1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

「君たちはどう生きるか」観てきました。

なかまくらです。

スタジオジブリ、宮崎駿監督「君たちはどう生きるか」を観てきました。



うーーーん。初めに断っておきますと、1回見ただけでは評価しにくいなぁ、という

難解な作品でした。

いえ、簡単なお話なんですよ。

端的に言うならば、

戦時下の日本で、母親を失った少年のもとに、母親そっくりの継母が現れるが、

継母と上手くいかない少年の自己理解が進んで、逃げずに生きていこうと決めるお話でした。

それだけ聞くと、えーー、それは面白くなさそうだなぁ。見に行かないでいいかなぁ、と

なりそうな本作品。CMやっていたら見に行かなかった気がします。

結論としては、(たぶん)観てよかった(と思う)。


という感じです。

(うまく説明できていない)あらすじ。

眞人は、戦時下の日本に暮らしていた。

あるとき、病院が燃えて、母親を失った。

東京から疎開した眞人少年の前にあらわれたのは、父の再婚相手で、母親の妹だった。

そっくりな継母に心を開けない眞人少年。

懸命に心を傾けてくれる継母の夏子。

眞人は学校へ行くも、馴染めず喧嘩をしてしまう。

その帰り道で、石を頭に自ら打ち付けて大きな傷を作る。

家族を心配させ、構ってもらうために? それとも、喧嘩の相手を陥れるために?


母親を忘れられない眞人少年の前に、奇妙なアオサギが現れる。

少年を待っていたというアオサギは、眞人少年をどこかへ連れ去ろうとする。

このアオサギと対決するために、眞人少年は動き出す。

ナイフを研ぎ、弓矢を作る。矢羽根はアオサギの落としていった羽根を使った。


夏子は身籠っていた。それにもかかわらず、行方不明になってしまう。

森に向かって歩いていくその姿を目撃していた眞人少年は、

大叔父が行方不明になったという離れの洋館へとたどり着く。

そこでアオサギを矢で仕留め、その正体が小ぶりな中年男であることを知る。

アオサギの案内で下の世界へ向かった眞人は、

死の祠や、転生しようとするワラワラと出会ったり、

若かりし自分の母親が世界の秩序を守ったりだとか、

インコに食べられそうになったりだとか、

いろいろな人に助けられながら、いろいろなことを体験していく。


そして、夏子さんの居る間へとたどり着く。

「あなたがいなければ・・・」

本当の気持ちを曝け出して拒絶する夏子に対して、眞人少年は、

夏子母さんと呼ぶ。ハッとする夏子。


大叔父がかつて、降ってきた隕石を囲って建てた洋館は異世界への扉となっていた。

大叔父はその世界をずっと統治してきたのだ。

大叔父は、眞人にこの世界の統治の後継者となることを求める。

ここでは、好きなように美しい世界を作ることができるのだと。

けれども、眞人は、自分で傷つけたことを告白し、

苦しい世界に戻り、生きていくことを選ぶのだった。


こうして、夏子さんと眞人は無事に元の世界に戻りましたとさ。


というお話でした。


なんというか、とってもハッピーエンド。

次々と決断を迫られる眞人少年は、正解のルートを選び続けて、

元の世界に帰ることができました。

そんなこの物語は、古典的様式を持つファンタジーだったのかもしれませんね。

構成を振り返ると、

前半が長くてしんどかったなぁ。でも、後半も次々と別の世界観の中に投げ込まれて行って、

目まぐるしく変化していくからしんどかったなぁ、と結構そういう感想。

たぶん、次にどうなるか、予想がつかないまま、

どんどん次の展開に巻き込まれていく感じで話が進んでいったからだと思います。


でも、時間がたっていつかまた見たら、なんだか素敵な物語なのかもしれないなぁ、

と思うかもしれない。そんな予感がある映画でした。

おわり。





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結末をもう一度

なかまくらです。

夏休みですが、なかなか始まっていません。

コロナ陽性からスタートして、積もり積もった仕事を先週から片づけていて、

先週末は、科学部の県大会で、夏期講習が今週末まであって、

今週末は、吹奏楽部の地区大会です。勝ち上がれば、吹奏楽部の県大会がお盆にあって、

それが終われば、ようやく夏休み・・・?


