「無伴奏ソナタ the Musical」観ました。
なかまくらです。
「無伴奏ソナタ the Musical」観ました。
大阪WWホールでの観劇です。
結論から言いますと、ちょっといまいちな劇でした。
ところが、この劇なんですが、何度も再演されていて、Twitterでも、絶賛なんですね。
うーーん、何か、根本的な見落としがあるのかな・・・?
とりあえず、いつもの通り、あらすじです。
クリスチャン・ハロルドセンは、音楽の天才であった。
アメリカでは2才のときに、その才能によって、職業が決められ、
決められた職業で、人々は一生働いていく。
クリスチャン・ハロルドセンは、メイカー(作曲家)として、
世のあらゆる音楽と隔絶され、28年間を生きてきた。
ところが、歪んだ主義趣向を持つ一人のリスナー(評論家)によって、
クリスチャンは、バッハの「無伴奏ソナタ」の録音を聞いてしまう。
これによって、クリスチャンの音楽は変わってしまう。
それは、国の法律に違反する行為だった。
ウォッチャー(監察官)は、その罪を処罰しに来る。
クリスチャンは、メイカーの資格をはく奪され、別の職業(ドライバー)を与えられる。
そして、二度と音楽を作ることも、演奏することも許されない、と告げられる。
ドライバーとして働き始めたクリスは、やがてバー&グリルに通い始める。
それは、そこに、古びたピアノがあったからだ。
そのピアノを、クリスは、やがて我慢がならなくなって、弾いてしまう。
その並々ならぬ力量に、バー&グリルには上流階級のマダムたちが集まる。
彼女らは、ドリンクを頼むばかりで、いつまでも店に留まり、店の経営は追い詰められていく。
その果てに、店主のジョーは、アルコールにおぼれ、そして、
クリスが再び音楽を演奏していることを国家に通報してしまうのだった。
クリスは、その罰として、手の指をすべて切り落とされてしまう。
そして、今度は、クリスはクリスチャン・ハロルドセンのイニシャルを取って、
シュガ―と呼ばれる果樹農園の労働者となった。
シュガーは、そこで出会った同僚と静かに暮らしていたが、
あるとき、ギレルモという男が同僚に加わる。彼は、休憩時間のたびに歌い、
同僚たちも歌った。そして、やがて、シュガーも歌うようになった。
シュガーが作った歌は、国に広く伝わっていき、ウォッチャーの耳にも入ってしまう。
ウォッチャーは言う。シュガーの音楽は悲しく、人々に絶望をもたらす音楽だと。
そんな音楽を作り続けずにはいられなかったシュガーは、
最後に声すらも奪われてしまうのだった。
そんなシュガーに、最後に与えられた職業は、ウォッチャーだった。
ウォッチャーは、皆、元はメイカーだったのだ。
最も大切なものを奪われる悲しみを最も知るものだけが、それを奪っていくことを
許されるのだろうか・・・。
ウォッチャーとなったシュガーは、38年、ウォッチャーを勤め上げ、
そして、街に出る。すると、そこには、かつて、果樹農園で作曲した
「シュガーの歌」を知らない誰かが口ずさんでいる姿があった。
それを誰が作ったのかは知らない。けれども、その曲は生き残り、
そして、多くの人が、拍手喝さいを送るのだった。
というお話でした。
どこから書けばよいのか、ということなのですが、
とりあえず、ラストシーンは良く分からない感動があったんですよ。
歌で盛り上がっていたし、これまでにクリスチャンが出会ってきたみんなが、
クリスチャンに拍手を送りに集まってくるわけです。
なんか、勢いで感動させられたと言いますか、そんな感じ。
でも、ちょっと待って! ツッコミどころだらけなんですけど!?
というところで、もやもやが多すぎたんですよ、このお芝居。
まず、メキシコから来たと言いますが、アメリカの中の法律だったのか、国際的な法律だったのか良く分からない制度でした。でも、序盤で世界中のリスナーが集まってきた、と言っていたような?
