1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】黄金と白銀

なかまくらです。

新作です。


・・・・・・・・・・・・・

薄い色のアスファルトに固められた道の上を、女が駆けていた。
女はヒールのある靴を高らかに鳴らす。響きわたる音は、赤と黄色、両側の建物の通路に面した木枠の窓をバタン、バタンと閉めさせていく。見て見ぬ振りをすることが、ここで生き残るルールなのだ。
追う男たちは、素足。くるぶしから先は黒いタイツが全身を覆っていて、手首の先と首から上は白と黒の縞縞だった。エチケットで下半身には縞縞のブリーフを履いているつもりなのだが、それが一層絵柄を犯罪的に仕上げていた。


入り組んだ道を右へ左へと曲がり、4段ばかりの階段を駆け上がり、少し広い路地に入ったところで女は足を止めた。すかさず追いついてくる男たち。肩で息をする女の腕には、ジュラルミン製の鞄が、自分に何があったとしてもこれだけは守らなければならない。そんな決意とともに抱えられていた。
男たちが、犯罪的な格好で、付け加えるならば犯罪的ながに股で、女に近づく。

「げへへ・・・おじょーうちゃん」 これまた犯罪的。
「な、何か用ですか!」 女は声音を押さえて言い返す。化粧でうまく隠してはいるが、よく見れば、まだ10代の半ばくらいではないかという少女であった。
「別に、じょーうちゃんに用はないんだな」 別の犯罪的男がそう答える。
「で、でもなぁ」「なぁ」「そうなんだよなぁ」「そうかもなぁ」口々にそう言い、
「そのケースの中身、渡してくれたら大人しくも引き上げてやらんこともない」 リーダー格と見られる黄金のブリーフの男が、そう言った。
「こ、これはこの街の再建と復興のためにどうしても必要なものなんです! どうしてそれがわからないんですか! あなたたちだって、この街の空気を吸い、この街の水を飲み、この街を歩き、人々とすれ違っているのに・・・」 少女の声は次第にうわずって、意志の強さを感じる瞳は潤み始める。街は、指定ごみ廃棄区域に隣接していた。

「こんなゴミまみれの街に、何の希望があるって言うんだーい」「ゆーんだーい」 男たちはからかいの言葉を掛ける。

ごみを廃棄する場所がなくなり、ついに政府が決めたのは、ゴミを積み上げた丘を作る方針を打ち出した。洪水によって住居の大部分が全損(または半壊)状態になった地域をリストアップし、その地から住人を強制退去させたのが、今から50年前。

「確かに一度は時代から後れをとったのかもしれない。でも、この街は、まだ生きているの! 息づく人々がいるの。だれが諦めたって、この私は、諦めないわ。諦めないことぐらいしか私には出来ないから」
「お前はおじいさんにそっくり、くりのすけだな!」「お父さんはとっとと蒸発して」「じいさんは過労でぼっくり」「そして残ったくりのすけ~」 男たちは口々にそう言い、
「ともかく、我々は我々なりのやり方で、この街を愛しているんだよ」 黄金ブリーフの犯罪的リーダー格の男が犯罪的な薄笑いを浮かべてそう言った。
「なにそれ・・・」

砂粒レベルに砕かれたゴミは限界まで埋め立てられた。舞い上がる粉塵に住人は洗濯物を干すのを諦めた。作物を作ることを諦めた。食事を楽しむことを諦めて、そして、この街に住むことを諦めた。出て行ったものも多くいた。

「俺はな、この街を滅ぼすことにしたんだよ」 黄金ブリーフは、いつになく真面目な顔をして言葉を繰り出していた。他の男たちも、神妙な面もちで、がに股で、もはや犯罪的だった。
「滅ぼすって・・・」
「簡単な事さ。街に住む人間がいなくなれば、街は滅びる。じょーうちゃんだって、見たことがあるだろうさ」
人間のいなくなった住居が急速に古びていく様子が脳裏で再生され、少女は肩を強ばらせた。
「そんなこと・・・させない」

「強い意志だけじゃあ最早無理なのさ! 集まった同志を見て見ろよ! お前は一人、俺たちは沢山だ」 沢山のブリーフが頷いた。
「でも・・・それでも・・・」 少女は、行き止まりに向かって後ずさりを繰り返した。
男たちは、距離を保ちながら壁際に追いつめていった。建物の向こうに空は遠く、通路の入り口までもまた、遠かった。

「あぁ・・・」 どこかに安堵もあったのかもしれない。これでやっと諦められるのだ。一人が減り、二人が減り。その街の様子を見ながら育ってきた。隣の席の男の子がいなくなり、斜め左後ろの親友だった女の子もいなくなった。それから、担任の先生が転勤して、新しく着た先生もすぐにいなくなった。次は自分の番だと思ったのに、いつまでも順番は回ってこなかった。おじいちゃんは市長になっていた。お母さんは身体を壊して、お父さんはある日突然、順番がきていなくなった。それからおじいちゃんはいなくならなかったけれど、過労で死んだ。きっと順番がきたからなんだと思った。それで、やっと、今度こそは、順番がきたんだと思って、目を閉じようとした瞬間に通路から伸びる影に気づいてしまった。

「あぁ・・・」 それもまた、安堵だったのかもしれない。その影は、見て見ぬ振りをしなかった。その影は、こちらに向かってまっすぐに進んできた。その実体が遠めに見えてきたとき、少女は思いっきり悲鳴を上げた。
「うぎゃああああー!!」

その男は、頭に白銀のブリーフを被り、太股の間にまるで堪忍袋のような大きな袋を持っていた。そして、驚いて振り返った男たちに白銀ブリーフはこう言った。

「成敗!」

「もう勝手にして!」 少女が叫ぶ中、白銀ブリーフはあっという間にボコボコにされてしまった。

ところが不適な笑いの白銀ブリーフに、男たちは少したじろいだ。よく見れば、いつの間にか逆立ちをしているではないか!
「よく見なくてもわかるでしょ!」 少女は逃げ道を探していた。壁に這う下水道のパイプ・・・登れるかっ!

「なんだそれは! 逆立ちしたってかなやしないさ!」 男のうちの誰かがそう言い、

「聞いたことがないか? ある、部族の戦い方」 白銀ブリーフは、手に力を込め、そして顔を少し赤くしながら、逆立ちを続けた。

「ぐはっ!」 男たちのうちの一人が突如倒れる。
「い、一体何が!」 動揺するうちに、ばたりばたりと倒れ、最後には、黄金ブリーフまでもが、しゃがみこんだ。

「き、貴様何を・・・」 痛みをこらえるようにして絞り出した声に、白銀ブリーフは答えた。
「脳にある一定以上の血流量を送ることによって、俺は超能力が使えるのさ」
「そのための・・・頭のブリーフだったのか・・・なるほ・・ど・・・」 黄金ブリーフはそれを最後に地に倒れた。


「ふん、この程度か・・・」

白銀ブリーフは、少女に一瞥をくれることもなく、通りの入り口の方に歩いていく。
光の中にその露出の多い背中が見えて、少女は、思わず声を掛ける。

「あの・・・! ありがとうございました」
白銀ブリーフは歩みを止め、手を挙げた。それから再び歩き出した。今度は止まらず。
「いいってことよ」
「あの・・・あなたは・・・」 少女の口から何か本人すら思いもよらない言葉が出ようとしたとき、白銀ブリーフはこういったのだ。

「俺は、お前のファンになった者さ」


いらねーよ! 全力でそう思った少女であったとな。





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