今年の夏は戯曲を1本書こう、と画策しているのですが、

ずいぶんと遠いところにあるようです。


【戯曲】アイディアの王国

先月、書いたお話の終わり方がだんだん気になり始めて、

もう一度、書き直そうかな、と考えています。

ここしばらく、都合の良いハッピーエンドを書いていないことに気付きました。

せっかく1時間もお芝居を見るなら、ハッピーエンドがいいじゃない。

もう一度見直してみようかな、と思っているのでした。

おわり。





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ウィザーズ・ブレインIX 破滅の星〈下〉読みました。

なかまくらです。

ひきつづき、下巻のレビューです。完全に寝不足ですが、夏休みに入って少し楽です笑

9年ぶりに刊行されたウィザーズ・ブレインの最新作のエピソードⅨの下巻までやってきました。エピソードⅨはおよそ1300ページにも及ぶ超大作で、思わず徹夜してしまいました。
人間と魔法士は互いを殲滅することで、青空を手に未来をつかむ作戦に打って出る。過去の大戦前に作られた浮遊島を崩壊した人間の拠点シティに落とし、多くの魔法士をシティに残る難民たち諸共殺してしまおうという策に打って出る。しかし、世界再生機構も度重なる介入とシティに見捨てられた難民の受け入れによって、人員を割くことができないでいた。
しかし、ヘイズには分かっていた。ここで魔法士か難民かのいずれかが死ねば、最早どうしたって後戻りできなくなる。停戦なんて望めるはずがない。ここまでの戦いもそうであったが、これが本当に最後の機会なのだ。
ヘイズとそれに同調したファンメイは、たった2人で事態をなんとかすべく動き出す。島の制御権を奪取するべく乗り込むヘイズと、両軍を一人で相手取るファンメイ。当然、そんなのは無謀というものだが、ファンメイは龍使いという特異な魔法士であった。身体の細胞レベルで改造された人間であり、その特異な情報強度をもった身体を自由に作り替えることができる。しかし、そのリスクも大きく、身体を拡張することで、細胞に刻み込まれた情報に飲み込まれて自我を失い、死に至る危険性があった。そして、そのリスクは表面化してしまう。ファンメイは200メートルを超す拡張体となって戦場を動き回るが、最早意識はなかった。ヘイズも制御中枢にはたどり着いたものの、島の防衛機構によって、島諸共死ぬ覚悟を決めたところだった。
そこに、世界再生機構から救援が入る。もちろん戦える状態ではない魔法士たちを無理やりに動ける形にして出撃させる一回限りの方法。絶対に無理だと思っていた生還が奇跡的に叶い、両軍の衝突も不発に終わる。この出来事がずっと暗澹たる状態にあった天城錬の心に小さな火を灯す。
そんな中、賢人会議が総力を結集して、人間側から雲除去システムに干渉する端末である「塔」の破壊に乗り出す。これが最終決戦になることは人間側も魔法士側も分かっていた。その戦いのど真ん中に天城錬はいた。世界再生機構で動ける魔法士は天城錬のみ。たった一人で、全人類の戦いを止めようとする圧倒的に勝ち目のない戦いだった。策はあった。世界再生機構の面々は、人間側、賢人会議側の極端に振り切れない軍人たちを離反させようとしていた。それが成功するまでの数時間を稼げれば良かった。魔法士の魔法の種は生体コンピュータによる物理法則を書き換える超高速演算にある。それを外部装置によって補助することで、一時的に圧倒的な力を得ることで、天城錬はそれを為そうとしていた。しかし、その目論見は見破られる。外部装置の存在には感づかれ、破壊される。そのあとは、最早、天城錬に構うものなどいなかった。天城錬はただ、雪原に倒れ伏したままになっていた。
天城錬がかつてフィアに言った言葉がある。「どうにもならないかもしれないけど、もうちょっとだけ頑張ろうよ」そのときには、まだ抱えていなかった知らなかった沢山のことがあったけれども、そのときに自分が言った言葉。
天城錬はもうちょっとだけ頑張るために再び立ち上がる。
そして、自身の特異な能力の本当の力の使い方に戦いの中で偶然に気付く。
外部装置をi-ブレインによって作り出し、自己増殖させるプログラムを走らせる。これによって、圧倒的な力を取り戻した天城錬は、戦況を押しとどめ、やがて、離反者が計画通り生まれ、両者の衝突は一時的に回避される。人間側も賢人会議側も満身創痍の状態であったため、生活拠点の復旧に取り組まざるを得ない状況になっていた。
という下巻でした。
非常に複雑に思惑が絡み合い、Ⅸ下巻(実質19巻)までに登場した人物が、あちらこちらの陣営に分かれて動いていきました。その人物たちが主人公に協力してくれて、絶望的な事態の中で、希望が見いだされ、少しでも好転する方向に動いていくというのは、王道ですが、それを描き切ることは難しいし、このエピソードⅨではそれを形にしようと苦心したんだろうなというのを感じました。設定された局面の中で登場人物たちがどう動くかを丁寧に追っていく構成の仕方は、作者のボードゲーム好きが影響を与えているのでしょうね。少し、疑問が残る点としては、世界再生機構のサポートなしで人間側が賢人会議の動きを正確に予想できたのが疑問。それから、天城錬って、そもそも器用貧乏で、それぞれの特化された魔法士には敵わないという感じだったと思うのに、いつの間にかどの魔法士とも渡り合える力を持っているみたいな周りの認識になっているのが疑問。といったところでしょうか。それにしても、天城錬は、この物語で最も負けている男ですが、本当に久しぶりに活躍した感じがします。いずれにせよ、次巻が最終巻なのだそうです。私が中学生のときに読み始めたこの物語も35歳にして、20年越しについに完結を迎えようとしているのだと思うと、感慨深いものがあります。まだ、雲の除去もできていないし、衝突も一時的に止まっただけだし、世界の滅亡への動きがなくなったわけでもなくて、ただ、全部をかなえたいという理想主義者たちが力を持ってしまい、現実主義者たちを圧倒したというような状況は、子供が大人に反旗を翻し、それが成功してしまったような居心地の悪さの中にいるようで、ここからハッピーエンドになれるのだろうか・・・??と不安と、次巻Ⅹ巻のサブタイトル「光の空」であることから、雲除去されそうだぞ!?という期待を込めて、秋の発売を待つことにします。おわり。





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ウィザーズ・ブレインIX 破滅の星〈中〉読みました。

なかまくらです。

ひきつづき、中巻のレビューです。

上巻で大気制御衛星を奪取した魔法士(生体コンピュータi-ブレインを先天的あるいは後天的に脳に埋め込んだ人間)の国家 賢人会議は、続いて人類の殲滅にフェーズを移行する。その先頭に立つのは2本の騎士剣と2つのi-ブレインをもつ特異な能力を持つ騎士ディー。彼は恋人であるセラの居場所を作るために賢人会議に加わったのだ。
しかし、実際に人類の殲滅へと動き出した賢人会議の内部も一枚岩ではなく、衛星を奪取する際には、攻撃してくる軍人を殺すことができていた賢人会議の魔法士たちも、一般市民の攻撃に対しては躊躇するものも出てくる。さらには、科学技術的なサポートをしていた天城真昼の死によって、次第に魔法士たちは万全の状態で出撃するのが難しくなっていく。そして、賢人会議の代表であるサクラは、大気制御衛星から出てくることができず、通信状況も不安定な状態にあった。これらによって、徐々に不安定さが増していく賢人会議。
一方、人間の側は、大気制御衛星を奪取されたことで、人間が一定数以下になると、賢人会議によって、遮光性の雲の除去システムが起動されて、雲と一緒にi-ブレインを持たない人間は分解されてしまう危機にさらされていた。この状況を打破するべく、大気制御衛星への大規模なハッキングを仕掛けることを決断する。そのためには、現在の人間の拠点(シティ)の要となる生体コンピュータがすべて破損する可能性があり、さらには滅ぼすべき相手である魔法士の力が不可欠という非常にリスクと困難を極める作戦であった。
その作戦の遂行のために、天城錬の恋人で、特異な力をもつフィアが狙われる。賢人会議にも所属せず、人間側として戦うこともしてこなかった天城錬とフィア。フィアの選択は、大気制御衛星へのハッキングに協力するというものだった。天城錬にはその真意が分からなかった。
ハッキングを食い止めようとする賢人会議とハッキングを邪魔させまいとする人間側。魔法士たちは一騎当千の力を奮って、ハッキングをしている中枢の生体コンピュータの前までやってくる。その先頭に立つのは騎士ディー。そこで待ち構えている天城錬と量子力学的制御を操る格闘戦最強の魔法士イル。
この戦いにおいても、上巻と同じ過ちが繰り返される。確固たる意志を持つディーと「何をしたらいいのか、どうしたいのか分からない」天城錬。両者は拮抗した戦いを見せるが、土壇場でその差が表れる。確固たる意志を持つ者たちに引きずられて各方面で戦局はどんどん進んでいき、その局地として、戦いの天秤はふいにディーに大きく振れる。生体コンピュータは破壊されてしまう。
大気制御衛星にハッキングを仕掛けていたフィアは、その内部で賢人会議の代表サクラと対峙する。そして、サクラの誰にも打ち明けていない真意を知ることになる。しかし、あと一歩のところでハッキングの補助機関である生体コンピュータ破壊され、フィアの意識は身体に戻ることができずにどこかへ行ってしまうのだった。
人類は後戻りができないところまで来てしまっていた。世界再生機構は為す術もなく、介入も虚しく、事態は悪化し、それぞれの実力者たちもそれぞれの責務との天秤に動かされ、人間側でも魔法士側でもないという立場をとり続けることができなくなっていった。いずれかが勝ち、他方を滅ぼせば、人類を絶滅の危機に追いやっている大気制御衛星の暴走による難分解性で遮光性のある雲は除去されて、人類は太陽光エネルギーを再び活用することができるようになる。しかし、そもそもこの大気制御衛星の暴走自体が、実は暴走ではなく人類を救うために命を賭して魔法士によってなされたものだというのだから、どちらに義があるとも分からない。ただ、戦争を止めれば、雲は除去されず、人類は近いうちに滅びることは想像に難くなかった。それでも曖昧な立場をとり続けることの困難さを感じていた。
しかし、事態は待ってはくれない。
生体コンピュータを破壊したディーは返す刀で、別のシティを襲撃し、その市民を殲滅する作戦を立案する。それを食い止めるべく、最強の騎士 黒沢祐一が出撃する。黒沢祐一の脳は過去の大戦からの蓄積疲労により、すでに壊死しようとしていた。i-ブレインを起動したら死ぬ、と言われているそんな状況で、新世代の最強の騎士であるディーの前に立ちふさがる。ディーにとっても多くを教えてくれた師である黒沢祐一であったが、対峙する以外の道はすでに残されていなかった。黒沢祐一は死の淵において、ついに騎士の極致に至り、ディーを圧倒し、賢人会議の侵攻を食い止めることに成功するのだった。彼自身の命と引き換えにして・・・。
という中巻でした。
状況はどんどんと取り返しのつかない方向に進んでいき、極端な思想に突き進んでいきます。それについていけないものが出てきたり、逆に立場をあいまいにしておけないものが出てきたりして、実力者たちがあちらこちらに陣営を移っていきます。黒沢祐一が死ぬ展開は、天城真昼のときも思いましたが、まさかこの人物が退場するとは・・・という驚きがありました。黒沢祐一は1巻から度々登場しては、まだ精神的に発達途上である各主人公たちに示唆を与え、成長させてきた人物でした。次第に大局的に世界を見定めている指導者を失っていくこの物語がどこへ進んでいくのか未だ不安の中にあります。





