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なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】贈与論


なかまくらです~。

新作書きました。よろしくです。


「贈与論」
          作・なかまくら

 

自分が年をとって死んでいく人間だと分かったのは15を数えた頃だった。

 

祖父はやはり、年をとって死んでいく人間で、これまで病気一つしなかったというのが嘘のように急に弱ってそのまま死んだ。延命治療はしなかった。老衰によるものだった。

 

葬式で涙する両親は若々しかった。見た目は20代後半から30代といったところで、その実、60を越えていた。控えめな花が開こうとしているような母親のその相貌、そして精悍な顔立ちで涙をこらえ表情を堅くする父親……を気味悪く思ったのは今となっては仕方ないことだと思う。

 

15才になったとき、両親は時間で死なない人間なのだと知った。

 

自分の感情をうまく操れない年頃であったから、迷わず家を出た。社会制度はここ100年ほどで急速に変化してきた実態に対応しつつあり、そのような人間たちを受け入れる集合住宅が市営されていた。

 

「よく来ましたねぇ。大変だったでしょう」

入居のための面接が午後には開かれていた。面接官の男、そのスーツは喪服のように黒かった。

「いえね、この部署で長く担当しているとそこらじゅうでぽっくり逝っちゃうんですよ。アハハハ」

30代半ばに見えるその男は髪を短髪に刈り上げ、笑ってみせた。その笑顔は、男が時間で死なない男であることを示していることが次第に分かるようになっていた。

面接は形だけで終わり、8:2である人口比率についての話題を聞かされ。タイマーが鳴って時間が来たことを知らせると唐突に終わった。

 

 

仲の良い間柄であったイタモトとはそのころよく遊んでいたから15を過ぎても時々会っていた。イタモトは時間で死なない女であった。

 

 

15になると両親に連れられて、ある病院を訪れることになる。

病院には同じように15才の少年少女たちで溢れかえっており、大人たちの年齢は様々であった。病院では一人ずつ部屋に呼ばれる。順番が近づくと鼓動が大きくなっていく。これ以上たたけないほど強くバチがたたく。痛くはない体が破裂しそうに膨らむ。順番がやってくる。すると思えば高揚にも似ていた不安は、不思議とぴたりやんだ。

 

***

部屋は角を隠した形をしており、壁の色はグレー。部屋の中央の少し高くなった所に座布団が敷かれていた。

 

その上にあぐらをかいている生物を見て、思わず悲鳴をあげた。

 

それは赤子の姿をしていた。その両目は薄く閉じられており肌はやや赤みを帯びている。その一見柔らかな外見のその生物は、ぴっ、と背筋を伸ばし座布団の上に座していた。

 

そして、3頭身の図体の顔の1/6を閉めようかという右目をぱちりと開くと、「汝に渡したものを返してもらおう」と言って目をゆっくりと閉じた。

 

 

途端に全身から力が抜け落ちて、思わず倒れ込みそうになる。担当者が駆け寄ってくる。たまに倒れない人間がいるそうだ。

 

***

 

「油断大敵」とはよく言ったもので、油ものを最早食べられない日が近づいてくるかと思うと、悲しみが溢れてくる。

 

年をとって死ぬ人間は、寿命がその人の命の門を叩きに訪れるまで死なない。外から栄養を摂取する必要がなくなり、臓器は退化していってしまう。残念でならないことに。

プレート石の上でジュウジュウと音を立てる重ね牛の肉をほおばりながら隣にいるイタモトと視線を交わす。

 

「あ、見て見て。」ふいにイタモトは右手を掴んでくると、持ち上げてわざわざそれを見せる。

さっき重ね牛の分厚い肉を切ろうと四苦八苦したときに誤って包丁で切り落としそうになったところだ。指の真ん中あたりまで刃が通っていて、ピンク色の肉が見えていた部分が跡形もなく消えつつあった。切ったときは麻痺が働いてジンジンしていた。しかし今はそれすらもなく。よくあるアニメとかのシュワーッと蒸気みたいなものが傷口から生まれて皮膚が再生されていくみたいなこともなく、ただただ元あるべき状態に戻った、という印象であった。そう言う人間に変化してきたということだ。

 

「へぇ、もう治ってきたんだ。キモっ!」

「なんだよ、それ」冗談みたいな軽さに、救われる。

 

