1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

2位

なかまくらです。

今日は部活動の大会の引率補助で、富士市民文化会館へ行ってきました。

吹奏楽の大会はいろいろな種類がどうやらあるようで、

今回の高文連の大会はパフォーマンスに各校力を入れているようでした。

わが校もダンスや歌を練習して臨んだのでした。

結果は2位!

修学旅行の疲れも冷めやらぬうちでしたから、疲労もだいぶ溜まっていましたが、

それも吹き飛ぶような嬉しい一日でした。

おわり。





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【小説】名前の出てこないあの人

なかまくらです。

ご無沙汰しております。たまには小説でも書きました。どうぞ。



名前の出てこないあの人


2022/11/01


作・なかまくら


 あの人のことはよく覚えている。


 あの人はよく壁の周りをうろうろしていた。近所のブロック塀を触っていたこともあったし、校舎の壁をぐるりと回ったこともある。ぼくはそれをいつも後ろから観察していたのだが、壁の周りをうろうろしてみたらどうだい? と言ってみたのは、実は、ぼくだった気がする。ぼくは早々に投げ出したというのに、あの人はそれを止めようとはしなかった。それでぼくは仕方なく、あの人がうろうろするのを見ている人になったのだ。


 


うろうろの仕方はたとえばこうだ。楕円を描くようにある一点を焦点とする軌道を描き続ける。それは惑星の運動のようで、速度と焦点からの距離の積が一定となるように定められているかのように規則的にうろうろとしている場合。あるいは、壁を丹念に調べているときもある。まるで隠し通路を探しているかのように、壁の継ぎ目や汚れなど、何らかの痕跡を探しているかのように、うろ、そしてまた、うろ、とするのだ。


 ぼくはそれをなんと形容したらいいのか分からないがゆえに、ただ観察していたのだ。


 



 


 「樹を育てたらどうだろうって、思ったんですよ」 そう言って、自動販売機で買った珈琲の縁を噛んだ。スチールの苦みが歯を通して伝わってくる。


「うーんとさ、君はそれを私にどう思ってほしいわけ」 同僚のこの人は、思ったことをズバッという人だったから、きっと何かを言ってくれるだろうと期待したのかもしれないが、その何かが見つからないから、きっと自動販売機の前で珈琲を飲まないとやってられない時間帯が毎日訪れているのだ。


 「わかんないっすね」 珍しく、素直な返答をしてしまう。この人と話しているとそうなのだ。この人にはそういう魅力がある。


「まあ、私にもよくわからないけどさ。ニヒルな笑いばかりの君にしては、よい選択をしているんじゃないかな。樹を育てようと思ったことも、今みたいに自分のことを話そうとしたことも。じゃあね」


 そう言って、行ってしまう。


 ニヒルとはなんだろう。調べてみると、何も感じない虚無感、と出てくる。そうか、そんな風に思われていたのか、と驚く感情が少しだけわいてきて、ただちに消えた。


だが、代わりに、名前の出てこないあの人のことを思い出したのだ。うろうろしようといったのは、ぼくだった気がする。なぜ、壁の周りをうろうろしよう、などと言い出したのだろう? 壁とは、どんな壁だったのだ。あの人の名前は思い出せないのだが、顔は鮮明に思い出せる。ところが、卒業アルバムを開いてもその顔がクラスメイトの誰とも一致しないのだ。あの人は、誰だったのだろうか。見つめ返してくる写真の目が洞(うろ)、洞(うろ)と感じられて、ぱたりと閉じた。


部屋を見回すと、窓際に置かれた鉢植えに枯れ果てた樹の幹がまだ刺さっている。育てるための土は鉢一杯分しかなかった。樹は大きくなろうとしたが、それを受け止めることもできず、成長を止めることもできなかったのだ。破滅が来るのを薄々感じながらも、成長し、破滅した。いや、破滅しようとしているというのが正しい。無理をしているな、と感じている。部屋は散乱し、片付ける気力もとうに枯れ果てていた。けれども、鉢植えから抜け出すこともできるのではないか。抜け出すために、うろうろすることを再開することもできるのではないか。樹と違ってぼくには、足が生えている。もし今までのぼくが鉢植えに大人しく植わっていた植物だったとしても、その正体はマンドラゴラなのだ。


 ぼくは少しだけ楽しくなって、昔書いてみたスケッチブックを久しぶりに開いてみる。クレヨンで思い出しながら、描いてみる。クレヨンは消しずらいから、塗り重ねていくしかない。赤や黄色で大まかな形を浮かび上がらせていく。


そうだ、ぼくは土から抜いてみれば、人型の根っこを持つマンドラゴラなのだ。土が足りないというのなら、鉢植えからその足を片足ずつ引き抜いて、飛び出していけばいいのだ。塗り重ねられたマンドラゴラに、白色で大胆にハイライトを加えて、仕上げた。