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【戯曲】アイディアの王国

なかまくらです。

コロナの自宅待機の後半2日は、体調がほぼ回復していて時間もあった・・・

・・・というのも、仕事道具の大半を職場に置きっぱなしで進められない。

ので、戯曲でも書こうかと。以前書き上げた小説「アイディアの王国」を

戯曲版にしてみました。文量が3倍なので、最早別物ですが笑

面白いかどうかは、書き上げた今日の自分では判断がつかない

(今は面白いと思って書き上げたところな)ので、また、

日を空けて読もうと思っています。

それではどうぞ。


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アイディアの王国
                       作・なかまくら
                       2023/07/22
登場人物
佐倉くん ・・・ 使用人
U    ・・・ アパートの管理人。浦島博士。
西塚   ・・・ 書けない作家
黒沢   ・・・ 才能の原石。ハルさん。
刑部   ・・・ 警察
宮瑚田  ・・・ 警察
1.

暗い舞台に人。明かりがつく。

暗い表情の男がいる。

暴動、悲鳴、諦観。そうした音に包まれている。耳をふさぐ。

ふと、気付く。彼は、本を手に取る。一心不乱に何かを調べる。何かを書き写す。それは有機化合物のような何か。

U   おい、だれか! だれか! 早くこっちに来てくれ! これを見てくれ! これが実現されれば・・・人類はきっと平和に・・・。

誰かは、頷き、走り去る。
明転。

U   こうして・・・意識の研究が進んだ時代に、そのサイエンスフィクションのような解決策は生まれた。・・・生まれてしまった。

U、はける。
佐倉、登場する。

佐倉   この国のことは隅から隅まで知っている。知ろうと思ったことは、それを見ている人が無意識に教えてくれるから。だから、まだ、この国にぼくの知らない場所があることを知ったときには驚いた。その場所は、工場の煙に包まれた隣町の外れまで行って、その先に広がる見渡す限りの耕作地帯も何日かかけて通り抜けて、それでもなお自転車を飛ばしていくと、あるらしい。どこか古い洋館のようなそこに行けば、物語に出会えるという。

佐倉   ぼくが、それを地図で見つけた次の日には、もう家を飛び出していた。学校は夏休みで2カ月間の休みに入るところだったし、両親には、サマースクールがあるとかなんとか言って。飛び出した。

佐倉   こんこん。こんにちはー・・・。

返事は帰ってこない。

佐倉   いつの時代の建物なんだろ・・・。

そこに後ろから入ってくる青年(西塚)。

西塚   あ・・・。

佐倉   あ、あのっ。初めまして、ぼくは佐倉といいます。この場所のことを教えてほしくて。

と言っている間に、西塚は二階の自室へと入っていってしまう。
抱えていた書類から、落ちた紙切れを佐倉は拾う。

佐倉   あ・・・落としましたよ。えっと・・・「“わたしの代わりにたわしを置いていくの“」。・・・なんだろう?


物語世界が展開する。(配役は良きように)。飛び出す絵本みたいなイメージで楽しんでやってください。ばたん、と扉が開き、西塚が現れる。そして、堂々とした声で。


西塚   舞台は文明開化の様相。

刑部   女性が独りで生きていくのがまだ難しかったころ。

U   ところが、この旦那様ときたら、とんでもない人で。

佐倉   ・・・えっ!? 誰ですか?

宮瑚田   だから、私は決心しましたの。この家を、出ていくって。

U   でも、元の家にも帰れない。

宮瑚田   だって、帰ったら、お父様にもお母様にも迷惑が掛かってしまうわ!

刑部   ああっ! いったい! いったい、どうしたらいいの!?

U   そっと姿を隠すしかないのではなくて?

刑部   誰も知らない街から街へ!

宮瑚田   でも、私だけが、我慢をしなければならないの?

刑部   なぜなんだ・・・?

U   それは、あなたがこの時代に生まれてしまったから、仕方がないことなの。

宮瑚田   でも、だったら、私は、私にできる、ほんの一握りの意地悪を残すのだわ。

西塚   “わたしの代わりにたわしを置いていくの“

刑部   たわし? なぜ“たわし”なのかしら?

U   無粋なやつだな。退場~~!

刑部   あ~~れ~~

宮瑚田   私のことなんて、毎日の家事をするお掃除婦くらいにしか思っていなかったんでしょう? だから、会いに来てもくれなくて。私は、このまま、古くなって、捨てられてしまうのだわ。

西塚   だから、たわしを身代わりに置いて行ったって、あなたはきっとしばらく私のいないことになんて、気付きはしないのだわ、きっと・・・。

U   そう言って去っていく彼女の顔は、けれども・・・。

西塚   ずいぶんと晴れ晴れとして、ニッ、と年相応に幼く笑って見えたのだった。

U   これにて、終幕! 解散!


ぞろぞろと解散していく。


佐倉   あ・・・これが、物語なんだ・・・。

U   ん? 解散だといったはずだが・・・君はそういえば、見かけない顔だね。

佐倉   あっ・・・えっと・・・すみませんでした!


