なかまくらです。
ひきつづき、下巻のレビューです。完全に寝不足ですが、夏休みに入って少し楽です笑
9年ぶりに刊行されたウィザーズ・ブレインの最新作のエピソードⅨの下巻までやってきました。エピソードⅨはおよそ1300ページにも及ぶ超大作で、思わず徹夜してしまいました。
人間と魔法士は互いを殲滅することで、青空を手に未来をつかむ作戦に打って出る。過去の大戦前に作られた浮遊島を崩壊した人間の拠点シティに落とし、多くの魔法士をシティに残る難民たち諸共殺してしまおうという策に打って出る。しかし、世界再生機構も度重なる介入とシティに見捨てられた難民の受け入れによって、人員を割くことができないでいた。
しかし、ヘイズには分かっていた。ここで魔法士か難民かのいずれかが死ねば、最早どうしたって後戻りできなくなる。停戦なんて望めるはずがない。ここまでの戦いもそうであったが、これが本当に最後の機会なのだ。
ヘイズとそれに同調したファンメイは、たった2人で事態をなんとかすべく動き出す。島の制御権を奪取するべく乗り込むヘイズと、両軍を一人で相手取るファンメイ。当然、そんなのは無謀というものだが、ファンメイは龍使いという特異な魔法士であった。身体の細胞レベルで改造された人間であり、その特異な情報強度をもった身体を自由に作り替えることができる。しかし、そのリスクも大きく、身体を拡張することで、細胞に刻み込まれた情報に飲み込まれて自我を失い、死に至る危険性があった。そして、そのリスクは表面化してしまう。ファンメイは200メートルを超す拡張体となって戦場を動き回るが、最早意識はなかった。ヘイズも制御中枢にはたどり着いたものの、島の防衛機構によって、島諸共死ぬ覚悟を決めたところだった。
そこに、世界再生機構から救援が入る。もちろん戦える状態ではない魔法士たちを無理やりに動ける形にして出撃させる一回限りの方法。絶対に無理だと思っていた生還が奇跡的に叶い、両軍の衝突も不発に終わる。この出来事がずっと暗澹たる状態にあった天城錬の心に小さな火を灯す。
そんな中、賢人会議が総力を結集して、人間側から雲除去システムに干渉する端末である「塔」の破壊に乗り出す。これが最終決戦になることは人間側も魔法士側も分かっていた。その戦いのど真ん中に天城錬はいた。世界再生機構で動ける魔法士は天城錬のみ。たった一人で、全人類の戦いを止めようとする圧倒的に勝ち目のない戦いだった。策はあった。世界再生機構の面々は、人間側、賢人会議側の極端に振り切れない軍人たちを離反させようとしていた。それが成功するまでの数時間を稼げれば良かった。魔法士の魔法の種は生体コンピュータによる物理法則を書き換える超高速演算にある。それを外部装置によって補助することで、一時的に圧倒的な力を得ることで、天城錬はそれを為そうとしていた。しかし、その目論見は見破られる。外部装置の存在には感づかれ、破壊される。そのあとは、最早、天城錬に構うものなどいなかった。天城錬はただ、雪原に倒れ伏したままになっていた。
天城錬がかつてフィアに言った言葉がある。「どうにもならないかもしれないけど、もうちょっとだけ頑張ろうよ」そのときには、まだ抱えていなかった知らなかった沢山のことがあったけれども、そのときに自分が言った言葉。
天城錬はもうちょっとだけ頑張るために再び立ち上がる。
そして、自身の特異な能力の本当の力の使い方に戦いの中で偶然に気付く。
外部装置をi-ブレインによって作り出し、自己増殖させるプログラムを走らせる。これによって、圧倒的な力を取り戻した天城錬は、戦況を押しとどめ、やがて、離反者が計画通り生まれ、両者の衝突は一時的に回避される。人間側も賢人会議側も満身創痍の状態であったため、生活拠点の復旧に取り組まざるを得ない状況になっていた。
という下巻でした。
非常に複雑に思惑が絡み合い、Ⅸ下巻(実質19巻)までに登場した人物が、あちらこちらの陣営に分かれて動いていきました。その人物たちが主人公に協力してくれて、絶望的な事態の中で、希望が見いだされ、少しでも好転する方向に動いていくというのは、王道ですが、それを描き切ることは難しいし、このエピソードⅨではそれを形にしようと苦心したんだろうなというのを感じました。設定された局面の中で登場人物たちがどう動くかを丁寧に追っていく構成の仕方は、作者のボードゲーム好きが影響を与えているのでしょうね。少し、疑問が残る点としては、世界再生機構のサポートなしで人間側が賢人会議の動きを正確に予想できたのが疑問。それから、天城錬って、そもそも器用貧乏で、それぞれの特化された魔法士には敵わないという感じだったと思うのに、いつの間にかどの魔法士とも渡り合える力を持っているみたいな周りの認識になっているのが疑問。といったところでしょうか。それにしても、天城錬は、この物語で最も負けている男ですが、本当に久しぶりに活躍した感じがします。いずれにせよ、次巻が最終巻なのだそうです。私が中学生のときに読み始めたこの物語も35歳にして、20年越しについに完結を迎えようとしているのだと思うと、感慨深いものがあります。まだ、雲の除去もできていないし、衝突も一時的に止まっただけだし、世界の滅亡への動きがなくなったわけでもなくて、ただ、全部をかなえたいという理想主義者たちが力を持ってしまい、現実主義者たちを圧倒したというような状況は、子供が大人に反旗を翻し、それが成功してしまったような居心地の悪さの中にいるようで、ここからハッピーエンドになれるのだろうか・・・??と不安と、次巻Ⅹ巻のサブタイトル「光の空」であることから、雲除去されそうだぞ!?という期待を込めて、秋の発売を待つことにします。おわり。