ヒトは大きな分岐点を迎えていた。

怪我の治りも早く、あまり何も摂取せずとも天寿を全うできてしまうサニール。

対照的に、病気にかかり怪我であっさり死んでしまうが30代の途中あたりで成長が止まり、何もなければ長い時間を生き続けられるアルケミス。

自分がどちらの型(タイプ)の人間なのかは、成人の儀式として用意された赤子に判定されていた。今のところその判定のみが唯一の手段であり、判定されない子供たちは不安定性が増大し、死に至ると政府からは説明があった。

 

どちらの種がより優れたヒトの種であるのか、という議論は静かに始まった。実際のところ、戦争になりかけたと、いう。お互いに対する過干渉を避けることで今の社会に落ち着いているが、何か小さなきっかけでもあれば、世界の緊張はまた大きく高まるであろうことは容易に想像ができた。

 

赤子に年をとって死ぬ人間なのだと言われた瞬間から覚悟した。イタモトとは一緒にいられないのだと。彼女は無病息災の中ではいつまでも若いままの命を繋げることができるのだ。そう、今テレビの向こうで80才のパレードをしている若さ溢れる皇太子のように・・・撃たれても・・・。

 

撃たれても・・・?

 

画面の向こうでぐったりと倒れる。音がなくなったかのように静まりかえる。

 

とんとん、

 

わぁっ! と、声があがり、悲鳴とも歓声ともあるいはただ興奮した肉体から追い出された空気の震えとも取れる騒然さをマイクが拾い出す。カメラの前に観客が次々立ち上がり、画面から皇太子の安否は伺いしれない。

 

「え、何これ」イタモトはよく分からないという表情でテレビを指さしていた。残りの指で器用にフォークで肉を刺していた。

 

とんとん、ノックの音が再びあって、ようやくそれに気付いた。

「はい、どちら様で」

「あ、」

 

待って。と言うときには、イタモトがドアを開けていた。

聞こえてくる声はおじさんのものだった。

 

「おい、見たか! アルケミスの時代は終わる!! 戦争だよ。貧困と飢餓が世界を包み込むんだ! 安寧な世界の中でしか生きられないアルケミスたちの時代は終わるんだ!」

 

おじさんに吹き飛ばされたイタモトはぐったりと廊下の壁に横たわっている。おじさんは叫んでいる。集合住宅の別の階からも雄叫びが聞こえる。誰が知っていたことなんだろう。誰がやったことなんだろう。そういうあれこれは全て些細なことになってしまい、ただ、サニールがアルケミスを殺したという事実に集約していく。

 

イタモトを担いで僕は、この世界から抜け出そうと思った。

 

***

 

オートバイをとばした僕は、2日かかって片田舎の空き家の前にいた。管理を担当していた町役場の人は、「いやあ、若いっていいですねぇ」と、大したお金もないのに笑って貸してくれた。

 

空き家は所々床が抜けていて、僕らはその上に貰ってきた木材をとりあえず打ち付けた。雨漏りする箇所は食器の音楽を楽しんだ。

食料は空き家と一緒に借りた農地で自給自足を目指した。

 

新しい未来を拓こうと必死だった。

外からはすぐにでも紛争の足音がひたひたと聞こえてきそうだった。

戦争になればどちらに軍配が上がるかは明らかだった。殺しても死なないが寿命になれば死ぬサニールと、若さを保つが簡単に死んでしまうアルケミス。ゲリラ戦を展開するサニールが豊富な軍備を蓄えていたアルケミスを一人、また一人と駆逐していったそうだ。

 

 

イタモトは前よりも無口になった。

 

ある日、つけっぱなしだったコンピュータの画面をそっと覗くとこんな文字が踊っていた。

 

「サニールの殺害方法に関するレポート」

 

イタモトは生ゴミを処理する穴を畑に掘っていて、こちらに気付く様子はない。

そこにはこう書いてあった。「abstract: 検体No.005は、完全拘束の後、焼却炉での100時間の燃焼を行ったが死亡には至らなかった。ある時点で神経が損傷し、痛覚を感じなくなることで、精神を守るようだ。この実験はしかし、一定の成果を上げた。検体No.005は回復まで丸1日を要したのである。この結果はふたつの要因によって起こっていることが今回の実験から分かった。第一に、サニールは活動において日光からなんらかのエネルギーを受信している可能性が高いことが分かった。第二に、サニールは通常レベルの生命活動に酸素を必要とすることが分かった。低酸素下では死に至らないまでもその運動能力は著しく低下する。そこで、サニールの活動を停止させる方法は、・・・生、き、埋、め ・・・」

 

ザク、ザク

 

シャベルが土を掘り返す音が聞こえている。イタモトが生ゴミを埋める穴を、

 

掘っている音だった。






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