U   ああー・・・そういうことですか。

佐倉   大変申し訳ございませんでした!


U   その紙を、見てしまったわけですね。この若葉荘の住人の書いたそのメモを。

佐倉   物語がこんなにも、こんなにも愛おしいものだとは知らなくて。でも、この物語はもう・・・。

U   なるほど、あなたもその世代ということですね?

佐倉   はい・・・。

U   それで、先ほどの想像力。なるほどなるほど・・・。はい。この件については、不可抗力ということにしておきましょう。

佐倉   えっ、でも、せっかく世の中に新しい物語が生まれようとしていたのをぼくのこの手で・・・。


U   ああ、あれは大した物語にはなりませんよ。もっと大きな果実が実らせるために、早めに摘み取ってしまうつもりでした。

佐倉   でも・・・。

U   ああ、まるで物語の主人公のようではありませんか。あなたは偶然訪れた古い洋館で、物語の一端に触れてしまう。その落ちてきた紙はさながらあなた宛ての切符のようです。その紙は、あなたがその手で西塚くんに渡しますか? ・・・宜しい。見たところ、あなたはまだ学生のようだ。あなたはひと夏の間、この若葉荘で使用人として働くことにする。その中で、多くの出会いがあるでしょう。それが、あなたの物語となるかどうかは、見極めさせてもらいましょう。


佐倉   ここで、働かせてください。

U   部屋は空いている部屋をひとつ、お貸ししましょう。何か質問は?


佐倉   あの、あなたのことを教えてもらってもいいですか?

U   おっと、そうですか。私は、Uと申します。例えるなら、物語の道先案内人。住人達には、鬼畜編集者と呼ばれたり、生卵を握りつぶすものと言われたり、ああ、あとは普通に大家さんと、呼んでくれる人もいますねぇ・・・。

佐倉   大家さんですね。ぼくは佐倉です。

U   おお、チェリーブロッサム?

佐倉   いえ、西洋医学で栄えた佐倉藩のほうです。

U   ふむ・・・まあ、いいでしょう。それでは佐倉くん、ここでのルールを一つだけ伝えておきましょう。

佐倉   はい。

U   私のいる小屋には、私に言いつけられない限り、決して近寄らないこと。

佐倉   それだけですか?

U   そう、簡単なことです。・・・守れますね?



2.
佐倉、エントランスの掃除をしていると、西塚が部屋から出てくる。


西塚   あ・・・。

佐倉   西塚さん! 先日はすみませんでした、あの、これ・・・。


西塚、紙を受け取る。


佐倉   あの、本当に、物語ってぼく、初めて読んで、感動しました。でも、すみません。物語に出会えるのは、1つにつき、1人だけなのに、そんな貴重なものをぼくは開いてしまった・・・。本当に申し訳なくて、それで・・・。

西塚   あの。

佐倉   はい?
西塚   な、
佐倉   え?
西塚   名前。
佐倉   あ、佐倉といいます。昨日からここで働いてます・・・。
西塚   そうじゃなくて。
佐倉   あ、・・・ええと、すみません。はい。


U   あっはっは・・・。ダメダメだね、佐倉くん。
佐倉   駄目駄目でした。
U   君、あれでしょ。喋れるタイプの人間関係苦手なタイプでしょ。
佐倉   苦手なタイプでした。
U   いやまあ、そうなるのも無理はない、か。
佐倉   フォローになってません。
U   だって、君、言葉で人とコミュニケーションとるの初めてでしょう?
佐倉   コミュニケーション?
U   そうだろう? だって、この国の人間はみんな、人造テレパスなんだから。思ったことはそのまま、伝わるんだよ。コミュニケーションなんて遠回りな意思伝達手段はもうすっかり失われてしまっているんだ。
佐倉   コミュニケーションって何ですか?
U   言葉や物のやり取りをして、相手と意思疎通を図る技術のことだよ。例えば、会話だ。
佐倉   会話・・・。
U   いいかね、会話っていうのはキャッチボールなんだ。
佐倉   キャッチボールでした。
U   会話っていうのは、相手の話をまず聞くことなんだ。
佐倉   はい。
U   それから、相手と話のペースを合わせないといけない。
佐倉   ペースを合わせる。
U   そうだ。そして、共通の話題を見つけるんだ。気になるあの子の場合にはこれが特に重
要だから、覚えておくように。
佐倉   気になるあの子って、なんですか!?
U   いまにできるさ、若人よ。よしっ! 行ってこい!


西塚   どうしたの?
佐倉   えっ!? あっ! はい! え、いま、ぼく、ずっとここに居ました?
西塚   不可思議なことを言う人なんだね、君は。
佐倉   佐倉です。
西塚   佐倉くんか。
佐倉   はい。
西塚   なぜ私の名を?
佐倉   あ、それは、管理人のUさんに教えてもらいました。
西塚   あの生卵を握りつぶす人か。
佐倉   ・・・本当にそう呼んでるんですね?
西塚   え?
佐倉   いえ。Uさんは生卵を握りつぶすんですか?
西塚   ああ。
佐倉   え?
西塚   この若葉荘には、作家になろうという人たちが住んでいる・・・。それをあの人ときたら、ヤレこの登場人物はなんだ、ヤレこの話の展開は無理があるだの、いちいち、卵から生まれようとする雛たちを握りつぶしてくる。

佐倉   へ、へぇ・・・そうなんですか。
西塚   そうなんですよ、だ。
佐倉   ははは・・・。


西塚   それで、君はどうしたんだ?
佐倉   紙を返そうと思って・・・。
西塚   返したじゃないか。
佐倉   しばらくここで働くことになりまして。
西塚   どうしてそうなる。
佐倉   実はよくわかりません。成り行きといいますか、罪悪感だったんでしょうか。罪滅ぼ
しに、と思ったからでしょうか。Uさんに、ここで働きなさいと言われたときに、うまく断れなかったんですよ。
西塚   なるほどな
佐倉   なるほどですか。
西塚   それが動機だ。
佐倉   動機・・・。
西塚   ミステリだとよくある。
佐倉   これは物語なんですか。
西塚   犯人はなぜ、そんな行動に出てしまったのか。
佐倉   それが動機ですね。
西塚   大家は、この動機を巧みに操り、人心を惑わす。
佐倉   そんなまさか。
西塚   佐倉くんは悪い人間ではなさそうだから気を付けて。
佐倉   ありがとうございます。
西塚   え?
佐倉   楽しかったです。
西塚   あ、うん。

西塚はける。

佐倉   よし!

