1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】うす塩ゴリラ

なかまくらです。

SFっぽい作品です。

どうぞ~


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うす塩ゴリラ
                            作・なかまくら
                            2014.10.6

A.I.005年。
After Invert(世界反転後)、5年の歳月が経とうとしていた。

「ラックス隊長」 呼びかける若い声があった。
「なんだ」 艦内の通路。
「本日付で、第弐航空斥候部隊に配属されました。ツバキです」

軍服に身を包んだ若い女性は、そう言って踵を付けた。自分よりも十(とお)は下だろうか。意思を感じさせる目。それから口元。鍛えられた身体つき。ラックスは、ため息をついた。

「斥候って、どういう職業かわかるか?」
「はい」
「毒見役みたいなもんだ。死んだら悪かったなって、二階級特進。そんなものになりたかったのか」
「はい」 淀みのない返事であった。
「なぜ?」 ラックスは思わず聞き返した。その質問が、何か自分の中に燻ぶっているものを呼び覚ましてくれそうであったのだ。
「なぜでしょうか・・・。ラックス隊長は、どう考えていますか?」

失礼な部下が、質問に質問で返したため、その問いの答えは出ることがなかった。



太陽がその寿命を終えようとしていた時、ンゲンニは太陽を再生しようとした。難しいことは分からない。ただ、その結果生まれたのは、青緑色の太陽。それはまるで地球が失った色のようであった。
そして、ほどなくして奴らは現れた。



「『スター・リーダー』聞こえるか?」 ラックスは母艦からの無線に我に返った。
「こちら『スター・リーダー』聞こえます」 無線に応じる。
「近くに時空の歪みが検知された。もう少し接近できそうか?」
「・・・『スター・リーダー』了解」 死ね、というのか。ラックスはその言葉を飲み込んだ。
「『スター・6』後に続きます」 新人パイロット・・・ツバキの声であった。
ラックスは、慌てて無線のチャンネルを切り替える。
「死ぬかもしれないぞ」 低い声音を使ったつもりだった。
「大丈夫です!」 低い声音を使ったつもりだった。
「・・・おいおい」 無線を切り替えて、
「『スター・リーダー』了解。2機で向かう」 低い声音を練習してみた。


奴らの出現は突然である。

「『スター・6』より、艦長、ミズネ級7です」 ツバキが奴らの出現を告げる。
「『インパクト隊』、『メテオ隊』全機発進」 ラリゴ級戦艦から、搭載機が産み落とされる。文字通り、柔らかい質感の窄(すぼ)んだ口から白い卵型の硬質な物体が射出されると、その甲殻を開き、翼を成す。編隊を組んで、迎撃に向かう。

「戦闘が始まるんですね」 どこか嬉しそうなツバキの声に、
「『スター・6』、我々は帰艦するぞ」 ヌメりのある操縦桿、座席。その機体の無線のチャンネルを変えると、ラックスは応えた。

飛び交うレーザーを掻(か)い潜(くぐ)ってラックスとツバキは飛行を続けた。射程距離内の空間に熱源を感知すると、その部位をコンピュータが自動解析。砲身の方向から、予測される軌道をモニターに映し出す。その予測軌道から逃れる。その繰り返しである。何度も繰り返した訓練の通りに。迫りくる死の恐怖に感覚を麻痺させてはいけない。
ラックスは、努めて平静に振る舞った。自分と言う生物のもつ本能を意識しようとする。・・・恐怖。それを呼び覚ます危険。それを感じようとするのだが、A.I.以前、感じられていたあの感覚がどうしても呼び起こせなかった。まだ、軍のパイロットであった頃のあの感覚を。まるで、生物としての何かをすでに失ってしまっているかのように。
「あははははっ! すごいっ!すごいっ!」 無線から聞こえてくる狂ったような声は、ツバキのものであった。
ツバキの言葉を思い出す。「斥候」「毒見役みたいなもの」「そんなものになりたかったのか?」
そう。なることで、何かが分かりそうな気がしたのだ。
「『スター・リーダー』から、『スター・6』。ツバキ」 ラックスは思わず、チャンネルを切り替えていた。
「『スター・6』より、ラックス隊長、なんですかっ!?」 上気した声が聞こえてくる。
「あの質問に答えよう。俺は、斥候になって、それで、なにか、そう、俺が、生物であったころに持っていたはずの本能が取り戻せるような、そんな予感がしたんだ。お前に会って、お前の飛行を見て、俺は、改めて考え始めることができた。礼を言う」 ラックスはレーザーを掻い潜り、見上げるわけでもなく、見下ろすわけでもなく、ただ、自分の未来の方向を向いてそう言った。
「・・・なんですか? それって、セクハラですかっ!?」 少しの沈黙の後、そんな言葉が返ってくる。
「なっ、そんな・・・。なんでそうなる!」 ラックスが、顔を少し赤くして言い募ろうとすると、
「隊長・・・あれを見てください」 ふいに真面目な声が響いた。正面の画面の右端に画像がリンクされる。
「コブシ・・・?」 ツバキの呟くような声は言いえて妙であった。
握り込まれたような5本の指。レーザーではない、実体をもった物質が先ほどまでラリゴ級戦艦があった付近に向かって進んでいた。



負傷者の手当てが進む中、ラックスは、戦闘中観測された『コブシ』について、報告をしていた。もし、『コブシ』が新兵器ならば、サンプルを手に入れる願ってもないチャンスであった・・・・・・。




「速度ランデヴーOK」 ラックスは無線で待機完了を告げる。
「『スター・2』OK、『スター・5』OK」
「『スター・6』OK」 準備が速やかに完了する。
サンプルの回収。近づいてみると、その白い物体はまさに握りこぶしそのものであった。その側面には、なにか文字が刻まれていた。
「<NaCl(ナックル)>・・・?」 ラックスにはそう読めた。

艦に戻った彼らは、その物体をこぞって嘗(な)めた。
それはしょっぱいという感覚。柔らかな液体の中にこぽりと泡が立ち、キラキラと光る天上へ向かって立ち上っていく感覚。そして、間にある薄い膜の存在。それはまるでそう、なめくじが浸透圧の差に気付くような。

ラックスは、自分の立っている足元をしばし眺め、
低い声で、ゆっくりと悲鳴を上げた。










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