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なかまくらのものがたり開拓日誌(since 2011)

【小説】走ロメレス

お久しぶりですなかまくらです新作です。どうぞ。


走ロメレス


 


作・なかまくら


 


 


メレスは激怒した。王は変わってしまった。いや、王だけではない。わが友セリ・・・いや、あれはもはやそのような名前の男ではなかった。


「よぅ・・・メレスじゃなぁいかな?な、どうかな?」


「王さま~そいつは間違いなくメレスっすよ~」


メレスは踵を返し、歩き出した。すれ違う女が一人。


「王様」


風になびく髪は艶やかに光沢を帯び、塗られた染料が髪も肌もそしてその王に向かって開かれる唇も、すべてを艶(なまめ)かしく輝かせていた。その瞳を除いては。


「王様」女は繰り返した。


瞳には乾いた欲望と野望が覗いていた。それは王に取り入り自分が幸せになろうなどと言う生易しいものだとは思えなかった。まるである目的があり、そのために生きてきたのだと物語る目であった。ミシェル・パンティーラ。その女(ひと)の短い着衣と覗く素肌に魅了されてしまい、瞳の湛える色に気付かないのだ。


「行きましょう。あたくし、のどが渇いてしまいましたの。ほら」


ミシェルの持つワイングラスを持つ手は枝垂れ、そのままグラスを宙に返すと王の首筋を撫でた。カシャン、とグラスが落ちて砕ける音がした。


「お、おお・・・そうだな。ミシェル」


メレスはすでに歩き出していた。あの女だ。あの女がこの国に来てから、すべては狂い出してしまったのだ。実直な王、勤勉な国民。そのすべてが魅了されてしまったのだ。


大通りに面した果物屋にメレスは入った。そして、メロンを手に取ると店主に突き出した。そして言った。


「メロンは食べごろか」真顔で。


店主は真顔で返した。


「ちょっと顔貸してもらおうか」


店主は強面てであり、そう言われて連れて行かれた客人が一向に出てこない様を知る通行人は少なくなかった。通行人は青ざめた顔でそそくさと往来した。


 


店の奥はそのまま店主の住宅につながっている。住宅の階段の3段目と4段目の間の取っ手を掴むとそこから下り階段が開けていた。メレスは慣れた手つきでその階段を下りてゆくのだった。石畳で囲まれたその階段を下ってゆくと、階段の角の先にろうそくのオレンジ色の明かりが揺らいでいた。


 


「おお、メレスよ。よく来てくれた」


好々爺と言った風貌の老人が声をかけた。


「おとりになるのはの、ワシみたいなので十分じゃ」


手を上げると、入り口の左右に構えたナイフを持った男二人がさっと身を引いた。


「とんでもございません、大臣」メレスは一礼をして中に入った。


「して、例のものは」


「見つかった」大臣は声を固くしてそう言った。


「それでは・・・」メレスが声を上げると、


「それが、今はイスダンルカという町にあるらしいのだが・・・」リーダーを務める男が声を落とした。


 


話によると、その品は2日後のオークションで競売にかけられるという。


そして、その品は海を越えてしまう可能性があるというのだ。


 


「そもそもそれはどういう品物なのですか?」メレスは叫んだ。


「パンチュじゃ」老人は厳かに噛んだ。


「・・・」周囲は赤面した。


「パ、パンツ!」メロスは驚愕した。


「こ、これ、さっきから声が大きいわい!」


辺りはピンクに包まれてしまったようだった。


 



 


荒れ狂う荒野の風が砂を運んでいた。


メレスは身体に麻のローブを纏い、走りだした。


「そのパンツだけがあの女を止めることのできる唯一のものだ・・・」大臣はそう言った。


黄金のパンツは彼女から可能性を奪い取るもの。


世の男どもを魅了するパンチラを封印するオムツ型パンツ!


そう、彼女をオムツ・パンティーラにしてしまうためにメレスは走るのだ!


そして、朝を迎えようとしていた。


 


 


「待て! そこの男!」


ウトウトとしながらも鍛え抜かれた足だけが止まることなく動いていた。


そして、振り返った。頭にゴートの角の被り物をした男。王国の戦士であった。


角の色は黄金。最高級の戦士であった。


「やはりお前であったか、メレス」


「アキロス」メレスは低く呻いた。


王と親しくなり、王宮にて王を警護するこの男とも自然と会話する機会があった。その中でこの男の頑強さ、聡明さはよく感じていた。その男がなぜ・・・。


「アキロスよ。お前は何故、王の変貌に目を瞑っているのだ!」メレスは思いをぶつけることにした。


「悪いな、メレス。王は既にお気づきになられた」アキロスは残酷な口を開く。


「すでにお前の仲間は捕えられ、磔になるのを待つばかりだ。さらに、俺をお前の下へと差し向けられた」


「私は、お前自身の事を聞きたいのだ、アキロス」メレスは動揺を隠して抑えた声を絞り出した。


「俺か・・・俺は、王の命令に背くことはできない」


メレスの後ろから朝日が伸びると、アキロスの影を後ろに追いやっていく。


「それでいいのか、アキロス。王は堕落してしまわれた」


そう、言ってみてその言葉がメレスには一番しっくりと来た。間違いを指摘することができるかはわからない。しかし、何もしないことが罪であることにメレスは確信があった。


「だからと言って、決定に意思が混じれば国が揺らぐ」


「そういう場合ではないと言っているのだ」メレスが怒りをにじませると、アキロスは悔しそうに笑った。


「メレスよ、お前は実直な男だ。その実直さを貫いて生き抜く姿は尊敬に値する」


「アキロス、お前の頭の固さもだ」メレスは言った。


「メレスよ。残念ながら、私は国を守っているという自負がある。国を守るということは法を守るということだ」


「いや、国民が・・・」


「聞け!」アキロスは一喝する。


「俺はそれを失うことの恐ろしさを知らない。だから、俺には王を裏切れないだが・・・」


アキロスはそこで一旦言葉を切った。


「だが、もしお前が『黄金のパンツ』を手に入れ、戻ってくるというのなら・・・この俺を荒野に置いてきぼりにし、得うるというのなら、俺はその運命も見てみたい。パンツをミシェル・パンティーラに履かせて見せよう」


アキロスはそういうと走り出した。


「国民が王の自堕落によって貧困に向かおうとしている・・・私はそれを看過することなどできないのだよ」


メレスの足に羽が生えた。風を起こし、背中を押しだす。前に、前に。


「メレス、一体お前は何者なんだ・・・」


抜き去られたアキロスは、ただ茫然とそれを見ていた。


 


 



 


牢の中のミシェル・パンティーラに向けられた顔があった。


屈強な肉体。疲労の見える顔。ミシェルは、媚びた目線を送ろうとするが、上手く笑えなかった。


「ミシェル・パンティーラ・・・どういうつもりだったんだ」


男――メレスはそう言った。


「あなたがメレスね・・・。知っていましたかしら?この国に私の様な存在が沢山いたことを」


ミシェルは悲しい笑いを浮かべた。まったくもって似合っていない顔だ。メレスはそう思った。


「私のような存在を許している王が許せなかった。ずっとどこかへ抜け出してやりたいと思っていましたわ。罰も何度も受けましたの。王は高いところから見下ろすばかりで、だから、王もくだらない一人の男に過ぎないと国民に気付かせてやろうと思いましたの」


ミシェルの瞳はいつのまにか艶やかに輝やこうとしていた。


「でも、メレス。あなたが私を――――」


 


国は元の形を思い出そうとしていた。


元の形を取り戻す過程で色々なものがその形を少しずつ変えた。







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