舞台暗くなって、佐倉のところにだけ明かり。

佐倉   日記をつけることにした。今日は201号室の西塚さんと話ができた。どんな人だろ
う、と思ったけれど、話し出してみると、いい人そうだった。そうそう、両親には、サマースクールでしばらく家を空けると言ってあったから、大丈夫だろう。サマースクールは実際にあって、そこに参加していないことも知ろうと思えば、知れるけど、うちはやりたいことをとことんやりなさいという主義だし、両親は中央の仕事で忙しいから、すぐにはバレない。そのはずだ。

3.
刑部   なんかヤバい事件、起こらないかなー・・・。
宮瑚田   刑部さん、なんかすごいこと言ってますね。それでも警察ですか。
刑部   宮瑚田よ。
宮瑚田   はい、宮瑚田です。
刑部   ああ宮瑚田よ、宮瑚田よ。5,7,5。
宮瑚田   刑部さん、いまちょっと、ヤバいことが起こりましたよ。
刑部   起こってはいるんだよ、起こっては。
宮瑚田   これ、今月の我々の給料、先月の食事代で半分消えてます。
刑部   それもやべぇな! 経費で落とせって言ったろ!
宮瑚田   いや、だって落とせないお店とかあるでしょ! 刑部さんそういうとこばっか行く
んですから!
刑部   そりゃあ、趣味と実益を兼ねてだな・・・。
宮瑚田   言っちゃったよ、この人。趣味って言っちゃったよ!

刑部   まあ、そういうヤバいヤマはさ、闇から闇へと流れていくもんでしょ。そういうアン
ダーグラウンドには不思議な魅力とかがあってさ。
宮瑚田   ヤンキーに惹かれる女学生の気持ちは理解しかねますが。
刑部   そういうんじゃないよ。ただなぁ、確かにあるんだよ。分からないものに惹かれるっ
ていうのは人の本来の性としてはさ。
宮瑚田   うーん、残念ながら、ジェネレーションギャップ感じてます!
刑部   ああ、そうだよな。お前らは生まれた時からテレパスだもんなぁ。思いは伝わっちゃ
うもんなぁ。つまんねえもんなぁ。(顔をつまむ)
宮瑚田   摘ままれても、面白い顔じゃなくてすみません。
刑部   そういうところまで、面白くなくなるなよなぁ・・・。
宮瑚田   でも、当時は必要だったって、聞いてます。
刑部   ・・・ああ、必要だったさ。食料もエネルギーもいつ途絶えてもおかしくなかった。
でも、ないわけじゃなかったんだよ・・・。
宮瑚田   フードロスとか、省エネとか、習いましたよ。
刑部   ああ。だから、科学の発展か、文化の変革かを選ばなければならなかった。


刑部   浦島博士。
浦島   刑部くんか。外の様子はどうかね。
刑部   静かなもんです。今から起こることに、誰も気づいてはいない。
浦島   そんなものか。ほかの国の状況は。
刑部   情報が流れた国もあるようですが、封じ込めに成功したと聞いています。
浦島   では、ホモサピエンスのすべては掌握されてしまったということだ。
刑部   いま、人類を根底から変えてしまおうとしているというのに、それを踏みとどまらせ
る力も最早人類には残されていないということです。
浦島   いいや、刑部くん。意識とはそもそも何かということに我々は立ち返らなければならないのだよ。
刑部   あれですね。「われ思うゆえに我あり」デカルトです。
浦島   ああ。だが、もっと根源的な話だ。そこを飛んでいるハエに意識はあるのだろうか。
刑部   ハエに意識ですか? いや、そんなたいそうなものを持っているようには思えません
が。
浦島   では、魚は? 鳥は? 猫は?
刑部   鳥や猫は、子育てしますし、なんらかの意識があるんじゃないですかね。
浦島   その子育てっていうのは、どうしてできるようになるんだろうね。我々人間は、どう
して言葉を話せるようになるんだろうね。
刑部   むかし、オオカミに育てられたヒトが人語を話せなかったとか。
浦島   その通り。つまり、我々の中にあらかじめ備わっているだけのものでは、不足しているんだよ。我々一人一人が、外部刺激に対して、それを内部の意識に参照して統合して判断しているように、我々一人一人の経験が、どこかにある大いなるヒトの無意識に統合されて、意識を成長させていくものではないかと我々は考えたんだ。ヒトの歴史のどこかのタイミングでその主導権は各個人に委ねられることになった。
刑部   俺には、理屈だけでもさっぱりです。
浦島   そんな時代ももうすぐ終わるのだよ。私の無意識と刑部くんの無意識は、大いなるヒトの集合無意識を介して共有されることになるのだから。・・・だが、本当にこれで・・・いいのだろうか。
刑部   博士? 大統領も了承済みの計画です。
浦島   いや、忘れてくれ。失うものを数えるよりも、残されたものを大事にしていくべきなんだろう。そういうところまで、人類は来てしまったのだと割り切ることにしたはずなんだ・・・。
刑部   最終準備に入ります。



宮瑚田   なんだか、恐ろしい話ですね。
刑部   そう、恐ろしい話だったのさ。水にナノマシンを混ぜて流してよ、世界中の人の脳に定着させるんだ。それから、集合無意識の側から、「我慢」ってやつを人類全体に、命令のように送信して、抑制をかけたんだ。
宮瑚田   それで、人類は現代まで生き延びた。
刑部   確かにそうなんだよ。だけどなぁ、黒い煙を吐き出して、油を垂れ流すように走っていた自動車も個人では手に入らなくなってしまったし、霜降りのA5の牛ステーキだって、飼料を考えると効率が悪いのなんだのって、ことで全部人口肉と大豆のステーキに代わってしまった。
宮瑚田   刑部さんがそういうんだから、さぞかし美味しかったんだろうなぁ。
刑部   そりゃあもう、ウマいなんてもんじゃねえ。でかいヤマが片付いたりしたらよ、みんなで食べに行ったもんさ。おっと、想像しただけで・・・無意識さんから食欲減退のホルモンが分泌されてきやがる。
宮瑚田   無意識さん、機械みたいに正確ですね。
刑部   ああ・・・そうだな。実際、そうなんだよ。


