1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】取れない骨 ~地上編~


なかまくらです。

春から、ずっとこれを書いているのですが、

2章がぜんぜん進まないので、1章を手直ししてみました。

構想はあるのですが、それを形にする力が無いとはこのことですね。

これも面白いと思うので、どうぞ~~

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「取れない骨」


                  作 なかまくら 



1.地上編


 


「もう3本目? 早いのねぇ~」 覚えている最初の記憶は、母が誰かと話している場面。


「やっぱり、お兄ちゃんもそうだったし、この子も同じ血を引いてるのねぇ」 羨望の声。


「いえ・・・私は、この子が、好きなように生きてさえくれれば」 謙遜する母の声。


 


青と白のボーダーシャツ姿の自分。見上げる天井、青い空が少し割れていた。3本目の足は、まだ短くて、地面には届かなかった。隣にはいつも海月(みづき)がいた。


 


ぼくらはよく一緒に遊んだ。立方体を積み上げたアスレチックを天地に縦横に移動する。鍛え上げた5本の足が巧みに確実に骨組みに身体を安定させる。欠損ルートは難易度が高いが、ぼくも、海月も敢えて選んでいく。ちらりと見ると、ちょうど海月も欠損部分にさしかかっていた。ぼくは、ひとつ大きく息をすって、軽く吐いた。それから、空白の中へと勢いよく飛び出す。アスレチックの規則正しい繰り返しの中に、不意に視界が開けるように骨組みのない空間が現れる。欠損ルートだ。攻略法は様々で、縁に沿って登ってもいい。遠回りだが、悪い足じゃない。だが、それでは圧倒的に遅い。頂点までの到達タイムを競うなら、別の方法をとるべきだろう。例えば、欠損の中央付近で・・・、ぼくは5本の長い足を精一杯広げた。そのうちの3本がかろうじて、骨組みを捕まえた。その足を踏み込んで、ぼくは大きく上へと飛んだ。足をたたみ、空気の抵抗を少なくして、欠損の上の境界へと足を伸ばし、がっしりと捕まえた。6階層を飛び越える荒技だった。


海月の驚く顔が、興奮の向こうに見えた。さらにその向こうに、青い天井。空のひび割れが、広がっていた。


 



 


「母さん」 ぼくは、母の待つ家の扉を開け放った。


「・・・ぼく、」 直前まで浮き浮きとした気持ちだった。


「放送を聞いたわ。選抜、頑張るのよ」 途端に母が随分と小さく見えた。兄もぼくも父の血が強く出ていた。強く丈夫な身体、賢く回転の速い頭。2本の足で座って、2本の足で洗濯物を畳む母は、選抜には出られなかった。覚えてはいないが、きっと父は母を置いていったのだ。そして、母はそれを今みたいに無理に笑って送り出したに違いない。


「ぼく・・・母さんを置いていけない」 口に出して、涙が出た。悔しさなのか、それともこれまで頑張ってきたすべてのことが泡に還っていく虚脱感なのか、はたまた選抜の結果訪れたであろう、母との別れを想像してなのか。自分でも分からなかった。分からなかったが、口に出た言葉が、一番今自分の気持ちとしてしっくりきて、それが本当の気持ちだと分かったことだけは確かだった。


「なにをバカなことを言っているの。このために、今まで頑張ってきたんでしょう」


「でも・・・」


「私の足りない足は、引っ張るためじゃない。背中を押してあげるためにある・・・そう決めたのよ」 母はそう言って微笑んだ。母は強いのだ。一瞬でも、目標のないちっぽけな存在に思えた自分が情けなく思えて、また涙が溢れた。生えて間もない8本目の足の先端が、ジリジリと痛んでいた。


 



 