ウォッチャーは、なぜそこまでして、法律を頑なに守ったのか? にもっと説得力が欲しかったです。「人々を絶望させる音楽を奏でるから」と、最後に理由のようなことを言いますが、それを最初にクリスチャン・ハロルドセンに言っていればよかったのでは? 駄目だから駄目です、みたいな理由だから何度も繰り返してしまうのでは? と思ってしまいますし、ウォッチャーも元メイカーなら、なおさらではないかと。
それから、ウォッチャーの言うことをなんでみんなそんなに従順に聞いてしまうのか・・・? 明らかにおかしいことが、目の前で行われているというのに、幸福な人々は、幸福を人質にされていて、そんなにも行動を起こせないものなのか? メタ的なことを言いますと、2部で、畑中さんが、あるいは最初にクリスチャン・ハロルドセンの友人であったポールが、班長として、労働者をまとめる働きをする人物として出てくるので、レ・ミゼラブルみたいに、ここから革命が始まったりするのかな? と思ったら、ただただ、何をすることもなく、シュガーは、声帯を焼かれて終わってしまいました。もうね、どう見てもバッドエンドなんですよ、これは。なんだか、救われた風に終わっていますが、クリスチャン・ハロルドセンの人生は戻ってこないですし、曲が生き残ったとしても、何せ、シュガー本人が、「なぜそんなに悲しい曲を演奏するのか・・・?」と見知らぬ市民に問いかける場面などは、完全にウォッチャーの思想に洗脳されてしまっているように感じられて、果たして、「シュガーの歌」を聞いたときに、生き残ってくれた、と思うかどうかさえ、疑問に思う展開なのでした。
この「無伴奏ソナタ」の原作ですが、1980年ごろに書かれたもののようです。戦争も終わり、革命のような終わり方をしても、表現として許される時代になっていたと思います。ちなみに、先ほど挙げた「レ・ミゼラブル」もおおよそ近しい年代の作品のようです。
もう少し、そのあたりが描かれていれば印象も変わってきたのかもしれませんが、
うまく、登場人物に感情移入できずに終わった作品になってしまいました。
期待が大きかっただけに、なんだか少し残念でした。
おわり。
「無伴奏ソナタ the Musical」観ました。
大阪WWホールでの観劇です。
結論から言いますと、ちょっといまいちな劇でした。
ところが、この劇なんですが、何度も再演されていて、Twitterでも、絶賛なんですね。
うーーん、何か、根本的な見落としがあるのかな・・・?
とりあえず、いつもの通り、あらすじです。
クリスチャン・ハロルドセンは、音楽の天才であった。
アメリカでは2才のときに、その才能によって、職業が決められ、
決められた職業で、人々は一生働いていく。
クリスチャン・ハロルドセンは、メイカー(作曲家)として、
世のあらゆる音楽と隔絶され、28年間を生きてきた。
ところが、歪んだ主義趣向を持つ一人のリスナー(評論家)によって、
クリスチャンは、バッハの「無伴奏ソナタ」の録音を聞いてしまう。
これによって、クリスチャンの音楽は変わってしまう。
それは、国の法律に違反する行為だった。
ウォッチャー(監察官)は、その罪を処罰しに来る。
クリスチャンは、メイカーの資格をはく奪され、別の職業(ドライバー)を与えられる。
そして、二度と音楽を作ることも、演奏することも許されない、と告げられる。
ドライバーとして働き始めたクリスは、やがてバー&グリルに通い始める。
それは、そこに、古びたピアノがあったからだ。
そのピアノを、クリスは、やがて我慢がならなくなって、弾いてしまう。
その並々ならぬ力量に、バー&グリルには上流階級のマダムたちが集まる。
彼女らは、ドリンクを頼むばかりで、いつまでも店に留まり、店の経営は追い詰められていく。
その果てに、店主のジョーは、アルコールにおぼれ、そして、
クリスが再び音楽を演奏していることを国家に通報してしまうのだった。
クリスは、その罰として、手の指をすべて切り落とされてしまう。
そして、今度は、クリスはクリスチャン・ハロルドセンのイニシャルを取って、
