1cm3惑星

なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】先生

小品ですが、どうぞ。



「先生」
                       作・なかまくら
                       2023/08/13

先生は私のことを旧姓で呼ぶ。
「先生!」「ああ、古井か。何年ぶりだ・・・?」
「5年ぶりです」
「・・・そうか、就職、決まったのか」
「はい。それで、私、もうすぐ、古井じゃなくなるんです」
「・・・それはおめでたい話ということ?」
「はい」私は薬指に光る指輪を輝かせた。
「そうなんだな、あの、お転婆姫だった古井がな。立派になったものだ」
「もう、あのときの私じゃないんです! 5年も経てば、私だって立派になりますよ!」
「そうだよな、それにますます、美人になった」
「え?」
「君を射止めた男はなかなかの選球眼を持っているな、うん。往年のスラッガーも選球眼がよかったから、あそこまでの活躍をだね・・・」
「なんですか、また野球で例えるんですね」
「好きなんだ」
その言葉は私を少しだけドキリとさせる。そういう意味じゃないことは分かっているけれど。
「・・・今日は、そんな報告をしにきたんです」
「そうか、ありがとう、古井」
「次に会う時には、見世になりますからね!」
「ああ・・・」

それからも、何度か会いに行った。
結婚式が終わったとき。妊娠が分かったとき。子供が生まれたとき。
「先生」「おお、古井か」「だから、『見世』になったんですって」「そうだったな。お前が高校生の時には・・・」
先生の中では私はずっと高校生のときのままなのだ。
けれども、人は変わっていく。大人になっても、ずっと変わり続ける。私だって、変わっていく。

「先生」「おお、古井か」
「・・・はい。お元気そうで」
「古井は、何かあったのか? お転婆娘が、めずらしい」
「私・・・見世じゃなくなっちゃった」
涙が込み上げてきた。先生は、いつもちゃんと私を見ていたのだ。

子供が生まれて、家庭に入って、私は働いていた頃の輝きを少しずつ失っていくのを感じていた。それでも、家族のためにと毎日頑張って。・・・浮気だった。君に魅力がなくなった、と言う夫は申し訳なさそうでもなかった。それでも最早、子供の幸せのために、親権を主張するべきなのかどうかも分からなかった。気が付いたら、先生のところへ足が向いていた。夫の転勤で東京を遠く離れていたから、まるで逃避行のようだった。
「私、どうしたらいいと思います?」
「どうしたんだろうな、高校生だった頃の、お転婆姫の古井なら・・・」
「え?」
「世の中を知って、変わっていくことも大切さ。けれども、あの時、自由だった心は、いまは、世の中というやつに流されて、水面から顔を出すこともできない。それは変わってしまったからなのか、あるいは溺れそうな心はまだそこにあるのか・・・どっちなんだろうね」
先生はゆったりと私を見つめていた。
私が瞳の中に忘れていった本当の自分を。





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ハッピーエンドに変えようか

なかまくらです。

夏休みも後半戦に入り、あまり時間はなさそうではあるのですが、

戯曲ブームが来ています。

新しいのを書くのもよいのですが、大学の学部を卒業してから書いた戯曲が、

あんまりハッピーエンドじゃない作品が多いのですよ。


物語としては、そのときどきの私自身を映し出していると思うし、

好きなんですけど、最後、手放しでハッピーに終われない話ばかりに。

そんな、ひどいバッドエンドではないけれど、・・・という感じ。


読み返せば面白いし、当時はそれでもいいと思いましたが、

実は、この夏に、

「はりこの虎の穴」という戯曲投稿サイトに投稿してあった作品を、

愛知県と滋賀県の高校の演劇部が上演してくれました。


それで、思ったのは、「なぜ、そのお芝居を選んで上演してくれたのか」

ということ。


とはいえ、思ったことを、簡単に一言で言えないから、物語なんてものを書いて、

1万文字も2万文字も書いて、その想いの輪郭を描写することで、

それを間接的に表そうとするわけです。

けれども、伝えたいことは何か? そのお芝居を通して何を学んでいくのか?

・・・職業病ですね。


演劇は、効率の悪い表現方法だと思います。

1つの舞台を、作り上げるのに何か月もかけて、練習して作り上げて、

1回~3回くらい上演したらお別れです。

ましてや高校生は、その短い部活生活の期間を費やすのですから、

もし、上演してくれるなら、楽しくてハッピーで、だけど、

考えれば考えるほど、想いに溢れた・・・

そんなお芝居を渡せたらいいな、と。





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改訂

何度も直しているけれど、おそらくこれで最終版です。
物語についての物語。戯曲でお送りします。


2023.8.8 アイディアの王国 (60分; 男5 女1)

意識の研究が進んだ時代に、そのサイエンスフィクションのような解決策は生まれた。
物語の生まれにくくなった時代に、少年は作家の集う館ではたらくことになる。
ヒトと物語との関係性を描いたSF風ファンタジーです。