 


 ・・・まだ、間に合うだろうか。


 


 一息ついたら久しぶりに、あの人の名前を思い出せそうな気がしていた。


 


 







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最後の詰めが大事

なかまくらです。

相変わらず、忙しい・・・。

教育実習が終わり、体育祭が終わり、生徒総会が終わり、

現在修学旅行の日程と部屋割りをしながら、テストを作っています。

この後、中間テストがあって、薬学講座に少し関わって、研究授業をして、

修学旅行説明会で説明して、

部活動の大会があって、修学旅行に取りまとめで参加して・・・

部活動の別の大会があって・・・


そうしたら一息つけるのか・・・?

息継ぎを短時間で素早くやる能力が求められていますね。


今日は、修学旅行1日目の日程の素案と、テストの問題作りをしました。

テストを作るときには、定期テストですから学んだことを理解していれば

得点が取れるように作るべきだと私は考えていて、

けれども、少し発展的な内容も扱っておかないと、評価の段階になって困るわけです。

そうすると、最後に数字を変えてみたり、少しひねった問題を付け加えてみたりするのですが、

ここにすごく時間がかかります。

問題を作るのは難しいのですが、

それ以上に難しいのは、次につながる勉強になる問題を作ることで、

まあ、面白いのですが、時間があっという間に過ぎて行ってしまって、

今日も12時間ほど作業をしたのでした。

いろいろと立て込んでいるので、もうちょっと頑張りたいところです。

おーっ!





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もう買わないのかも

なかまくらです。

鉛筆を連結する鉛筆削りってあるんですよ。


https://youtu.be/ubwPm9UK4F8

ペン立てに鉛筆が立っているわけですが、

かなり乱立しております。30本くらいある・・・!

そして、実家に帰ると、まだ未開封の鉛筆が1ダース・・・。

大人になってから、鉛筆派になったんですよ。

だから、仕事で授業計画を作るときはボールペン。

ちょっと計算したりするときは鉛筆。

この鉛筆、1年に1本使うか使わないかくらいしか使っていない気がします。

そうすると、このペースだとあと60年くらい、消費するのにかかるのかも。


実家には、小学校 ~ 高校生 の間に買ったボールペンとかサインペンとか、

たくさん転がっているので、これはテストの採点のたびに使うようにしています。

だいたい、テスト1回でボールペン1本使うくらいのペースなので、

年間に5本くらいということに。

あと26年仕事しても、130本しか使わない計算に・・・。

少子化はこんなところにも影響を及ぼしていく気がしますね。


さて。そんな風に、いろいろなものが、自分の生きてきたこれまでと、

これからを数える指標になっているんだなと感じた、というお話でした。

おわり。





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誰も止めないけどね

なかまくらです。

部活動の地域移行がついに動き出そうとしています。

中学校では、来年度に運動部から本格的に始まり、いつも通り、文化部も追従する様子。

日本社会の慣例に従い、強い反発は起こらない感じですね。

あまりにもブラックな状況なので、教員のほうとしても、状況を静観する先生が多いようですね。


そんな現場の教員の一人として、これは絶対にうまくいかないぞ! と思ってはいるのです。

未来の学校に求められるのは。、「多様性」だと思っています。

勉強を頑張る子、部活動を頑張る子、その他の郊外活動を頑張る子、いろいろでしょう。

その活動を頑張っているから・・・とそれぞれの子どもたちが自信をもって育っていく。

それは言い換えれば、自己肯定感というやつで、

学校の最大の目標は、自己肯定感を育てることだと私は思っています。


では、部活動を地域移行するとどうなるか。

単純に、学校とは関係なくなって、塾と同じ扱いになると思います。

塾に行っていることを「頑張って勉強しているね!」と先生はあまりいません。

それと同じ部類の何かになるということです。

そして、学校とは、勉強をする場所になるということです(それはある意味では正しいですが)。

つまり、勉強ができない人には価値がない場所です。

勉強ができる人はそれでいいでしょう。

けれども、高校まで来てみれば、高校には高校入試があるわけで、

高校入試を通る時点で、「自分には勉強が向いているな? スポーツが向いているな?」

などと、なんとなく察するわけです。


ところが、そうして入った高校は「多様性」などは認めずに、勉強のみを推奨するわけです。


それは困ったことになるでしょうね。

ただ、現在、実質賃金時給300円程度で部活動を一手に引き受け、勤めている

顧問諸氏のひとりとしては、わざわざこれに反対する面倒をおってまで、

これに反対する労力を費やしてまで、

反対しないし、そういう教師が多いからこそ、

こうなっているのでしょうね。

はたして、どうなるのやら。

おわり。






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