シュガ―と呼ばれる果樹農園の労働者となった。
シュガーは、そこで出会った同僚と静かに暮らしていたが、
あるとき、ギレルモという男が同僚に加わる。彼は、休憩時間のたびに歌い、
同僚たちも歌った。そして、やがて、シュガーも歌うようになった。
シュガーが作った歌は、国に広く伝わっていき、ウォッチャーの耳にも入ってしまう。
ウォッチャーは言う。シュガーの音楽は悲しく、人々に絶望をもたらす音楽だと。
そんな音楽を作り続けずにはいられなかったシュガーは、
最後に声すらも奪われてしまうのだった。
そんなシュガーに、最後に与えられた職業は、ウォッチャーだった。
ウォッチャーは、皆、元はメイカーだったのだ。
最も大切なものを奪われる悲しみを最も知るものだけが、それを奪っていくことを
許されるのだろうか・・・。
ウォッチャーとなったシュガーは、38年、ウォッチャーを勤め上げ、
そして、街に出る。すると、そこには、かつて、果樹農園で作曲した
「シュガーの歌」を知らない誰かが口ずさんでいる姿があった。
それを誰が作ったのかは知らない。けれども、その曲は生き残り、
そして、多くの人が、拍手喝さいを送るのだった。
というお話でした。
どこから書けばよいのか、ということなのですが、
とりあえず、ラストシーンは良く分からない感動があったんですよ。
歌で盛り上がっていたし、これまでにクリスチャンが出会ってきたみんなが、
クリスチャンに拍手を送りに集まってくるわけです。
なんか、勢いで感動させられたと言いますか、そんな感じ。
でも、ちょっと待って! ツッコミどころだらけなんですけど!?
というところで、もやもやが多すぎたんですよ、このお芝居。
まず、メキシコから来たと言いますが、アメリカの中の法律だったのか、国際的な法律だったのか良く分からない制度でした。でも、序盤で世界中のリスナーが集まってきた、と言っていたような?
ウォッチャーは、なぜそこまでして、法律を頑なに守ったのか? にもっと説得力が欲しかったです。「人々を絶望させる音楽を奏でるから」と、最後に理由のようなことを言いますが、それを最初にクリスチャン・ハロルドセンに言っていればよかったのでは? 駄目だから駄目です、みたいな理由だから何度も繰り返してしまうのでは? と思ってしまいますし、ウォッチャーも元メイカーなら、なおさらではないかと。
それから、ウォッチャーの言うことをなんでみんなそんなに従順に聞いてしまうのか・・・? 明らかにおかしいことが、目の前で行われているというのに、幸福な人々は、幸福を人質にされていて、そんなにも行動を起こせないものなのか? メタ的なことを言いますと、2部で、畑中さんが、あるいは最初にクリスチャン・ハロルドセンの友人であったポールが、班長として、労働者をまとめる働きをする人物として出てくるので、レ・ミゼラブルみたいに、ここから革命が始まったりするのかな? と思ったら、ただただ、何をすることもなく、シュガーは、声帯を焼かれて終わってしまいました。もうね、どう見てもバッドエンドなんですよ、これは。なんだか、救われた風に終わっていますが、クリスチャン・ハロルドセンの人生は戻ってこないですし、曲が生き残ったとしても、何せ、シュガー本人が、「なぜそんなに悲しい曲を演奏するのか・・・?」と見知らぬ市民に問いかける場面などは、完全にウォッチャーの思想に洗脳されてしまっているように感じられて、果たして、「シュガーの歌」を聞いたときに、生き残ってくれた、と思うかどうかさえ、疑問に思う展開なのでした。
この「無伴奏ソナタ」の原作ですが、1980年ごろに書かれたもののようです。戦争も終わり、革命のような終わり方をしても、表現として許される時代になっていたと思います。ちなみに、先ほど挙げた「レ・ミゼラブル」もおおよそ近しい年代の作品のようです。
もう少し、そのあたりが描かれていれば印象も変わってきたのかもしれませんが、
うまく、登場人物に感情移入できずに終わった作品になってしまいました。
期待が大きかっただけに、なんだか少し残念でした。
おわり。
