛び込んだ仲間たちが、みてみぬふりをしてくれようと、
助けに来てくれようと、手取り足取り教えてくれようと、
からかわれようと、馬鹿にされようと、見捨てられようと、
そのすべてが恐ろしく、どこまでも遠くへと氷の上をよたよたとついて行こうとするのだ。
水の中はあんなにも自由なのに、
気水境界線を越えることは不可能な課題に見える。
一度思い切って、飛び移ってしまえばいいのだ。
あとは、成り行きに任せればいいのだ。
無為自然。流されれば良いのだ。
身体のまま、心のまま、波に乗ればいいのだ。
そっと目を開けて、開けた視界があったら、力を込めて泳ぎだせばいいのだ。
それだけのことなのに、それが一番難しい。
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