刑部   そうだ、宮瑚田。明日も暇か?
宮瑚田   御覧の通りですよ。
刑部   少し、調べたいことがあったんだ。付き合えよ。
宮瑚田   はい、仰せのままに。


4.
佐倉、何やら本を読んでいる。

佐倉   意識の研究が進んだ現代において、そのサイエンスフィクションのような解決手段が考えられました。全体の意識を深層において中枢につなぐことによって、人々を一つの目標に向かわせようとする力学が生じるようになりました、かぁ・・・。
西塚   それで、物語は、初めの一人しか体験できなくなった。
佐倉   一人が読んだら、二番目に読んだ人は、なんか読んだことあるっていう感覚が邪魔をして純粋に感動できないんですよね。分かります。
西塚   それが、人類が犠牲にしたものだから。
佐倉   この感動を犠牲にしたなんて・・・。間違ってます!
西塚   間違っていても、間違いでなかったことにするしかない。
佐倉   そうですね。物語を書くのも、生活に余裕がないとできないですよね。
西塚   それは少し違う。
佐倉   そうなんですか。
西塚   どこか、その人の欠けた部分から、物語は生まれてくる。全く満ち足りた人から生まれてくる物語は、一瞬で崩れて消える。
佐倉   そういえば、ここには変わった人が多いですよね。203号室の黒田さんは、この前、落ち葉の並びが、ぼくが掃いて集めたために失われてしまったと、ひどく嘆き悲しんでいました。あれは悪いことをしました。
西塚   そんなことが。黒田さんの物語は、知っているか?
佐倉   ええ。群像劇ですよね。
西塚   思いもよらぬ、つながりを見出して、
佐倉   それが全体の物語をぐいぐいと進めていく。すごいなぁ。
西塚   ああ。
佐倉   そういうことなんですかね。
西塚   ああ。
佐倉   ところで、西塚さんは、どんなお話を書くんですか?
西塚   私か・・・。私は・・・いまは、書けないんだ。
佐倉   そう・・・ですか。すみません、悪いことを聞いてしまいましたか。
西塚   いや・・・。
佐倉   ・・・。
西塚   私はまだ一作しか、書き上げたことがないんだ。
佐倉   いやいや、それでもすごいですよ。Uさんに認められたってことですよね。
西塚   半年前に書き上げたその一作が、頭から離れなくて、どうしても二番煎じにしか過ぎない気がして・・・。
佐倉   ・・・西塚さん。
西塚   ああ・・・すまない。
佐倉   楽しみにしていますね。何か手伝えることがあったら、何でも言ってください。
西塚   あ、ああ・・・。


Uが入ってくる。少し遅れて少女が現れる。15歳~17歳くらいだろうか。

U   ただいま戻ったよ。
佐倉   Uさん、お帰りなさい。
U   ああ・・・。ちょうど良かった、西塚くんも一緒じゃないか。
佐倉   そちらの方は?
U   紹介しよう。黒沢くんだ。
黒沢   ・・・こんにちは。
U   諸事情あってね、うちに住んでもらうことになった。
西塚   そうですか。
U   ああー! 君の言いたいことはわかるよ、西塚くん。もちろん、彼女には作家として、活動してもらうつもりだ。
西塚   そうですか。
U   佐倉くん、彼女に205号室を案内してあげなさい。それから、夕食後に私の部屋に来るように。
佐倉   はい。
U   それと、西塚くん、最近、原稿を見せに来ないようだけど・・・。半年に一回の〆切・・・忘れたわけじゃないんだよね。今回も期待しているよ。
西塚   はい・・・。ご期待ください。

U、はける。

佐倉   西塚さん
西塚   すまない・・・一人にしてくれないか。
佐倉   あの・・・書けますよ。
西塚   ここに居られなくなるかもしれないんだ!
佐倉   すみません・・・。

黒沢   あの・・・。
佐倉   はい。
黒沢   この床のシミのことなんですけど・・・。
佐倉   シミ・・・?


物語世界が展開する。(配役は良きように)。飛び出す絵本みたいなイメージで楽しんでやってください。イメージはシンデレラの継母たちにいじめられている感じ。
ばたん、と扉が開き、Uが現れる。そして、堂々とした声で。
U   あら、どうしたの! ハルさん!
刑部   どうしましたの! お母さま!
宮瑚田   お母さま!
刑部   あら、そこにいらしたのね、妹。
宮瑚田   お姉さま、調べ物をしていたら、いつの間にかいらっしゃらなくなるんですもの!
刑部   あら、ごめんなさいねぇ、妹。
U   それよりも御覧なさいな! この・・・シミを!

刑部   お料理の時につけたのかしら?
宮瑚田   誰かさんの泣き顔にそっくりじゃないかしら!?
刑部   あら、妹。それは素敵な思い付きじゃありませんの!
宮瑚田   いえいえ、率直に思ったことを述べたまでですわよ!

黒沢   ごめんなさい・・・。もうしません・・・。

U   しっかりしなさい! 拾ってあげた恩くらい感じて働きなさい!
刑部   そうよ、感謝の心ってのが足りないんだわ!
宮瑚田   謙虚な心もおまけしておきますわ!
3人、去っていく。

黒沢   ごめんなさい・・・。

黒沢   私は、こうして生きていくのでしょうか。いいえ。きっと成人したら、こんな家は出ていってやるんだわ。それで、素敵な王子様に巡り合って、素敵な恋をするんだわ。でも、今は、・・・このシミが私だというのなら、私は擦り続けよう。いつの日か、このシミが私に見えなくなったときが、私はこの家を出ていく時なのだ。

U   以上、解散!

3人、はけていく。

黒沢   あ・・・。すみません。勝手に、出てきちゃうんです。それでいつも怒られて。
佐倉   素晴らしい才能ですよ。ぼくもその床を何十回も見てきたのに!

西塚   佐倉くん。
佐倉   西塚さんもなにか・・・
西塚   私は失礼するよ。
佐倉   あ、はい。
西塚   遊んでいる暇はないんだ。なかったんだ・・・! それと! これは君に対する微かな友好の証に忠告しておく。「Uをあまり信用しすぎないほうがいい」

西塚、はける。

佐倉   あ、ごめんなさい。
黒沢   いえ・・・。
佐倉   西塚さん、口数は多くないけど・・・。普段はもっと優しい人なんです。
黒沢   はい。
佐倉   今度また良かったら3人でお話しましょう。
黒沢   はい。

佐倉   じゃあ、黒沢さんのお部屋はこちらです。鍵もお渡ししておきますね。何かあれば、1階の守衛室にぼく、いますので、呼んでくださいね。
黒沢   はい。
佐倉   あの・・・。
黒沢   はい?
佐倉   ここの人は皆さん、優しい人たちですから、大丈夫ですよ。
黒沢   ええ、ありがとうございます。

黒沢、はける。

佐倉   ・・・その人の欠けた部分から、物語は生まれてくる、か。


5.
蝋燭のちらつく小屋のイメージ。
佐倉   佐倉です。
U   ああ、佐倉くん、よく来てくれたね。帽子、似合っているじゃないか。
佐倉   ありがとうございます。テレパス対策ってこんな簡単にできるんですね。
U   まあ、私の手にかかれば、御覧の通り。
佐倉   ありがとうございます。
U   紅茶でいいかね?
佐倉   はい。・・・それで、今日は・・・。
U   佐倉くんから見て、今の西塚くんはどうだい?
佐倉   西塚さんですか・・・?
U   おっと。待ちたまえ、そういう意味じゃない。ははあ、さては何か言われたな。
佐倉   いえ、ぼくは何も。
U   いいんだいいんだ、作家の中の怪物はそうやって育てていくものだからね。
佐倉   怪物・・・?
U   うん、いいんだ。黒沢くんも天才だろう。彼女はアーティストだよ。互いにいい刺激になるといいんだけど。

ここから、同時進行で2つのシーンが進んでいく。
刑部と宮瑚田が話している。

宮瑚田   刑部さん、調べたいことがあるって言ってましたよね。
刑部   そうだ。先日、ちょっとした事故があったの、知ってるだろう?
宮瑚田   事故? 物語の暴発事故ですか?
刑部   そうだよ。未発表の物語を訓練を受けていないものが偶然開いてしまった。
宮瑚田   たまにある話じゃないですか。子どもが話した空想話をまともに受け取って本気にしちゃうやつ。困ったもんですよねぇ。
刑部   さて、これは困ったもんだで済むのかどうか、というところに事件の糸口があると思わないかね、ワトソン君。


