なかまくらです。
昨年度。ストレスが溜まると爆買いをしてしまうと言う悪い癖がありまして。
爆買いで何を買うかというと、まあそれはあまり法則性はないのですが、
いい革靴を買ってみたり、
カーペットを変えてみたり、
Yシャツを買ってみたり、
コートを新調してみたり、
車のパーツを買ってみたり、
まあ、いろいろでした。ついでに白状すると、
最近1万円もする名刺入れを買ってしまいました・・・。
これから、企業訪問にまわるので、そのときに、勇気をくれるといいなあ。
ちなみに、一昨年は、ストレスが溜まると、わりと爆食いで、
よくマックスバリューで、黒毛和牛ステーキ肉! みたいなのを買って、
焼いて食べていました。
さて今年度は、どうなるんでしょうね(苦笑
もっとポジティブな何かに出来ないかなぁと思うのですが、
これがなかなか。
例えば、爆読書とか、爆泳ぎとか、爆小説書き、みたいな?
本当はもっと小さく生きていけるはずなのですよね。
こんなにお金がかからないで、生きていけるはずだし、
こんなに肩肘張らなくても、いいはずなのだけど、
まだ、爆発的な生き方ばかり、してしまうのですよね。
がんばろうっと。
[2回]
なかまくらです。
最近、すごく悩んでいることがありまして・・・。
それは、どうも、私の先生としての教育観が、
他の大部分の先生とズレている気がしてならない・・・ということ。
我々教員は、どんな大人を世に輩出していけば良いのでしょうか。
私が思うのは、とにかく一生懸命、何かに取り組める人を育てること。
また、その自信をつける成功体験をさせてやりたい。
それから、素直な大人になってほしい。
建前ありきで、こういえば、世の中上手くまわるでしょ?
みたいなことばかり言う大人にはなってほしくない。
自分の言葉で、自分の思っていることを表現できる大人になってほしい。
・・・そう思う一方で、いま、そうやって仕事をしようとして、
毎日生きづらい自分がいます。
真っ直ぐ、正直に当たると、なすすべもなく跳ね返される。
私、世渡りが下手なんですね。
「言葉の裏をちゃんと読みなさい。言葉の裏が読めるように子どもを育てなさい」
と、頼りにしている先輩教員から言われ、
(・・・と言っても、それも、最初やんわりと言われて、
「よく分からない」と言ったので、そう言われたのですが・・・)
世の中は悪意とか、だまそうとする人たちに満ちているよ。
気をつけないといけないよ・・・と教えていかないといけないのか、
自分を開いて、真っ直ぐな気持ちで生きようよ、とするのか、
ううーーん、前者が正しいのでしょうか?
最近、本当にそういうことが多いのですよね。
「君の気持ちは分からないでもないが、ちょっと私の気持ちもくんでほしい」
といわれて、「あなたの気持ちも理解できなくはない。でも、それでもやってほしい」
と言ったら、「やらないってことなんだよ! そんなことも分からないか!」と
怒られたり、
「君の頼み方の手順が悪い。そうやって頼まれたら、私はもう引き受けられない」
といわれて、「じゃあ、いいです。自分でなんとかします」と言ったら、
「そういうことじゃない。私が悪者みたいだけど、やらないわけじゃない」
と言われたり・・・。
あー世の中ってなんでこんなにもややこしいのだろう。
こんなに、上手に生きられない人間が、先生でいいのだろうか?
なんて、しょーもないことを考えてしまいますね。
でも、それも含めて、生き方を教える職業だと思うのです。
[0回]
なかまくらです。
昨年、今年と活動していなかったバンドが立て続けに復活!
と喜んでいたのですが、
あれ~~~、なんか違うぞ?
と、クエスチョンマークが。
こういうことがやりたいぞ! というわけで、復活してくれたのだと思うのですが、
私みたいなミーハーは、バンドマンかっこいい~~!
とかではなくて、このバンドの雰囲気、いいなぁ、
とそういうところに惹かれているわけで、
別にこの人の生き様かっこいい!
とか思っていないといいますか、
そもそも、この辺が限界だなぁ、と思って活動休止したバンドが、
同じ感じでは帰って来れないのもよく考えれば頷ける。
でも、悲しいなぁ。
[0回]
なかまくらです。
人間関係の中で、他人に認めてもらいたかったりすると、
だんだん、自分のことを大きく見せようとついつい頑張ってしまう。
ところが、ときには疲れて、一休みしたいときにも、
小さくなるのが難しい。
明日も仕事だなぁ・・・。
[2回]
なかまくらです。
大人になるにつれて、涙を流さなくなるわけですが、
涙を流すって、すごい力があると思うんですよね。
感情を押しとどめているダムを誰もが作りながら大きくなって、
そのダムが決壊したときにだけ、涙が溢れてくる。
生徒指導がありまして、
やらかしたことに対して、こんこんと話をして、
ぐずぐずと鼻をすすって、おうおう、そういうことも大切だ、と
見守っていました。
本心をずっと隠して、社会に通用する言い方を真似て生きるなんてしなくていい。
学生のときの演劇をしていた友人達は、素敵な喜び方をしていました。
感情が自由だった、そう思います。
表現って、練習だと思うのです。学校では習わないけれど。
[1回]