「よう。でないんだって」 土手の上に立つと、川向こうの工場で組み立ての進むロケットが見える。昔から良くこうして眺めていた。


「誰に聞いた?」 風が流れる赤く染まった空が随分と裂けて、向こう側の暗闇が覗いている。そこに吸い込まれるように、風が吹いている。


「うちの親」


「ふぅーん」 海月のご両親は何というのだろうか。


「お父さんとお母さんはなんて?」


「早く行っちまえってさ」 そう言って、8本の足で、思い思いに小石を川に投げ込んだ。


「そうなんだ・・・」


「お前んちは?」


「頑張りなさいって」 母はそう言ってくれた。


「なんだ」


「でも、・・・さ。母さんを残して行くなんて・・・あんまりだ」


「出ないんなら、俺に決まりだな。他の奴らは骨なしだ」 海月はフフンと鼻で笑った。


「よかったじゃないか」 ぼくがさみしそうに笑うと、


「む。そういうことじゃないんだが・・・」 なぜか海月は不満そうな顔をした。


「ねえ・・・」 ぼくらは空を見上げる。


空の裂け目。あの中に飲み込まれたら終わりだと、本能的に分かっている。その裂け目が日に日に広がっていることも。


「あのさ、世界は、終わるよね」 ぼくは切り出す。これまできっと誰もが思っても言わないようにしていたこの世界というものの終わりの切り絵を。


「終わるだろうね」 海月も同じ空の裂け目を見ていた。そこに覗く暗闇を。


「だよね」 分かっていた。海月も同じ恐怖を抱えていた。生きるのを急いでいたのは、早く大人にならなければならない、と急いでいたのは、必要性があったからだ。生き延びるためには、足を8本生やして、選抜に通って、あのイカした一人乗りのロケットに乗り込んで、あの天井の向こうの世界へ昇天する必要があったのだ。でも、1本目の足が生えたとき、3本目の足が生えて、“安定”の役割を任されたとき、5本目の足を上手に使えるようになってスターとなったとき、それから幸運の7本目・・・いつも褒めてくれたのは母だった。頑張ったのは、怖かったから。けれども、頑張れたのは、母が褒めてくれたからだった。


「家族は置いていくのか?」 ぼくはぽそりと言葉を漏らした。


「・・・・・・」 海月は、川へと石をひとつ投げた。それが静かに流れる水面に波紋を立てる。「置いていく」海月はそう言った。ぼくはそれを薄情だとは思えなかった。その顔に表れていたのは、覚悟だったように見えたから。「置いていく」海月は繰り返して言った。「親不孝」ぼくの口が恐ろしい言葉を言った。「・・・そう思うよ。でも、これは俺の命なんだ」海月は胸に手を当てて、空の割れ目を見ていた。ぼくは見ていてはいけない気がして、前に向き直った。謝らなければいけなかった。しばらく並んでロケットを眺めていた。「じゃあな」海月がそう言って行ってしまう。「あのさ・・・」続きが出てこない。「やっぱり、お前も選抜、出ろよ」海月は振り返らずにそう言った。


夜。寝返りを打った。「頑張るのよ」と言ってくれた母の言葉が頭を離れなくなっていた。頑張ったら母さんは喜んでくれるだろう。きっとこれまでのどの時よりも。いつもは謙虚な母さんが、「私の自慢の息子なんです」なんて言ってくれるかもしれない。それはずいぶんと幸せなことだ。幸せなことなんだ。そうやって最後に喜んで、それで、・・・それで。


気が付くと寝てしまっていて、気が付くと選抜試験だった。筆記、口頭試問、アスレチックによる運動機能テスト。全科目で満点をたたき出したのは、ぼくだけ。1科目だけ99点だったのが、海月だった。勝敗を分けたのは、アスレチックだった。ぼくらはふたりで競い合って編み出した技で他のライバルに差を付けていく。海月の選んだ欠損ルートは、ぼくのよりも少しだけ高難易度で、そこでぼくらは垂直に上へと飛び上がった。ぼくはかろうじて鉄筋を掴み、海月はつかみ損なって、一度落ちた。その後猛烈な追い上げを見せたが、一度の失敗が審査に響いた。


「やられたよ。うん、やられた」


すべてが終わった後、海月はそういって2本の足で立っていた。ぼくは目を合わせられなかった。海月はぼくの足を無理やり取ると、6本で握手をかわした。彼の手は震えていた。ぼくの手も震えていた。


「・・・うん」


たぶん、迷いがあったのだ。のどの奥の方、取れない骨を残したまま試合に臨んだ海月をぼくは卑怯にも打ち破ったのだ。ぼくはただ母さんに褒めてもらえることだけを望んでいた。そのために、無心に頑張っただけだったのだ。ただ、そのことしか考えないように、心を閉ざしたのだ。


 


「先に上で待っているぞ」 ぼくらがまだ小さかった頃、ぼくら2人を前にして、田之助さんはそう言った。それから、10年。ぼくは、この世界を出発するであろう最後のロケットで、昇天した。煙はまっすぐに立ち昇らなかった。昇るとはそういうことだと思った。







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