佐倉   西塚さんの中の・・・怪物、ですか。
U   作家には2種類いる。外にいる怪物を描くことができる作家と、外に怪物を見つけられ
ず、己の中に怪物を育てることで物語を生み出していく作家。
佐倉   そんな・・・西塚さんは言っていました。「どこか、その人の欠けた部分から、物語は生まれてくる。全く満ち足りた人から生まれてくる物語は、一瞬で崩れて消える」って。
U   なるほど、達者なことを言う。その欠けた部分から生まれた怪物は、それを物語に書き出すことで、心の外に一時的に追い出すことだってできる。だが、次に生まれる怪物はもっと恐ろしいものになることもある。西塚くんを食らいつくしてしまうかもしれない。
佐倉   そんな・・・。
U   私はそれを心配しているんだ。


刑部   まあ、十中八九大丈夫なんだろうな。
宮瑚田   調べたいことって、その1か、2の部分ってことですか。
刑部   そうだよ、暇なんだよ、悪いか?
宮瑚田   ヤベー事件かもしれないってことっすか・・・?
刑部   いや、十中八九違うだろうさ。
宮瑚田   なんでですかー、モチベーション上げていきましょうよー。
刑部   例えばだよ? 例えばの話だ。
宮瑚田   うっす。
刑部   物語の中で、主人公に目も眩むような幸せが訪れたとして、お前ならどうする?
宮瑚田   いや、俺あんまし本を読んだ経験ないですけど、きっと、嬉しいんじゃないですか?
刑部   そうだよな。テレパス世代のお前たちは他人の喜びが過剰に伝わってきてしまうんだからな。
宮瑚田   そういうことになりますかね。
刑部   ただ、それだけじゃない。物語に出会うということは、自分ではない誰かに出会い、自分を見つける体験なんだよ。実体験として、お前を揺さぶってくるんだよ。幼いころ、初めて本を読んだ時の感動は忘れられない。その耐性がお前たちテレパス世代には足りてない。
宮瑚田   ・・・何、言ってんすか。

U   だからこその君だ。君の無意識とのつながりは強い。ここでの生活の中で、ほとんど、脳のナノマシンを取り除いた西塚くんとでさえ、交信できるだろう。彼の物語を読み、彼を救ってやることができるのは、君しかいない。
Uのこれは、催眠術のようなものなのだ。働き始めた時もそうであったが。
佐倉   ぼく、しか、いない・・・。
U   そうだ。来週は、半年に一回の原稿〆切がある。彼の物語は、愛情の欠如と逃避の物語だ。君が西塚くんの作品を読み、彼の思いを・・・彼の怪物を受け止めてあげてほしい。
佐倉   ・・・わかりました。できる限りやってみます。
刑部   いや、そうなんだけどさ。これは全面的に俺の妄想だ。
宮瑚田   でも、刑事の勘が・・・いうんすよね。
刑部   馬鹿にしてるだろ。
宮瑚田   無意識領域はかなり研究されてるんですよー。それを刑事の勘って・・・。
刑部   信じてないだろ。
宮瑚田   いや、・・・信じてはいるんですよ。その勘に命救われたこともあるんで。
刑部   ならいい。俺のこの馬鹿げた妄想を実行するには、器が必要なんだ。
宮瑚田   器・・・?
刑部   そうだ。感受性が高くて、読んだ物語をまっすぐに受け止めてしまう恐ろしくよく響く鐘みたいなやつだ。
宮瑚田   まさか、それが、この前の物語の暴発事故の?
刑部   昔、ある人がその危険の存在について、話していたことがあったのを思い出しちまったんだよ。
宮瑚田   まさか。
刑部   まあ、十中八九、なんでもねえ。だから、意識観察局に連絡して、意識の伝達経路を追ってくれ。
宮瑚田   了解っす。
刑部   頼んだぞ。

宮瑚田、はける。

刑部   ・・・。

刑部、はける。


6.
佐倉がエントランスの掃除をしていると、宮瑚田が扮する出版社の男が訪ねてくる。サングラス。
佐倉   あ、こんにちは。
宮瑚田   こんにちは。

間。

佐倉   あの、何か用ですか?
宮瑚田   あー、君は?
佐倉   佐倉です。ここの使用人のアルバイトで・・・。
宮瑚田   あー、バイトくんかー。なるほどねー。ここ長いの?
佐倉   いえ、半月くらいです。学生なので、夏休み限定で。
宮瑚田   そうなんだー。
佐倉   あの、あなたは?
宮瑚田   ああ、うん。出版社、って言ったらわかるかな。
佐倉   物語を発表するところですよね。
宮瑚田   おおっ、君、賢いね。でもね、待ってほしい。ここのアパートは、お抱えの作家さんがいるんだろう?
佐倉   まさか、ヘッドハンティングとか?
宮瑚田   しっ、声が大きい! これから始めるんだよ、出版社。そしたら、作家さんにうちの出版社からも出してもらわないと、本にならないだろう・・・?
佐倉   すみません・・・じゃないですよ。そんな簡単なものじゃないと思うんですけど。
宮瑚田   作家さん、貴重だからねー。あらゆる物語の型はすでにやりつくされたと言われているし、皆が無意識で繋がっている今、その、これ読んだことあるっていう感覚は顕著でしょう? だから、物語、かける人、一目だけでも、見てみたいじゃない。
佐倉   えー、ちょっと、大家さん呼んできますね。
宮瑚田   ウェイト!
佐倉   えっ?
宮瑚田   まだ、心と体の準備がっ! ね・・・。
佐倉   いろいろと準備大変なんですね。
宮瑚田   そうなの。もう一人くるはずの人もちょっと、前の打ち合わせが押してるみたいで。はい、ストレーッチ・・・3,2,1・・・OK。
佐倉   そうですか。
宮瑚田   ところで、君は、作家じゃないのだね。
佐倉   はい。
宮瑚田   作家さんって、隔離されてそこだけ、テレパスを遮断された環境になっているって聞くけど、君は問題ないのかい?
佐倉   あ、はい。大家さんには特別に許可をもらってて・・・初めて来たときには、失敗もしちゃったんですけどね・・・。
宮瑚田   その失敗・・・聞いちゃってもいい?
佐倉   え?
宮瑚田   これから、作家さんに会う時の参考のためよ。
佐倉   それなら・・・まあ。そうですね。未発表の作品のメモを見ちゃったんです。それが原因かわからないですけど、その作家さん、今、スランプで・・・何とか力になってあげたいんですけど・・・って、あれ?
宮瑚田   ごめんね、相方が急用で来れないっていうから、今度また来るね! いろいろありがとう。さよなら!