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ダニとのたたかい

なかまくらです。

今年の夏は、我が家にダニが大量発生してしまっているようです。

むっちゃ刺されました。

そういえば、ちょうどコロナが回復してきてから刺され始めて、

気付けば、毎日朝起きてみると新しく4か所とか刺されている勢いで、

これはマズいぞ! ということになったのでした。

しかも蚊に刺されたのと違って、1週間くらいかゆみが引かないのがまた厄介。

コロナで弱っているときには刺されないものなのかと思うと不思議ですね。


さて。

我が家のマットレスはエアーウィーブなので丸洗いができます。

カバーを外して、高温のお湯をお風呂にはって、洗剤も入れて1時間つけ置きします。

マットレスは、中性洗剤をドバドバかけて、シャワーの熱湯で洗い流します。

さらに、畳です。我が家の半畳の畳は、和紙製なのですが、

最早容赦はなしです。革ジャンも水洗いしてしまった私に最早怖いものはないぜ!

というわけで、中性洗剤をかけて、シャワーで熱湯を浴びせかけます。

さらに、ダニ取りマットを購入。並べまくります。


このシャワーで流している過程で、何やら黒い粒粒が流れ出していたのを目撃したのですが、

その一粒一粒が実はダニだったのか、あるいはただの砂粒とか、埃だったのか・・・。

恐ろしくて確認はできていませんが、

何はともあれ、これで、ダニが減るといいなぁ。





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「君たちはどう生きるか」観てきました。

なかまくらです。

スタジオジブリ、宮崎駿監督「君たちはどう生きるか」を観てきました。



うーーーん。初めに断っておきますと、1回見ただけでは評価しにくいなぁ、という

難解な作品でした。

いえ、簡単なお話なんですよ。

端的に言うならば、

戦時下の日本で、母親を失った少年のもとに、母親そっくりの継母が現れるが、

継母と上手くいかない少年の自己理解が進んで、逃げずに生きていこうと決めるお話でした。

それだけ聞くと、えーー、それは面白くなさそうだなぁ。見に行かないでいいかなぁ、と

なりそうな本作品。CMやっていたら見に行かなかった気がします。

結論としては、(たぶん)観てよかった(と思う)。


という感じです。

(うまく説明できていない)あらすじ。

眞人は、戦時下の日本に暮らしていた。

あるとき、病院が燃えて、母親を失った。

東京から疎開した眞人少年の前にあらわれたのは、父の再婚相手で、母親の妹だった。

そっくりな継母に心を開けない眞人少年。

懸命に心を傾けてくれる継母の夏子。

眞人は学校へ行くも、馴染めず喧嘩をしてしまう。

その帰り道で、石を頭に自ら打ち付けて大きな傷を作る。

家族を心配させ、構ってもらうために? それとも、喧嘩の相手を陥れるために?


母親を忘れられない眞人少年の前に、奇妙なアオサギが現れる。

少年を待っていたというアオサギは、眞人少年をどこかへ連れ去ろうとする。

このアオサギと対決するために、眞人少年は動き出す。

ナイフを研ぎ、弓矢を作る。矢羽根はアオサギの落としていった羽根を使った。


夏子は身籠っていた。それにもかかわらず、行方不明になってしまう。

森に向かって歩いていくその姿を目撃していた眞人少年は、

大叔父が行方不明になったという離れの洋館へとたどり着く。

そこでアオサギを矢で仕留め、その正体が小ぶりな中年男であることを知る。

アオサギの案内で下の世界へ向かった眞人は、

死の祠や、転生しようとするワラワラと出会ったり、

若かりし自分の母親が世界の秩序を守ったりだとか、

インコに食べられそうになったりだとか、

いろいろな人に助けられながら、いろいろなことを体験していく。


そして、夏子さんの居る間へとたどり着く。

「あなたがいなければ・・・」

本当の気持ちを曝け出して拒絶する夏子に対して、眞人少年は、

夏子母さんと呼ぶ。ハッとする夏子。


大叔父がかつて、降ってきた隕石を囲って建てた洋館は異世界への扉となっていた。

大叔父はその世界をずっと統治してきたのだ。

大叔父は、眞人にこの世界の統治の後継者となることを求める。

ここでは、好きなように美しい世界を作ることができるのだと。

けれども、眞人は、自分で傷つけたことを告白し、

苦しい世界に戻り、生きていくことを選ぶのだった。


こうして、夏子さんと眞人は無事に元の世界に戻りましたとさ。


というお話でした。


なんというか、とってもハッピーエンド。

次々と決断を迫られる眞人少年は、正解のルートを選び続けて、

元の世界に帰ることができました。

そんなこの物語は、古典的様式を持つファンタジーだったのかもしれませんね。

構成を振り返ると、

前半が長くてしんどかったなぁ。でも、後半も次々と別の世界観の中に投げ込まれて行って、

目まぐるしく変化していくからしんどかったなぁ、と結構そういう感想。

たぶん、次にどうなるか、予想がつかないまま、

どんどん次の展開に巻き込まれていく感じで話が進んでいったからだと思います。


でも、時間がたっていつかまた見たら、なんだか素敵な物語なのかもしれないなぁ、

と思うかもしれない。そんな予感がある映画でした。

おわり。





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