佐倉   さようなら。


宮瑚田はける。
佐倉はける。

宮瑚田出てきて、電話。

宮瑚田   刑部さん、見つけましたよ。


音楽。

7.
エントランスにU、佐倉、西塚、黒沢の4人が集まっている。


U   さて、いよいよ、〆切の日だ。今回は君たち2人の新作を読ませてもらうよ。

それぞれに、原稿を置く。

U   佐倉くん。
佐倉   はい。
U   君には、西塚くんの作品を読んでもらおう。私は、黒沢くんの作品を。
佐倉   読んでいいんですか?
U   この場所で、その帽子をしていれば、大丈夫。読者は遠すぎてテレパスは届かない。
佐倉   わかりました。

U   まあ、そういうわけで、作家諸君は、しばらくは自室に戻るなり、出かけるなりして、ゆっくりしていてくれたまえ。

はける佐倉、西塚。
時間がぐんぐん進む照明か何か。夕方になる。

椅子に座って読んでいるUと佐倉。
そこに入ってくる宮瑚田。

宮瑚田   おっと、そこまでだ!

U   なんだね、君は。
佐倉   えっと、宮瑚田さん。

宮瑚田   おっと、覚えてもらっていたとは・・・光栄だね。
佐倉   Uさん。こちら、新しい出版社を立ち上げようとしている宮瑚田さんです。

U   佐倉くん、君はどうやら人が良すぎるようだ。
佐倉   えっ?
宮瑚田   へへっ、すまないね、佐倉くん。
U   悪い人にはお帰りいただきたいのですが。
宮瑚田   だけどな、利用したのは、お互い様だろ!

佐倉   そういえば、宮瑚田さん、今日はもう一人も来てるんですよね? この前、二人で会いにくるって。
U   もう一人!?
宮瑚田   おっとっと・・・。
U   佐倉くん、彼の言葉に耳を貸してはいけないからねっ!

そういって、U、はける。

宮瑚田   佐倉くん、そりゃあないって。参ったね、こりゃあ。
佐倉   宮瑚田さん、あなたは何者なんですか?
宮瑚田   警察さ。物語の暴発を止めに来たんだ。
佐倉   ・・・っ。

佐倉、走り出す。

宮瑚田   あれっ? 佐倉くんも黒ってことなのか!?


場面変わって。

U   誰だ!?
刑部   やっぱり、博士でしたか・・・。
U   その声は・・・刑部くんか。
刑部   お久しぶりです。電波塔は、機能停止させていただきましたよ。
U   私の目論見は・・・すっかり、バレていたということか。
刑部   いえ、俺も・・・もういい加減、嫌気がさしていたんですよ。そんなとき、あの暴発事故が起こった。新しい物語に出会うというのは、すべての人にとってとても大切なことだって、気付いちまった。
U   そうか・・・ならば、
刑部   だけど、あんたのやろうとしていることはそれとは、きっと違うんでしょう。
U   違わないさ。
刑部   いいや、あんたはいまそういう顔をしていない。
U   違わないさ! 人間がいまの半分くらいにでもなれば、テレパスなんてものは必要なくなる! 食料もエネルギーも心配しないで、芸術を自由に楽しめる時代が来る! それが、なぜわからないのだ・・・!
刑部   命には代えられない・・・。そう思ったから、あんたもあの時、こうしたんでしょうよ。・・・いずれにせよ、これがいまの俺の仕事なんで。悪く思わないでください。


佐倉   待ってください!!

U   佐倉くん、よく来た。さあ、今こそその帽子を外して、西塚くんに、君の感情を伝えてあげるんだ。西塚くんは生み出してしまったんだろう・・・死を司る怪物を。
刑部   博士、電波塔は止めてあるんですよ!
U   だからなんだというんだ。
刑部   まさか、ほかにあるのか!
U   これくらいの想像力は持ち合わせているわ!


佐倉   だから、待ってください!!
西塚   あんまりだ・・・。あんまりですよ・・・。

佐倉   西塚さんがあんなにも苦しんで、書き上げた物語は、兵器なんですか。この感情が怪物だって? この感情が伝わった人が苦しむことが一体、誰のためになるんですか。

U   黒沢くん、君の怪物を使わせてもらう!

Uが、帽子をとると、刑部と宮瑚田が崩れ落ちる。

黒沢が舞台の袖から出てくる。

黒沢   これが・・・私の感情・・・?

U   黒沢くんはアーティストだから、世界に新しい味を加えることができる。彼女の悲しみの感情を味わうといい!

黒沢   私の感情・・・。私の・・・。

U   さあ、佐倉くん、今のうちに。

佐倉   Uさん、もう終わりにしましょう。

U   ・・・え?

佐倉   Uさんの野望は叶わなかったんですよ。

U   どういうことだ。

佐倉   西塚さんの新作の原稿は、面白くなかったです。

U   つまり・・・

佐倉   怪物は生まれてません。ただ、西塚さんが生み出せないはずのものを生み出そうとする苦しみが滲んでいるだけでした。

U、がっくりとうなだれ、

U   急ぎすぎたのか・・・。私は・・・。私の物語はこんな、バッドエンドだったのか!?
刑部   博士・・・。あんたの物語はまだまだ続くんだ・・・諦めなければバッドエンドなんてあり得ない。だけど今度は・・・悪役じゃなくて・・・俺たちの世界を救うヒーローのような発明をまた、・・・お願いします。


暗転。
いろいろと片付いている。


刑部   えっと、佐倉くん、だったか。
佐倉   はい。
刑部   いろいろと世話になってしまったな。
佐倉   若葉莊はどうなるんですか?
刑部   物語を楽しみに待っている人はいるんだ。
佐倉   はい・・・といってもぼくはバイトなんですけどね。
刑部   次の大家は手配をしておく。それから、博士は・・・博士は最後まで反対していたんだ。あの人が前を向けるような物語ができたら、教えてくれ。
佐倉   はい。宮瑚田さんにもよろしくお伝えください。
刑部   ああ。


刑部はける。

佐倉、一人残される。
そこに、西塚が出てくる。

佐倉   西塚さん。
西塚   面白くなくて悪かったな。
佐倉   すみません。おかげで世界は救われました。
西塚   喜んでいいのか、悲しんだらいいのか。
佐倉   そうですね・・・。でも、ぼく、思ったんですよ。たくさんの物語を生み出さなくてもいいんじゃないかって。
西塚   え?
佐倉   西塚さんの最初の作品・・・読んでみたんです。もちろん、すでに世に発表されていましたから、読んだことあるなーって思いました。
西塚   うん。
佐倉   だけど、ちゃんと良かったんですよ。読んだことあるけど、もう一度読んでよかった。
西塚   うん。
佐倉   だから、その物語をずっと見つめながら、少しずつ変わっていって、それが後世に残るような、そんな作家の在り方もあるんじゃないかって、思えたんです。それで、不意に新しいものが書きたくなるなら、それでもいいじゃないですか。

西塚   ・・・うん。
佐倉   どうですかね? 
西塚   いや、いいと思う。


西塚   ありがとう。

西塚、はける。


佐倉   これは、ぼくのひと夏の思い出だ。けれども、これはUさんがきっかけをくれた、ぼくだけの物語。物語の始まりに出会った夏だった。


これにて閉幕。





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